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「天災人災で知った語彙からかたちを」


   


     4月 12th, 2011  Posted 12:00 AM

なぜ、人は言葉を・・・、
文化人類学が教えてくれています。
人間は、毒のある物と、
役に立つ物に名前、つまり言葉を持ちました。
結局、人間は生きることと、さらに生き延びるために、
言葉を創り持つようになったということです。
そして、このような言葉の意味を知っていることが、
知識であり、日常生活では常識になっていったのでしょう。
私たちは今度の天災と人災で「識らなかった」言葉を知りました。
天災と人災で知り得た言葉=語彙は、身を守るための言葉でした。
正直なところ「知りたくなかった言葉」ばかりだったはずです。
大震災と大津波という自然の脅威に潜んでいた言葉は、
私たちが普段の日常生活では忘れていた言葉でした。
さらに、原子力発電所の事故では、
専門用語や放射能の意味まで知らなければ、
自分の「安全」を確保することができません。
人間が言葉を知る基本であった言葉でしょう。
まさしく、「毒=死」を予想するために知っておくべき言葉でした。
こうした言葉は語彙として日常会話語になってしまいました。
この日常会話語になってくれたことには大きな意味がありますが、
それは不幸な出来事の連続を背負い込んだにすぎません。
「予想外」とか、放射能を表示する単位語彙は、
科学者や技術者の言葉です。
私自身、デザインには様々な専門領域から言葉を移入します。
それが、専門的な術語、さらには原意から言葉変遷を追いかけて、
「言葉をことばとすること」で「かたち」との相対化が目標です。
「かたち」への相対化というひとつが「造形」です。
「造形」することと
「造形言語化」することが、デザイン実務です。
しかし、造形言語化は、結局、言葉であり、ことばとしても、
これらの語彙は、読まなければ理解できません。
したがって、デザイン手法によれば、
言葉→ことば→sign→図や記号=ピクトグラムにしていくこと、
これが目標であり目的、
すなわち、言語・語彙を突き動かします=do+signです。
designされた造形なら、「触ることができます」。
見て分かる「I see」できますということで、日常的な理解、
結局、納得してもらうことができると確信しています。
do+sign=designareという遡及こそ、designの原意だからです。
願わくば、すべからく「想定内」で分かっていることが重要です。


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「極東島国は謝罪しなければならない」


   


     4月 11th, 2011  Posted 12:00 AM

「リスク管理」という言葉は常識でした。
「デトリメント=detriment」になりました。
リスクとは人間個人の被害=被曝です。
デトリメントとは、社会=国際的な被曝加害です。
すでに放射能汚染の排水は海洋を汚染しています。
太平洋を汚染してしまいました。
なんとしてもこれだけは即刻、なんとかしなければなりません。
私たちは、極東の辺鄙な島国と言われてきました。
極東の島国・日本は世界的には「楽園」だったのです。
しかし、原発管理は「安全神話」で包み込み、また隠匿、
原子力というパンドラの箱の徹底管理に地道さを失っていました。
これは漁業従事者の方々はじめ国際的な大犯罪です。
したがって、被災地、しかも原発のあった福島県その場の人々、
特に漁業従事者の田畑に毒素をばらまいたことになります。
犠牲を強いたことは共同共謀強要罪に荷担しました。
海洋汚染だけは徹底的に食い止めることが大優先です。
デトリメント管理は謝罪、さらには国際的保障に至るでしょう。
その責務こそ、現政権は予知しているのでしょうか。
国際的に迷惑をかけるわけにはいかないことを犯しました。
福島原電発電所の土壌汚染を後回しにしなければなりません。
原電周辺の被災者をさらに苦しめることになりました。
「楽園」であった日本を失ったとともに、
私たちはデトリメント犯罪者になりました。
この自覚を認めなければなりません。
無論、復興しなければなりませんが、
重大な過失とは言い切れない海洋汚染をまず謝罪とともに、
具体的な方法論の発見とその具体化は緊急です。
この原因は確実に「原子力発電所」にあります。
だから、「原子力発電全否定」は論理的に成立します。
しかし、私は、それでも「原子力」と真正面で向き合います。
「だから原子力での犠牲と損害」からしか、
人類は学び取ることができないことを思い知ったのです。
原子力技術に終止符は私も納得なのです。けれどもなのです。
この無能さを人間が思い知ることに私は意味を見つけます。
自然とは調和などできないこと、さらに、
科学と技術の前にある原子力を制御する叡智発見に追い込みます。
自然と同様に原子力も背負い込む「諦観」にこそ、
絶望やgive upもabandonなどしてはならないのです。
resignからdesignを私は自分の生涯に背負おうと思うのです。
綺麗事でしょうか、綺麗事です。
海洋への贖罪=綺麗にする方法を見つけなければなりません。
あらためて極東の島国、私たちは楽園暮らしでした。
贖罪を放り出すわけにはいかないのです。
私が原子力をデザイン対象にするのは贖罪義務という認識です。


