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『手帖が息づいている付箋という回答商品』


   


     6月 24th, 2015  Posted 12:00 AM



ここ数年付箋の進化は激しく、
そしてアイディア競争には驚かされます。
何と言っても、
日本人でなければこれだけの種類の付箋はあり得ません。
今年もノミネートされてきた付箋は選別も難しいほどでしたが、
ここまでの進化というのは、ペンと同サイズでありながら、
その分量の莫大さに驚かされます。
私がハッと驚いたのは、これは明らかに手帖でした。
手帖というのは長さが延々と長い巻物形式のメモ帳です。
しかもそれが付箋という形式になっていることです。
私自身、ともかく付箋は様々に使ってきましたが、
テープ形式などはすぐに倦いてしまい、
それは性格によるものです、
が、正直、付箋は厭きればすぐに捨て去ることにしています。
結局、
単なる付箋という話題に対する応答商品でしか無いということです。
そこで肝心なことは厭きられない性能とその存在感がとても重要です。
そういう意味では、
これは明らかに機能商品としての使い勝手があります。
ともかく、ペンケースに忍ばせておいても、
ペンのごとくの存在があります。
付箋はまだまだ話題商品からは解放されていないと
断言してもいいでしょう。
そうした話題商品の中で、付箋はどう使うべきかという、
その課題に答えた回答商品になっていると思っています。
したがって、機能部門賞として選んでいます。
ということは、
さらに付箋という問題解決の解答商品になるならば、
私はそれはデザインされたモノとして
付箋のあり方にたどり着いたと思っています。
それでも機能商品として、
今年最高のモノであったと思っています。


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『万年筆で顔料インクがありえるのだ』


   


     6月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM



色の材料は二つの種類があります。
染料と顔料です。大雑把に言えば、
植物系(染料)と鉱物系(顔料)と言ってもいいでしょう。
美大卒ですからそれなりに染料と顔料には親しんできました。
何と言っても墨とラピスラズリに最も親しんできました。
それは顔料の世界であり、ともかくしっかりと墨の黒さであり、
ラピスラズリは金沢の青紺色と言っていいでしょう。
顔料の色はいわゆる泥絵の具の世界ですが、
10年前に「極黒」というインク、
そして青紺色のインクが出た時には驚きました。
理由は、今では染料のほとんどが化学的なモノであり、
インクを万年筆で使うとなれば,
顔料インクなどは考えられなかったのです。
ところが、日本の染料・顔料技術は本当に優れていて、
なんとカラフルな顔料インクが商品になってしまいました。
これは世界的にもトップクラスの技術成果であり、
最近は万年筆ブームにもなってきましたから、
この顔料インクになんとしても興味を持ってほしいと思っています。
私は日本の文房具は、
海外ブランドのデザイン戦略不足からも
低価格過ぎると断言し続けています。
この顔料インクなど、もっと高くていいと思います。
海外メーカーをはるかに上回った技術表現を成し遂げているのです。
私はインクについても、カラフルさを確認したいタイプであり、
万年筆にこそ、
この顔料インクが墨色からとうとうここまで進化したことを
私たちはもっともっと大きな評価を与えるべきだと思っています。
この顔料インクは自らの主張を
あたかも万年筆を主役たらしめないかのごとく存在しています。
これこそ、日本文具大賞・デザイン部門賞を
静かに進化を積み上げて商品化されているのです。


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『念仏さしはピタットルーラーにまで進化した』


   


     6月 22nd, 2015  Posted 12:00 AM



指矩=差し金あるいは指金には人類の度量の歴史が見事です。
度量衡にいたるまでには衡だけの歴史性が加わります。
果たして人類はなぜ、長さを測ったのでしょうか?
ここから出発しなければなりませんが、
単純には税収制度に他なりません。
そして、長さの単位は音でした。
だから笛の長さがある単位を決定していたと言われます。
今やレーザー光線で長さが決定されているから、
結局は同じ事=音波=波長、そして長さの単位がありました。
日本には、規矩術という優れた大工仕事の曲尺使い勝手がありました。
今やそのことは教えられてもいません。
私は宮大工の棟梁だった祖父に教わった経験があります。
指金というのは、
それこそ目の指金が=メガネかもという推測もあるくらいです。
「念佛さし」という物差しがありました。
京都の竹は念仏をいつも聞いて育った竹ゆえに、
その竹で作られた物差しのことです。
この言葉を探り当てたのは故・桂米朝でした。
上方落語の「天狗さし」のオチに登場する物差し屋のことです。
美大時代には、常にステンレス製のスケール尺を使っていました。
計測用だけではなくて、カッター切断のスケールとしてでした。
このスケール尺の裏には
デザイン用のマスキングテープを貼っていました。滑り止めでした。
この物差しは、透明アクリルとステンレス、
そしてエラストマーの組み合わせです。
ようやく、滑り止めを施し、線引きもカッター使いも
こうした素材の組み合わせで作られた物差しです。
「ピタットルーラー」という商品名ですが、
今年度の日本文具大賞・機能部門賞にふさわしい製品として、
ここから新たな物差しが生まれると思っています。


