kazuo kawasaki's official blog

Archive for 6月, 2011


6月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 30th, 2011  Posted 1:19 PM

6月30日 戊申(先勝)



「それは、自分がデザインしたモノが
 一番いいデザインです」
(まあ、強気で生きているからなー。
 でないと、車椅子を朝見るたびに、
 ああ今日もこれに乗るんだって、
 いやになるもんね……)。



『デザインの極道論』花容


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「北京での役割、一旦終了」


   


     6月 30th, 2011  Posted 1:44 AM

北京国際交流基金からの招聘。
二ヶ所での講演を終えました。
急な申し入れでしたが、
今回は引き受けました。
プレゼン画面づくりは、いつものごとく、
北京入りしてからそれぞれの場所に対応しました。
国際北京日本文化センターと中央美術学院でした。
それぞれの会場は、すでに学生にとっては夏期休暇でしたが、
広報活動が成功して一般から学生までにプレゼンができました。
やり終えた充実感があります。
そして北京という中国の首都から現代中国の些細な一部を体験。
交流基金のスタッフの皆さん、
そして通訳のT先生から連日同伴してくれた留学生T君感謝です。
一時間の講演後、会場からの質問は多岐にわたり、
それは中国の活気を象徴していました。
モノ真似商品=違法商品を見て回ることもできました。
最初の金額から、どんどん値下げをし、
私の車椅子を握ってともかく「買わそう」とする熱心さには、
市場経済主義の中での商売構造で生きる人たちの必死さがありました。
講演後、直接質問してくるデザイン学生は英語で語りかけ、
マスコミ取材記者の質問も、的確に「明日の中国とデザイン」、
この関係解を求められました。
そして、「日本が復興することを信じている」という言葉を、
学生諸君から丁寧に言われることに感激しました。
現在進行形プロジェクトは企業からの要望で紹介出来ませんでした。
PKD を中心に、私の研究室学生の作品も見せることができました。
「デザイン」を「外観づくり」という認識に対して、
世界貢献や社会制度づくり、そのデザインの役割を伝えました。
結局彼らはモノ真似産業を自覚し、
そこからの脱出を狙っている真摯さが質問の核心でした。
そして、毎日私の中には震災と特に原発の収束状況でした。
震災直後、日本人の道徳観は中国から敬意を受けましたが、
リーダーシップの無い日本の政界の愚かさは見抜かれています。
中国も四川省の大震災がありました。
しかし、大震災直後からのリーダーシップ制との比較は明確です。
ホテルの冷房は寒すぎます。
帰国すれば、日本の暑さ・節電の生活が待っています。


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6月29日Staff Blog


   


     6月 29th, 2011  Posted 10:47 AM

6月29日

中国の北京出張中の
BOSS(川崎和男, Kazuo KAWASAKI)
昨日北京日本文化センターにて講演を行い、
盛況の中無事終了いたしました。
謝謝!





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6月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 29th, 2011  Posted 10:00 AM

6月29日 友引(乙卯)

ものづくりは行為であり、
行為によって生み出された
その結果が成果、モノになる。

『デザインという先手』手抜き 不可欠である誠実さ


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「中国の方が厳罰ある自由主義かもしれない」


   


     6月 29th, 2011  Posted 12:00 AM

毛沢東、文化大革命、天安門事件、
そして鳥の巣オリンピックと物真似上海万博。
すべてが独裁ゆえの常識外れの勝っ手主義。
私には確実に偏見がありました。
だからこれまで招聘されても、
体調とかを理由に断ってきました。
今回は国際交流基金から突然の話でした。
国難となっている日本を、
それなら中国から見直そうとの気持ちで引き受けました。
空港も、建築的な仕上げに繊細さはありませんが、
ここまで発展していたんだという思いにかられました。
デザイナーとしては、
「VERTU」という英国ブランドのケータイを初対面。
「VERTU」がスタートしたとき金型は日本でしたから、
そのコンセプトやスタイリングデザインは知っていました。
その高級感(高級感の読み間違い)英国市場無しというより、
ひたすら高額なケータイゆえ「生活、井然之美」という広告で、
買い求める中国人、その購買層が居る現実に驚きがあります。
北京市内には数店舗あるらしくじっくりとそのモノを見ました。
これはほとんど成金的デザインにやや呆れながら、
商品としてはほとんどありえないモノが売れていることこそ、
中国13億人は、未だ19世紀・20世紀・今、そして未来を見ます。
「設計、改変社会的力量」という私へのテーマ。
そのまま「デザインが世界を変える」ということですが、
中国は、すでに「市場経済主義」の中での産業的デザインから、
離脱しようとしているのです。
ほぼ1時間の講演後、会場からの質問は圧倒的に多く、
一人が、二つ以上の疑問を問いかける真剣さに、
私の偏見は逆転したのです。
つまり、「一党独裁と事情経済主義、その格差)」を
さらに豊かにしていく独裁的方法にこそ実は新自由主義が生まれ、
独裁制だからこそ認可厳罰主義と放任だから自己責任への転嫁が、
見事ゆえに、隣国の人口力が襲いかかるかも知れない危惧感です。
今、ホテルの冷房は寒いほどです。
北京市内ある一画は電力使い放題の街路灯から装飾ライトアップ。
震災津波時の日本人の礼節さに敬意がありました。
ところが現在はまだ復旧すら見えない日本に呆れているそうです。
リーダー無きわが国こそ、無知蒙昧な独裁制が明確化され、
日本には自由主義も津波とともに流されてしまったのでしょう。
おそらく中国と呼ばれるこの国には性悪主義ゆえに、
「自己責任の背負い方には特権行使の厳重処罰」という恐怖政治。
政党政治は規制をかけつつ責任放棄し放題、
救済の制度設計すら不可能になっている日本。
この両者を対照化すれば、見えてしまいます。
日本の自由主義は自己リニア主義という幻影だったのです。


