kazuo kawasaki's official blog

『ゲームソフトには色々あるがこれには絶対にある』





すでに「ポケモン」は日本でゲームソフト発売時、
1996年2月27日からアニメ、キャラクターグッズの展開で、
子ども達の心をわしづかみにし世界に知られる人気となりました。
その後、世界的な熱狂としてARでのスマホゲームとして、
「Pokemon GO」が世代を問わずもはや中毒症状を巻き起こし、
利用規約の改変や禁止区域等の対応を迫られた現象となったのが
3年前のことでした。
圧倒的に急速に駆け上がった人気は冷めるのも早く、
日本人は忘れてしまいます。実は当初からはもちろん私は今も追いかけ、
様々な情報には多くの今後が隠れているのです。
「ポケットモンスター赤 緑」を産み出し
そのプロデューサーとして関わった
任天堂 宮本氏は、金沢美大 工業デザインの後輩であり、
この年の後輩には際だった連中が多いのです。
彼は工業デザインに、
ゲームデザイナーを新たに持ち込んだ人なのでしょう。
それこそマリオシリーズで 宮本氏が任天堂をすっかりと変えました。
工業デザインが新たな職能で、企業方針を変えたとも言えます。
このゲームの登場キャラクター名が、
著名な工業デザイナー由来であることは
とても身近に感じさせてくれました。
おそらく、さらに、今後のピカチュウは、
今後も国際化していくことは間違いありません。
今ではポケモンのあらゆる昆虫が、まだまだ出てきています。
IoTの最初の、これもゲームからの発想であったことは、
日本独自のグローバル化であり、
COOL JAPAN筆頭だと私は確信しています。


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This entry was posted on 日曜日, 5月 19th, 2019 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.