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Archive for 4月, 2014


『光造形から3D-Printingまでをプレゼン』


   


     4月 14th, 2014  Posted 12:16 AM

私が歯車を見て、大ショックを受けたので大学人になりました。
名古屋市立大学芸術工学部新設時に「光造形システム」は、
1996年に万全の装置で、それを使って「クラインボトル」を作成。
最初は1998年NewYorkソーホーの「SPY」でプレゼンテーション。
欧州からは王室の方々や、ジャズプレーヤーなど多彩な人に、
クラインボトルを紹介したところ、
今度は、フィラデルフィア大学での講演でそれが「人工心臓」へ、
トポロジーの光造形での実例が空間論につながりました。
元来、光造形は日本の発明でしたが、特許戦略の大間違いで、
今では、米国主導の3D-Printerが、あたかも未来産業と
大騒動されていますが、欧米ともに大した進化をしていません。
3D-Printingによって、クラインボトルも造形が可能ですが、
わが国の3D-Printer開発と3D-Printing=造形技術には、
全く新しいプリンター開発と、素材革命を熟考し成果開発中です。
私の最大の目論見は、欧米の3D-Printing技術は、
ほとんど進化していない!と決定的に断言しておきます。
にもかかわらず、わが国で喧騒の3D-Printerブームは、
単純にプリンター販売とその応用はたかだかフィギュアづくり程度。
こうなると、3D-Printingという技術開発は不可能です。
それは光造形の時代にも実証されています。
結局、光造形=ステレオリソグラフィを知らずして、
3D-Printingへの未来志向はありえないと思っています。
fablab・RepRap,著作MAKERSでの大間違いを流行化した日本、
私は、この米国追随から完全な離脱をこれから拡大していきます。
今、最も進化した3D-Printer以上の国産化を狙います。
その基本は素材進化を3D-Printingにしようということです。

写真左:クラインボトル=光造形
写真右:3D-Printingによるクラインボトル
写真中央:「SPY」マッチ


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『キャラクターのデザイン=かわいいデザインの再定義』


   


     4月 14th, 2014  Posted 12:00 AM

現代日本には「ゆるキャラ」が流行になっています。
この「ゆるキャラ」が、地方から職能や業界のあたかもマーク?
しかもこれらがデザインされていると一概に言われることには、
大きな懸念とデザイン本質の意味の取り違えを断言しておきます。
特に「ゆるキャラ」がデザイン、ではなくてデコレーション!、
そのものが全く美しさを喪っているモノは全否定しておきます。
ともかく、キャラクターと呼ばれるシンボルには、
その根幹に「かわいさ」が必要です。
したがって、とても認めがいたい「ゆるキャラ」をかわいい!とか
そう絶叫までしている人には、美的感性力が大欠落しています。
日本人には、漫画の歴然たる歴史があります。
この漫画に登場するキャラクターは、そのまま時代、ヒーローの
まさに「スター」だと言っていいでしょう。
米国のディズニーが提示してきたイメージは、
テーマパークという強大なレジャーランドになっていますが、
日本のキャラクターは、時代の技術とその存在性を、
「かわいい=kawaii」ということまで、一つの経済性を構築。
そしてこの経済成果は、形容詞の名辞デザインを創出しています。
私は、この感性段階を論理化メモしておきます。
それは、「かわいい」・「うつくしい」は形容詞ですが、
「きれい」は形容動詞です。
女性が「きれいになりたい」その決着は、
「美しい女」あるいは「かわいい女」につながっているでしょう。
したがって、キャラクターデザインの決着点には、必ず、
その「存在」が、まず、かわいいこと、そして美しいこと。
この二つが同居していない、たとえ「ゆるキャラ」には、
かわいさどころか、美しさなどあるわけがありません。

「アイドル・キャラクターのメタ・アンビエントへのコンテクスト」
「キティちゃんにて確認できる『安全と安心』
「問題解決なのに「応答」商品の氾濫」


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『世界は貧しくなっている・・・と思う』


   


