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「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」





私は講演では必ず予定時間をぴったりと厳守すること、
これを一つの私なりの美学と考えてきました。
しかし、ずばり最も敬愛する橋本左内と私の職能との結びつき、
二つのテーマでは、語りたくて、映像54枚にも関わらず、
45分では語り切ること困難であり、55分で10分オーバーでした。
「啓発録」5条は勿論ですが、「国家の体計4項目」を紹介し、
福沢諭吉と安政の大獄・安政の大天災大飢饉から咸臨丸まで。
そして、適塾での使用品を骨董品として収集し寄贈した、
これも福井県出身の藤野恒三郎阪大名誉教授は腸チフス発見者、
しかも、彼の祖父は橋本左内の父親の教え子ともなれば、
私は毎週1回半年の授業をすることができるでしょう。
阪大総長もドクターであることから、適塾と大阪大学の系譜は、
これまた時間オーバーでしたが、超・面白い、いわば講義でした。
そして、登壇者の医学系研究科教授西田幸二教授は、今最も話題の
iPS細胞での眼科系再生医療は、わが国のiPS戦略最先端。
医学医療系の作家、久坂部羊氏は阪大医学部出身のドクター。
彼は数日前に逝去された父親の終末医療は、
最大の尊厳死の迎え方や現状医療への全く新しい死の受け入れ方。
この三名の登壇者は、自身の講演後、
シンポジウムで勝手気ままに会談でしたが、
これをまとめるMCはプロのアナウンサー網浜紀子さん。
しかも彼女は博士号を大阪大学で取得。
今おそらく学位取得で最難関を社会人になって取得とは、
この困難さが分かるだけに、改めて感嘆し敬服の限りでした。
このところ、京都で循環器ドクターへの「最先端医療デザイン」。
そして「危機解決産業創成デザイン重要拠点」紹介を、
大阪府警本部長の基調講演後と、立て続けでした。
すべからくが、阪大退官後、特任教授としての大きな役割でした。
ひと息つけそうですが、
橋本左内は16歳に適塾入塾後、藩医・藩政・国政提言、
この行動は、「安政の大獄」で斬首の刑26歳でした。
彼の10年間を考えれば、私はまだまだやり残しています。
ひしひしと克己たる自分見直しのシンポジウムに登壇しました。


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3 Responses to “「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 4月 25th, 2014

    [...] 私は是正すべきだと書き残します。 「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」 「安政の決定事項にデザイン導入してから・・・」 [...]

  2. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:23 AM on 10月 8th, 2016

    [...] * 『1800年代安政の頃・「適塾」を最も語り継ぎたい』 * 「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」 * 「大阪大学の歴史の一つに、藤野恒三郎の存在」 [...]

  3. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 10月 26th, 2016

    [...] を「KK適塾」に向けてようやく開始することができます。 * 「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」 * 「大飢饉・大地震・あの忌まわしき安政の大獄、すべ [...]


This entry was posted on 日曜日, 8月 4th, 2013 at 12:00 AM and is filed under 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.