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「語れるデザインを創るために」


   


     7月 11th, 2011  Posted 12:15 AM

倉俣氏の作品三つを語ります。
私は7年連載をしました。
19作品を当時、
私の知りうる限りを尽くして、
それらの作品を解釈しました。
恩師から出版された著作評を直接伝えてもらいました。
「私も彼は知っているが、デザインというより、
明らかにアートに向けてデザイン手法を使っている」と。
そして、
「川崎は、彼に向けて壁打ち練習をしようとしていたから、
君のデザインは影響されてはいないよ」。
なんだか、ホッとしましした。
造形に向かう姿勢を読み取ろうとしました。
特に、デザイン対象と向き合うときの動機です。
音楽と映画については、
音楽も映画も表現することですから、
その重なり方が最も気になりました。
音楽と造形からデザインは、
ピタゴラス、パウル・クレーを相当に読み込んできました。
映画・戯曲については、
倉俣史朗の代表作「ミス・ブランチ」という倚子です。
「欲望という名の電車」1951年を何度観たでしょうか。
この戯曲的な名作が、どれほど彼を魅了し、
その結果の倚子も、
私はちょうど発表された時に目の当たりにしていました。
その時の、言われない怖れが残っています。
あの倚子は、私には造形としてたどり着いたときには、
本来なら、決して観ないで済むことを、
「観ることができる人間の才能」を感じます。
私はこの作品については2章で書いています。
今夜も、三つの作品のプレゼンテーションづくりです。
必ず、著作では語れなかったことを語ります。
つまり、「語れるデザイン」が、
私にとっても死に際まで追いかけたいと思っています。

夢の形見に」講演会


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「デザインは語れるか・デザイン評論の有無」


   


     7月 10th, 2011  Posted 12:00 AM

たかがデザイン。
私はデザイナーとして、
これまで受けてきたある種の侮蔑。
しかし、されどデザインの力。
私の自負心とこの職能ゆえの幸運さです。
デザイナーという職能にも色々あります。
そして、デザイン=外観造形という印象は今なお存続。
したがって、デザイン評論がありうるかということです。
私は、一人のデザイナー・倉俣史朗氏を7年間、
詳細に分析したことがあります。
デザイナーですら、デザインは解釈するものではない、
堂々と言い放つ人がいますが、
そうしたデザイナーの作品は必ず消滅していきます。
私はデザインしたモノには、
やはり、意味することと意味されることがある、
これは記号論的な言い方を借用していますが、
7年間、一人の作品を分析してわかったことは、
本人がそこまで熟慮はしていなかったかも知れないこと、
それが作品の「永続的な存在性」を担保化しています。
したがって、私自身、自分のデザインするモノ、
そのモノが現代性と歴史性を必ず纏わないモノは、
この消費社会では消費どころか、
消滅・消尽すると結論づけています。
たとえば、幸いにも私はオーディオ商品に関わりました。
この世界は、ある意味ではマニアックな世界観や、
製品の存在性が仔細に問われます。
だから、30年前のデザインしたモノが今も残っています。
明らかにそうしたモノは背景となるモノ語りがあります。
モノ語り=物語は、アフォーダンスの持続性、
そう断言してもいいでしょう。
「倉俣史朗デザイン・夢の形見に」を出版しましたから、
私自身が、この著作から三作品を選んで、
プレゼンテーション手法も新たに評論をするつもりです。


夢の形見に」講演会


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「海事システムデザイナーが必要」


   


     7月 9th, 2011  Posted 12:00 AM

教育アライアンス。
合同の教育プログラムです。
これからはこの教育システムでしょう。
「関西海洋教育アライアンス」。
四年目を終えました。
海事・港湾・船舶・造船などにデザイン論を展開しています。
大阪大学院・神戸大学院・大阪府立大学院一年生が対象です。
海洋システム工学に、デザインを二つの方向から教えています。
デザインマネージメント、デザインディレクションです。
私はデザインディレクションを担当。
デザインマネージメントは、プロの専門家を客員教授として招聘。
デザインマネージメントでは、コト(海事関連)からモノへ、
デザインディレクションでは、モノ(船舶・造船)からコトへ、
この二つを組み合わせて、チームによる発想から調査を、
表現としてスケールモデルでの造形デザインまで具体化します。
最後はプレゼンテーションをして修了というプログラムです。
今年度は、あえて「災害・救援」を海事システムにというテーマ。
メガフロート・ユニットモジュール船舶・発電メガフロート、
この三つの提案がありました。
これからの日本にとって、「メガフロート」は日本の生産物として、
大きな期待に応えられるモノになるはずです。
これから海事システム・造船や港湾設計に関わっていく学生には、
重要な分野になるはずです。
しかし、特に、港湾関連での「メガフロート」建造計画は、
まったく実現されていません。
理由は、日本の政治システムと連関しています。
しかもいわゆる政治家の建設族とか土木族に、
まったくこの発想が無いという事実があります。
すでに韓国の釜山港湾システムは、
まさしく海事関連での港湾計画では日本を追い抜いています。
日本の港湾には、接岸できる船舶の大きさにも制限があります。
海に囲まれたわが国の、海事=港湾と船舶、
この領域に新たな世代を育成していく重要性を、
私はこの4年間しみじみと体験することができました。
そして、Ship of the Yearの審査委員も拝命していて、
本来なら「船酔い」体質ですが、船舶と港湾から、
あらためてこの分野に、
海事デザイナーという職能が必要だと確信しています。


