kazuo kawasaki's official blog

「Blog形式変革に喧嘩を売ります」


   


     8月 2nd, 2011  Posted 12:00 AM

私のこのブログは、
すでに4年間毎日記述。
体調が悪くて発熱しようが、
定刻0時を越えて明け方近くであっても、
書き続けてきました。
予定通りのアップがないと知人から心配されたりします。
それはともかく毎日、ことばとかたちに向き合う私なりの決め事です。
私の性格は、一旦ヤルと決めたことは絶対にやりぬくことです。
これは祖父と父からの教えを受け止めてきたからだと思っています。
いわゆる「男の子」(この言葉はセクハラ用語)として、
ヤルと決めた事をやり抜けば、必ずそれは報われるものでしょう。
何が報われるかといえば、極めて「男の子」という望みにすぎません。
しかも私にとってそれは、モノの世界、
自分の日常性を包んでいるモノの体系にすぎません。
たとえば万年筆からファッションでの好きなアイテムだけの世界です。
しかもデザイナーという職能になれた幸運さで、
モノの体系には、素材から製造・生産、そして消費構造までに、
知識より知恵を巡らすことに一喜一憂しています。
オーディオが好きですから、ようやく1万曲=200Gをリッピング。
社会人になった時にはオーディオ、
いや美大の卒業制作も「3Dステレオシステム」でした。
今でいう、2.1ch=左右に中高音で一つの低音(ウーハー)です。
それよりも今、Social NetworkやCloud Computingの
より具体的な展開のなかで、
私はBlog形式をSocial NetworkではFacebookで、
閉じられたCommunityでの発言をしていくべきかと悩んでいます。
すでにデザイナーとして積み重ねてきた記述ノートの公開も、
自分で電子出版形式を取り入れました。
「好き嫌い」を明確な「わがまま」で
記録記述していく時代かもしれません。
実情は、Cloud サーバーの海外企業やSocial Networkでは、
まだまだ概念だけが先行しています。
その代表的な活動に「自分の情報発信性」を開示してみようかと、
私は賢明に熟慮している最中です。
こうした考えを突き動かしているのは、実に曖昧で、
「男の子」としては見過ごせない事が多発し始めているからです。
「時代・近未来に喧嘩を売ります」。
それは、今の自分の残された時間と自分に喧嘩を売るためです。


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「生年月日が同一の情あればさらに使命観を」


   


     8月 1st, 2011  Posted 12:00 AM

1949年2月26日。
私の生年月日です。
魚座・B型・左右利き。
これが私の基本的アイデンティティです。
さて、生年月日同一人物には
経済産業大臣・海江田万里氏がいます。
いわゆる占い的には、
魚座だとか、血液型とか、そして生年月日や姓名判断があります。
川崎和男の和男は父の命名でした。
私が交通被災したとき、父は姓名判断から名前の変更を言い出しました。
私は即座に断りました。
「川崎」も「和男」も生涯背負っていくこと何も不安はありえません。
姓名判断とか生年月日とか星座とか血液型が、
運命や宿命を決定しているものなのだろうか、と私は思っています。
確かに、なぜ、その日に生まれ、
父母兄妹(一人っ子でしたが今は実妹がいます)と出会うのかは、
ある意味では何事かあるのかもしれません。
しかし、すでに交通被災で車椅子という宿命が決定しているのに、
今更名前を変えようという意味が不明でした。
ところで、海江田大臣は、その重席と重責で辞任を求められています。
生年月日が同じなので、TVで彼の悲しそうな表情、
まして感情が突き上げてきて悔し涙になる場面を見ると、
私は、情を感じている自分と「泣くんじゃない」とか、
「首相に騙されているんだよ、重席から離れれば」とか、
「いや、この生年月日は責任を果たす星の下に生まれたから」など、
同情と叱咤激励と、さらに批判から非難まで心が乱れます。
同一の生年月日だから、彼の悔しさにはついつい同情があります。
B型だから・・・・それがどうしたとか、
左右利きだから、右脳も左脳もバランスがあるんだとか、
そのようなことが運命になって定められているのかもしれません。
けれども、運命や宿命よりも、
自分に言い聞かせるのは「使命観」です。
生まれて果たすべき使命だけには誠実さと正直さで自分を護ります。
2049年には、私の存在はありえないでしょうが、
でもきっと、国外から「世にはばかっている」ことでしょう。


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「資源無きモノづくりの危機」


   