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「悲しき列島での悲しき連帯」


   


     4月 10th, 2011  Posted 12:00 AM

原電事故は「真実を露呈」しました。
大学人として「やっぱり感」と「無念感」です。
いくつも大学機能や大学法人制度に反省と、
大学・研究機関の制度設計・実施実現の再構築、
これらが必然たる具体例と象徴が明確になりました。
比して、鉄道技術=UrEDASという危機管理技術は見事でした。
その反対に、一般の方々もロボットへの期待感がありましたが、
結果は、「使えない」、「使い物にならない」ということでした。
海外から、ロボット提供が話題になりました。
日本のロボット技術は最高のはずだったのでは、
この期待感を一瞬にして失いましたが、当然です。
海外からのロボットも、肝心なモノは届いていません。
理由は明快です。すべて軍事ロボットですから提供されません。
無論、私もロボットデザインを研究課題として、
試作モデルを二台持っています。
ロボット学界からは、「たかがデザイナーの」程度だったはずです。
しかし、私のは「ロボット」という呼称すら捨てています。
「ノーメンクレーター」という呼称にしています。
これまで講演会では紹介してきましたが、
これからこの呼称由来と、
「ロボットデザイン基礎学」展開に入っていけることができます。
幸い、デザイナーが原子力をデザイン対象としてきたことは、
出身である東芝には受け入れてもらっていましたので、
一昨日プレゼンテーションができました。
「原子力は推進ではなくて、さらに進化させます」。
強行な推進もまして反原発ヒステリー主張も讒言です。
重大なのは「進歩」と「進化」です。
原子力への人間としての義務確認です。
今、ロシア・フランス・米国、相手に原子力技術成果を披露です。
日本のモノづくりは、「人間としての心あるモノづくり」。
まず、生産のライフライン復旧と生活のライフラインは同次元。
復旧ではなくて、「再構築」あるいは「新規開発実現」です。
大学には現政権からのアイディアが求められていますが、
「世界第二位で良い」と断言した閣僚のいる政権は無能です。
そんな政権支援より民間企業での具体的成果を成し遂げます。
「官(管)」より「民」です。
「学者」ではなく「実務者の連帯」です。
私たちは現国家体制に守護されてはいません。
自分自身で自己防衛しなければならない「悲しい民族」なのです。
パラダイムの大転換は、「日本の民」が果たすことなのです。
日本はあの「悲しき熱帯」ではなく「悲しき列島連帯」なのです。


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「HFEとHCDが復興手法の核心」


   


     4月 9th, 2011  Posted 12:00 AM

人間工学という手法論。
Ergonomicsと呼ばれてました。
これは武器設計学であったのです。
「安全」で「効果」を上げる実務学です。
攻撃する人間が安全で確実な攻撃効果が根底です。
しかし、大戦後にこの英国発祥学は、次段階になります。
米国では、Human Factor Engineering=HFEに進歩しました。
人間は必ずエラーを起こします。
これが人災です。ヒューマンエラーを回避し、
安全・効果・健康・快適が設計基準化されました。
さらに進化を遂げています。
そこで特に「安全」であろうとするときには、
自然現象の様々をよく観察し体験からの知恵が不可欠です。
地震・爆発・火災・温度異常・衝突・汚染・感電・放射能等。
こうしたことは想定外のことが起こるということです。
M9.0など誰が想像したでしょうか。
これは本当に自然現象だったのでしょうかとさえ思います。
津波の高さも自然の猛威暴力を示しました。
自然現象の「網羅的冗長性」というのが、
宇宙ステーション設計、の基本だと教えられました。
私は、ロボットデザイン基礎学に、
「安全→安心」デザインと
「安心→安全」デザインを、
Human Centered Design=HCDに手法化することが目標です。
少なくとも、これからの
地震・津波・火山爆発という天災に、
原発事故が加算されてくるとこれは人災になります。
単なるヒューマンエラーどころではなく、
根底からの発想の大転換が必要です。
大規模な原発ではなくて、
原子力工学をもっと「網羅的冗長性」にしていく支援こそ、
Human Centered Designの代表例でしょう。
私は今回の天災と人災から、
HFEとHCDを網羅化、
そして冗長性化した手法開発と具現化をめざします。