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『小っちゃなメモの手帳=コンセプトメモ手帳』


   


     6月 21st, 2015  Posted 12:00 AM



日本文具大賞の審査会では、私は楽しみなことがあります。
それは審査委員である「趣味と文具箱」の
編集長S氏に会えることです。
この雑誌の愛読者でもあり、
この雑誌の編集デザインは優れています。
が、何と言っても「今自分はこれが気にいっている・・・」とか、
そのような質問をすると、必ずとてもいい正解が得られます。
今回も、今、私が見つけた手帳で、名刺サイズながら、
一言メモができる手帳を見せたところ、
「私も使っています。」と同じように差し出されて、
そうなると自分の選択は間違っていなかったと正解ということです。
このメモ帳、小さな手帳も随分と試してきました。
私は日本には手帳と手帖があることを
いろんなところで発表してきましたが、
私は手帖の伝統は絶たれたと考えてもいいかもしれません。
もちろん私は手帖を語り次ぎたいと考えています。
さて、今この小さな手帳の使い方は、
ともかく一つのメモには、
一言を書き付けることで十分ということです。
S氏ともその会話をしました。そうしたら、これ用のペンもありました。
それから、私も考えたすえに、
最も小さなボールペンを見つけました。
現在は、常に側において置き、
TVや読書で気がかりなことを即メモしています。
この手帳一冊に、
それこそ、一言を何かのコンセプト発想に使えるでしょう。
これは発想のトレーニングにありかもしれません。
小さな手帳に一言を書き付けるという意味はとても大きいと考えます。
一言というのは、言葉で言えば単語一つです。
つまり、一言という言葉はそのままコンセプトという認識が、
大雑把な言い方としても言い切れると私は考えています。
端的に言えば、コンセプトとは一言で言い切ること。
したがって、このミニ手帳はコンセプトメモだと私は思っています。
確実に記憶されるメモ帳です。


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『世界でトップだったアナログ45回転レコード盤の復活』


   


     6月 20th, 2015  Posted 12:00 AM



家電の量販店というのは長続きしない。
だから、量販店的な店舗は社会や時代を反映したとしても
私は大した存在では無いと思っています。
第一家庭電器という量販店が1970年代には攻勢を極めていました。
でも、私はこの量販店の中のオーディオ専門部隊は、
Aurexブランドを差別無く評価をいただいていました。
当時、オーディオがやりたくて東芝に入社しましたが、
「洗濯機をつくっている会社にオーディオができるか」と言われ、
若かった私はどれほど喧嘩をしてきたでしょうか。
ところが、
第一家庭電器にはDAMというオーディオマニアの会がありました。
そこではAurexをデザイナーながら売り込む私を
かわいがっていただき、
そこでは、大きな販売企画を東芝を口説いて、
CFまでやらせてもらえました。
またDAMには、決して販促品ではない45回転の周波数特性を
Hi-Fiにする特別盤を録音から製造をし、配布していました。
私自身、そこでは45回転シリーズにはデザイナーとして加わったり、
バイノーラルレコードも創らせてもらっていました。
そのレコードプレス直前のテープが残っていました。
そこで、DAMレコードというおそらくこれ以上のレコード盤は
世界でもトップクラス72枚が非販売ということで、
インターネット上に復活存在することになりました。
日本のアナログオーディオの極地が蘇ったと言っていいと思います。
東芝EMIでこのレコード盤制作は行われていましたが、
その要の方が逝去された遺言で、
DAMでのこのレコード企画を全統括のW氏から突然電話を受け、
ようやく、HPを7月1日から、公開するとの連絡がありました。
このレコードの録音・ミキシング・プレス全てが最高でした。
だから、私もLP3000枚程度を整理しても、約50枚程を残しました。
そのほとんどがこのレコード盤です。
45回転でとても分厚いレコード盤72枚には、
日本がアナログレコードでは最高の品質を実現していました。
デザイナーに成り立ての頃、
私はこのDAM でも徹底的に育てられてきたと感謝しています。


