kazuo kawasaki's official blog

「今夜は休筆です。」


   


     4月 17th, 2015  Posted 12:00 AM


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『コンシリエンスデザインをともかく訴求!』


   


     4月 16th, 2015  Posted 12:00 AM



「INTERMOLD 2015」の特別講演をしました。
先日、招聘教授になっていただいたKAISTの金明錫教授が来日、
自宅で昼食をとりながら、打ち合わせをしました。
KAIST(Koria Advanced Intitute of Science and Technology)は
世界的に最高の大学院大学だと、私は思っています。
その大学でも「コンシリエンスデザイン」が正式な講座として、
政府からも認められたそうです。
私は昨年から、この講座を阪大でやるべきと主張してきました。
そこで、この見本市でも「モノづくり」と3Dプリンター界に向けて、
「コンシリエンスデザイン」、3D-Printing、知財権、機能論などを
訴求しました。そして、見本市会場もザーッと概観しました。
想像通りで、またもや日本の製造業や金型産業界が、
3Dプリンターをただ、米国を追いかけているだけの有様を確認して、
阪大で私が取り組んできた日本独自の戦略と戦術を
コンシリエンスデザインでの発想を伝えたつもりです。
3D-Printerは機器そのモノの戦略論が必要であり、
3D-Printingは技術を戦術として、それも世界を主導すること、
このことを最も伝える方法論は熟考を重ねてきたと思っています。
おそらく、当分はこのことを必死で訴求していくことが
私の義務だと自分に言い聞かせています。
本来、日本のプリンター業界は、印刷オンリーから抜けられず、
まだ大手企業も3Dプリンター開発を言い始めています。
しかし、あくまでも様子見で米国追随から逃れていないのが現状。
現に、阪大と共同開発に入った企業人は、
根本をやらずして、米国の模倣やマスコミ宣伝の書籍類に
惑わされている現実を見てきました。
結局、3Dプリンター以前に、光造形システムがあり、
私はこのシステムが開発途中の歯車を見て大ショックを受け、
結果、大学人になっただけに3D-Printingこそは、
米国を必ず追い抜いて、
世界最高の国家に日本はなるべきだと考えています。


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『名古屋市立大学のマークが再興される!?』


   


     4月 15th, 2015  Posted 12:00 AM



私はデザイン活動の中で大好きな分野には、
マークやロゴタイプのデザインがあり、製品デザインの前には
頼まれていもいないのに、マークやロゴを変えたくなる性分があり、
それはやり過ぎだといつも言われてきました。
かつて、名古屋市立大学では、6つの学部になったときに、
この大学のマークとその展開をもとめられました。
ちょうど大学65周年を迎えるにあたって、マークの見直しと、
その展開があるということでマークが新規デザインかと思いました。
マークが変えられることもありそれはさみしいことですから、
(またか〜)と思ったところ、このマークのさらなる進展のために
もう一度、マークの狙いをと元同僚の教授から連絡がありました。
確か、マークについてのマニュアルはあるはずと思っていたところ、
その一部がありました。
大学マークの変更では、様々なことがあり、大苦労させられますが、
当時、なんとしても芸術工学部で元来はプロがやるべきというので
アプリケーションもやった経験がありました。
学章ということからグローバル、国際的な印象度を狙いました。
そして、当時はICU=国際基督教大学だけが三文字発音では
とても知名度がありましたから、公立大学としてNCUを強調したく、
しかも電話連絡でも描けるという基本と6学部の色彩展開や、
パターン化とその大学存在性にこだわって、
医学部附属の病院、その薬袋にもこのマークアプリケーションを
提案したと思っていますし、名刺展開も使われていました。
このマーク展開は手伝いたいと思っているほどです。
それこそ、もはやマークはCGやデジタルサイネージでの動画化、
すなわち、画像と映像化、そしてもっと広範囲なアプリケーションが
必要になってきています。
ちょうど、芸術工学部も新設されて20周年とかで、
その記念式には初代の学部長研究科長とともに話に行く予定です。


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『日本戦略は二つある。3D-Printerと3D-Printing』


   


