kazuo kawasaki's official blog

Archive for 9月, 2009


9月27日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     9月 27th, 2009  Posted 10:33 PM

9月27日 仏滅(乙亥)


情報内容=データ性より、
むしろ情報形式=メディア性が、
現代では情報の質に対して
意味を持つことがある。

『デジタルなパサージュ』 地獄の特訓とマルチメディア


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9月26日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     9月 26th, 2009  Posted 9:29 PM

9月26日 先負(甲戌)


感性とは、感激から感動に、
そして感謝している自分を見つめる
連鎖的なサイクルに包まれることを
言うのではないかと思う。

『デジタルなパサージュ』 もの、ものすごい、ものものしい


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9月26日Staff Blog


   


     9月 26th, 2009  Posted 6:45 PM

9月26日

オーディオシステムのリモコンたち。
BOSS(川崎和男)のみ使用手順がわかります。
B&OとLINNです。

システムは、名古屋、東京中心に
活躍されている信頼できるインストーラー、
ネクストの加藤さんに
メンテナンスなどお願いしています。

先日も、アクシスビルの
ネクストシーンさんにお邪魔したばかり。
また新しいシステムになるのかも?
26_remote


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9月25日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     9月 25th, 2009  Posted 7:32 PM

9月25日 友引(癸酉)


「図解=ダイヤグラム」には
七つのパターンがある。

「表」「図表」「図式」「図譜」
「図像」「地図」「図面」

の七つである。

『デジタルなパサージュ』 図解という手段


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『資本主義からの逃走』
 「戦後民主主義の脆弱性はクロスカウンター現象である」


   


     9月 25th, 2009  Posted 7:10 PM

「自由・平等・愛」が
どれほど人間・世界観として語られてきたことでしょうか。
しかし前述したごとく、
「自由」と「拘束」は表裏一体の関係です。
「平等」は必ず「差別」でつぶされてきました。
そして、「愛」は「暴力」によって、
その「愛」を逆強化することが起こります。
「愛」と「憎悪」が交互となる感情を呼び覚ます野性を
人間は捨てることができないということです。
「拘束し差別し憎悪による暴力」の制度こそ、「戦争」だったのです。
その最終兵器が「原子爆弾」です。

わが国だけが、その原爆被災国ですから、
「民主主義」が「原爆」を覆い尽くす論理力すら持ちえなかったことを
日本人は一番理解していなければならないのです。
イデオロギーとしての「原爆保持による抑止力」に
「民主主義」は完全に屈していることを認めなければならないでしょう。

にもかかわらず、「戦争」への徹底した反省に、
べったりと「民主主義」が最適解とされてきました。
理由無き正当性を認めてきたのです。
ならば、「民主主義」は
「拘束」・「差別」・「暴力」を消滅させる「力」を有していたのでしょうか。
この問い直しこそ、
今、人類がイデオロギーとして絶対解だった「民主主義」を
再考熟考するべき時に至っていることを証明しているのです。
幸いにと言っておきましょう。
「戦後民主主義」というわが国には、
その脆弱性が憲法・防衛・平和観に取り憑いています。
なぜそんな脆弱さをわが国は背負ってしまったのでしょうか。
私は、それを「クロスカウンター現象」と呼んでいます。

つまり、左翼といわれる本来、「革新」をめざすべき陣営は、
いつまでも自虐史観と与えられた憲法9条にこだわり、
保守であるべき陣営は、戦後民主主義に「革新」を、
というクロスカウンター的な真逆現象に陥っているからです。
左翼は、社会主義が資本主義に敗北していることを「革新」に変えようとし、
保守陣営では、自由競争を公認できうる資本主義の正当性をバックに、
「保守理念の原則」という本来の歴史的かつ伝統性の意義すら忘却していると私は判断しています。


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9月25日Staff Blog


   


     9月 25th, 2009  Posted 6:05 PM

9月25日

秋の赤。
MP-704のペイリンさんのモデルもいいけど、
更に軽くて、色がアクセントとなる
MP-705の赤をかけるのが、
最近のBOSS(川崎和男)です。
還暦の赤?でもあるので…。

