kazuo kawasaki's official blog

「幸不幸の連鎖の中で」


   


     10月 27th, 2011  Posted 12:00 AM


日常性が忘却させてくれること、
それは、生きていることが死にむかっていること。
そして自分には起こらないであろう不幸さと歴史観です。
3.11は私たち日本人に、3万人の同胞の死と、
被災した人たちそれぞれの多様なる不幸な事件性でした。
ひょっとすると、いや実は、
人類は不幸さを引き込み始めているのかもしれません。
2012年には、世界的に「政治的な指導者」が不明です。
もっともわが国には政治的指導者を失ったままですが。
昨年9月に私は東芝の原子力研究所を見学しました。
「貿易立国日本は、20年は安泰」という確信しました。
つまり、私の生涯は安泰な日本国民という認識でした。
しかし3.11はこの思いを粉々にしてくれました。
幸運であることと幸福であることは、
中国の古典どおりに「幸不幸」の狭間にあることを、
あらためて再確認させられたのです。
28歳で車椅子生活になった私が、
東京を離れる決心をしたのはジョンレノン暗殺でした。
「青春が終わった」という自覚を自分決着させたからです。
3.11以後、東芝にて「復興計画デザイン」に参画しています。
1000年に一度など自分の生涯に重ねたくもありませんでした。
この哀しみの想いにずーっと引きずられてきました。
「復興計画・25のプロジェクト」を書き上げました。
声高な脱原発論でこうしたプランが進行するわけがありません。
東京中心主義を離脱した「日本再生プラン」こそ、
「復興計画から未来デザイン計画」であるべきと考えています。
「幸」とは元来、両手を縛られた不自由さを意味しています。
しかも、私は「電池切れ」、「節電」どころではなく、
ようやくあと5年の「生」が最低保障されたところです。
1000年に一度の「幸不幸」の狭間をしっかりと体験すること。
これこそ「幸運」なことと考えるようになりました。
父母・恩師の死から、ジョンレノン、そしてジョブズの死、
私の生涯での「幸不幸」を、
大津波の廃墟写真を見つめながら勇気を抱いて、
慎重大胆に自分の生涯に引き込んでやろうと考えています。


目次を見る

「哀悼・スティーブ・ジョブズ氏」


   


     10月 26th, 2011  Posted 12:00 AM


生と死に向かい合うこと。
それが自分の人生で最も重要なことでしょう。
しかも自分の人生に多大な影響をもたらしてくれた人。
その人の急逝が、自分に突きつけてくることは巨大です。
Appleの創業者であるジョブズ氏の行動力と実現力は、
ことさら私自身と私の日常性、さらにデザインを
常に深く見つめることが私の人生に重なっています。
Apple II・LISA、そしてMacintosh128Kから、
今日に至るまで私の傍らには、
進化し続けるApple製品がありました。
しかも私は今では伝説となったジョンスカリー氏と
さらにアランケイ氏、そしてIndustrial Design Teamと
七つのProjectに関与しました。
その時には、ジョンスカリー氏はジョブズを、
Appleから追放していた頃でした。
ジョブズ氏が舞い戻って、iMacが華々しかった頃には、
彼と会うことを周囲からも勧められましたが、
ポリカーボネート素材製のiMac否定派だった私は、
会いませんでした。
1984年、Macintosh128Kのプレゼンテーションを見ると、
ことさらに彼に会っておくべきだったと悔やみます。
いわゆる「アメリカンドリーム」具現者として、
彼は語られますが、私はそうは思っていません。
彼は米国なら夢が創出できることを証明した人物です。
それは米国という自由風土性ではなく、
夢は、いかにハングリーで、いかに馬鹿に徹するかを
米国人として見事に体現して見せてくれた人物でした。
彼には限られた時間内での生と死を見つめたでしょう。
私もすでに残されている時間を意識しています。
パソコンは確かに進化と進歩を遂げてきましたが、
WYSWYG=What you see is What you getの世界観は、
まったく不動であり、進化しているとは思っていません。