     4月 14th, 2015  Posted 12:00 AM




INTERMOLD 2015=金型展・金属プレス加工技術展で特別講演をします。
今年に入ってからの私の講演テーマでは、
必ず「コンシリエンスデザイン」を基軸に話をしています。
最大の理由は、世界的にも学術と芸術の融合であり、
学際化は語られているほど具体的に実行されていないことと、
この学際化にはデザインがいわば接着剤になるということです。
大阪大学大学院医学系研究科に、私はこの講座を新設しました。
特に、看医工学という学際化で、二つを目標にしています。
危機解決学で安全と安心を、健康と生活での危機を産業的に解決です。
そのために、修士課程という教育と具体的な共同開発での
デザイン開発と制度デザインを果たしていくということです。
このまま博士課程になるでしょう。
こうした目標の一つとして3Dプリンターの世界観を日本戦略化する、
ということについては、機器開発・ハードウエアでの3D-Printerと
技術開発・ソフトウエアでの3D-Printingがあります。
私は、光造形をやりたいがために大学人になりました。
光造形でトポロジーをまず制作しました。クラインボトルです。
最もこれは数学的には、擬似クラインボトルですから、
これを空間論に持ち込みましたが、光造形の経験もない輩には、
未だに「トポロジー空間論なんて・・・」ですが、
3Dプリンターブームでは、この光造形が基盤ですから、そのうちに、
私の提唱が認識されるでしょう。
なぜならモノが空間論的に実証されるからです。
昨年は大阪で製造生産領域でこの話をしましたが、今年度は東京にて
コンシリエンスデザインでの特に、機能性を話すつもりです。
その理由は、デザインというと即、機能的が評価軸になりますが、
私は、この機能論が、哲学的に語られてきた機能主義からも
さらに詳細に実務、それこそ3D-Printerという製品と
3D-Printingという技術を学際化効果としてなら、
「コンシリエンスデザイン」で語れることを明らかにするつもりで

*INTERMOLD 2015
http://www.intermold.jp/seminar/sp/4/


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『腕時計というモノの機能性、その反射・代謝・照射ゆえ』


   


     4月 13th, 2015  Posted 12:00 AM



この時計は私の宝物であり、探し求めてやっと手にいれたモノ。
腕時計の最も肝心なことは、この時計は私の生命と一致していること。
つまり、私の生命が母の胎内に初めて存在し、発売時期までが、
しっかりとメーカーに記録が残っていることです。
パティックフィリップ社の有名機種「カラトラバ」1948から1949モノ。
いわゆるアンティーク品ですから、ベルトは使用を考えたこれも、
専門メーカーゆえ、リザード皮革の手仕上げにこだわっています。
まだ、戦後ゆえ、今ではありえないステンレス製にも関わらず、
極めて高額な腕時計です。このことはある人から教わりました。
今では、腕時計がデジタル仕様に大きく変換して、
いわゆる機能拡大になっていますが、機能性の真の意味知性を
失っていると言わざるをえません。機能性は、三つの分類があります。
まず、自然の模倣学習の反射、物理的な科学技術の代謝、
これが現代の機能性ですが、機能性は心的かつ神的照射があります。
それだけに、腕時計の真の機能性は、アンティーク要因を
必ず含んでいない限り、そのモノの性能と効能は宿りません。
腕時計は身体に密着させるには、生命との関係性が重大です。
ようやく、最近の有名ブランドもその記録性を考慮していますが、
私は10年近く探し求めていたようです。
私がこの世に生命を受けた当時は工業製品の素材は貧困でしたが、
そのためか、この当時に現代のスタイルが決定していたようです。
人間にとってモノの存在は、性能と効能を支える
機能性の反射、代謝、照射が、デザイン知性の要だということが、
デザイナーとしての私の職能経験からの知的美学性の結論です。
腕時計・万年筆・カメラ・オーディオ・自動車・自転車などは、
男なら知的美学性が最も求められている分野だと私は確信しています。


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『乞食=こつじきの地になってならない! 造形美の神社』


   


