kazuo kawasaki's official blog

『資本主義からの逃走』
   「慈愛資本とは、優美の隠匿資本でなければならない」



つつましさ
「慈愛」は「優美」でなければならないと述べてきました。
「優美」であることが「慈愛」の基本だとも。
「優しい」というのは、決して目立たないつつましさ、
日本的な謙譲心に満ちあふれていることです。
「つつましい」という言葉があります。
この言葉の意味も大きな勘違いが現代起こっています。
それは、「つまらない物ですが」という会話言葉です。
「つまらない物」などを人に贈与すべきではない、という批判です。
しかし、この「つまらない」とは「つつましい」ということが原意です。
「つつむ=包む」という動詞系からの形容詞と考えます。
「つつましくて、身も細るほど恥じらう物ですが」という意味であり、
ここに日本人の目立たずの奥ゆかしさがあります。

これを、谷崎潤一郎が定義した「品」・「品性」・「品格」にあります。
欧米からの「自己主張の優先」ということが「積極性」と同義となって以来、
日本人の奥ゆかしさ=優美さ=目立たせないこと、
こうしたことは否定的な傾向に押し込められたものと判断します。
比して、私なども、「目立たす=顕示性」があることは否めません。
したがって、「優美さ」という言葉には、この顕示性をはぎ取る力が、
日本の伝統的美学であることを私自身思い起こす必要があります。
日本の「優美」と「慈愛」には、
顕示性を否定するベクトル、その質を再検討しなければなりません。
それは、日本の戦略、日本の資源、すなわち「資本」化すべきだと考えます。
ヒントは、「つつましさ」です。
包む
「包む」という系譜から、
日本は「包む文化」です。風呂敷の文化と言い切ってもいいでしょう。
対して、欧米の「詰め込む文化」は、缶詰や腸詰めなどを思い起こせば、
「詰め込み型」の短所は明白になります。
あらためて、「包む」・「包み込む」、
その慈愛の優美さを「資本戦略」が求められていると判断します。
結局、「優美さ」を隠匿できる「資本」を発見しなければならないということです。


tag: つつましい, 優しい, 優美, 優美なる慈愛, 包む, , 品性, 品格, 積極性, 缶詰, 腸詰, 自己主張, 谷崎潤一郎, 隠匿, 顕示性, 風呂敷


目次を見る

One Response to “『資本主義からの逃走』
   「慈愛資本とは、優美の隠匿資本でなければならない」”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 2月 3rd, 2017

    [...] 文化はすっかりと破壊されるということです。 *  「慈愛資本とは、優美の隠匿資本でなければならない」 * 「包むことと詰めることの大きな違いを知った頃」 [...]


This entry was posted on 土曜日, 7月 3rd, 2010 at 12:00 AM and is filed under 035「哀しみの美しさ=慈悲・慈愛」, 資本主義から逃走せよ!. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.