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「1Hを1Wから解放されてやり直そう」


   


     4月 8th, 2011  Posted 12:00 AM

5W1Hというのがあります。
who・亡くなった方々と生です。
where・破滅してしまった場所。
what・失ったモノや物、思い出。
when・見えない未来時間。
以上すべての喪失感の中に、
被災地の人々も、私たちも、ここに佇んでいます。
そして、whyをみんなが自責しています。
もうここからは逸脱しましょう。
whyに閉じ込められることから解放されましょう。
新たなHOWから始めることが企望です。
その前に、緊急のHowが大きな壁になっています。
私は、デザインのスタートの大前提には5W1Hからを
自らも実践し、教育でもこのことを徹底させる手法です。
死亡者・行方不明者には祈りと決意を伝えることしかありません。
景観であった街並みや風景はこれまでの都市計画では不可能です。
あらたな計画手法がまず必要でしょう。
着の身着のままの被災した人たちにとって、
最も大事だったのは、「思い出=写真・アルバム」です。
これは奥尻津波の時に、すでに明らかでした。
これまでデザイン実習課題では「災害をテーマ」にしてきたとき、
必ず、デザインサーヴェィすると、この結果がえられました。
人は、最も失って悲しいのは思い出という財産です。
これからまず、ライフラインの復旧からやっと復興ですが、
この未来、将来時間がまったく予測ができません。
それは原電事故の終息その後始末が全ての人に永久的だからです。
そして、精神的なストレスは常に「なぜ」を突きつけます。
これから解放されましょう。
そして、人智をつくすことは、How=「どのように」です。
まずアイディアと手法を創出することです。
私はドミノ計画とリエゾン計画と考えています。
いづれ明らかにしていくつもりです。


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「安全と安心・日本語の対語的欠落性」


   


     4月 7th, 2011  Posted 12:00 AM

日本語は、常に一語制に囚われています。
「感性」と「感情」
「優しさ」と「易しさ」
「科学」と「技術」などの対語がありますが、
一方だけの言葉を選んで、
もう一方の対語的な意味性を無視する傾向です。
これは意味の曖昧性を残しながらも、
いわば以心伝心的な日本風に寄りかかっています。
私は、常に、こうした対語的な意味性で、
一語選択言葉の相補性を確認して、本来の「ことば」原意によって、
「かたちとことばの相対論」をデザイン基底にしています。
なんといっても「安全」という言葉には、
この言葉の対語であるべき「安心」を対象化と対照化するべき、
このように考えています。
「安」はまさしく女性が屋根の下、空間の中に居る形象です。
これは女性の生命・次世代人間への連鎖性を保全する意味があります。
生殖連鎖の性である女性の保全が人類の「安全」という原意です。
一方の「安心」は、「安全」が確保されていることの安堵感です。
英語では、安全=safety・security・安心=Rilief・Reassure
フランス語でもドイツ語でも明確な対比性があります。
この対比・対照性を再確認していくとき、
「安全神話」という言葉は語りやすかったのでしょう。
曖昧性が虚仮になりました。
それこそ、聖徳太子の言「世間虚仮唯佛是真」を忘れています。
人間の世界では嘘と偽りでいっぱいだから、
その真実は仏様しか知らないのです、ということ。
なぜなら、英語でも安心をSecurity and Safetyとなり、
Security =外部からの攻撃を阻止保全し安全=Safety確保です。
したがって、安全を確保したとしても安心だというわけではないのです。
「安全」を神話として語っても、
安心という信頼は得られるわけはありません。
今、私は宇宙ステーション設計では安全工学ではなくて、
安全設計工学を担ってきた専門家からの指導と支援を受けています。
デザイン+設計に包含して、
いわゆる網羅性のデザインテーマ確立ということが肝要だと考えます。
「安全」で「安心」と
「安心」で「安全」、
それぞれの相補性が、
この網羅的なデザイン設計解を叶える企望だと期待しているのです。


