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『資本主義からの逃走』
  「花綵を断ち切った、都と鄙
           けれどもNetwork社会に希望」



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米国に従属してしまった日本は分断された。
戦後生まれの私には、
米国のあらゆるモノが眩しかったのです。
大きな冷蔵庫、自家用車、電化製品、・・・
そして、「アイビースタイル」で、ファッションを、
それこそネクタイの結び方まで学びました。
正直、60年代の「安保闘争」を田舎のTVで見つめる時、
日本が壊れていく、そんな東京でのデモ行進の異様さは、
とても、悲しかったのを覚えています。
70年代には、まさに、私も大学生になっていました。
完全なる「ノンポリ」でした。
むしろ、学生運動に走る連中を殴っていました。
それよりも、音楽やデザインに、心惹かれていました。

やがて、知るのです。
三島由紀夫の切腹が訴えようとしていたことに、
私は目覚めました。「日本が壊れていく」と・・・
明らかに、東京一極集中は日本を分断していきます。

私は、北陸の地方都市から東京を「対象化」しました。
そして、「雛美人文化論」を心底にしながら、
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伝統工芸産地に、「デザインの導入」に関わります。
やがて見えてきます。
「鄙」と「都」の関係です。
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明らかに、唯一の「都」=「東京」には、
「クロノフィリア(時間偏狂者)」が集中していきます。
一方、日本全国の地方都市は「鄙」と化します。
そこでは「トポフィリア(場所偏狂者)」で、
「土地自慢」こそ「地方の活性化」だという偏狂さです。
今なおこれは歴然とした、
「資本」としての「土地」感覚そのものです。
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「都」での金融資本と、「鄙」での土地資本が意識分断、
すなわち「花綵の国」は、金融資本も土地資本も、
価値を喪失して、私たちの心まで分断しました。

ところが、
情報時代=ネットワーク社会」は、この分断を、
新たな「花綵」にしてくれるのかもしれません。
すでに、「都」も「鄙」も、
ネットワーク社会=意識社会によって、
「bit資本」が、金融・土地・資材・食糧に至るまで、
「花綵ネットワーク社会」が創出されるでしょう。
私は「逃走」します。
それでも明らかに私の「希望」は、
このネットワークが、再び「花綵の国」へと、
デザインが導いていくものと確信している次第です。


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4 Responses to “『資本主義からの逃走』
  「花綵を断ち切った、都と鄙
           けれどもNetwork社会に希望」”

  1. 「安政の三大地震・伝承されたこと」
    12:01 AM on 12月 27th, 2011

    [...] 私は日本を「神の国=花綵の国」だと信じたいのです。 わが国は政治が乱れたときに大きな天災に見舞われます。 安政年間には、安政江戸地震・東海地震・南海地震と 三大地震が起こり、それは各地でも天災被害となりました。 けれども、そうした天災を後世に伝えるべき工夫を重ねてきました。 「つたない文章ながら、後世に伝えてほしい」とされた碑文。 その碑文は墨で黒々と風化を食い止めてきました。 一時は、科学的なペイントも考慮されたらしいのですが、 毎年、その石碑を中心に慰霊して墨入れを継承してきたということです。 3.11は復旧・復興とともに後世への伝承を具体的に残すべきでしょう。 ただし、箱物での「記念センター」的な建設、 そして天下り人事ではありません。 「みちのく」との距離は、離れれば離れるほど記憶は風化します。 陸に乗り上げた船舶や、瓦礫のモニュメントなど、 痕跡記念はありますが、 被災した人たちにとっては、 「哀しみと悲しみ」を再現させるべきモノではありえません。 未だ、行方不明者を家族に抱えておられる方々への思いやりの有り様、 それはとても想像を絶します。 しかしながら、これまでも三陸海岸では、 「津波の時は山に逃げるべき」石碑がありました。 「大地震両川口津浪記」にも、「船で逃げるべからず」、 この記述が伝承されてきました。 慰霊の場、そこには いつでも花を手向けるモニュメンタル・トポスは必要でしょう。 しかし、私たちは、大地震・大津波・原発事故は、 特に原発の後始末は数十年を越えるでしょうから、 決して忘れることはないでしょう。 が、それでも被災現地ではおおよそ35万人の被災は、 35万件の事件が在ったということです。 「東日本大震災」という名称でまとめられることではありません。 地震前に日本は、市町村合併により市町村名が変わりました。 よって、本来、伝統文化の地名を失っていたのです。 このことからも、まず「地名」を戻すこと、 私は地名という言霊を捨て去ったことに、 「みちのく花綵」を失ったとするなら、 モニュメンタル・トポスにはその地名復活も、 大きな復旧の手立てだと確信しています。 そして、この復興がどうであったかよりも、 「安政の大獄」で殺された頭脳は人災でした。 わが橋本左内も、吉田松陰も、梅田雲浜も殺されました。 1860年に咸臨丸は太平洋を渡ります。 日米修好通商条約がその後の日本を苦しめました。 まさに、TPPを抱え込んだ現代に酷似しています。 この国難のモニュメントは熟考しなければなりません。 [...]

  2. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 5月 27th, 2014

    [...] 「終村」は決して言ってもつくってもいけない観念です! 花綵を断ち切った、都と鄙 けれどもNetwork社会に希望」 金融工学の始祖はマルクスだった_15 tag: Apple本社・クパチーノ, 「東京」, [...]

  3. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 11月 24th, 2014

    [...] 大学存在性も比較検討される時代になるものと思っています。 「花綵を断ち切った、都と鄙、けれどもNetwork社会に希望」 tag: 2018年大学問題, PFI, ふるさとという定義, ふるさと納税, [...]

  4. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 3月 18th, 2017

    [...] した。 私は「鄙美人日本論」をふるさとから語る所存です。 * 「花綵を断ち切った、都と鄙 けれどもNetwork社会に希望」 * 『アンチテンションはコピーされている福井産の革新技 [...]


This entry was posted on 火曜日, 12月 8th, 2009 at 10:00 AM and is filed under 008「花綵の国」, 資本主義から逃走せよ!. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.