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『進化進歩するレプリカントは破壊された未来に存在』






久しぶりに「ブレード・ランナー」を観ました。
これはまず、私が最も大好きな映画監督リドリー・スコットの作品。
そしてまだ新作「ブレード・ランナー2049」は観ていませんが、
この作品では、監督が原作をどう捉えるかということと、
もう一つは工業デザイナー・シド・ミードの、デザインスケッチでの原作から、
いわゆるイラストレーションはレンダリングが映画の画面構成上では、
大きな影響を持っていることです。
そして私にはレンダリング表現ではいつも手本にしたいことが相当あります。
まず、この映画の根本から、
いわゆるSFとしては、未来の地球のそれも進化の怖さが明確にあります。
ブレード・ランナーが何を使命としていることになるというテーマ設定です。
アンドロイドどころではないレプリカントという細胞クローンが登場します。
これは決して未来が夢見るユートピアでは無いという不気味さがあります。
まさにアンドロイドは、友人でもある石黒浩教授から、
さらにクローン化までが表現されることです。
どう考えても、私たちの未来にはユートピアよりも、
地球環境は進化に進歩する限り、環境は破壊されていきます。
おそらくAD5000年には地球は消滅はやむを得ないことなのでしょう。
最も私自身1949年生まれは、なんとしてもきっと観ることが出来ない、
2049年がブレード・ランナーというレプリカントとの対決具合なのでしょう。
間も無く私を待ち受けている死はいつ来るのかは分かりませんが、
現代の想像力をリドリー・スコットとシド・ミードで確認したいのです。
細胞勾配でのクローンはアンドロイドをレプリカントにさせるでしょう。
それこそ、ネアンデルタール人とホモサピエンス人が進化して、
ホモサピエンスが我々の祖先となり、
「同情」という気持ちはネアンデルタール人から譲り受けたという、
こうしたことをともかくあと僅か、
平均年齢、私の生はあと20年余りです。
しかも決してそこには破壊だけの世界に投げ出されると自分は思っています。
最近は、「普通」が求められますが、私はこれは大間違いであり、
ホモサピエンスから現代人であることは絶対に進化し進歩なのでしょう。
「ブレード・ランナー2049 」、多分、その恐怖が楽しみです。


* 『ディスクールはアンドロイドロボットで消滅させられた』
* 「光造形から3Dプリンターへの系譜は人工人体へ繫がるか」
* 『現時点でのスタイラスペンの評価』
* 『イラスト・漫画はデザインスケッチでは無い』
* 『もう絶対に逢えない、今日は母の命日』


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This entry was posted on 火曜日, 10月 17th, 2017 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.