kazuo kawasaki's official blog

『資本主義からの逃走』
 「#e-Learningという幻想、そしてやっと現実化か#」


   


     4月 21st, 2010  Posted 5:22 PM

TV電話での講義経験
私は社会人向けのデザイン講座を17年間やりました。
福井県鯖江市にSSID=鯖江インテリジェントデザイン講座でした。
土曜の夜、7時から、翌朝2時までということもしばしば。
25名定員で4回欠席したら除籍としました。
1年間で平均10名から15名程度を輩出しました。
私が、名古屋に引っ越したとき、
ISDN回線・TV電話会議システムで土曜は、
講義を名古屋から鯖江にしていました。
新市長にはこの講座の将来性を見通せなかったのです。
それで、この講座は17年(約230名修了)で終わりましたが、
今なお、講座が主体でのNPO=SD-waveになっています。
その講座修了生が、
小浜市で「オバマ氏を勝手に応援する会」のリーダーだったりでした。
国際メガネデザインコンペもこの卒業生が連続グランプリを取っていました。
e-Learning System
それから、私が阪大フロンティア研究機構設立時に、特任教授になり、
その機構で本格的なe-Learning Systemの開発に入りました。
400名の生徒を相手にするプログラムは、
韓国製を選ばざるをえませんでした。
なぜなら韓国はすでにスタートして充実したソフトがありました。
その頃から、e-Learningが「これからの教育」と
喧伝されるようになったと思います。
しかし、それほどめざましく日本は進展しなかったのです。
Ustream&Twitter→e-Learning
それは、あたかもパソコンと電話回線、インターネットで、
先生・対・多数の学生が、
あたかもユビキタス的な教育環境と思っていただけです。
ところが、iPhoneとTwitter、さらにUstreamは、
今まさに、e-Learningの革新が起ころうとしている予感があります。
それは、単なるユビキタス的ではないことです。
つまり、教師が軸となっても、
学生にあたる聴講生が常に「Twitterコメント」を入れられることが、
「何か」をやっと暗示してくれているのです。
妄想・幻想から「現実化」
まず、教育環境でのe-Learningには大きな幻想があったことです。
それは幻想どころか妄想だったのかも知れません。
つまり、妄想・幻想は、
パソコンをツールとして、「教える・対・教わる」が、
まったく、インターネットなりの学校的空間に、
教室がユビキタス的な存在という、
形式そのままの転用でしかなかったことです。
最近、UstreamTwitter で、
私は自分の講義の「分配」方法としてみました。
そして、発見したことは、
e-LearningでのTwitterが、
視聴している=教わっている人からのつぶやきが、
「双方向」であるという形式の重要性です。
この「双方向性」ということは、
確かに、当初のe-Learningにもありましたが、
実はまったく違うのです。
このTwitterとしての受講生を読み取りながらという講義方法は、
e-Learningの「内容」を革新してしまうでしょう。
私は、それが、「現実化」していく「要」だと思っています。


目次を見る

『資本主義からの逃走』
 「#教えることは教わることです。
              だから教える立場を!#」


   


     4月 20th, 2010  Posted 11:18 AM

教える立場こそ
私はすでに常勤の大学人になって15年になります。
しかし、人前で講演や講義らしきものは、25歳から経験しています。
東芝にいた頃、関連会社で「講義」をと言われたところから始まりました。
そして、決定的には、「車イス生活」になって、
母校に非常勤講師で帰ってこないか、ということでした。
母校・金沢美術工芸大学での非常勤から、
福井大学では建築、教育、情報文化三つで非常勤経験をしました。
というよりは、これは恩師が私に組み立ててくれた大学人への道、
そのトレーニングだったのです。
きっかけは、「心臓障害」があって、
もうデザインスタジオをやめて、
ひとりライターで生きていくべきか、
あるいは、ずーっと思っていた光造形をやりたい!
ラピッドプロトタイピング(1990年代には洋書が一冊)を本格的やりたい、
このいづれかを選択するとき、やはり光造形ということになりました。
そこで、恩師に相談したところ、
「やっと、大学に行く気になったか」ということで、
新設される名古屋市立大学・芸術工学部に常勤することになりました。
ただ、福井県鯖江市の依頼で、
「社会人向けのデザイン講座」をやっていました。17年やりました。
奇跡と教える立場
二つのことがありました。
恩師からは、
「デザインで奇跡は起こせない」
「奇跡を起こすのは教育だ」という指摘でした。
もう一つは
「教える立場に立ってこそ、学んでいる自分を識る」
この二つが、教育者・大学人になっていった動機でした。
だから、
「学ぶ」というのは、
当然、「真似る」→「まなぶ」ということであり、
そのためには、教えていくことで、
何を教えるかを学び直して、教える立場になります。
そうした、教えていくことで、
あらためて様々な質問を受ければ受けるほど、
「あっ、このことが伝わっていない」ということを識ります。
それは、「教えられる」ということです。


目次を見る

  • Archives

  • Categories