私は彼の人生に深い敬愛と哀悼を持ち続けることでしょう。


目次を見る

「ICDは経皮充電可能である、しかし」


   


     10月 25th, 2011  Posted 12:00 AM


5年前埋め込み手術以来、
すでに経皮電磁誘導にて体外から
電池の充電は可能だと判断してきました。
メーカーにも幾たびもそのことを提案してきました。
しかし、メーカー、しかも米国では、
すでにデータ転送は経皮転送をしながらも、
「取り替え手術」で480万円で売りつけることが許諾。
リード線は16万円です。
手術の医療点数は「命がかかっているのに低すぎます」。
日本製は、AEDはあってもICDはまったくありません。
日本製の医療機器は「医療測定機器」はあっても、
「医療治療機器開発」は困難極まりなく、
メーカーはPL法や薬事法許諾の厄介さのために皆無です。
大学では医工連携がブームでありながら、
こうした肝心な機器開発には近づこうともしていません。
これは原子力工学の立ち後れと同様だと、
私は思って私なりの抵抗をしてきました。
入院中に発売した「血圧計」は、
欧州血圧学会基準に合格させる開発をしました。
これは日本では初めてのことです。
こうしたことに国内メーカーも消極的過ぎます。
さて、ICDとはAEDが体内にて頻拍や徐脈や細動を
電気ショックを与える「治療器」です。
40年も工業製品開発・商品化、
特にエレクトロニクスに関わってきた私には、
あまりにも米国製ICDは高額過ぎます。
日本製なら、現在では「急速リチウム電池」で、
経皮充電をすれば5年毎の手術は激減させられるでしょう。
日本人にとってこそ、
海外製より高度な日本の電子技術応用が可能です。
リード線についても日本の材料工学的な開発なら、
不良率をさらに低下させられるでしょう。
医工連携といういかにも先端的学際性は、
日本の大学研究の形骸化したブームに過ぎません。
私ならこんなに不格好で性能も機能も不満なモノは、
デザイナー倫理観に反していますからデザインしません。
すでに、私のICDは自分でデザインすべきと決心しています。
ぼったくられている海外製医療機器開発こそ、
日本本来の医工連携であり、
これには政治主導が当然のはずです。
「世界一」でなければならないのです。
この怒り=痛みをデザインに向けます。
医工連携やMEを声高に「論文世界」に埋没している学者自身、
「自分のための医療器治療機器具現化」をするべきでしょう。
私はこれを目指す覚悟です。


目次を見る

「除細動器埋め込み入れ替えより生還」


   


     10月 24th, 2011  Posted 12:00 AM

ブログ再開させていただきます。
ご心配をおかけしました。
励ましをいっぱいいただいたこと感謝します。

 

左:2006 右:2011・今回新規埋め込み+リード線追加


2006年に「敗血症」になり、
「多臓器不全死」から戻りました。
この経験は交通被災・幾たびかの心臓発作、
そして何度かの重篤を経験した私には、
除細動器の電池切れによる再埋め込み手術は恐怖でした。
感染症を引き起こしやすい体質になってしまったからです。
正直、「死ぬ」ことへの恐怖は全くありません。
ただ、まだやりたいこと、やり残していること、
私を師と思って懸命になっている教え子たち、
そして最愛のワイフと別れることには、
とても自分を納得づけることができませんでした。
このブログを休止したのも、
手術前のこうした大きなストレスと対峙することでした。
この5年でICD=除細動器は進化していました。
しかし、肝心のことは全く進化していませんでした。
日本人は日本製で自分たちを護るべきでしょう。
これはこれから私の私への大きなテーマです。
さらに、リード線の不良率は10%から1.8%となり、
この取り替え手術も付加されました。
以前のドクターはミラノへ留学中。
よって今度の執刀医は、
学位論文作成時、そして公聴会対応などでは、
あるChannel詳細での指導を受けたドクターでした。
手術直後の「儀式」もすることができました。
そして、決して「痛い」と言わないことも守り抜いて、
病室に戻ったとき、ワイフの顔を見てから、
やっぱり「痛いよー」と泣きました。
これでまた5年は生きながらえるでしょう。
ふるさと福井に戻り、ふるさとの空気で試運転。
講演・親友たちと食事・墓参をすませました。
しばし、体調を労りつつもこのブログ再開です。
しばらく沈黙していた時間にみえてきたこと、
どうかご愛読をお願いします。