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『万年筆メーカーの商品となっているスタイラス』


   


     6月 19th, 2015  Posted 12:00 AM



筆記具は私のある種の病気のごとく大好きです。
「一本しか使わないのになぜそんなに集めて?」、と
ワイフにはいつも叱られますが、
万年筆はじめ各種ペンの類いには心惹かれてなりません。
だから、万年筆を見れば、その人の私は美学性を知ってしまいます。
私の収集物である万年筆には
最近では徹底したこだわりがあると自負しています。
ところが、ようやくiPadで書とスケッチは確実に鉛筆のごとく慣れました。
iPadでのスタイラススケッチだけの講座を開きたいほどです。
Apple銀座で「やるよ!」と言っていたのですが、
担当の方が辞められたのでその企画も無くなったようです。
私は、鉛筆ですら最近は削り方、持ち方、書き方、さらには、
描き方のコツを教えていないように思います。
今、ある高級ペンメーカーが、ライナーという名前で、
iPad用のスタイラス商品を3つ発売しました。
それを私なりに工夫していますが、
このメーカー独自のアプリケーションは、面白いことに、
万年筆タッチとボールペンタッチ、そして紙質も選べます。
あくまでも、これはデジタルですが、
アナログとしての使い勝手をマスターしていないかぎり、
使いこなすことは不可能だと断言しておきます。
スタイラスも、この万年筆メーカーに拘るのは、
万年筆メーカーだから気づいていることが、
グリップ感にあることです。
しかし、このメーカーの万年筆メーカーの限界もすでに現れています。
そんなことを確かめるために所有しているわけではありません。
確実に、このスタイラスゆえにスケッチの描き方や、
書の書き方も明白に変わるものと考えています。
いずれ、iPadでのスケッチ展でも開きたいものですが、
スケッチは人に見せるモノではなくて、
あくまでも私のデザイン、その発想のためであり、
この教育は小学生から教えるべきものです。
「デザイン思考」なんぞよりも重大です。


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『実寸大の馬に照明とスピーカーが乗っかる』


   


     6月 18th, 2015  Posted 12:00 AM



わが自宅には実寸大の馬がいます。
来宅したゲストはみなさん、ギョッ!とされています。
父は騎兵隊で従軍していたので、実家には馬の置物がありました。
もし父が生きていたなら、なんと表現していたでしょうか。
いずれにしても、ワイフの企みは、
本来照明器具であるこの馬に可変でBluetoothのスピーカーLED照明でした。
だから、私は通販で一杯探し回り、一応これを入手しました。
私の美大卒業制作は、オーディオ装置と照明をやりました。
Cd=カドミウム電セルを使って、音信号で照明の明るさ表現をしました。
先生方からの批評を今も鮮やかに覚えています。
何しろ、パワーアンプも400Wでプリ左右とメインアンプ、
しかも無指向性をフランスのオーディオ雑誌から学んだことを
照明との組み合わせで創りあげました。
ワイフは建築を学んで照明が専門だったので、
よく質問をします。
カンデラとルーメンの関係とは、
ルックスで照射された面の度数は何て言うのかと。
「テストしているでしょ!」と言われますが、
最近、デザインを学ぶ学生にはそれこそオームの法則も知らないとか。
私の学生ならパワーハラスメント全開です。
しかしLEDは本当に凄い発明であり日本からということに敬意します。
ワイフは、非常勤講師をしているデザイン系大学で、
この照明器具を実演するらしいのです。
音はこの照明器具ではこのようなモノでしょう。
最低周波数もおそらく180Hz程度です。
私はモニターにしろTVにしろ80Hzを守ってきました。
400ccで80Hzはボーズ社の社長に直接教えてもらいました。
最近、スピーカーシステムのデザインでは、
この可聴周波数を表示していないのを見ると、
デザイナーにハラスメントを加えたくなります。
やがて実寸大の馬にこの照明器具は
iPhoneでコントロールされるでしょう。


