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『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』





1984年は私にとって一つの大きな区切りの年でした。
それはAppleからMacintosh 128kが登場したことでした。
それまで、AppleⅡやコンピュータに興味をもちながらも、
このコンピュータの登場は、やがて私がこのパーソナルコンピュータに
それも深く関わっていく起点の年であったことです。
国内の企業にいくつか関わり、
その愚痴をApple Japanでこぼしていました。
「川崎さん、米国に行くべきです。Apple社を紹介します」。
そして私はオレンジとブルーのMindTopを持ってクパチーノに行きました。
「プリエ方式」という二分されたノートブックスタイル、
「Big Blue」を引き離すという意味、
これは当時、IBMを指すスラングでした。
私が驚いたのは、GRiDがクラムシェル型という手前にキーボードで
マグネシウム合金筐体=これはMoMA最初の携帯PCの登場でした。
これは友人・故ビル・モグリッジのデザイン。
キーボード位置は完璧な特許でした。
A:「なぜ、君のはキーボードが奥にある?」
K:「GRiD特許は避けないといけないのです」、「なるほど」。
A:「なぜ、トラックボールが手前で中央?」、
K:「マウスを裏返した造形です」。
沈黙の後に、私はコードネーム「ASAHI」を見せられました。
CEOジョン・スカーリーとアラン・ケイの前でのプレゼでした。
それからの闘いは、デザイン部門と技術部門の激烈な闘いの連続。
世界で最初のPowerBook100を生み出す現場で、
東洋人とWASPの闘いの中での日々でした。
福井でのデザイン活動は、「メディアインテグレーションの具体化」、
七つのプロジェクト=東芝との共同開発を抱えていました。
シャープとのNewton開発帰りには、メンバーが福井で打ち合わせ。
呼び出されると、私はクパチーノに出向いていました。
東京はちょうど「バブル経済のど真ん中」であり、
私には東京は狂っているとしか見えない情況。
福井 – クパチーノ、クパチーノ – 福井でのプロジェクトが
すべて中止になったのは、ジョン・スカーリーが、
クリントン大統領就任とともに、Apple社退任になった時でした。
DeskTop→LapTop→ PalmTop、だからMindTopという論理は、
金剛界曼荼羅が思想背景が明前とあり、
曼荼羅論はすでにスカーリーはすべて理解してしまっていました。
東京で会い、箱根でも打ち合わせが連続していました。
私の「Go a head, make my Apple!」が
プレゼンテーションではもの凄く受けました。
私のMindTopは、意匠権は20年で消滅しましたが、
この図面は、私の作品集で著作権となり、
国内雑誌にも特集、TVでも紹介されました。
GRiD社のキーボード配置は、
その後の技術でキーボード仕様は大きく変化。
今や、手前にポインティングディバイスで、
キーボードは後方が当たり前になりました。
PCの技術進化はクパチーノの現場での詳細な経験は深い思い出。
未だに、私のコードネーム=Jeepは実現されていません。


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5 Responses to “『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:19 AM on 5月 29th, 2016

    [...] *『ジェネリックデザインは模倣=犯罪である!』 *『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』 *『不細工なモノは不細工である』 [...]

  2. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:02 AM on 7月 14th, 2016

    [...] して、 確実な「涼しさ」を映像と照明で与えることが可能です。 *『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』 *『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』 *『自宅玄関 [...]

  3. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 11月 12th, 2016

    [...] の基幹産業を なんとしても発見する時代になっているのです。 * 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』 * 「シリコングラフィックスを使っていた頃」 * 「ブリュ [...]

  4. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 4月 8th, 2017

    [...] この企業は 企業の社会的な存在を失っているということです。 * 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』 * 『開発コードネーム・Popeyeからの拡大』 * 『メセナフィ [...]

  5. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:25 AM on 8月 17th, 2017

    [...] * 『曼荼羅図に「思」と「考」を配置して論理を確認する』 * 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』 * 『健常者を差別することで社会暗部を照射する』 [...]


This entry was posted on 火曜日, 12月 29th, 2015 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.