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「日本のProduct Desigerを日本から」


   


     7月 8th, 2011  Posted 12:07 AM

「DESIGN TOKYO」展、
2年目になります。
若い世代・次世代デザイナーには、
今国内コンペがありません。
あるのは、企業が自分の企業戦略として、
自身の企業商品アイディアを求めるものです。
したがって、次世代には自分のアイディアを
自由に発表する機会がありません。
海外の有名な見本市での発表は、
相当の出費を余儀なくされ投資効果ありません。
またそうした知名度のある見本市では、
出展させて見本市企画会社がある意味では、
次世代から出展料を取るだけの所も目に付きます。
最近では韓国や近隣の若手デザイナーは、
欧米でのそうした出展はしていませんから、
ある意味では日本人はカモにされているようです。
そうしたこともあって、
おおまかなテーマ、椅子・照明器具・スピーカーに、
今年は途中から防災グッズも加えてみました。
椅子などはやはり商品化までが困難さがありますが、
照明器具・スピーカーはあと一息で商品になるようです。
今年はMoMA のキュレーターや実力あるバイヤーに、
審査委員をお願いしました。
来年はもっと「実務で支援体制」を固め、
「日本から次世代デザイナー存在」を発信させます。
私自身は30代に米国・Accent on Designから、
デビューしました。
当時、米国でいきなりCNNに作品が取り上げられ、
会場でいきなりの取材に躊躇ばかりしていました。
プロデューサーに言われたのは、
「売名行為に徹しなさい!」。
日本人として生きてきた私にとって大ショックでした。
海外進出するなら、もっと自分を商品化することです。
今回、出展している人たちにも、
カタログは英語でとか、海外ならこの展示会をとか、
製造コストを考えると、この部品は海外でとか、
私の体験や情報を伝えました。
もっと、次世代にはいっぱいノウハウを伝える覚悟です。


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「日本の文房具業界は元気だ」


   


     7月 7th, 2011  Posted 12:00 AM

ISOT。
International Stationary
& Office Product Fair TOKYO
「国際文具・紙製品展」に、
審査委員長3年目になります。
この展示会は、アジアでは最大の見本市です。
すでに22回目になります。 http://bit.ly/oSrWIa
一般的には「日本文具大賞」というのを選別します。
部門としては、
「デザイン部門」と「機能部門」にして、
それぞれの大賞を選んでいます。
国際的にも、文房具や紙製品・ノートなど、
様々な文房具が応募されてきます。
今年は、優秀賞から全てが「日本製」でした。
あらためて「デザイン」という視座と
「機能」という視座で、
デザイン専門家2名専門誌編集長3名で選別しています。
あえて「デザイン」というのも、
単なる「外観や装飾性」ではなく、
企業姿勢やユーザー価値性への統合的で、
文房具の未来を示唆しているモノを選んでいます。
「機能」は、素材から文房具性能やメーカー理念までを
審査側は判断してします。
時に、海外製が入ってきますが、
今年は全てが日本製でした。
文房具のアイテム数から、その多様性においては、
日本は最高の「モノづくり」をしています。
きわめて、日本の文房具業界は世界でトップです。
私は、この日常性に最適な価格と使い勝手では、
日本人の「思いやり」に優れた業界の元気こそ、
Made in Japan as No.1だと断言します。
この業界の元気こそ、今、日本、日本人の、
徹底した元気さで有り続けてもらいたいと願っています。


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「復興と救済のため元気に」


   