     4月 12th, 2014  Posted 12:19 AM

自宅のオーディオシステムをまたやり直していて、
とても驚いたのは、私の最上級のプリアンプLINNが一台ありますが
このアンプのリモコンは、今では古い機種の方が、
はるかに豊で製品品質が優れています。
確かに、現代の製品リモコンは合理的で単純で、使い勝手は、
国産のモノには最低なデザインが多い中と競べればいい方です。
しかし、最高級プリアンプとの存在性、たたずまい性をみれば、
絶対に製品の品質性や熟考されたデザイン表現性があります。
私はデザインを、製品記号論的には、
デザイン意図の表現を「造形言語」と呼び、
デザインすること、とし、
デザイン表現された内容を「形態言語」と定義しています。
「造形言語」=designing languageと、
「形態言語」=designed language、この二つの名辞によって、
デザイン形態=デザイン記号を記号論的な解釈をしてきました。
designing languageとdesigned languageは博士号論文へと
指導をしてきましたから、今後の国際的なデザイン思考論理に
普及していきたいと考えています。
このリモコンの造形意欲を競べてみても、最高級製品の
モノ品格は、現代にいたって、大変貧しくなっていると思います。
結局、コストダウン主義は、豊なモノづくりを消しているのです。
貧しいモノづくりは、本来のデザイン本質を喪失させます。
現代の「安価なこと」には、安易な価値設定があります。
適当なる「商品の差別化」ということは使い手を差別しています。
経営主義ゆえの「差別化手法」そのものが革新されるべきです。
品質を造形言語として安易な価値設定ゆえに、品質ダウンが、
国際的に横行していることを、デザイナーとして危惧しています。
私は安易で安価なモノづくりは、豊かさを喪うと確信します。
だから、私のオーディオ環境ではリモコンですら、
「豊かな存在性」を最も大事にしたいと考えています。

「コントローラーのデザインはまったく進化していない」
「ブランドを語る前に、ブランドマーケッティングの大欠点
「デザインは記号論的な『造形言語と形態言語』での論理化」


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『現代のあたかも魔女狩りこそ全否定されなければいけない!』


   


     4月 11th, 2014  Posted 12:00 AM

魔女でも冷徹贔屓する力は常に用意していたいという想いから、
たとえ魔女であっても許されないことを一方的に記述します。
情報社会が無残な刑罰を野放図にしている構造は、
権威を多大な権力と錯覚した組織の支配力、
無知蒙昧さを隠匿しているマスコミの商業主義的発信力、
そして、匿名をいいことに刑罰を風潮化しようという集団です。
この三つの暴力には、何ら、罰則がありません。
組織は、組織温存を護り抜くには個人を痛めつけて平気です。
マスコミのマイクやカメラが正義を語れる武器なのでしょうか。
個々人が匿名であるから、組織とマスコミを存分に利用します。
たった一人が、組織とマスコミに説明責任を問いただされる姿が、
現代のあたかもいやまさに魔女狩りになってしまったのでしょう。
権威も権力も分別出来ない組織が個人全否定はありえません。
本来ならその組織に所属した個人こそ何としても守護すべきです。
マイクを問いただす武器だと知らない記者がマスコミ人です。
カメラを向ければ真偽をつかみ取れるというマスコミは大勘違い。
この三つの力を正当に使うとするなら、
それは同胞(拉致被害者)を護り抜く決意が基本だと思います。
平然と我を顧みない人を沢山見てしまいました。
「魔女狩り」は中世時代に終焉するどころか、
もっと悲惨で残酷な個人への刑罰風潮には警戒が要必要です。
個人の願いや希望を、全否定する権力は誰にあるのでしょうか。
未熟さを個人評価で罵る大人だとするなら、
自分の年齢ゆえの経験や実績そのものこそ尊敬は出来ません。
組織、マスコミ、匿名集団の刑罰主義こそ、
現代制度で構築されるべきかも知れないのです。
組織もマスコミも、再度是正できるはずだと信じますが、
最も匿名性に隠れて、
情報化で刑罰を与えることこそ、厳罰すべき肝心なことです。

『画像映像機器の技術要素の変遷とともに羽織ゴロがいる』
「匿名も実名も仮想ならば・・・」


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『100年企業のなかで30年も関われたデザイン対象幸運』


   


