kazuo kawasaki's official blog

『従兄弟との勝手なやりとり』





「大きな仕事」をして、夜は従兄弟と夕食。
彼には大阪大学で招聘教授をしてもらっていました。
今年3月31日に私も阪大をようやく辞めました。
来年には私も70歳になります。彼は一つ歳下です。
彼は東大を出て宇宙開発事業団からヒューストンに行き、
私も彼のヒューストン・NASAに行きました。
NASA・NASUDA・ESAで創った彼の事務所も
あのいわゆる「ひまわり」の開発をやっていました。
それからH2Aロケットなどで。
それから統合されたJAXAに行き、
彼がおそらく宇宙工学での信頼・安全性の権威でした。
彼の論文は「公約論文」なので、阪大では読める教授はいませんでした。
どこまでは私にも不明ですが条約国家間でしか読めない論文もあり、
私が医学系研究科では、「信頼・安全性」で加わってもらいました。
いつでも相互に「・・・ちゃん」とか言い合っているので、
ワイフには,気持ちが悪いとか言われています。
今回もある民間人のロケット失敗なども話合いました。
「どれだけ失敗するか?」が問題でした。
私の予想では、相当の経験者がいなければあのロケットは失敗します。
私は彼から「危機管理はできない」ということで、
私は「危機解決プロジェクト」をやっていました。
さらに「リコール」は宇宙工学では絶対にやらない、ということは、
デザインにとって大きなテーマです。


tag: 3月31日, 70歳, H2Aロケット, JAXA, NASA, NASA・NASUD・ESA, ちゃん, どれだけ失敗する, ひまわり, テーマ, ヒューストン, リコール, ロケット失敗, ワイフ, 一つ歳下, 予想, 信頼・安全性, 公約論文, 医学系研究科, 危機管理はできない, 危機解決, 問題, 夕食, 大きな仕事, 大阪大学, 失敗, 宇宙工学, 宇宙開発事業団, 従兄弟, 招聘教授, 教授, 条約国家間, 東大, 民間人, 経験者, 統合, 阪大


目次を見る

Comments are closed.


This entry was posted on 月曜日, 7月 30th, 2018 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.