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『藝と醫を略字化したことは本質を見間違える!』


   


     6月 17th, 2015  Posted 12:00 AM



藝と醫、この二つの漢字が芸と医という略字になってから、
工藝をさらに読み解いた民藝と醫学は変質しました。
私は工芸と医学それぞれに本質を軽んじる傾向があると思ってきました。
醫には明らかに薬の瓶が含まれ、
藝には草冠と執行するという深度がありました。
したがって、私は芸と医の両方の世界にあって、
藝と醫であった本質論を必ず、
職能観と工芸と医学が喪失したことに言及することを護り抜くこと、
こうしたことには命がけの姿勢が必要だと考えてきました。
運良く、私は柳宗理から薫陶を受け、柳宗玄から西洋美術史、
特に、「美・義・善」を徹底的に叩きこまれました。
正直今頃になってあの時もっとあれを聞いておけばと思い出しています。
そして、先般私は「柳宗理生誕100年記念」の講演という大役を、
先輩と同輩から命ぜられて、
私なりに、先生との思い出は学生時代だけではなく、
東芝新人時代を語りました。
さらに車椅子になって非常勤で母校・金沢美大時代との思い出から、
もう一度、先生の作品から学んできたことを整理できました。
また、何よりも、先生のご子息氏とすっかり意気投合して、
学生運動の頃の金沢美大での先生のことから、
私が相当先生には鬱陶しい存在の学生であったかを話し合いました。
彼から、本当に懐かしき現代の「民藝」という雑誌をいただきました。
そして、私は大きな危機感を持ってしまいました。
現代、民藝を語るにあたってこのような評論や言説が行われていては、
あの「民藝論」の本質は確実に抹消されてしまいます。
それこそ、 
NHK番組で「見立て」の軽薄過ぎる低能力性と余りにも同一だと
私は指摘しておきます。
柳宗悦の「民藝論」を
確実に読み取った評論言説が無残に排除されています。
私はまず、デザイナーとして、
また柳宗理の直系の弟子として見逃すことはできません。
私は勿論、柳宗悦の「民藝」全てを理解しているわけではありませんが、
柳宗悦を父としてモダンデザインの先駆者だった柳先生が
きっと当時は押しつぶされまいとされたデザイン姿勢を思い出します。
少なからず、民藝を愛くるしいと言い切ること(その軽さ)も、
私には許しがたき言説です。軽薄であっても重力感が必要です。
まして「かわいい民藝」などは、「民藝」ではありえないのです。
世界中馬鹿騒ぎで「kawaiiが売れる」ならそうすればいいでしょう。
kawaiiという軽やかさも現代は必要かも知れません。
でも柳宗理先生はカンカンに怒っているでしょう。
しかし、その国際性には重力感は残存させるべきことです。
もっと知るべきは「かわいい」と「美しい」という形容詞には、
「きれい」という形容動詞が介在しているのです。
柳宗悦が形容詞の扱いにどれほど慎重であり、
それだけに、柳宗玄先生は「美と義と善」を語り、
柳宗理先生がどこまで徹底して、民藝とデザインを対決させ、
学生だった私には「用と美」へ、私は引き受けた5つの言葉があります。
自分のデザインを決定されていたかを私は語り次ぎます。
それは、現代の「民藝」は、「民芸」=土産物ではなくて、
日本美学の先陣で、デザインから語らなければならないからです。
5つの言葉で、デザインが用と美を民藝に差し向けた詳説を
私は講義していくつもりです。


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『JBL4343の上には造形美のあるモノを置く』


   