     7月 6th, 2011  Posted 12:00 AM

東日本被災地を見ると、
まだまだ救済が先決。
それを威嚇する政治家の存在、
人間としてありえない。
彼を代議士とした地域を彼は穢しました。
今回この国難が私たちに突きつけていること、
まずは反省と自省というのがそれぞれが引き受けるべき事。
その第一が、現政権を選んだこと。
日本人は穏やか過ぎるのかもしれません。
「節電」ということをしっかりと引き受けています。
それに罰則を与えるというのは、
私の経験では、「伝統工芸振興法」と同じです。
この法律は、沖縄返還時に、
沖縄の産業振興が直接的な動機だったと思います。
ところが、この法律にも罰則規定が設けられているはずです。
要は、すべからく報告義務を設けて伝統的な工芸技術伝承、
理解不能なことが罰則規定になっています。
法律機能の悲しさです。
私も法廷に立ったことがありますが法律には、
どこか、人間としての基本的倫理を押し潰すようです。
少なからず、私は被災地の人たちの「我慢強さ」に、
私自身が励まされました。
だから、まだまだ救済されていないことへの世論が必要です。
そして、復興というのは、
被災地ではなくて、本当は東京であり、日本全体でしょう。
現政権こそ、政治姿勢の復興がなされないかぎり、
実際問題としての被災地対応には進めないと判断します。
ゆっくりとしている場合ではありません。
ホテルはしっかりと「節電」を守っています。
にもかかわらず、
ある公益法人はかいくぐっていることを目の当たりにしました。
復興担当大臣というリーダー性に大きな欠落を知りました。
救済すべきは、リーダーたちの人間性だったのでしょう。
私たちは、ここから、被災地以前に日本そのものが、
復興しない限りは、被災地を救済もできなことを、
あらためて確認しなければならないようです。
日本が元気を回復することをともかく皆が意識することでしょう。


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「自然エネルギーという幻想」


   


     7月 5th, 2011  Posted 12:00 AM

ドイツ、イタリアは原発撤退。
代替エネルギーは自然界エネルギーへ。
おかしいと思う。
基本的エネルギーである原発電力は、
フランスから買うらしい。
フランスは大丈夫なのだろうか。
私は大規模な原子力発電所に問題があると考えています。
したがって、反原発ではありますが、
原子力発電の技術をさらに詳細に進化させること。
脱原発は相当に困難であり、
ほとんど不可能ではとさえ考えています。
太陽パネルにしろ、風力にしろ、
いわゆる自然エネルギーというのも、
原子力技術を一つの大きな手かがりにするべきと思います。
太陽光発電の電力会社買い取り制度など、
結局は補助金無しでは成立しません。
風力発電の現実はあまり知らされていないことも事実です。
無論その他の方法もあります。
単純に考えれば、水力発電で高低差100mで、
距離約1Kmで小規模発電は可能です。
エネルギーは、日常的な家庭用と工場産業用、
さらに公共機関用の三つが絶対に必要です。
「自然エネルギー」という言葉のあたかも正当性には、
エネルギー政策の現実的問題解決は成立しないのです。
太陽光も風力も、海洋の波や海流も、地熱発電も、
すべからく私は運用すべきだと考えます。
しかし、自然を利用する技術力がもっともっと必要です。
今、政府がもっともらしい「自然エネルギー転換」などは、
決して信用すべきものではありません。
平然と原子力汚染水を太平洋に放流する政治指導者を疑います。
原発推進派だった学者が世論で、原発批判派転向も疑います。
さらに原子力専門家ゆえに反対を貫くために大学人を疑います。
専門家なら、なぜ、「安全で安心」のシステム創出に背を向け、
大学という温室から、反対派の扇動者で生きてきたのか超疑問。
20ミリシーベルトなど許すべきでないと、
泣いて訴えるだけの専門、なぜ毅然と闘わないのでしょうか。
原子力専門家というのは、最も危険で最先端だからこそ、
「命がけ」の職業のはずです。まるでF1レーサーなのです。
それならどうするべきなのでしょうか、
今、私なりに、私自身にとっても、
緊急に結論づけるべき大問題です。悩んでいます。
ふるさと福井の原発地帯を補助金欲しさと罵る輩は許せません。


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「2050年までに水問題想定内へ」


   


     7月 4th, 2011  Posted 12:00 AM

まもなく69億5千万人。
来月の世界人口はこれを越えるでしょう。
現在私たち日本人は、
天災という当然想定内を
遙かにしのぐ国難の中に放置されています。
原発事故によって、
本来なら最先端で安全であったはずの技術、
原子力発電は、大津波という想定外で破壊されました。
私は、流氷に乗ったままの白熊を、
講演会などではトップ画面で使うことがあります。
それは白熊は必ず死んでいくわけです。
流氷はそのまま、地球であり、日本列島です。
白熊は流氷に乗ってしまったからには、
必ず死に至ることを多分想定はしていないでしょう。
だから、流氷の白熊は、そのまま地球上の人類です。
日本は電力というエネルギーが死活問題であること、
おそらく地球上で最も切実に想い知らされたと思います。
そして、緊急に「想定内」にしなければならないこと、
それは「水問題」です。
2028年に100億人という想定は間違いでした。
このままでは2023年には100億人を突破します。
少なからず、1949年生まれの私は、
限界を2049年・100歳としましょう。
もっとも、私の心臓はもたないことは明らかです。
そうなれば、私にとってはもはや関係の無いことです。
2050年に音速ジェットで、
ヨーロッパまで2時間が可能といわれています。
確実に私は体験できないでしょう。
それでも、そこに到達するために、
様々な素材開発や新たな造形要素の創出は、
デザイナーとしての義務だと覚悟しています。
そして何よりも「水不足」のこの死活問題を
すでに想定内に入れること、そして対策としての
国際的な「水」確保のデザインスタート時期到来です。


