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『資本主義から逃走せよ!』
金融工学の始祖はマルクスだった_15 



子供の頃から「収集癖」があります。
それは「一人っ子」だったからかもしれません。
さらに、「欲しくなるモノ」は他人が持っていたり、
流行するモノはまったく欲しくありませんでした。

今、こうした「収集癖」をあからさまにしているブログがあります。
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さて、「貨幣とスピード」の話をしたいと思います。
イメージしてください。

「東京の地下鉄で切符を500円硬貨で買いました」。
「人口が1500人の山里に一軒だけある
スーパーマーケットで500円硬貨を使いました」。

それぞれの500円硬貨は、どんな旅をすることになるでしょう。
東京の切符自販機の硬貨は、すぐに、取り出されて、
めまぐるしく、人から人へと渡っていくのです。
つまり、その500円硬貨が「使われる度に」
その価値は、500円×使用価値度数となります。

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ところが一方、田舎=鄙のスーパーマーケットの
レジスターに入っている500円硬貨は、
ひょっとすると1週間、あるいは1ヶ月後に、
銀行員によって集金されるかもしれません。

500yen
人から人へと次々に何度も使われることは、
東京=都会=「都」の500円硬貨の役割だったのに、
田舎=「鄙」の500円硬貨とはまったく異なる価値になっているわけです。

私が指摘しておきたいのは、「貨幣論」で言うところの
「貨幣=硬貨価値」は、それがどこに存在しているか、ということによって、
その「スピード価値」が付帯しているということです。

この「スピード」すなわち「貨幣使用速度」が経済学的に方程式になって、
「場と使用速度」の関係までは
まったく無視されていると言っても過言ではないでしょう。

現在、地方都市の商店街が、「シャッター街」=すでに、
日常的な商売から撤退している街の500円硬貨と、
大都会で何度も何度も人から人へ使い回される硬貨=貨幣価値は、
まったく、「貨幣価値」が変容していることを理解しておくべきことでです。

そして、「経済学」での
「貨幣使用度数×使用速度」式を私は知りたいと思っているわけです。
私は、自分の生年1949年の銀貨に限って集めています。

1949coin
そして、こう思うのです。
このコインは60年、どんな旅をして、
今、私の収集品として、銀貨はピカピカに磨いて、
「ごくろうさん」とコインに語りかけるのです。


tag: DESIGN, スピード価値, 硬貨価値, 経済学, 貨幣, 貨幣使用速度, ,


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This entry was posted on 火曜日, 5月 12th, 2009 at 9:15 AM and is filed under 001「始まりはマルクスから」, 資本主義から逃走せよ!. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.