     4月 12th, 2015  Posted 12:00 AM



日本の建築で最も造形力を技術と技能で最高のモノは、
わが故郷にあります。そして知られていないことこそ素晴らしい。
正直、私が故郷に帰ってから、確かに越前和紙産地に通っていた頃、
この神社が凄いとは感じていなかったことも告白しておきます。
少なからず私は美大出のデザイナーです。
さらに祖父は最後の宮大工の大棟梁でしたから、残された巻物から
多少残されていた図面を教わるべきであり、
蔵の中の物品も私は幼い頃には、
ほとんどいたずらで壊してばかりいたようです。
また、越前和紙は日本に紙技の開祖の里ですが、ユネスコ認定も
受けていないのです。文科省の役所仕事の美的歴史性をもう一度、
私は喧嘩を売っておきます。
伝統工芸の産地の残し方は根本的に間違っています。
私は自分の知識学識経験とその論理で改革を望みます。
地方の時代というなら、その地方の伝統と革新こそ、
行政が最も的確にねらうべきことであり、それは美学的胆識です。
話がはずれましたが、大瀧神社と岡太神社は日本建築ではこれ以上の
木造建築は無く、何層にも重なる屋根には苔で覆われています。
この建築は、永平寺の勅使門も手掛けた大久保勘左衛門であり、
彼のことも徹底的に私は調べ上げて、今後、福井の建築は、
絶対にこれを超えるべきだと主張もしています。
結局私はこの建築に対抗するモノは自分が建てようと考えています。
後世に「生きた証」というのは、作品です。
そうなればデザイナーとして、当然それは義務だと考えています。
この神社がある地は観光地にはなっていません。それが大切です。
私の持論は「観光産業は乞食(こつじき)産業であり、
真のサービス、つまりリゾート産業とは異なると主張しています。
なぜなら、リゾート産業とは、
「何度も通える保養地」産業でなければならないのです。
そういう意味では、紙漉きの源流のこの神社造形と自然にこそ、
リゾート性が美学的に整っています。


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『カーボン素材の3D-Printing開発をめざすことは・・・』


   


     4月 11th, 2015  Posted 12:00 AM



デザイナーにとって最大の興味は「素材」だと思っています。
そのことは、私がオーディオからスタートしたからかもしれません。
オーディオの場合は、振動性がまず基本ですが、素材一般としての
軽量性・強靭性・極繊細感が求められます。
最初私はアルミニウムからチタニウムを金属で覚えて,
さらにはマグネシウム合金での量産性は未だに課題です。
テキスタイル素材だけではなくて、木材も石材も自然素材から、
特に私は人工素材の進化を追いかけてきたと思っています。
そして、もう40年も追いかけてきた一つが炭素繊維素材の
カーボンファイバーですが、私自身はそれほど未来性はやや?です。
最近、3Dプリンターが登場してきて、この分野ならと思っています。
ところが問題は、日本に輸入出来ないという問題があるのです。
これはどう考えても、日本人・日本のアイディアを米国は怖れています。
3Dプリンター関連でアクセス出来たwebsiteに日本人がアクセスを
拒否されるところがあります。国籍を求められますから、
これは明らかに日本の3D-Printingという技術開発ができません。
国内のプリンター大手メーカーが出遅れているのも大問題なのです。
このことについては、近々製造業関連の見本市で講演するつもりです。
カーボン素材がまだまだフィラメント状態ではダメでしょうし、
その問題解決が現状の3Dプリンター構造では不可能だと断言します。
基本は織機か編機の再構造実装化であり、炭素繊維らしさから、
もう一つの新たな素材を合成する技術が必要だと私は想像しています。
その素材?・・・それは秘密です。
根本は、必ずリサイクル出来る素材が必要な時代になっていますから、
現在のカーボン素材の車体も、欧州ではリサイクル不可能租税が、
実は商品単価に加算されています。
日本国産でのカーボン+αの3D-Printing技術開発仕様の機器は
なんとしても命題だと考えています。


*「モノづくりとコンシリエンスデザイン」


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『桜の木は植え替えるべき』


   


     4月 10th, 2015  Posted 12:00 AM



私が社会人になって上京した時、桜の花がとても白かった記憶は
今も私の大きな思い出です。その理由が今はとても明快です。
それは、桜の花が東京はともかくソメイヨシノが多過ぎるのです。
最近、学術的にもはっきりしたのは、上野公園から、
ソメイヨシノが全国的になっていったことです。しかし、
これには大問題があるのではないだろうかと、私は思っています。
ソメイヨシノはクローンでした。つまり品種改良での植物でした。
現代は、ソメイヨシノには様々な問題が出てきているようです。
たとえば、60年程度の樹木寿命だとか、植物の病気が多いとか、
私が最も気をつけるべきことは、
桜の木の周辺植物への影響が大き過ぎることです。
そしてこのことについて見過ごしている行政や建築家が多いと思います。
京都の将軍塚での吉岡徳仁氏のガラス茶室を見に行って、
青龍殿の山々にはヤマザクラにこそ、見事なピンク色が鮮やかでした。
桜のクローンは要らないと私は実感しました。
春の桜に季節がソメイヨシノは植え替えるべきではないだろうかと
私は真剣に思っているのです。
ソメイヨシノは桜では無いと思っているほどです。
なぜならヤマザクラこそ桜色でありピンク色こそ桜に花なのです。
春の快晴の空には、桜色こそ本当の桜だと私は思っています。
ソメイヨシノはやはり人工的な桜であるばかりか、
自然を壊している桜だということにそろそろ気づくべきでしょう。
自然環境を護り抜くことがこれから私たちは大切にすべきです。
つまり、桜の花を大事にすることなど不必要です。
大切にしていくのはあるべき自然であり、クローン=品種改良は
結局自然破壊に繫がっているのかもしれません。