目次を見る

「電池交換時期到来ゆえ休筆します。」


   


     8月 31st, 2011  Posted 12:00 AM


9月は体のメインテナンスになります。
思い切ってしばらくキーボードから離れます。
TwitterやFacebookに書き込み
報告することがあるかもしれません。
毎日、愛読していただき感謝します。
最近は、Facebookでは本心をも伝えることができます。



目次を見る

「高級品ということの詳細」


   


     8月 30th, 2011  Posted 12:00 AM


日本語での「高級品」。
この定義は曖昧です。
まず高級という言葉の意味範囲が狭いのです。
高級品=高額品という印象があります。
しかし、高級というのは必ずしも高額でなくても、
安価なモノでも高級品というのは存在します。
そこで英語圏や仏語圏での「高級な」という言葉と、
比較してみる方法があります。
海外には高級を意味する言葉が豊富です。
贅沢なということから高品質までが「高級品」内実です。
日本語なら絢爛豪華な過飾性から単純簡素性までに、
「高級品」は存在しています。
勿論、高額であることも高級品の一つの定義です。
しかし英仏両方とも「品質」の信頼性が定義核心になっています。
そして、日本では「品格」が高度であることが求められます。
いわゆる「成金趣味性」には否定される範疇です。
最近では中国製の模倣品が「高級ブランドそっくり」です。
これを身につけていてもまったくわからないほど正確になっています。
ある経営者は中国模倣品をいたずら心で身につけて、
周囲を楽しませているという話を聞きます。
結局、「高級品」あるいは「高級ブランド」は、
所有性・使用性においてその使い手の品格と同調するわけです。
したがって、日本ブランドが高級品かどうか、
それは一等国家=高級国家(あり得ない呼称ですが)を意味しています。
少なからず、私たちは「高級品」という価値観を、
私たち自身に向けて再確認する必要があります。
今、私たちの国は決して品格ある国家ではなくなっています。
この国難にあって、復興と再構築には「高級」であること、
それは目標と目的として「品格」の高密度化に連動しています。


目次を見る

「モノの値段・安価と安物」


   