     7月 31st, 2011  Posted 12:00 AM

日本は資源の貧しい国です。
化石燃料はありませんし、
それゆえに原子力発電を展開。
けれども、大規模発電所という偏向著しい発想、
これが地震や技術想定外により今回の「人災」です。
たとえば、硫酸などは全くありません。
しかし、亜鉛と硫酸を同時に積載する船舶が今年出来上がりました。
私には刷り込みが出来上がっています。
小学生の頃、「日本は資源が無いけれど、モノづくり大国になる」。
この刷り込み=inprintingが多分、血肉にまでなっているのでしょう。
だからモノづくり、そのデザインを職能にすることができました。
もう40年以上モノづくりデザインに関わり、
そのデザインは輸出し外貨稼ぎに生涯をかけてきたと自負できます。
現在は大学人ですが、私の哲学は科研費など絶対にもらわず、
正直には、今は国立大学法人にいるので最低予算はありますが、
すべてこれは教育研究費に回している次第です。
自分で、プロのデザイナーとしての収入を基本に研究をしています。
これは私の哲学であり理念であり、国家に頼らないという姿勢です。
伝統工芸産地づくりで国の補助金では何も出来ないこと、
自助努力でなければ、本物は創れないと確信しているからです。
したがって、御用学者を根本から存在否定することができます。
特に、膨大な研究費でただ無駄論文づくりの学者を見下しています。
なぜなら私のデザインした商品は必ず外貨獲得=輸出品です。
こうして日本のモノづくりでの体験では、
国内外のどこで、何が、どのように、
造られているかは十分に知り尽くしています。
そしてここ数年、日本でのモノづくりは段々と悲惨になってきました。
それは食糧自給率のごとく、国家の危機管理体制を壊しつつあります。
まさかこれが無くなったらどうするのだろうと思うモノが増えています。
ここで実例アイテムを書き並べることは差し控えますが、
東日本大震災によって、あの地方でのモノづくりが消滅しつつあります。
まして無能な政府の展望無き「脱原発」は、
日本からモノづくり現場を無くせ、国外へ工場という、
ほとんど「社会主義的独裁」です。
これは打倒破壊しなければなりません。
最近、大学人研究者が、専門家として激憤の政府批判。
なぜ、もっと早く声を上げてくれなかたのだろうかと思う。
今、この社会主義独裁国には声を上げなければならない。
私はもっと根本的に、基本的に、基準的に、
何がもはや国内で製造・生産できない製品アイテムが
あまりにも多くなっていることを警告しておかなければなりません。
だから、私は、デザインという知恵でこの難局打開を目指します。


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「災難犠牲=幸不幸の原則なり」


   


     7月 30th, 2011  Posted 12:00 AM

災難がふりかかれば、
多大な犠牲を余儀なくされます。
天災さらに人災、
いずれも不幸極まりないことです。
この不幸は幸運と幸福の反極にあります。
東洋思想では「幸不幸」が古代すでに設定と認識されていました。
私たちが生きていることの証として求めるのは、幸運と幸福です。

しかし、「幸」という文字漢字には、
人間の不自由さがすでに象形化されていました。
この漢字は、「両手を縛られた形象」になっていることです。
人間は生まれながらにして「幸」の状況であることを知る存在です。
まさに、この不自由さとは「死」は平等であり、
ここから人間は逃れることは全く不可能だということです。
したがって「幸不幸」の状況が区分されます。
それは崖から誰か、おそらく神という存在があれば、
神は突き落とします。
結果、生きながらえればこれを「幸」と呼び、
突き落とされて死を迎えれば「不幸」ということは定義されていました。
「幸不幸」を決定づけている存在を私たちは知ることができません。
したがって、生きながらえれれば「幸運」だったということです。
しかし、死を迎える不幸さとは背中合わせだということになります。
現在、大震災という天災は「幸不幸」を明確に区分しました。
ところが原発事故はまだ連続しなおかつ放射能の影響は、
日毎にその拡大と不幸状況を増大し続けています。
この事態にあって不幸になる予測はさらに想像力の中で、
常に最悪不幸を予測しておかなければなりません。
しかし、予知可能な最悪状況=両手をさらに縛り上げられていること、
この状況から脱出する知恵をめぐらし、
「幸不幸」に決着をつけることが人間には可能なはずです。
特に放射能のそれこそ想定外の被災影響の拡大から、
どのように私たちは不幸を幸に変換できるのかが突きつけられています。
毎日、牛肉はすでに食べることかなわずになりつつあります。
ホットスポットの拡大は想像力を超えています。
立ち上げること不可能かもしれないほど、
多大な犠牲=不幸の中に閉じ込められました。
歴史はすべからく不幸状況の連鎖煉獄にあったと言えるでしょう。
しかし、私たちは多大な犠牲への鎮魂を勇気に変えて、
こうした事態を乗り越えてきたから幸運と幸福を一時でも、
手に入れることができたのです。
原発事故の反省から、さらにこの事故原因を辿ることで、
新たな幸運と幸福の手立てを見い出す存在が「生ある人間」です。
「幸不幸」の狭間で何を学び取るかということになります。