     4月 10th, 2014  Posted 12:00 AM

私がメガネフレームをデザイン対象に出来たことは幸運でした。
車椅子生活になったことを知った母校の教授から、
あるメガネフレームメーカーを紹介されました。
しかし、それまではオーディオ領域しか出来なかった私は、
当時29歳で、とりあえず、1年時間をいただきましたが、
結局は、ふるさとに帰って31歳ごろ、
紹介されたメーカーでデザインを始めました。
そのメーカーで、メガネフレームに関わらずにある人から、
オプトニクス関連の教科書や製造を教わりました。
そのメーカーから、増永眼鏡にクライアントが変わりました。
それから、また再びメガネフレームについて、現会長から、
徹底的に鍛えられて、再度、イロハからを教わりました。
私の性格ゆえ、どれだけ喧嘩してきたかわかりませんが、
商品化チャンスをいただきドイツで授賞することも出来ました。
2000年にシルモ・ドールでグランプリを頂くコトも出来ました。
増永眼鏡こそ、メガネ産業を創成した最初の企業であり、
1905年創業から100周年を迎えて2005年、
青山に最初のパイロットストアを開店。
そのこともあって、日本橋三越のシンボル・ライオン像設置、
これが今年100年を記念して、私のコーナーも出来ました。
私自身、来年でメガネフレームデザインは30周年になります。
私のメガネフレームには、レンズからも解放が大目標です。
「目の前の空気の屈折率が自由に変えられること」があります。
それは、液晶レンズ技術の導入進化や私がスカウターと呼ぶ、
ウェラブルPCで、景観の中に情報処理も同画面で出来ることです。
いずれにせよ、私にとっては、見つめる映像機器、
そして、ファッション性とメディカル性が同居する機器として、
おそらく未来提案も含めて、私のデザイン活動提案に、
ライフワークとしても貫きたいと願っているデザイン分野です。
最近は、もうデザイン競争相手はたった?社しかありません。
「アンチテンション」のメガネは私の発明的デザインでした。
これを乗り越えることがテーマです。

『本当のモノは信じられることにつながる』
『PCメガネはドライ・アイ対策でなければいけない』
「『アンチテンション』は、今ではメガネスタイルの基本だ」
「HMD・『単眼タイプスカウター』を米国でプレゼンは失敗だ」
「HMDのこれまでの進化をさらに深化させる!」
「HMD1994年から取り組んで・・・絶対に勝つ!」


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『切手・消費税アップの影響』


   


     4月 9th, 2014  Posted 12:00 AM

少年が「収集癖」がつくのは、おおよそ切手収集からでしょう。
私自身、モノの収集が「切手」からでした。
多分、実家にはあるのかもしれませんが、?です。
確かに切手から、私は、古銭、牛乳の蓋、マッチ、割り箸の袋、と
思い出します。
多分、私は一人っ子だったことで、「収集癖」がありました。
夏休み、小学校時代は、昆虫採集も収集癖があったから、
トンボ、蝉、クワガタから、中学時代は、蛾も随分集めました。
さすがに、この昆虫採集は、母を怖がらせていました。
それが面白いのと、学校では常に最も集めた人間をめざしました。
「収集癖」は全く直らず、デザイナーでモノ集めしない人は、
信じられませんから、デザインの内容が低レベルです。
収集では、祖父の影響では、毛針や、キセル集めや、
父の影響では、押し花や、筆、墨があります。
いまなお、筆と墨は、硯や落款材にまでなっています。
ワイフが、電球の球を集めていたのはビックリしました。
彼女の収集物は、高価になっていくので不思議です。
こんな思いになったのは、二円切手の登場でした。
これは消費税アップで用意されていたもので、ウサギ絵柄=二円?
ところが、この意匠はなかなかのモノで二円以上の価値です。
切手は時々、ワイフが記念切手を買ってきて、
手紙を書いたら選ぶ楽しみがありますし、とても綺麗です。
もしこの秋に消費税が10%になったら、また種類が出るでしょう。
そして、今では、切手は自分のものを発注することが可能です。
私も、自分の作品で切手を作っていますが、消費税込みの、
そんな切手も考え出す必要があると思っています。
つくづく、切手って、やっぱり収集価値があるようです。
収集すること、それは持っていないことを、
再確認することに連動しています。
だから、収集はとてもいい経験だと私は信じています。


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『ロボットデザインには基礎学が必要』


   


