kazuo kawasaki's official blog

Archive for 4月, 2011


4月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 30th, 2011  Posted 10:00 AM

4月30日 赤口(乙卯)

よく、感性が
デザインの基盤だとさえ言われる。
半分は賛同できるが、半分は疑わしい。

『デザインという先手』はじめに


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「陰翳復帰・明るさへの反省は文化再認識」


   


     4月 30th, 2011  Posted 12:00 AM

省電力はこの数年のある種の義務でした。
これまで私たち日本人の義務意識は建前だった、
社会的な言い訳かもしれない、と思います。
具体さを、まったく欠落していたかも知れません。
ところが、
フクシマ原電事故がこれを覚醒させてくれたようです。
原子力発電所という大規模な施設発電から解放をめざすこと。
これから大きな哀しみを抱いて解決していかなければなりません。
それは具体的義務感としての「節電意識」です。
「想定外」には、デザイナーとして相当の反論があります。
しかし、これはひとまずおいておきます。
さて、東京から「ひかり」が薄暗く、闇を受け入れ始めました。
東京オフィス環境は750ルクスと言われます。
しかし、米国でのオフィス環境でも450〜500ルクスでした。
商業施設では1000ルクスが求められてきたことも事実です。
もちろん、病院や作業環境での明るさの必然性は遵守当然ですが、
「節電」=節約電力が私たちの日常下意識になりつつあります。
いわゆる陰翳、夜空の星、月明かりが大都市に戻ってきました。
戦後、高度経済成長とは、私たちが「ひかり」ある生活こそ、
進歩の証拠として都市文明を希求してきたのかもしれません。
かって、ある有名な照明器具メーカーのショールームが完成し、
そのショールームで、気分が悪くなり、吐き気すらするのです。
よくよく考えてみたら、そのシュールームに影が無かったのです。
だから照明というのは、影あるひかり=あかりだと理解しました。
東京の夜空に星が見える、月明かりに感動すると聞きました。
「陰翳礼讃」は、日本の伝統的な美意識であり伝統文化です。
「節電」という作法を日常化していくことは、
これまでの日本が本当の豊かさは「あかり」にあって、
決して「ひかり」では無かったことを気づかせてくれました。
人類が生命をも危うくする光とは光線です。
その極みである放射線を求めることへの大反省です。
だから、私は「脱・原発」というより、
「解・原子力」での「あかり」を求めたいと思っている次第です。


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4月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 29th, 2011  Posted 11:50 PM

4月29日 大安(甲寅)

デザインというのは、
先手であるとともに、
デザインをしていくためには、
感激があり、感動が日常的な人間でなければ、
絶対につとまらないと私は確信している。

『デザインという先手』はじめに


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「『国難』だから現政権への造反有理」


   


     4月 29th, 2011  Posted 12:00 AM

真実、「国難」にある日本です。
しかし、大震災・津波・フクシマ原発だから、
国難になったわけではありません。
「政権交代」を望まねばならない時から、
この国難はスタートしていたのです。
そして、みんなが新しい政策転向に大きな期待を持ちました。
けれども、民主党政治は「素人政治」であり、
党内党略が国政の前に政治環境、その最悪化を連続させています。
逼迫した国家予算も、「バラまき」一辺倒であり、
なぜ教育費が無償化などには、知識層は疑念を掲げていました。
官僚支配からの解放は「仕分け」というパフォーマンスであり、
「世界でNo.2でも構わない」。この発言に国民は仰天しました。
このような低レベルな言動女性代議士はホステス閣僚であり、
見事に、大衆主義を体現する象徴になったままです。
日本のイデオロギー構造(この見方をしなくてはならない)は、
明らかに「社会主義化傾向」を見せ始めていました。
こうしたときに、必ず、天災に襲われるのです。
村山政権時も同様に、阪神淡路震災に見舞われました。
自衛隊を「暴力装置」とみなす政権には、
本来、国政を司る権力性を預けるべきではなかったのです。
大震災は原子力発電所の破壊を誘発しました。
しかし、これは明確に人災でした。
よって、私は原子力推進派ではありませんし、
しかも脱原発派でもありません。
むしろ、どれだけ「文明の利器」が怖いモノだからこそ、
新たな原子力技術の進化を求めたいという人類義務意識者でした。
[自然・科学・技術]・対・[人間・デザイン]ということが、
今や一方的な脱原発思潮が世論化しています。
私は、無論、救済・復旧・復興がこの国難と対峙していますが、
それ以上の国難は、一方的な脱原発志向だと思います。
なぜならこの国難解決をさらに困難にする政権支配だからです。
私の世代は、70年学園闘争世代です。
にもかかわらず、この政権を破壊出来ないでいるのです。
私なりの「造反有理」はここに書き残します。


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4月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 28th, 2011  Posted 12:24 PM

4月28日 仏滅(癸丑)

「シシリアンガンビット」という、
心臓発作への医学的予防薬剤処方がある。

ガンビットとは、
「先手を撃つ」ということである。

『デザインという先手』はじめに


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「建築家よ、吟味すべし仮設住宅建設を」


   