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「沈黙の質、沈黙の美を問い直す」


   


     7月 29th, 2011  Posted 12:00 AM

サイレントユーザー。
商品やサービスのユーザーでありながら、
そのユーザーとして、
商品やサービスに不満や疑念を抱き、
本来なら不平や文句を言うところを我慢する人たちです。
そして、以後、決してその送り手である企業や組織には
二度と近づかない人・ユーザーのことを意味しています。
だから、デザイナーにとっては、
その不満や疑念もわからないままのユーザーがいること、
それはとても怖い存在です。
しかもこうしたユーザーの人が、
一度知人や友人に口コミ的に「あの商品は・・・」とか、
「あの企業は・・・」という話は、
企業存在を破壊する力があります。
いわゆるクレーマー=すぐに文句や不満を告げてくる人も、
ユーザーとしては、商品やサービス価値を貶めますが、
何も不満を語らない人の存在が最も怖いと思います。
私も自分の商品デザインを非難されたり批判されたりは、
常に起こっているものと判断していますが、
必ずこうした「沈黙するユーザー」がいることを意識しています。
若いときには特に購買するどころか使いもしないで文句を言われると、
「冗談じゃない」といきり立ったものです。
そして企業責任のあり方についても、
如何にクレーマーに対処するかというのでは、
それも企業のあり方を歪めるものになってしまいます。
ところで、今日本人は、
サイレントユーザーになってしまいました。
どれだけ不満や望みを伝えても、
現政府や行政に伝わらないならば、
「沈黙」する国民になってしまいます。
それが亡国につながってしまうと考えます。
現政府は国民のパニックを畏れて情報公開を控えている、
この考え方こそ、「沈黙する国民」を増加させています。
「沈黙は美なり」という武士文化も見事ですが、
「沈黙」の質にはきわめて慎重でなければ「効能性」、
さらに「存在性」を確実に失うことになるでしょう。
日本人は我慢強くそしてパニックにはならない知的存在であること、
私はその一人でありたいと思います。
だからこそ、日本人であることに誇りを持てるのだと思うのです。
今、「沈黙」が問い直されているものと判断しています。


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「Smart Communityへの社会と人間の進歩」


   


     7月 28th, 2011  Posted 12:00 AM

TwitterとFacebook。
この二つの登場、
あたかもSocial Networkの時代という印象。
さらに、Smart Gridが加わり、
Cloud Computingは、
かねてより私が予測していた「見えないコンピュータ時代」、
あるいは「コンピュータが消える日」ですが、
私の予測意図にまではまだまだ至っていません。
結局、Twitterは日本語140文字表現の「つぶやき」で、
それなりのコミュニケーションが可能でした。
大震災時に最も有効な通信手段となったことは大きな功績、
このツールがSocial Mediaづくりになりました。
しかし、Facebookについては、
まだまだ日本人には普及しづらいNetwork Mediaだと評価します。
理由は、二つ考えられます。
まず、Facebookが英語的な発想によるインターフェイスであること。
そして実名主義であり仲間意識の判断を明確にするということには、
日本人の曖昧主義では受け止めがたいものなのかもしれません。
PCでのNetworkにはやはりまだ概念でしかありえない、
Smart Gridというインフラが不可欠になっていることは確かです。
その最大の理由は電力というエネルギーと情報を不可分にしてこそ、
ようやく社会構造の全体像=新世界観になると私は思うからです。
そのとき、私は次の二つの言葉は再定義されることになるでしょう。
CommunicationとNetworkです。
一言日本語で言い切るなら、「伝達」と「関係網」です。
つまり、つぶやきでの伝達、その有効性は効能であり、
グリッド化されていくエネルギーと情報の関係性は機能です。
したがって、CommunicationとNetworkの統合化には、
確約された性能性が求められてくるでしょう。
それはSocial Mediaが何になっていくのかという性能が希求されます。
Social Communityが本当にSmart Communityの基盤になる前提です。
Communication・Community、
いづれもCom=二つが対等化するには
まだまだ社会も人間も進歩し直さなければならないでしょう。
この進歩を阻んでいるのは「政治」という手法形式かもしれません。
特に、現在のわが国では「政治」は阻害要因です。


