kazuo kawasaki's official blog

Archive for 5月, 2012


5月8日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 8th, 2012  Posted 9:30 AM

5月8日己巳(友引)

加飾性を可能な限り廃止していく姿勢は、
禁欲的であることにはつながらない。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』7モンドリアンへのオマージュ


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「鉄アレイ・トレーニング」


   


     5月 8th, 2012  Posted 12:34 AM

車椅子生活を宣告された次の日、
私の両腕にはそれぞれ1Kgの砂袋が着けられました。
「何、コレ?」
「もう、トレーニングを始めるんです」、と
ヘルパーのおばさんから告げられました。
しかし、手首を上げる程度でまったく運動不可能でした。
リハビリの病院に転院してからは、
毎日2Kgから始めて半年後には15Kgで7種の両腕運動を
それぞれ150回づつやれるようになりました。
そうして、ようやく車椅子に自分で乗り動き回れるのです。
したがって、私なりの運動はこの経験から、
両腕7種の運動パターンを150回づつ、ということで、
肉体改造ができると思っています。
最近、メタボかもしれないと思って、
このトレーニングをやるようになりました。
とても昔のようにはやれませんが、
たまたまプレゼントされたモダンデザインの鉄アレイで、
ともかく、両腕7種のトレーニングをしています。
本当はこれにエキスパンドトレーニングの組み合わせが最適。
しかし、心臓に負担がかかりすぎるということで、
鉄アレイだけにしています。
2Kgと1Kgで二つで3Kgですが、
かなり負荷がかかっているようです。
分かっているのは、
ともかく2週間で一つの成果が体にも現れるはずです。
腕を上げるときには、鼻から息を吸い込み、
下げるときには、口から息を吐きます。
リハビリを今またあらためて修練しています。

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5月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 7th, 2012  Posted 6:07 PM

5月7日戊辰(先勝)

クラマタの
モンドリアンへのオマージュの家具は、
その扉の開け具合によって、
絵画の平面性をいわば破壊してしまった。

モンドリアンカラーの平面的な短形の色彩は、
扉の開閉で、色彩は変化してしまう。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』7モンドリアンへのオマージュ


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「スタイラスをすべてチェック後の選別」


   


     5月 7th, 2012  Posted 12:00 AM

先般紹介のスタイラスをもう一度チェックしました。
結果、これらを選びました。
スタイラスの先端部は、四つに分類できます。
これが現在市販されているすべてでしょう。

  • 導電ゴム
  • 金属
  • 導電プラ繊維
  • 導電プラ

いずれも自分なりに相性があると思いますが、
最近は、ほとんどが導電ゴム半球状態のモノが増えています。
私なりには、以下の三つの使い勝手で選別し、
● 筆記スピードが一致すること
● 接触感触が心地よいこと
● 筆筆記のカスレ具合が思い通りのこと
そのために、導電ゴム内に導電ウレタンで先端部の硬さ調整をしています。
これらのどれが最適かもApple Store, Ginzaのイベントで紹介します。
(左端:導電ウレタン)


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5月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 6th, 2012  Posted 10:00 AM

5月6日 赤口(丁卯)

目の前に立ちはだかる義務を
きちんとこなせば、
おのずと
「 わがまま 」を実現できる
瞬間が飛び込んでくる。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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「『華麗なる賭け』のように・・・とはいかず」


   


     5月 6th, 2012  Posted 12:00 AM

小学校から、将棋・囲碁・麻雀を父から教わりました。
父はこうしたすべてのゲームをマスターさせたかったのでしょう。
ところが、この三つはどうしても好きになれませんでした。
将棋はそれなりに面白かったのですが、
負けると悔しいことや、もう一度生き返るゲーム性が嫌でした。
しかも囲碁も麻雀も座位でのゲーム性が好きになれませんでした。
映画の名作に「華麗なる賭け」があります。
原題の「トーマス・クラウン・アフェアー」でリメイクされた映画です。
スティーブ・マックイーンとフェイ・ダナウェイが、
チェスをする場面があります。
この映画での二人の取引をたまらなく象徴する場面です。
それを観てから、チェスにのめり込みました。
しかし、我ながら下手くそです。
パソコン相手だと、とてもかないませんが引きつけられます。
となれば、私の習性はチェス収集にも向かってしまいます。
これは携帯用ではおそらく最も工芸的な物だと思います。
エルメスの木工技術が駆使されています。
しかし、もう一工夫が欠落しています。
マグネットでチェス盤とコマがくっついてくれれば飛行機内でも遊べます。
あえてそうしなかったのだろうとも思いますが、
これでは「装飾的」にすぎません。
バウハウス時代のモダンデザインは、コマの役割を覚えるのが困難です。
最も使いやすいのは玩具になっているプラスチック製が機能的です。
しかし、本格的にそのゲーム性を楽しむには、
やはりアンティックな物を海外で探しています。
もう喫煙の時代ではありませんが、シガーやパイプタバコ、
そしてブランディが一番チェスには似合うのかもしれません。
ともかく、今ではチェスはMac上で戦っています。
かって、Apple社に「Mind Top」をプレゼンしたときに、
景品アイディアとして、
そのパソコンと同じ大きさのチェスセットも提案しました。
そして、プレゼン後の私の味方連中の評価では、
あのチェスセットまで周到なプレゼンが嫉妬になったということでした。
日本の将棋界でトップクラスのある人が、
世界でも5指内に入るスターだということはあまり知られていません。
「クゥイーン・ガンビット」=先手を打つ、
これは、私の著作タイトル
デザインという先手・日常的なガンビット」になっています。
「シシリアン・ガンビット」という心臓病の治療方法もあります。
チェスは上手くなりたいゲームです。