     8月 29th, 2011  Posted 12:00 AM


久しぶりにワイフと散策。
阪大特任教授時代の定宿ホテル。
地下にはブランドショップ。
まったく勝者盛衰を見るように、
消えてしまったブランド、
新興勢力化してきたようなブランドを
すでにショップはCLOSEDだったので、
文字通りWindow Shoppingをしました。
それなりに高額なモノですが、
かつての衰退したブランド程高額ではありませんでした。
思い切り高額であるブランドショップは消えていました。
それだけ、日本の可処分所得での購買価格帯が
低下してしまったのでしょう。
たとえば、皮革製品でクロコダイル皮革商品は高額です。
しかし、クロコダイルは地球環境が影響して、
皮革パターンが狂ってきています。
だからまったく対称パターンの本物には出会えません。
むしろフェイクながらクロコダイルダマシ的なモノが、
正確なパターンになってしまいました。
価格も100分の一ぐらいです。
これを安物というのか安価というのかは、
購買者の価値感判断になります。
20年前にエルメスで、
「おそらくこれだけの皮革は今後出てこないから、
薦めるから」と言われたブルゾンがあります。
それ以来、それだけの皮革ブルゾンは造られていません。
昨今は、家具でも、びっくりする低価格モノがあります。
原価計算をすると、商売が成立するのだろうか、
生産可能できるのだろうとかと品質を疑います。
100円ショップで十分なモノもあれば、
100円ゆえ仕方なしという品質モノばかりになっています。
とりわけ現代日本の市場は安価=安物が氾濫し混乱しています。
特に大阪の市場、商品選択は明確に、
東京・名古屋との差異を感じます。
高額ブランドの品揃えは地方格差が起こっています。
私の商品価値判断はそれなりに影響がありそうなので、
こうしたところでの記載は控えたいと考えます。
そして、ブランドショップでも店員の方の、
商品知識の程度、商品教育は低下しています。
私の収集趣味分野では、あきれるショップが多すぎます。
専門店であり、ブランドのフラグショップでは、
このような店員はとてもプロだとは思えません。
欧州老舗ブランド、そのインスタレーション展示では
世界的に著名な日本人デザイナーY氏は、
「老舗ブランドの伝統性を背負う重責」、そして、
ブランド価値を継承することから「革新へ」という、
そんな悩みを伝えてくれます。その通りでしょう。
それはモノづくりがブランドとなり、
高級ブランドと言われるのは超高額傾向です。
反対に、安価であることと、
安物はまったく別物だという証にもつながっています。
それこそ、時計なら数千万から2000円であっても、
「見えない時間を測定する機能は同じです」。
万年筆でも2500万から500円まで市価巾があります。
「書くためのツール」に過ぎません。
私は、安物は、それを所有するだけで、
自分の存在価値もその程度になると思っていますが、
安価であっても高価なモノを上回る価値十分モノはあります。
値段という市価価格には、
「格段となる」品と質がそのまま、
所有と使用する人格に投影していると判断しています。
安価なモノは探しだして見つけ、持ち、使う価値が、
そのまま自分の立場や力量を明示しますが、
安物は自分の存在値打ちを
必ず下げてしまうと思っています。


目次を見る

「今現実、喧嘩相手は私自身です」


   


     8月 28th, 2011  Posted 1:46 AM


ICD電池交換手術、ストレスです。
そして、この5年の自分を呪います。
医療機器をデザイン対象にしたのは、
偶然もあり、私の宿命だったのでしょう。
最初は車倚子でした。
車倚子生活になったとき、
当時のデザイン部長が、お見舞いに来てくれました。
「手は動くと聞いたから、デザインはできる、
君がやるべきことは、まず車倚子のデザインをやれ」。
岩田部長です。
東芝の電気釜をデザインしたデザイン史に残る人物。
しかし、当時はデザイン未熟なのにいきがりだけと、
生意気さ血気溢れていたので反発ばかりしていました。
「川崎、もうお前はクビだ」、3回言われました。
その度に、「辞めるときは自分から辞職願いを出します」。
始末書・厳重注意・減給処分直前を救ってもらったり、
結局は、可愛がってもらい大事に育てていただいた恩人。
それにも関わらず、「車倚子のデザインをやれ」、
(冗談じゃない、断じてやるものか!)
当時はそう考えていました。
それが、人工心臓にいたり、メガネも医療機器です。
今では、仕訳された大プロジェクトもまだ残っています。
血圧計は9月に、日本製では初めて
「欧州血圧学会認定合格品」を発売します。
結核ワクチン、結核診断システムは現在進行形、
これはPKD(Peace-Keeping Design)運動の一つ。
「不妊治療システム」は検査方法とそのシステム提案中。
なのに、ICDは申し入れはやっていましたが、
絶対モノにするという積極性に欠けました。
「なぜ、電池交換まで放置してしまったのか」。
渡米してでも、体外から急速リチウム電池充電システムと、
まず、ペースメーカーもしかりですが、
新規デザインをやらず仕舞いにしておいたのか、
「自分に喧嘩を売っています」。
私は喧嘩師を自称し、
「喧嘩には華が当然であり、喧嘩とは自分相手」、
これを心情としながらも、
米国企業に乗り込んでまではやってきませんでした。
ともかく、デザインを売り込んだ経験はゼロです。
すべて依頼デザインしかやったことがありません。
「川崎は自分から売り込んできて・・・」、
こんな中傷は全くはずれています。
「自分のICDぐらいやっておくべきだった」ということです。
正直、手術はストレスで、怖いこと真実です。
特に私の体調は感染症を引き込むことが多いわけです。
「敗血症・多臓器不全」は前回入院、
それで重篤状態まで体験し、
「教科書を書き換えるな」とまで、
第一内科教授に言われるほどスピーディな回復でした。
日本のプラザ合意とは、
「この分野はやらないから」という合意事項があります。
これは調べ尽くして知りました。
ICDも開発直後には6800台のリコールがあった機器です。
6800人が再手術したと聞いています。
だから亡くなった方もいるわけです。
日本の医療機器メーカーも治療機器開発は絶対に無理です。
だから医療機器は診断機器や検査機器、測定機器だけです。
だから海外、米国に乗り込んで「売り込むべき分野」です。
手術が終わったら乗り込みたいと考えています。
手術日まで「自分に毎日喧嘩」ということになりそうです。
無論、下肢障害者用の自動車運転機器も、
日本製はやり直しともっと高度化デザイン必至分野です。