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「謝罪するあいさつを再考」


   


     4月 6th, 2011  Posted 12:00 AM

昨日大阪市内に出てみました。
関西はいつもながらの風景でした。
同じ日本列島にあって、
被災地との歴然たる光景の違いを思い知らされました。
TV報道やYouTubeでは本当に涙すること多く、
震災以来毎日、胸がしめつけられます。
卒業式での答辞、被災地の人、さすがに東北人の強さ、
6日も津波で流されながらも飼い主の避難所まで生き延びた犬、
どれだけの「哀しみ」を携えながらも、
そこから立ち上がろうとする人々に、ただ感動しているだけです。
私たちは、この本当にすぐに揺れ動く列島船の乗り組み民族です。
考えつくすことは、真剣に「なぜ」という問いかけばかりです。
結論が正解とは限らないことに突き当たります。
「正しいこと」はやはり不明なのでしょう。
私は「応答」・「回答」・「解答」を使い分けてきました。
特に「応答」については、
「すいません」、本当は「すみません」
「申し訳ありません」、
この二つについて考えさせられます。
すみませんは感動詞です。
申し訳ありませんは、申し訳の有無です。
子供の頃は、すみません・申し訳ありません、という言葉、
いづれも日常語ではつかいませんでした。
「ごめんなさい」という謝罪会話ことばを覚えました。
そのことばを使っていました。
大人になって、
すいません・申し訳ありません、これは日常的な言葉です。
子供の時には、三つのことを教えられました。
  ●「嘘はつかない」
  ●「迷惑はかけない」
  ●「あいさつを必ずする」
そして、こうした教えを守らなければ、叱られます。
そうしたら必ず「ごめんなさい」と泣いて謝りました。
私は教育者になるとき、恩師から、
「叱る」ことと「怒る」ことを使い分けることを教えられました。
今、私たちは「怒っています」。
なぜなら、社会的なエリートはこともなく、
嘘をつき、迷惑を平然とかけ、今では世界に迷惑をかけています。
あいさつは、損得勘定でしかしません。
私は、こうした日常語の言葉、
日常語であるべき「ことば」を自分自身にも自問し直しています。
企望しつくして祈望しますが、
かなわなかったら、本当に心から「ごめんなさい」ですが、
私の企望が許されなくなる事態にならないよう祈望する毎日です。


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「景観を取りもどしてこそ景気が語れる」


   


     4月 5th, 2011  Posted 12:00 AM

水彩画スケッチが大好きです。
私がデザイナーになってからの趣味です。
もっとも、最近は本当に描く時間が無いので、
ひたすら水彩画の道具を買い求めることが趣味に代替。
ようやくデザイナー業務に慣れてから、
東芝時代には東北・三陸海岸に行きました。
おそらく、東芝時代最後の水彩風景画は三陸海岸のはずです。
八戸と久慈には思い出がいっぱいあります。
久慈焼や琥珀です。
なぜ津軽塗りと琥珀や久慈焼の伝統工芸活性化がないだろう、
こんなことを何度か、書いてきたことがあります。
ところが、あの景観・風景が消滅してしまいました。
私なりの景観論があります。
景観論が無くて「景気」の本質には近づけないと思い込んでいす。
景観=光景・風景・情景です。
光景とは光と闇です。
風景は、天変変位であり、日食・月食・彗星・雷鳴です。
情景は、自然と人間、人間と人間です。
その天変変位に地震や津波は、景観破壊に他なりません。
いま、あの被災地は情景だけがしっかりと強く残っています。
それだけがなんとか「哀しみ」を景観論を支えているのでしょう。
風景画が大好きなのは、美大時代に絵が下手で、
主任教授から、ひたすら風景画を描くことを指南されたからです。
セザンヌが風景画にこだわり、風景画のことばを残しています。
もう一度整理したいと思っています。
美大進学とデザイナーという道が、
私の天道で感謝する天職になりました。
だから、お天道様は太陽への道に頭を垂れます。
景観は天道であり、景観論は天道論にもなるでしょう。
これは私の思い込みですが、
この思い込みを私の宗教・倫理・道徳観にしています。
情景だけではとても「景気づくり」は不可能です。
なにが何でも、景観=光景+風景+情景を復興させることが、
光景=生と死、お日様が輝いていても闇となった、
あの悲惨な光景に奪われた魂への祈りには至りません。
景観づくりの企望は、いの一番景観創成です。