     6月 16th, 2015  Posted 12:00 AM



私の自宅で最も権威性のある場所。
それは、私が常に目にするのはフリーランスデザイナーになって、
絶対に使用しようと考えていたJBL4343の右側トップ面に
選んだモノを置いてます。
まだ、若き金属彫刻家、
いや、金属オブジェ作家の早川氏のロボット的オブジェと、
徳田正彦氏(徳田八十吉)の九谷焼、
恩師であった柳宗理先生の茶器、
そして、倉俣史朗先生のアクリル花瓶です。
写真の色会わせにバカラのガラス器も置きました。
ここはいつも迷います。
JBL4343は5.5回目のメインテナンスを終え、
あと10年は大丈夫ということで、
エージングがようやく1ヶ月を過ごし、
あと半年はかかるかもという状態です。
このスピーカーは、東芝に籍を置いたままフリーになり、
ふるさと福井時代は、パイオニアのサービスマンの方に、
名古屋時代から、
今までも新たなサービスマンの方に面倒をみてきてもらいました。
私のデザイン活動を東京・福井・名古屋・大阪と見てきてくれました。
だから、このスピーカーシステムの上で、
私のデザイン活動を見守ってもらうモノ、
私はここは選び抜いています。
徳田八十吉氏の作品は、私は高校時代に衝撃を受けました。
そうしたら美大の先輩。
在米日本大使館の入り口には、氏の大皿があり、説明を受ける前に私から、
さも私の作品のごとく説明をしたものでした。
ともかく、倉俣史朗氏と柳宗理氏の作品、
この造形には今はやりのデザイン思考など、
全く無関係であり、若手金属オブジェ作家の作品は、
二回個展会場に通って選んだモノです。
これらの作品には、私の所にやってきたそれぞれの経過があります。
そして、造形の美しさは、私を刺激してくれています。
少なからず、
自分の作品でこの作品群の中で、明らかな存在感が無いモノは、
私のデザイン=造形言語から形態言語として、
完成はしないことになります。
したがって、モノを所有し使用するに至るには、
これらのモノとともに
絶対に呼吸をしてくれるかということになります。
したがって、もう一方のJBL4343の上の作品は、
まだ決定打がありませんが、
工芸作品として美大後輩の作品もあります。
それこそ、やや先輩風で、私にはもっと安く売ってくれ、
と言ったモノですが、
後輩がこの作品づくりで、
やはり、彼の工芸作家としての力量があります。
だから、
このスピーカーシステムに乗ってこない作品を私は評価をしていません。


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『アレロパシーとして電磁波を制御せよ』


   


     6月 15th, 2015  Posted 12:00 AM



オーディオの世界からデザイナーになってきて、
まさか、私が電磁波の世界と親密になるとは考えてもいませんでした。
まず、オーディオの世界では、
電磁力の関係は、スピーカーシステムで学びました。
そして電磁力を離れるための技術はエレクトレットコンデンサー関連で
静電気と人体の関係で、ヘッドホン、マイクロフォン、カートリッジでは
電磁波とは別個の知識をエンジニアの人たちから学ぶことができました。
ヘッドホンについては、オープンイヤータイプから、ベロシティタイプ、
そこではおそらく今ではその職人は居ないと思いますが、
重箱ミシンと呼ばれる、針が水平に手元に向かって縫い付け作業をする
ヘッドホンのイヤーカバー=耳あてパッドづくりを現場で見ながら、
その形状デザインと製造性を職人さんたちから教わりました。
したがって現代のヘッドパッドを見るとすぐに不満足箇所が目につきます。
電磁波は可視光線では色彩論を教えるには不可欠の知識分野であり、
それは眼鏡フレームデザインと関係をもっています。
パソコンモニター・液晶TVでは、近赤外線を詳細に見ていけば、
プラズマモニターが如何に駄目かを知り、その発言は叩かれましたが、
プラズマモニターの製造生産そのものが淘汰し消滅してしまいました。
今、私をとらえているのは、深紫外線と近赤外線、そして超音波です。
いずれ、
こうした電磁波と人間の関係を実際の製品化から商品で紹介するでしょう。
そんなこともあって、ULTRASONEのヘッドホンは、
ドイツで電磁波制御を成し遂げてHi-Fi化を成し遂げてしまっています。
先般もMacBookで十分だと私は判断しましたが、
あらためて、
私は所有しているヘッドホンアンプとしても確実なシステムで試聴をし、
このアンプは、デジタル音源をUSBで取り込むアンプでは、
私の一つの試聴用ですが、
これで確認してみてもあらためて「凄い」の一言です。
どうして車・オートバイ・オーディオ・万年筆・カメラというは
エンジニアの人格が見事に反映するのかと思います。
そうなってくれば、ただ高額だからというだけではなくて、
価格帯で決定づけられる高級品にはその技術品格があります。
その技術品格でも重要なことは電磁波の見識だと私は確信しています。
このところ、大阪大学のフォトニクスセンターでの深紫外線は、
一方で人間界には甚大な損傷を与え兼ねないのですが、
デザインによってそれはまるで、
自然界で起こっているアレロパシーの応用だと思っています。


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