目次を見る

「メタ・ユニバーサルデザイン再び」


   


     8月 27th, 2011  Posted 12:41 AM


久しぶりに「ユニバーサルデザイン」の取材。
放送大学向けの教材になります。
最近ではすっかり、
「ユニバーサルデザイン・ブーム」は終わったようです。
しかし、あらためて短時間に紹介し直してみると、
ブームで終わってはならないことだと再確認します。
私には「ユニバーサルデザイン」は、
1989年・名古屋での「国際デザイン会議」から始まりました。
この年に、「スニーカーのような車椅子」を発表しました。
その時の車椅子を2台、交互に今も使っています。
さて名古屋の国際デザイン会議で、
「ユニバーサルデザイン」を日本で最初に発言したのは、
故マイケル・カリル氏=NASAでの宇宙空間設計デザイナーであり、
当時の米国工業デザイン界の理論的支柱者でした。
彼とは親友でしたから対談もしていますが、エイズで亡くなりました。
1995年に米国での「ユニバーサルデザイン教育システム」を
日本展開する中心に指名されました。
ちょうど翌年1996年新設学部、
名古屋市立大学・芸術工学部で大学人になり、
「ユニバーサルデザイン教育の日本の代表校」になりました。
明確な史実としては、
故ロン・メイス教授がWHOからの依頼を引き受けます。
1980年から10年間「国際障害者年」開催のための調査レポートでした。
彼は「バリアフリーをめざして」という論文で
「ユニバーサルデザイン」という言葉を使いました。
したがって、故ロン・メイスの七箇条が原則論となってしまいました。
しかし私は、故マイケル・カリルの思想を加味し、
「七原則+七論評価」を付加しました。
学生には「公・自・単・情・安・省・空」とお経暗記させました。
さらに、七原則+日本流を対峙させました。
次のようにです。

■ 「公」=公平性    ◇ 不公平さをどう解消するかも原則
■ 「自」=自由性    ◇ 不自由さ拘束性からの解放も原則
■ 「単」=単純性    ◇ 複雑さこそ克服するという原則
■ 「情」=情報の即理解 ◇ 情報非公開性もバランス感覚という原則
■ 「安」=安全性    ◇ 安全を確約するための危険体験という原則
■ 「省」=省体力性   ◇ 体力錬磨を忘れないという原則
■ 「空」=空間確保性  ◇ 日本では省スペースでも機能性という原則

