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Posts Tagged ‘アナログシンセサイザー’


『シンセサイザーなら、想像力以上の音響を楽しめる』


   


     1月 16th, 2019  Posted 12:00 AM



思いがけずバンドとしての「電気グルーヴ」を知りました。
二人の、テクノ、ニューウェーブ、エレクトロからの音楽性や
その活動を全く知らなかった「電気グルーヴ」。
そして、彼らの話を聞いて、とっても共感しました。
それこそ、私も青春時代から傾倒した
エレクトロニックミュージックの神髄でした。
特に、アナログシンセサイザーでは、
「どこに何本のコードをつなげれば、どんな音がするのか?」という
意見を日本で初めて聞きました。
ピアノ、ギターなどは、ある程度はこの音になる、ということが、
想像がついてしまいます。
しかしシンセサイザーは想定を超えるのです。
この電子音は、音が超越し、聴衆が自由に受け取れます。
私が東芝に入ったのも、
一番の理由は「シンセサイザーのデザインをやりたい」でした。
まずは矩形波、三角波 正弦波 ノコギリ波から波形を選び
音の特徴となる倍音の成分を選択し、
ピッチ、フィルターでの音の変容、音量での変化を
つくりだしていきます。
ワイフにも熱く「こんなグループだったんだ!」と売り込みましたが、
「アナ雪のオラフの声やってた人でしょ」とあっさりした応答。
もう捨てれるシンセサイザーを、「絶対に嫌だ」と長年所持しています。
心配になり16chのミキサーや8chのオープンデッキはあるのか聞きました。
そうか、また、やれるんだ!、と、とっても安心しました。
アナログシンセサイザーの音は、
今も現役で、知らない音を創りだします。


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『玄関にアナログシンセサイザーでクラッシック』


   


     1月 6th, 2019  Posted 12:00 AM



自宅の玄関には音楽が鳴っています。
玄関は、鏡とグレートーンの石タイルと
天井壁紙で仕上げてあるので照明がない時は真っ暗です。
そのため、ドイツ家具 KAREのチェストをアクセント的に置いて、
その上にコルグのピアノ シンセサイザーを設置しました。
このシンセサイザーは、61鍵盤の電子ピアノとして演奏を楽しめ、
普段は鍵盤の数だけのデモ曲を自動演奏にしています。
ここの空間には音楽がどうしても欲しくて、ズーッと探し求めていました。
本格的なシンセはプロ用で2台持っています。
美大の頃に、ロバート・モーグが本格的なシンセを発明しました。
そのシンセのデザインをやりたいと、
主任教授の命令でしたが東芝に入ったわけです。
東芝での配属希望を記入するときには
「第1希望 音響 第2希望 音響 第3希望 音響」と書きました。
フリーランスになってからも音響作曲は継続していて、
コルグはアナログ・ミニシンセを三台使って様々な音を創りました。
亡くなった母から、
「あなたは美術か音楽が向いている」と言われていたこともあり
音楽はピアノが出来ないけれど、16拍子は手では無理でしたが、
32拍子以上まで自在に出来るシンセにのめりこんだのです。
東芝の総研にある音響研究センターで音楽を徹底的に学び、
特にモーツアルトのピアノ協奏曲には、
暗記する程にスコアと音響を聴きました。
だから、玄関をドアを開ければ、
クラシックの音が響いていてほしいのです。


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「資本主義からの逃走」
   「メディアアイテムの変遷が青春時代だった」
  


   


     3月 5th, 2011  Posted 12:00 AM

60年代の共時感覚
1960年代は音楽シーンが激変しました。
ちょうど中学・高校時代だった私の聴覚が変わりました。
なんといってもビートルズの登場は音楽界を革新。
と同時に、私は二つのメディアアイテムの登場があったと思います。
1962年、カセットテープは、「小さな箱にオープンリールテープ」がユニット化されました。
そしてこの改新は、次々とテープに音・映像・データの記録媒体となっていきます。
カセットテープ形体が様々な音源の形態を生み出すようになるわけです。
1964年、モーグ(ムーグ)のアナログシンセサイザーは、私を突き動かしました。
美大進学か、音大進学か、と浪人時代には進路変更を思いついていましたが、
デッサン描写とピアノ演奏が立ちはだかりました。
ピアノの弾けない私には音大進学はありえませんでした。
デッサンなら、なんとかなるだろうという程度でしたが試験会場では圧倒されました。
ところが、ピアノ演奏がまったく自動となって、
人間の指先ではコントロールできない音源制御がシンセサイザーだということを知りました。
結局、美大進学しましたが、音楽も忘れられずに、
それならシンセサイザーのデザインをしたいと思うようになりました。
教授には、シンセサイザーのデザイン、音に関わるデザインが希望だと告げると、
「ともかくお前は東芝だ、東芝では電子楽器もやっているから」と吹き込まれました。
当時、東芝は商品名「オーケストロン」、ヤマハが「エレクトーン」が競合していました。
私が東芝に入社したときには、「オーケストロン」は撤退しました。
以後この商品名は今なおエレクトーンという楽器になってしまいました。
そのチームも後にはAurex部門になっていったんでした。
結局、シンセサイザーについては私の趣味になったわけですが、
音楽シーンの激変やメディアアイテムが次々と登場していた時代が私の青春時代でした。
現代シーンに若さは反応すべき
生意気な発言を東芝時代は会議で発言していました。
「30代以上の人は、発言しないでほしい」。
これは、現代、ソーシャルネットワークが激変していることに重なります。
20代・30代には、時代との共時感覚を存分に身体化して、
年上の発言など阻止してほしいと私は思っています。
「若い」ということは、現代の時代感覚と真っ正面に対峙して、
そのセンスを共時感覚として発言行動することだと思っています。


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