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5月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 5th, 2012  Posted 10:00 AM

5月5日 大安(丙寅)

プレゼンテーションという
具体的な形で、
「 使命 」と
自分に言い聞かせた
「 義務 」を果たすことで、
はじめて
「 権利 」を手にすることができる。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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「大好きな色鉛筆・最近のお気に入り」


   


     5月 5th, 2012  Posted 12:00 AM

「作家は万年筆だが、イラストレーターは色鉛筆」。
色鉛筆の方が毎日楽しそう。
浪人時代にそんな判断をしました。
母は、「ドクター(私の真のねらいはいづれ作家)が血を見て暮らすより、
絵の具を見て暮らす方があなたに向いている」。
結果、医学部受験(しましたが)から美大に転向して今日があります。
したがって、色鉛筆は必需品であり、大事な物です。
そしておそらくほとんどの色鉛筆は試してきたと思います。
常に、今最も気に入っているものは必ず持ち歩きます。
今は、この三つが最高にいいと評価しています。
最近は、幼児が使っても「折れない色鉛筆」が出てきました。
日本ならではの物です。
ただ、色合いや色相がそろっているのは、外国製になってしまいます。
100色や限定品などの高級品もありますが、
私はむしろ、「即スケッチに」となる色鉛筆が大事です。
そして、ボールペンとの相性を最も気にしています。

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5月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 4th, 2012  Posted 10:00 AM

5月4日 仏滅(乙丑)

「 これをやりたい、
 あれを変えたい 」と
口ばかりで言っていても、
周囲を、社会を動かすことはできない。

やはり、きちんとした形で、
何をしていきたいのかを周囲に
明快に、明確に、そして明るく
「 公表 」する義務がある。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」

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「絵画に惚れることの重大さ」


   


     5月 4th, 2012  Posted 12:00 AM

絵画にはいつも目配りをしています。
それは美大で学んだこともありますが、
「絵が大好き」という天性の嗜好性があるからでしょう。
心臓疾患で長期入院162日間入院をしたことがあります。
ちょうどその時に、
以前から美術雑誌で見かけ心を奪われていた画家がいました。
彼の初めての日本展開催を知り、
妹にカタログ購入を頼みました。
その後、フランスで彼の画集を随分探し回りました。
しかし見つかりませんでした。
ところがそれは書棚の一番上に大量に並んでいました。
まさかそれほどの人気画家とは思ってもいなかったのです。
モンパルナス付近の美術書専門街でも、
そこの書店主は「家族全員が大好きだ」と告げられました。
フランスでは本当にポピュラーでした。
ともかく、大好きな画家はいっぱいいますが、
彼はその中でも一番です。
パソコンなどのデスクトップ画面は、
必ず彼の絵にしています。
あるとき、
グラフィックデザイナーから画家に転身した友人から、
「誰の絵が好きか」と尋ねられて彼の名を上げたら、
「買えばいいじゃないか」って、簡単に言われました。
「彼の名をあげるなんて最高にいいよ」と評されました。
私は「色彩論」を教えるときには、
彼の絵画での私なり解釈の色彩調和論を講義します。
この「サッカー」などを見ても明らかに、
具象性と抽象性、さらにマチエールもミックスメディア性など、
現代絵画を革新しています。
現代絵画と現代音楽は相通じるところがあります。
「絵画」と「音楽」は美学の対象分野であり、
私にとっては、デザインをするときの背景、
特に造形と色彩選びの基盤・下敷きであることは間違いありません。
そして、彼のこの絵が代表するように
世界の画壇に大きな影響を与えるものとしてスターになりました。
これからさらに一般的にも有名性を獲得することを約束されました。
ところが個展準備の制作中、個展直前に自死しています。
どういうわけか、私は自死を選んだ画家が好きなようです。
フランスに行くと必ず彼の画集を探し求めています。
彼の作品で欲しい物が数点あります。
彼の名は「ニコラ・ド・スタール」です。
「絵画」を眺めるということと自然風景を見ること、
すなわち「鑑賞」するということの重大さを心眼にしていくことは、
きもちの振幅にα波を与えるようなものです。
このα波がいのちを活性化するのです。
このα波を絵画に込める苦難が作家を冥府に誘い込むのでしょうか。
デザインも絵画同様「鑑賞」してもらうことを願っています。

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