結局、人間には「バリア」が必至だということです。
バリアフリーでなければならないことと、
敢えてバリアに取り囲まれること、
まさに「幸運・幸福」の「幸」という漢字の原意に重なるのです。
人間は、不平等で不自由であるからこそ、
そうしたバリアから解放させられる個々人の知恵をめぐらすこと、
それが「普遍性・宇宙性=ユニバーサル性」を
誘引させることができるという大原則論。
今私たちは「放射能」というとてつもない恐怖と現実で拘束されています。
私は、メタ・ユニバーサルデザイン性を再度、
この国難復活デザイン原則へまとめ直したいと考えています。
建築誌「SD」は「Human Centered Design」で終刊しました。
放送大学向け取材で、あの「ユニバーサルデザイン」も、
この国難解決の大きな手がかりになるものと判断可能です。
こうした再思考チャンスをいただいた
東工大名誉教授・M.S先生に感謝します。


目次を見る

「闇の言い訳への大衆好奇心」


   


     8月 26th, 2011  Posted 12:00 AM


次期首相候補よりも芸能話題。
日本人大衆の時代感覚は好奇心、
首相候補よりもタレント引退が重大。
この現象は間違いでしょうか。
私は当然のことと許容せざるをえません。
情報、その形式と内容は映像と発言です。
話術もすぐれ日常化して毎日見慣れた顔なじみ。
これほど「見てすぐ分かる」情報形式・内容はありません。
少なからずメディアは情報優先度を分別すべきでしょう。
せめて新聞は政治・海外・事件・芸能という分量配分、
これが新聞情報形式と内容優先度だと考えます。
しかし、新聞情報価値も商業的訴求程度で計算すれば、
それこそまさに資本主義的なスキャンダル性、
もっと巨額回収可能なゴシップ記事が投資になります。
その反対現象は必ず葬られているのが闇社会情報です。
暴力団・右翼・新興宗教・同和問題・さらに巨悪構造、
すべてが本来は大衆好奇心の格好対象です。
だからこの分野にこそ政治主導管理が重要のはずですが、
これを解体し曖昧化してきた構造が日本の奈辺文化です。
わが国資本主義を成立させている制限自由という概念、
つまりは民主主義という偽名の自由放任放置主義と、
日本国体構造の綿々たる伝統的闇構造でしょう。
これを明らかにというのは大衆納得の共同謀議です。
共同謀議は好奇心に他なりません。
義理人情の全価値否定は暴力構造の根幹であり、
必ずしも全否定できうるものではありません。
そこに、隠匿構造を配置することで好奇心をさらに強化。
それは日本の伝統的見えざる社会構造の「根」であり、
この「根」が「好奇の値づけ」がされていることは明確です。
私など、すこぶる右翼的と言われますが、
単に日本人であるアイデンティティへの私の思想拘りを、
評判化するのは知的退行化と妄想構築化した人に過ぎません。
暴言でこうした人に対決すること至って簡単ですが、
それは同次元に私自身が貶められるに過ぎませんから絶対回避です。
今や日毎にこの国難は全国民を披露困憊に追い込んでいます。
疲労困憊していても言論的暴力発散行為、
そして非生産的な好奇心に慰められるものです。
だからこそ、リーダーがあらゆる分野で必要です。
そのリーダーには、美と義と善が不可欠と私は認識しています。
一人の話術優れた芸能人の存在、その引退事件、
背後に潜む日本の伝統的闇社会に大衆は惹かれます。
畜産業界はなぜ保証し、農産業界はなぜ完全無視し、
芸能界の顕示訴求には大衆魅惑を集中させれば情報操作可能です。
日本の闇社会にはそれぞれの大衆文化があります。
しかもこの文化体系こそ、
日本人のアイデンティティを決定づけているのかも知れません。
私は首相候補より一人の芸能人の引退が、
国難時に重なっていることの共時共謀的意味性の解読こそ、
大衆意識一新の大きなヒントだと考えざるをえません。
あらためて、私たち日本人は復活可能なのか、
真剣に緊急に熟考し、即行動すべきことでしょう。


目次を見る