3月 4th, 2015 Posted 12:00 AM
3月4日 己卯(友引)
喧嘩することとは、
想像力が無ければならない。
なぜなら、
喧嘩というのは、口喧嘩、
ディベートが基本である。
再確認をしておこう。
想像力が喧嘩の基本である。
川崎和男「喧嘩道」
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3月 2nd, 2015 Posted 12:30 AM
3月2日 丁丑(赤口)
子どもを護れない、
そんな日本になっている。
幼気な子どもが
彼らなりのSOSに
答えられない、そんな日本・・・
悲しくて哀しい国家だ。
悲しくて哀しいことには
喧嘩を挑むべきだ!
川崎和男「喧嘩道」
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3月 1st, 2015 Posted 12:00 AM
3月1日 戊申(赤口)
宗教の誤りが、
真であり、善ではないことは
今世紀に明らかになるだろうと
私は予言しておかざるをえない。
それこそ、
未だに、十字軍と連呼している
歴史が「宗教」を
宗教哲学に変容させない限り
人類の進化は不可能。
ゆえに
私の喧嘩対象は
「宗教」の信奉者達である。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 28th, 2015 Posted 12:00 AM
2月28日 乙亥(仏滅)
喧嘩には、正義ではなく、
正直な正当性だけがある。
それを正義とは呼ばない。
この意義を、
日本は、日本人は
明確にすることが出来ると
私は、確信している。
この確信が
喧嘩師の第一条件である。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 27th, 2015 Posted 12:00 AM
2月27日 癸酉(友引)
喧嘩には明確な文化がある。
この喧嘩には、
宗教性が全く無い。
おそらく、
文明だけを護り、
文化を閉じ込めてきたのは
宗教である。
だから、
喧嘩対象として、
私は 宗教は認めない。
宗教哲学を学びつくすことこそ、
喧嘩の見識である。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 26th, 2015 Posted 12:00 AM
2月26日 癸酉(友引)
観光客である中国人、
マナーの悪さに呆れかえる!
しかし、
観光客ゆえ、「買いまくる」らしい。
だから、
観光なんて、「乞食(こつじき)産業」だ。
乞食産業は、私の喧嘩・論理対象である。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 25th, 2015 Posted 12:00 AM
2月25日 壬申(先勝)
宗教は、
すでに宗教哲学としての学域です。
このことに気づいていながゆえに
宗教は、
未だに、戦争とテロを
解放させることができない。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 24th, 2015 Posted 12:00 AM
2月24日 辛未(赤口)
社会的な暴力を今は、
テロと呼びます。
戦争とテロの世界、
私はいづれもこの裏付けにある宗教、
宗教性の暴力こそ
最も許されない、私の「喧嘩相手」です。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 23rd, 2015 Posted 12:00 AM
2月23日 庚午(大安)
喧嘩には美学がある。
喧嘩と軍事・戦争はありえない。
軍事や戦争には
元来は美学は無いということが明白だ。
確かに、
軍事用品に美学があるのでは?
この質問に
私は軍事用品には美学は無いと考えている。
川崎和男「喧嘩道」
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2月 22nd, 2015 Posted 12:00 AM
2月22日 己巳(仏滅)
喧嘩はあまりに高度である。
なぜなら、
暴力性や殺人性を
全否定しているからである。
しかし、
暴力と殺人を
乗り越える、さらに巨大な喧嘩、
その新形式と態勢を
喧嘩から創出しなくてはならない。
川崎和男「喧嘩道」
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