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「代議士達の資格と能力は別物」


   


     7月 3rd, 2011  Posted 12:00 AM

高校時代の親友の一人はもういません。
しかし、娘さんがいます。
ピアニストに成長しました。
ちょうど北京出張と重なり、
彼女がデビューするコンサートに出られませんでした。
幸いに最初のコンサートは福井からでした。
高校時代の同級生で福井在住のみんなは結束が堅くて、
彼女のデビューをみんなが支えてくれたようです。
大成功のまま、次回は東京になります。
その親友はキャリアでしたが50代で逝きました。
彼女がピアニストを希望していることで、
私は彼から相談を受けました。
私は大賛成をしました。そのことを彼女は知りませんでした。
もう一人の親友がいますが、その娘さんもピアニスト。
彼は、「娘だけはピアニストにするもんじゃない」と、
嬉しそうに中心になってコンサートを仕切りました。
今、彼の娘さんは海外に留学しています。
ピアニストという職能は才能=能力がピアニストという資格を決定します。
私も教育者ゆえに、
才能の有無が資格と能力の関係をずーっと見つめてきました。
それは私自身についても、
特にデザイナーという職業に就けたことは幸運でした。
そしてデザインの世界は、
とりわけ才能がデザイナーという資格に直結しています。
しかも、その資格は常に能力が問われています。
いわゆる、国家資格という職能ではないだけに、
資格=才能=能力は日常的に試行され続けています。
さて、政治家の資格は短絡的に言ってしまえば、
民主主義という多数決で決定されて与えられる職能です。
いわば、議員バッジが胸にあれば、
才能というのは、選挙で選ばれるという能力です。
それ以後は、その資格の能力は、
彼らの「仲間主義」だけの中で温存しているだけです。
仲間主義=民主主義だと断言することは憚りますが、
ややもすれば、仲間だけの欲得=欲望が、
今この日本のリーダーに蔓延しているかも知れません。
悲劇です。
あらためて資格と能力というあり方を
民主主義に照合してみなければならないと思います。
なぜなら、リーダーとして資格を与えた私たちにも
重大な責任があるということです。
代議士という資格は、無能にも関わらず、
「圧政」での国難解決に向かおうとしています。
絶対に不可能です。
いわゆる代議士たちの資格と能力は別物だと確信します。


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「罰則のある節電なんて圧政である」


   


     7月 2nd, 2011  Posted 12:45 AM

今年の夏。
私たちは「政権交代」で、
明らかな新社会体制に期待一杯。
ところが、事態は一変どころか、
日本は、敗戦後再び、もう一度「建国」です。
1970年代に社会人になって以来、
私の世代は、高度経済成長での、
オリンピック、万博を経験しましたが、
毎年「異常気象」が連続し、
景気は、バブルもあれば大不況も、山あり谷ありは至極当然でした。
しかし、「国難」となって、
私たちは指導者を失ってしまっています。
「節電!」、無論私たちは穏やかな倫理感の中で受け入れてきました。
ところが「節電?」。
なんと大罰則での強制です。
ありえない。
もし「原子力発電所」が閉鎖し始めるとこうなるんだという、
「見せしめとしての政策」ならば、
現政権がこの天災も人災も引き込んだと断言可能です。
私のふるさと福井県は「原発銀座」と呼ばれ、
この関西に電気を原発から送り込んできました。
私はこれまでの「原子力発電所」システム大是正を主張しています。
原子力技術の進化は原発を創ることでは無いという主張です。
ところが、お上から「節電」ということになればこれは圧政です。
送電や変電を即刻変えるプランはまったく見えません。
「Smrat Grid」という言葉だけが存在し、
もし、今回の大震災・原発事故が無ければ、
幻想であったとしてもこのシステムが稼働するはずでした。
基本的には「Smrat Grid」どころではなく、「節電」?。
ともかく罰則を強いる民主主義など形骸化そのものです。
「自家発電」を結集させる「対策」が前提のはずです。
現政権には「政策づくり」などは不可能。
せめて「節電」は自由意志とする「対策」の一つであるべきでしょう。
「電力」の大切さをこれほど自覚している国民を
「罰する」というやり方は「圧政」に他なりません。
私たちは、「政治家・政治屋」のいらない新たな政策システムを
本当に創出することに向かわなければならないのです。
そのための私の方法と手段を早急に考えなければなりません。


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