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「都市計画ゲームソフトが示唆した現実」


   


     7月 27th, 2011  Posted 12:00 AM

1989年都市計画ゲームソフト登場。
日本では1990年に発売されました。
SimCityというゲームソフトですが、
自分が市長になったように
「まちづくり=都市計画」をしていきます。
このゲームには現実と遊戯性が混在していますが、
現実的な問題解決は、まさに現代にいたっています。
二つの特徴があります。
この街が、天災=地震、洪水やUFOの攻撃を受けます。
そしてこの地震や攻撃には、1906年のサンフランシスコ地震や、
東京がモンスター攻撃を受けて、ウルトラ警備隊の出動、
特筆すべきは2010年にボストンでの原子力発電所・メルトダウン。
このようなシナリオがゲームに仕組まれていたことです。
こうしたことに対して、インフラでは発電所はすべての長所短所があり、
浄水場、ゴミ埋め立て地、焼却からリサイクルセンターまで、
そうした配置での予算や結果までがシミュレーションできるソフト、
これが現代に見事に当てはまっています。
特に、メルトダウンでの放射能汚染地帯では何ができなくなるか等、
このソフトを是非とも思い出して代議員に使ってもらいたいものです。
単なるゲームソフトですが、
「事実は小説よりも奇なり」と言うのであれば、
「コンピューターゲームソフトは超現実予知にあらず」でしょう。
各種発電所の形式がすべて準備されています。
火力・水力・原子力から太陽光から風力までの長所短所、
さらに投資コストとその回収までがゲームシナリオになっていますが、
これは現実、今、対立議論されているそのままの内容です。
あらためて、この対立議論はゲームに過ぎず、
何ら真なる問題解決での解答にはなりえないことを示唆しています。
TV討論では、回答よりも応答の言い争いだけです。
特に、かつて原子力専門家たちは「危険だからそのプロパガンダ」集団化。
これは大きな専門馬鹿集団を育成した教育的大問題に過ぎません。
専門なら、いかに「安全と安心の技術開発」をすべきだったかです。
そこにまで才覚無き技術集団に原子力が取り囲まれていた問題を、
さらに次世代の原子力技術者の養成プログラムは必須事項です。
確かに、対立議論ではまったくの不毛の議論にすぎず、
新エネルギー獲得のための創造的発想とその技術開発は、
こうしたゲーム以上の想像力が要求されていることを学ぶべきと、
私は確信しています。
SimCityは、日本では「シムシティシリーズ」になっています。
このソフトが日本に上陸してきたとき、
日本はバブル経済の頂点だったことを思いだします。


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「自分に何ができるかという死生観」


   


     7月 26th, 2011  Posted 12:00 AM

時代は常に変動。
その時代の変動が社会を変えます。
社会が変わると日常性が影響されます。
しかし、日常性が影響を受けているかどうか、
そのことには意外と気づかないものです。
ある日、時代の変動が自分を襲っていたんだと思うのです。
ところが、自分が被災すれば、
時代や社会に関係なく日常性すべてが一新されてしまいます。
その代表例が病気です。
私は車椅子生活を余儀なくされ、結果、いくつも病気になりました。
その都度自分を励ます意味で病気とは言わずに「病」と言ってます。
したがって、天災であれ人災であれ、
これは時代も社会も病気になったことに等しいのです。
私は交通被災ゆえに人災でした。
人災は、持っていくところさえない怒りがあります。
しかも自分への怒りになってしまうほど自分自身を傷つけるのです。
今、被災地、被災された人たち、特に自分は助かっても、
家族や友人や知り合いを亡くされた方たちを見ていると、
きっと自分を責めているのだろうと推測してしまいます。
この哀しみが彼らを包み込んでいることに気づきます。
この時代を日本人は共有しなければなりません。
共有すべきことは、共時性と哀しみです。
そして被災地の哀しみを分配することが可能なのかどうかですが、
これは絶対に不可能です。
不可能ゆえにさらに日本人みんなの怒り、私自身の怒りも、
その解消が出来ない問題解決の前に立たされているのです。
義援金を送る、ボランティアになる、政府を攻撃する、
なんとか自分に出来ることを懸命に考える。
私はこのすべてが日本人としての今の「正義」だと思いますが、
問題解決をし終えたという「解放感」は手にすること不可能です。
私なりにこの正義の一端を果たしたいと思っています。
したがって、この正義のためには、
ひとまず時代と社会を変動させる事が何であるのだろう、
何が時代を、何が社会を、
これは日本全体がそれこそ放射能に汚染されていて、
「病」どころか「死」すら見えているという現実感を共有すること。
これは哀しみを超えて「悲しみ」がやってくることに等しいのです。
余命は明確です。
それは自分が生きている限りの時間に等しい事だけです。
つまり自分の余命時間内に自分に何が出来るかということでしょう。
あらためて自分の無力感と対決しています。
やはり、耐えきれない哀しみと悲しみをみんなが共有している、
これだけは人間として、生命が平等に持たされていること。
日本人は伝統的に、この平等認識に死生観を持っていたことを
あらためて自覚させられたということなのでしょう。