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『ガラスの茶室・吉岡徳仁氏の作品発表に出向く』


   


     4月 9th, 2015  Posted 12:00 AM



今年は山桜をいっぱい見ることができました。
京都の将軍塚青龍殿に設えられた吉岡徳仁氏デザインの茶室発表を
ワイフとそのレセプションに出かけました。
正直、次世代デザイナーの作品には、なかなか気を惹かれません。
理由はすでにモノ真似(次世代はその存在を知らない)であったり、
突き詰めた造形美の見落としが多く、その欠落を見てしまいますが
吉岡徳仁氏のデザインにはそれがまったくありません。
そういう意味では、彼の作品発表会はいつも出かけたいと思いますが
今回は京都であり、若手建築家夫妻にも声をかけて、
青龍殿を訪ねました。
当然、車イス対応を一番気にしていましたが、
電動車椅子の馬力で砂利道も通過できました。
将軍塚には見事な舞台が彼のデザインで出来上がっていて、
彼がすでに知り尽くしているガラス素材の茶室がしつらえていました。
私は量産を薦めたほどでした。在外大使館には配置すべき茶室でした。
故・田中一光先生がおられたら、「茶美会」の象徴になっていたでしょう。
茶道とデザインの革新運動は現在途絶えていますが、
私はこの茶室を見て、プロデュースしてもらうべき人物に気づきました。
茶道は日本の統合的な伝統ゆえに、革新されるべき設えには、
デザイナーの革新的な特に現代素材、その技術が求められます。
茶道に彼がやはりデザイン対象を見つけ出している心情が理解できます。
その茶室設えの舞台のモデルが会場の一角、ガラスケースにありました。
京都は景観法が厳しい場所なので、その苦労は大変だったでしょう。
それに打ち克つ造形力が見事に周囲の山桜のように開花していました。


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『研究棟看板「Consilience Design Interdisciplinary Studio」』


   


     4月 8th, 2015  Posted 12:00 AM



「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」は、
英訳するのに困りました。
コンシリエンスデザインは、明らかにコンシリエンスという概念は
出来上がっていて、この論理性は未来を確実にしています。
看医工学という、看護学・保健学・医学・工学は、
これまでの医工連携での限界性を打ち破る学際性が明確にありますが、
医工連携に固守している輩には、もう誤魔化しが不可能なことを
指示しているのですが、看護理工学会では看医工学という名辞は
大好評でした。
コンシリエンスは文理融合をデザインが超越させます。
そこで、コンシリエンスデザイン学際化スタジオが的確でした。
この2年は「危機管理工学プロダクトデザイン寄附講座」を
単純に受け入れていました。が、従兄弟は信頼・安全性工学では、
それも宇宙開発事業での展開で権威でしたから、
「危機は管理出来ない」と言われて、それから私は、
すでに教科書や、資格制度を洗い直し、「危機管理デザイン賞」の
審査委員長も退任しました。
「危機の管理は不可能である」と「危機は解決すること」から、
危機解決学へのデザインそれは学際的でなければを組み立てました。
「前例が無い」と言われれば言われるほど、
確実にこれはデザイン実務でこそ、危機、それも管理では、
リスク=起こるかも知れない危険だけではなくて、
クライシス=起こってしまった危険を問題として即解決学になりました。
これから、私は危険とは、生命が失われることが最大の問題です。
だからこそ、医学を取り囲む学術だけではなくて、デザインゆえに
芸術を組み入れた文理融合までの統合的な学際化をめざします。
学際化を果たす教育・研究・開発を産官学にまでと意図しています。
「Consilience Design Interdisciplinary Studio」が至極、
私には的確だと思っています。



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