25_red

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『資本主義から逃走せよ!』
 「民主主義はすでに終わった!」、と思う・2


   


     9月 24th, 2009  Posted 8:26 PM

「民主主義」は
理想的なイデオロギーであったのでしょうか?
私は、二つのとても怖い文字から、
「民主主義」をとらえ直しています。

「民」と「幸」という漢字です。
「民」とは、目に針を突き刺して盲目にした人々という原意があります。
これが意味するのは、
支配層が、大衆あるいは民衆という被支配層には、
「何も見せない、知らせない」ということだったわけです。
「市民」という言葉は、この情報遮断をしながら、
あたかも、「何もしらないあなた方」が主役=民主という制度こそ、
政治形式の理想としてきたことです。
わが国が、侍時代=ある種の軍事政治支配制度から
明治維新を成し遂げました。
それは、民衆の「平等と自由」=そのような幻想は人間社会にはありえないことを、
西欧列国との同列化によって
独立性を内外に広報する手段にすぎなかったのです。
決して、「民主主義」への確信も確約も「国民=市民」にはしていません。
日本国家の伝統性に根ざしていたものではなかったはずでした。

「入欧脱亜」を掲げることで、
わが国は、当時の政治家や学識者の知恵では独自に制御することができなかったのです。
そうして、二度の世界大戦に入らざるをえなかったわけです。
結局、敗戦・敗北は、いわゆる「戦後民主主義」として、
なんでもかんでも「民主主義」という言葉で、片付けてしまいます。
「民主主義」と言えば、
すべてが「思考停止してしまったわが国」が取り残されていることに
もう、気づく時期になっているのではないでしょうか。

もう一つの文字「幸」は、
人間の「しあわせ」は「不自由さ」にあるという意味を持っています。
「幸」は両手を縛られた象形文字です。
両手を縛られているというのは「不自由」であることを指示しています。
そして、「幸不幸」という名辞が中国の古典に登場します。

koufuku

もし、断崖に立たされていて、
後から突き落とされても、
「生きていれば幸と言い、万一、死すれば、不幸と言う」
という解説が残っています。
つまり、人間は、生まれながらにして、
「幸」の文字が表すように、「不自由な存在」であるということです。
東洋の思想の原型あるいは原点には、
自由な存在としての人間観は無かったのです。
けれども、民主主義を支えた思想の基盤には、
キリスト教の教条が配置されています。
「自由・平等・愛」という人間の理想です。
しかし、「自由」は「拘束」によって制御され、
「平等」は「差別」によって人間社会を階層化し、
「愛」は「暴力」を引き込む人間の野性を呼び起こしてきました。
この総体的な攻撃性こそ、
「戦争」という歴史制度を繰り返しているということになります。

私が参考までに読破した関連図書です。
この四冊が入門編でしょう。
そして、こうした書籍が完全一致しているのは、
「民主主義のあやしさと、この言葉で呪縛され思考停止に陥ってる」
という現状のわが国です。

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9月24日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     9月 24th, 2009  Posted 8:07 PM

9月24日 先勝 (壬申)


商品の差別化は、そのまま人間の
差別化につながっている。
大事なのは、
「区別して分別がかなう選択の対象」に
商品とそのデザインを置くことなのだ。

『デジタルなパサージュ』 思考して「言語道断」


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9月24日Staff Blog


   


     9月 24th, 2009  Posted 5:46 PM

9月24日

これまでのBOSS(川崎和男)DVD。
毎年更新していますが、
今期は、途中から2枚組も制作しました。
プロジェクトごとのCGや、
映像編集といった中身はもちろん、
パッケージグラフィック等
細かい指示を受けて手掛けています。
24_dvd

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9月23日Staff Blog


   


     9月 23rd, 2009  Posted 8:30 PM

9月23日

BOSS(川崎和男)は四六時中、読書。
いつもすべてを同時並行です。
造形・研究・趣味と同時進行中です。
そして愛用のクリップ式ライト、
夜中にはフル活用です。
気になるキーワードがあれば
衝動買いで、読破中の本たち。
23_books1

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