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「言葉に意味なし、ことばで学ぶ」


   


     4月 4th, 2011  Posted 12:00 AM

毎日毎日、原電事故は事態が悪化。
これまでの海外情報は
大震災に対してはとてもまともでした。
しかし原電事故については
国際的な「風評」発信になっています。とても無念です。
特に、原電事故での放射能は目に見えないだけに、
その「情報」だけになります。
この「情報」にも隠匿事実があるかもしれません。
そんな疑念に至るような解説が連続しました。
そして、この情報には専門的な単位が使われます。
今回私たちはシーベルトやベクレルなどという単語を知りました。
人間が最も「学ぶ」のは、このような事態に思い知らされます。
そして、人工物でしかも常に管理や非常訓練を怠ったなら、
どれほどの悲しみに突き落とされるかということです。
私は、この悲しみを私は「哀しみ」と言い換えて、
さらに自分への自責をため込んでこそ、
「勇気」が出ると断言しています。
今、ある意味ではこの不幸時から何を学び取るかということです。
学び取るということ、それはやはり命がけのことです。
学び取るというのは、体験が最も支援してくれます。
体験であり、しかも命がけで学び取った知識が、
本当の知恵につながっているのです。
「知識」ゆえに学識者、さらに、
御用学者の言葉が最も伝わらないことを全国民が学びました。
いかにも知識人という人が最も人間性を晒すかも知れません。
私はいっぱい見てきた体験があります。
まず、知識ではなく自己責務を果たすことが大事です。
自分の義務を自問し決断することが大切です。
「解説」などは無用です。シーベルト・ベクレルは言葉です。
「決断」した「覚悟」のことばが必要です。
私は言葉とことばと表現を変えています。
ことばには言霊が宿っている決断・覚悟・責務を表示します。
言葉は形式に過ぎず、言葉では「企望」にはなりえません。
ことばが「企望」を創出します。


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「義務あるいは責務原子力へ」


   


     4月 3rd, 2011  Posted 12:44 AM

この天災被害は一つの事象ではなく、
被害者それぞれの事件だという認識が必要です。
しかし、明確に原電事故は一つの人災的な象徴事件です。
したがって、
東日本大震災という名辞に問題意識が入っています。
だから、この対応策を発想していくことは問題解決として、
「応答」でしかありません。
現政権の応答態度は、当然、非難されてしまうのです。
たとえ応答であってもその答え方に「激励」が欠落しています。
被災者は「激励がこもった応答」なら納得するでしょう。
すでに3週間です。
東日本大震災による原電事故という問題認識も誤りです。
だから、問題解決は「応答」処置をつないでいるだけです。
しかもこの応答には復旧ではなく「修繕」です。
ところがその方法論は訓練されてきたとは思えません。
原発には「反原発」と「原発推進」の対決が歴史性を蓄えています。
少なくとも、この対決は今後必ず私たちを二分するでしょう。
この二分を「仕方無し」としてきた歴史が糾弾されるべきです。
つまり、「原発推進」も「反原発」も20世紀の遺物です。
私は「義務原子力」を世界が一丸になって取り組むスタートが、
福島原発と天災が啓示になっているものと判断しています。
私を推進派と反原発の人からから見られていますが、
私は「義務原子力」、「責務原子力」であり、
原発からの冷静で知的な進歩をデザイン対象にしたいのです。
もう、原子力蒸気機関での発電は終焉させる手法が不可欠です。
蒸気機関で連続湯沸かし機電力=エネルギーという発想から、
なんとしても抜け出す必要があると考えています。
具体的にはフランスの原子力技術にも限界があるということです。
日本こそ本当の技術立国として、被曝経験結果、今回の事故から、
大きな教訓で、「義務原子力」、
あるいは「責務原子力」に果敢に向かってほしいのです。
でなければ、復興の企望につながりません。


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