     4月 28th, 2011  Posted 12:49 AM

大震災からの復旧・復興は未だ大間違い。
復旧や復興の大前提が叶えられていません。
まだまだ「救援」と「救済」が不可欠です。
救援とは「援護」であり、
救済とはまさに「経世済民」=「経済」復活です。
救援救護の具体策は、「仮設住宅の建設」でしょう。
30000戸が必要と報道されていますが、
「仮設住宅」ではありえず、
私は「佳設住宅」であるべきだと考えてきました。
しかも、この住宅建設に確かなチェック機構があるのでしょうか。
確かに、屋根材であるガルバニウム鋼板屋根は、
プレハブリケーション工法としては、安価かつ合理性を認めます。
しかし、TV報道画面で見ている限り、
あの屋根材の基礎工事が釈然としません。
吸音素材と断熱・断水素材は省略されているはずです。
すぐに撤去させるからということも推測できます。
だとするなら建設と撤去費用を考慮すれば・・・・・?何か変。
壁面のパネル工法も半世紀前の技術そのままだとしか見えません。
住設設備も時代遅れ製品群ばかり。
市町村が仮設住宅地を設定し、
地権者の承認(これが膨大であったり)を求め、整地をし、
それからインフラである水道・電力送電を県承認受けるという、
この手続きをどうして「超法規化」できないのでしょうか。
どうして、建築職能家たちは「佳設住宅」を提案でもいいから、
発言も行動もありません。
しかも、「仮設住宅建設」事業の既得権益は、
全くチェックされていないと見ています。
ひょっとして、これからの国策的復興事業には、
復興事業に関与するすべてにわたって、
既得権益制度を「なんとか族」なる代議員たちの集金装置・・・。
私が名辞する「仮設」ではなく、
「佳設住宅」とはSmart Houseであり、
そのまま「まちづくり」を意図した企望です。
建築界の正当なまなざしを期待しています。


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4月27日Staff Blog


   


     4月 27th, 2011  Posted 11:08 PM

4月27日

近頃ラジオで目覚めるのがお気に入り
BOSS(川崎和男, Kazuo KAWASAKI)
この2機種を使い分け,
再々チャレンジ?
フランス語講座も聴講中です。

Posted in Staff


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4月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 27th, 2011  Posted 9:30 AM

4月27日 先負(壬子)


「鏡の国のアリス」
限界は、
言葉の表現でしかないのだろう。



『デザインの極道論』限界


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「あらためて『幸』文字の意味をかみしめる」


   


     4月 27th, 2011  Posted 12:00 AM

天災・人災を日本人は直視。
不幸な時代に入ってしまいました。
誰もが幸運で幸福でありたい。
そういう意味では日本は「楽園」でした。
しみじみと今思い起こしています。
私は講演でも、時々、デザインが幸福に直結する話をします。
それは私自身が、車椅子生活になったことは「想定外」でした。
しかし、私が交通被災に遭うかも知れないことぐらいは、
絶対に想定しておくべきことだったのです。
それでも、身体障害者・心臓障害者になったことが、
最初は自分の「不幸さ」をどれほど自分に詰問したことでしょう。
ところが、今では、だから幸運だったとさえ思っています。
さて、「幸」という文字はもちろん漢字ゆえに古代中国発祥です。
「幸不幸」という文節として登場しました。
すなわち、「幸」であるのか「不幸」であるのかは、
神に試された結果だという物語です。
断崖絶壁に立たされていて、神が背中を押して突き落とすのです。
それでもその絶壁を登り直して、
生きながらえることを「幸」と呼び、
その断崖から突き落とされたままを「不幸」という話です。
その「幸」という文字は象形文字であって、
両手首を縛られていて、手の自由を奪われている姿です。
いうなれば、人間が「幸」であるというのは、
実際は「自由の無い、不自由な存在」こそ「幸」なのです。
だから自由平等などは人間には備わっていないというわけです。
不自由な存在が人間と考えればどれほど自分が救われるでしょう。
「幸運」であろうが「幸福」であろうが、
基本的には不自由な存在として「生きる」ことです。
自由なことなどあるわけがありませんが、
自由になれるのは、「想像力の中ではとても自由」です。
私自身は「歩けない不自由な存在」。
「いつ大きな心臓発作がくるかもしれない大きな不安ある存在」。
私がここから抜け出ることができたのは、
「想像力」を源泉としてモノのデザインが出来る職能だったこと。
さらに、それをもっと強化してもらえたのは、
スーザン・ソンタグ著「隠喩としての病い」での解釈でした。
「病気と対峙していくことは市民の義務」(原文ではありません)。
これから、この国・日本の私たちは「不幸」を自分の人生に、
それこそ想定外に背負い込むでしょうが、
「想定外」とは想像力が無いことですから、
本当に「不幸」と成ってしまうのは、
目の前の大きな断崖絶壁を不自由ながら登っていくことです。
私自身、なんとか交通被災から絶壁を登りました。
けれどもまた大きな断崖絶壁を直視しています。
登れる限り登っていくつもりです。
私の特技は、結構自分で「これはヤル」と決めたことは、
必ずやり遂げることです。
頑張ることでもなく努力でもありません。
努力なんて、必ず報われる訳など無いのですから、
「これはヤル」と自分が決めたことは、
必ずやり遂げていくことが「生きる」ことであり、
そうすれば、両親や祖父母にあの世で会えるだろう、
そんな想像力の中では、絶対に「自由」なのです。


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4月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 26th, 2011  Posted 9:30 AM

4月26日 友引(辛亥)


でも、
時間には限りがある。
これはやっぱり恐怖だ



『デザインの極道論』限界


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