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『歴史を小説で構成して事実を誤ってはいけない』





私の解釈が間違っているのかもしれませんが、
小説で語られた事が、歴史の真実になってはならないと思います。
先般、福井の地元紙で報道された内容に大きな違和感があります。
その根拠は、1980年代から安政の大獄と咸臨丸の事実、
1990年までの10年間、すなわち、日本開国の歴史性の再考です。
私は日本の開国には、様々なストーリーがあるだけに、
このストーリーは、小説のコンテクストには充分成立します。
しかし小説のコンテクストを歴史と読み間違えが多すぎるのです。
真実・事実・正義という「真」は、
人間にとって、主観性が入り込むほど歪曲化は簡単に起こります。
それを情報化と断言してはいけないと考えます。
それこそ、内村鑑三の「後世の最大遺物」を読めば、
彼がこの著作時の社会評論家たちの言説は決して残らないという、
この指摘が当たっていると私は考えています。
日本の開国には、坂本龍馬が大ヒーローで語られています。
しかし、これは小説の話に過ぎませんが、今や歴史事実です。
私は大きな違和感をもっていて、
徹底的に1980年から1990年までを追いかけ、
ほとんど暗記していますから、この三岡八郎=由利公正のことは、
大間違いだと断言しておきます。
確かに、坂本龍馬も暗殺されただけにヒーローかもしれませんが、
歴史の真実と重ね合わせることは私にはこの指摘理解無理です。
由利公正は日本開国において「五箇条のご誓文」の作者である事は
真実ですが、そのことをヒーローイメージから語ること自体を
私は大訂正しておきたいと考えています。
小説プロットを歴史コンテクストにする情実を捨てるべきです。
日本人は、明治開国、世界大戦などにこの性癖があることを
私は是正すべきだと書き残します。

「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」
「安政の決定事項にデザイン導入してから・・・」
「会えずとも、誤解されようが・・・私は語り継ぎます。」
「憧憬の人物、その実筆書状を探す」
「徳富蘇峰の評価も忘れられて・・・・」
「ふるさと福井の偉人たちへの敬愛あるのみ」


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This entry was posted on 金曜日, 4月 25th, 2014 at 12:00 AM and is filed under 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.