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『医師以上の海外貢献』





中村哲医師がアフガニスタンで銃弾に倒れた訃報が駆け巡りました。
アフガニスタンではガニ大統領が棺を担ぎ葬列の先頭に立ちました。
正直、私は一回か二回ばかりTVで見たことがあるくらいでした。
それも彼の同胞が死んだ時でした。
ニュースや特集番組から彼の功績、
医師以上にかんがい事業を先導し、江戸時代の山田堰技術より
砂漠を緑の大地へと変えた奇跡の軌跡を確かめました。
そして、アフガニスタン飛行機の尾翼には彼の肖像画まであり、
「私たちのヒーロー」、
羽田空港には在アフガスタン人が80名も出迎えたという話でした。
彼には、祖父の大きな歴史もありました。
それを思うと、それこそノーベル賞平和賞が与えられるべきです。
今同じ時期に誇らしくも吉野先生が
ノーベル賞の授賞式に参加されていますが、
あまりに明暗が分かれる同世代の世界のニュースです。
本当に私たちは海外の、
それもマイナーな国での同胞の親善活動、
彼らの行動、活動が知られていません。


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This entry was posted on 火曜日, 12月 10th, 2019 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.