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6月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 28th, 2011  Posted 10:00 AM

6月28日 先勝(甲寅)

ものづくりとは、
農作物、酪農品、
そして当然ながら工業製品まで、
人間がいわば人工的に産出する行為である。

『デザインという先手』手抜き 不可欠である誠実さ


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「北京だから夢中になれたこと」


   


     6月 28th, 2011  Posted 1:00 AM

中国といえば当然ながら、
「文房四宝」。
硯・筆・墨・紙という古典的な知的道具。
これまで中国からのお土産は、
私が好きだからということで、
この文房四宝から、筆と墨はしばしばいただいていました。
紙は、ふるさとには越前和紙がありますから、
その製法は無論知り尽くしているつもりです。
ちょっと舐めてみれば和紙素材を的中できます。
もう見て触れてみたかったのは、「澄心堂紙」です。
北京の観光地にもなっていますが、
ほとんど観光客無し。
文房四宝の街筋に出かけてみました。
硯を見て回りました。
端渓の硯には見事なモノをいっぱい見ました。
外車が買えるほど高価なモノにはびっくりです。
私なりに小ぶりのモノを二つ、かなり値切って手にいれました。
端渓の硯はどこを確認するかを教えてもらいました。
ふと見ると、「青金石」=ラピスラズリの印材を見つけました。
私にとって、このラピスラズリは大好きな青色。
加賀藩・成噀閣の「群青の間」です。
EIZOのFORIS.TVに適用した「青色・ラピスラズリ」です。
今回招聘していただいた同伴の方々の値切り、
そして朱文と白文の篆刻を発注し、作成方法を観察しました。
実は、篆刻をやりたくてその道具類は集めましたが、
相当のトレーニングをしなければならないことや方法が不明でした。
じっくりと観察しました。
弟子入りして20年はかかる技術だそうです。
じっくりとその作業を見守り、エッと思える技を知りました。
そうだったのか・・・・納得、納得の連続でした。
これから「紙墨相発」にこの篆刻、
北京での大収穫でした。
もっともっと毛筆に自分を溶解したい気持ちでいぱいになりました。
ラピスラズリはアフガニスタン産だそうでした。
この溶け込むような群青色は本当に美しい。
これからこの篆刻と端渓硯が私の文房四宝では主役になるでしょう。


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6月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 27th, 2011  Posted 5:47 PM

6月27日 赤口(癸丑)

ものづくりには、
なんといっても誠実さが不可欠である。

『デザインという先手』「手抜き 不可欠である誠実さ


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「北京活況との対比」


   


     6月 27th, 2011  Posted 12:43 AM

北京国際空港を見ると、
あの当時のこの国が、とても巨大な力を感じます。
大理石を見ればこれは確実に本物であり、
日本のような見せかけではない床、柱、壁面に触ります。
北京・上海にある大学などや文化センターからは、
これまで何度もお話を受けていました。
「ある躊躇」と「私の健康条件」を考えて控えてきました。
したがって、初めての中国です。
いつも、海外に招聘されると現地の方々に支えられるので安心。
今回は、若手経営者が自分の秘書の方を付けてくれました。
彼との出会いやその企業の発展ぶり、
私の教え子=博士号取得もいてくれる話はいづれ書きます。
ベンチャーのあるべき手本は、企業とデザインの関係です。
さて北京にて、まずは父を思い出しています。
20歳で徴兵されて満州・日華事変に加わりました。
終結とともに青島で、帰国船に乗ると、「再上陸進軍」。
大東亜戦争の勃発とともに、蒙古から中国を南下し、
インドシナ半島、そしてベトナムで投降。
フィリピンでの抑留生活まですべて8年間でした。
帰国し、結婚し、私は彼が30歳の時に生まれました。
70歳で、社会と決別して「晴耕雨読」9年で、
晴天の日に散歩途中に倒れてそのまま逝きました。
70歳を迎える前年に私に、「社会での活動は終了」と断言。
周囲は、とても70には見えない容貌からも反対されました。
まだ、50歳後半に思われると自慢(=私もそうですが・・)
「老兵には決着の時がある」と言っていました。
私も彼のような生き方を選ぶ覚悟です。
9年間、彼に与えられた自由時間だったのでしょう。
中国を観てくると言って旅行もしてました。
「あの国はやがて・・・」とも言っていました。
空港でいきなり、警官と怒鳴り合う市民、
クラクションを投げつけ合う交通に触れつつ、
大阪の自宅マンションは15%節電で、共有部分は暗く暑い。
国難の日本の日常には不安が胸を締め付けます。
ふるさとの「もんじゅ」に底知れない大きな不安、
「原発」をどう終息させていくか、
あるスマートグリッドの会議を済ませてやってきました。
「設計・改変社会的力量」が私へのテーマです。
中国は、デザインの果たす国際貢献手法に気づきました。
産業経済からさらに国際文化構築のデザイン、
今、次第に具現化していることを紹介するつもりです。


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6月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 26th, 2011  Posted 10:00 AM

6月26日 大安(壬子)

デザインの真意は、
デザイン手法の基盤である
理念や哲学である。

『デザインという先手』手解き 伝道しながら


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