     4月 8th, 2014  Posted 12:00 AM

コンピュータ技術の進化が顕著に表れたのはロボットでした。
あるいは、ロボットの進化がコンピュータの応用領域を拡大、
こうした見方も可能です。
私の世代にとってのロボットは「鉄人28号」でした。
しかし、ロボット学者の多くは「鉄腕アトム」が具体的でした。
「鉄腕アトム」を創りたいという学者たちの活動を知っています。
私にとっては、デザイン対象にロボットがあります。
日本のロボットは「メカノイド系」=機械のようなモノと、
「ヒィーマノイド系」=人体のようなモノに二分されます。
私はこの区分には、ロボットという名前の問題があると思って、
「ノーメンクレター」と名辞したことがあります。
これは欧州中世時に、領主が召し使いの職能名にした名前です。
領主が、「あの人は誰?」とか、「これはどういう意味?」、
こうした質問に正確な情報を与える存在を呼んでいました。
だから、私は「ノーメンクレター」=情報伝達者こそ、
これからのロボットでなければということをデザインモデル化を
「舞」と「踊」で創ってきました。
そのためには、ロボットの歴史的な代表玩具、
その意匠をライターシリーズにしたモノまで収集しました。
収集することは、集めていないモノを知ることに繋がります。
収集出来ないモノには何があったのかを知ることで、
私は、ロボットデザインという領域には、
基礎学となるポイントがあるということで、もう15年程、
「ロボットデザイン基礎学」を体系化したいと考えてきました。
当然、「舞」と「踊」は、ロボット動きを決定しています。
それは「形態論」と「身体論」に結びついてきました。
この体系化に、ロボットの「安心」と「安全」があります。
ようやく、
この「ロボットデザイン基礎学」を主張できるようです。

「ロボットが『心』を持っている?かどうか、ということ」
「心を持つロボット表現として、『泣き出す表情』


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4月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 7th, 2014  Posted 9:30 AM

4月7日 戊申(仏滅)

概念、
すなわちコンセプトから
自分を開放しないかぎり、
デザインは常套的に常識に
適合してしまうわけだ。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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『有名ブランドさえ、デザインへの大誤解!』


   


     4月 7th, 2014  Posted 12:00 AM

これはある超有名ブランドからのDMです。
この貴金属ブランドはとても有名であり私も商品を持っています。
しかし、ここ数年、新製品は高額なだけに、ブランド全体、
私は失敗が連続していると見てきましたから、
私が所有しているモノの価値づくりはありません。
それは他の著名ブランドのある種の成果に至っていないからです。
ここでいうデザインは私流にはデコレーションに過ぎません。
もしデザインというなら、企業イメージと経営全体づくり、
特に、未来を提示する力量設計という問題解決です。
このDMも印刷など相当に念入りですが、なるほどでもなければ、
私流には、ブランドのデザイン勘違いを拡大しているようであり、
新製品デザインはすべて失敗作を情報化しているのです。
最近、私はデザインコンペのあり方、審査員の知識不足を批判。
結局、デザイン=デコレーションそのままは、
まずはなんと言っても未来を創らないでしょうから全滅します。
そのようなデザインは大間違いです。
企業だけでなく地方のデザイン認識もほとんど間違っています。
またまた失敗を目指したデザインを本当に多くを散見します。
デザインはなんといっても問題解決であり、未来創発です。
デコレーションでの華美さを多様化するイベントではありません。
したがって、なんといっても歴史から再考することは基本です。
そして情報社会では、モノづくりにデザイン=デコレーションでは
まったく無駄であり、それこそ駄作でしょう。
しかし、自らデザイナーが駄作を創っては自己否定をしています。
デザイン導入は「活性化」の手がかりでもありますが、
このDMに象徴さえている有名ブランドの無知さと知恵無しは、
デザインの取り違え・大誤解を私は連呼するつもりです。
なぜなら、自分のデザイン活動への「大きな戒め」だからです。

『装飾はデザインにあらず、されど装飾はデザイン可能』
『これはデザインの大きな問題である!』
『「アート&クラフト運動」はデザイン原点でもあるが・・・』


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4月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 6th, 2014  Posted 9:30 AM

4月6日 丁未(先負)

その「奇をてらう」という
「奇抜き」に、
「裏切り」、
そして正常だと勘違いしている
常識への再質問と問題提起は
極めて大切だと考えている。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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