kazuo kawasaki's official blog

『祇園祭・祇園と祭りの根源はもう忘れられている・・・」





京都は、日本の伝統がそのまま温存と継承された街ですが、
その由来・因縁が忘却されているからこそ生き残っている、と、
私はそう感じています。
若い頃、京都が伝統の街をなぜ忘れているかを講演で語りました。
以後、京都からの講演依頼は無くなった経験があります。
この伝統を継承というかたちで残したのが革新都市化であり、
そして無税の人間がおそらく日本で最大に多い街だと思っています。
だから、ユネスコ遺産の保存費用にも事欠き、その補填を
「世界一の観光都市」で賄ってきているのだと思っています。
私のワイフが生粋の京都生まれ京都育ちで、実家周辺は観光地とか。
だから、観光期間中は実家周辺はあまり行きたくないとかです。
私は、日本の文化が奈良と京都というならば、
その都市を支えてきた福井県(越前)と岐阜県(美濃)が、
労働で和紙、刃物、陶器、漆器などがその根本を支えていたのです。
「祇園」という呼び名にしても、あるいは「祭り」の形式にしても、
祇園祭が総合化したことこそ、実は、輸入文明を日本文化にした
その形跡そのものが偉大な事ばかりであったことが重大です。
祇園祭の山車には、シルクロードからの最先端が毎年あったのですが
それらはすっかり忘れられた継承だけの山車は駄目でしょう。
ちょうど、この祇園祭に便乗した「チマキ」をみると、
すっかりお土産ものとしての貧弱さを私は確かめることができます。
「チマキ」は、祖母が大きな窯で茹で上げるのをみて育ちました。
それは、一族郎党から「家」を支える全ての人、その大行事ゆえ
笹餅が京では全く違うモノになっています。
ふるさと福井のそのチマキが、京都の土産物になったのは貧弱です。
少なからず、日本の伝統は、毎年、国外や国内の最先端を
京の文化に変換されるその豊かさは、政治的だけの革新性で
全く異質のモノに変えてしまったのです。
それが伝統文化だとは決していえないものに
変わり果てていることを書き残さなければなりません。
京都の真の文化は、国内外の最先端をまとめ直した偉大さでした。
少なからず、なぜ「祇園」=gionだったのかを思い出すべきです。


tag: gion, 「チマキ」, シルクロード, ユネスコ遺産, 一族郎党, 京都, 京都生まれ京都育ち, 保存費用, 和紙、刃物、陶器、漆器, 土産物, 奈良, 山車, 岐阜県(美濃, 日本の伝統, 日本文化, 最先端, 無税の人間, 異質のモノ, 祇園, 祇園祭, 祭り, 福井県(越前), 笹餅, 補填, 観光地, 講演依頼因縁が忘却, 輸入文明, 革新都市化


目次を見る

One Response to “『祇園祭・祇園と祭りの根源はもう忘れられている・・・」”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    1:01 AM on 6月 16th, 2017

    [...] * 『京都というイメージ?、ブランド?、なのです』 * 『祇園祭・祇園と祭りの根源はもう忘れられている・・・」 * 「自然から学んだはずだった・・・のだが?」 tag: design tokyo, [...]


This entry was posted on 金曜日, 7月 18th, 2014 at 12:00 AM and is filed under 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.