kazuo kawasaki's official blog

『資本主義からの逃走』
「 何がMedia Integrationとなるのか・5」



度量衡

人の心が広いことを「度量が大きい」と言います。
「度量衡」の中で、「量」という概念が、
日本には無かったのでは、ということから、
私は、徹底的にこの「尺度」=これも大きな疑問でしたが、
調べまくった記憶があります。
無論、こうした尺度観は、中国から朝鮮を経て入ってきましたが、
日本では、私はやはり、「度・衡」だったという思いが強いです。
度・量・衡は、度=長さ・量=体積・衡=質量ですが、
さらに、度・量・権・衡で、権=重さを量る分銅を表していると言われています。
そして、この概念と実務は「国家制度」の根幹です。
なぜなら、「税」はこの尺度制度そのものの「政治体制」だからです。
したがって、度量衡とMedia Integrationはやがて、
「社会制度」へ展開することは間違いないと断言しておきます。

さて、度量衡の概念と実際、この基本的な発想は、
「度」という概念をわが国が理解して「量」ということへ
つながっていったのではないかというのが私の独断的な結論になっています。
つまり、「度は長さを測る」ことから始まったと考えることができるからです。
これは、私が「音」からスタートしたデザイナーだったから、
その印象に囚われていたのかもしれませんし、確信しています。
なぜなら、「長さ」を測る基準が何だったか、ということになります。
中国で「黄鐘」=「律管」という笛に心惹かれたからです。

世界的には、「長さ」は、ほぼ五つに分類することができます。
1・「人体から」・腕の長さ、身長、指など
2・「自然物から」・穀物、アワやキビの長さや幅など
3・「道具から」・鋼や糸、結び目など西欧の言葉に残っている
4・「人や家畜の速度から」・日の出の最初の光を見て歩く距離など
5・「物理的なモノから」・ここに私が推測し、現代につながる長さの基本

律管と光
こうしたことから、「度」は長さであり、
長さが分かってから
やっと「量」への概念が生まれたものではないかということです。
なぜなら、私流には、黄鐘=律管で「音」が違えば、
基準を決定する上で、
もっとも、「性能的な尺度観」ができると考えます。
現代、光の速さ=光速というのが長さを決定する基本ならば、
おそらく、「光」はMedia Integrationの基準ですから、
「度」は重要な概念として、
情報の度数は、「光」だと断言できます。
「光」の国家管理・国際管理が制度化するのでしょう。
やや乱暴な記載ですから、
「度量衡」はさらにメモを重ねていくべきだと考えています。


tag: integration, KazuoKawasaki, Media, media integration, アワ, キビ, 中国, 人や家畜の速度から, 人体から, , 光の速さ, 分銅, 基準, 尺度, 尺度観, 川崎和男, , , 度・量・権・衡, 度量, 度量衡, 度=長さ, 律管, 性能的, 情報の度数, , 日の出の最初の光を見て歩く距離, 朝鮮, 権=重さ, 測る, 物理的なモノ, 疑問, 穀物, , 結び目, 腕の長さ, 自然物から, , 衡=質量, 資本主義からの逃走, 身長, 道具から, , 量=体積, 鋼や糸, 長さの基本, , 黄鐘


目次を見る

One Response to “『資本主義からの逃走』
「 何がMedia Integrationとなるのか・5」”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:15 AM on 6月 5th, 2017

    [...] * 『念仏さしはピタットルーラーにまで進化した』 * 「 何がMedia Integrationとなるのか・5」 * 「衡はバランス=尺度感であり、現代問題の衡とは?」 tag: Kitchin Scale, [...]


This entry was posted on 金曜日, 5月 7th, 2010 at 12:01 AM and is filed under 025「Media Integration」, 資本主義から逃走せよ!. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.