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『手話通訳という職能はボランティアでは無い』





まだまだ自分には不明なことが多いのですが、
確かに、この専門分野がプロフェッショナルであるべきと思いました。
昨日、研究室に「手話による医療通訳士」の方々が見えました。
正直これほど大変な仕事があるだろうかとビックリした次第です。
最近は「手話」が報道や講演会などでは見かけることが多いのですが、
なんだか、「手話」というのはボランティア活動に見られてしまいます。
かくゆう自分にとっても、ボランティアに思えていたことは確かです。
果たして日本語世界での手話なら聴覚障害者にとっては有効なことです。
日本語の世界観の中ではようやく見慣れた風景にはなってきましたし、
それらはボランティアだという認識が自分にもありました。
しかし、医療場面で、それも多言語であれば、
医学用語もあれば、聴覚障害者の外国語を手話で理解し、
医師なり、医療従事者に通訳をして、再度、患者の方の言語に、
それを手話で伝えるという職能が、プロフェッショナルであることは
絶対的に当然のことです。つまり、それなりの報酬が認められるべきです。
自分自身が身体障害者・心臓障害者として、障害者差別を受けてきた、
その体験は数限りなく持っています。
そうしたことから、PKD=Peace-Keeping Design で、
具体的には、ワクチン接種や途上国へのメガネ配布などを
クリントン財団やオクスフォード大学との共同研究によって、
新しいメガネ開発をデザイン対象にしてきましただけに、
この手話通訳の職能育成には協力どころか、
やっぱり存在している既得権問題を露わにしていく覚悟です。


* 「メガネ革新の核心がはずれた商品は不可」
* 『ワクチン経鼻デバイスから社会システムの変更を』
* 「PKDの途中報告
* 『非常事態宣言の街=パリにて、決意!』
* 『デザインディレクター・職能名の定義をしておきたい」


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This entry was posted on 日曜日, 10月 23rd, 2016 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.