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『一番小さな「書道具」にも商は越前和紙風が売られてる』





「書道」とは絶対に言わないこと、を
吉峰寺管長が私に高校時代の頃言われてきました。
「書」と呼べ、ということを学んできました。「道」は命をかける。
だから、書とは「欠落していること」を書くこと。
ところが今になって考えて見ると、書くという行為は、
「描く」こと、さらには「画」にも、
デザイナーゆえに「欠くこと」に私は繋がっています。
そしてそういえばこの写真は、
私には一番小さな書道具だということになります。
だから、北京の書道具産地に行って、墨を見たいと思っています。
それこそ、これが一番という水彩具と同じ大きさです。
書と水彩具は、直に手に入るという所に置いています。
そろそろ、毎日のように書と画を、私独自にやりたいと思っているのです。
ともかく、越前和紙で一番の親方が名を残そうと思っていませんので、
私は電話で「なぜ、名を残そうと思わないんだ?」って言っているのです。
本当に紙パルプが混在している和風「風」紙が高額でびっくりしています。
これなら、「半草」=紙パルプ入りが、伝統工芸を潰しています。
商売はそんなモノではありません。
本当のモノを「商」=あきないで、やってほしいと望んでいます。


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This entry was posted on 水曜日, 11月 28th, 2018 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.