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「風土の復興より復権デザイン・基本案3」


   


     7月 25th, 2011  Posted 12:00 AM

今日地デジになりました。
被災地も楽しめているのでしょうか。

さて、私はインドと仏教の五大思想から、
25のマトリックス思考面に、
迷わず配置し決定しておく目標と目的。
それは、「文明の再構築」と目標と
「再文明化された風土の復権」が目的です。
この目的と目標は、
まず、被災地と被災者の人たちの生命の安全安心です。
そして、その安全と安心によって、
国内外の人たちにとって、最も先鋭的進歩的「まち」。
元々住民だった被災者の人たちの日常性を復旧し、
国内はもとより海外の人たちにとっても、
「住んでみたいまち」になること。
これは復興ではありません。
伝統的風土性の復権をめざすべきだと考えています。
物質系・情報系・エネルギー系が、
「スマートグリッド=SG」であれ、
「スマートコミュニティ=SC」であれ、
そのような形式が最先端だからということで、
構築することが当然ではありません。
SGもSCも一つの手法にすぎません。
最大の目標と目的には「風土性」を再創出すること。
風土性デザインは、少なからず、
まずは「ゲマインシャフト」地縁性・血縁性の確認。
そうして、海外がやってきてくれることです。
そうならなければ、
「ゲゼルシャフト」社会成立不可能でしょう。
そうしたことが「復興計画」デザインです。
実際は被災地はまだまったく救済と復旧していません。
それどころか、数十年、あの原発立地帯への
政治的手続きには、企画も計画も、
いわゆるグランドデザインはまったく皆無ゆえに、
海外に産業構造すら移行し始めています。
その最大の問題はリーダー無き国家を、
国民が諦めてしまっていることだからです。
現政権政府への期待感喪失が歴然としていることです。
政党政治にこの復権作業能力は無いと判断しています。


 


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「五大思想の重複から計画する・基本案2」


   


     7月 24th, 2011  Posted 12:00 AM

地・水・火・風・空、
仏教的五大思想にインド思想を重複。
木・火・土・金・水を重ね合わせます。
そうするとそのままマトリックス化して、
25の組み合わせを作成し、
この25の企画内容を整理していくことができます。

この図表に、物質系・情報系・エネルギー系を
重ね合わせて具体的なインフラ基盤と都市構造化、
そして日常生活=文化系の要素と要因を当てはめていきます。
今、私が書き上げようとしている一つの手法です。
文化系としてその「地」+「土」には、場ができます。
この場所は「まち」=町と街になり、
街は文明系の主たる性能面と機能面が生まれ、
町は文化系の機能面と効能面を配置していくことになります。
洒落た現代的には、「スマート・グリッド」が乗っかり、
この町と街が「スマート・コミュニティ」でしょう。
しかし、私は東日本の伝統に回帰すること、
すなわち、やはりこの地域には、
地震と津波は自然を常に常備形成していると考えます。
これまで歴史的に津波への言い伝えをしっかりと後世に、
語り継いでいくと同時に技術で自然と対峙していきます。
私は技術と自然の調和ではなくて、
はっきりと対決していくことが大事だと考えています。
そして、このマトリックス上25のコンセプトを
すべからく東北弁にする必要があると考えます。
いかにも「スマートグリッド」とか、
「スマートコミュニティ」は現代から未来的ですが、
あらためて伝統、
すなわちこの地方の言葉に差し戻す発想から、
復興の目標と目的、そのための町と街の形式と内容、
これらを決定していくべきではないだろうかと思うのです。
これは私が伝統工芸産地での伝統と創造を考え出すとき、
コンセプトとは言わない、カタカナ表記は避けること、
この二つを最重要視しました。
そうでなければ、この復興計画には、
「東京一極とか中心主義」がなだれ込んでくるだけです。
阪神大震災での「まちづくり」で、失敗した事例には、
「東京中心・大都市構造化」が重なっていたことが明白です。
このマトリックス25が今私の脳裏の中で熟考中です。


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