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Posts Tagged ‘アルバム’


『ブラックホールと深町純の音楽は一致していた』


   


     8月 1st, 2019  Posted 12:00 AM



ブラックホールを各国の天文学者たちが、
とうとう、撮影に成功、視覚化されたのです。
この視覚化されたニュースのイメージとともに、
ふと、作曲家・深町純氏のアルバム「クォーク」を思い出しました。
私のブラックホールのイメージには、彼の最初ではなくて、
単音では無い、交響音が流れていたのです。
シンセサイザーからの現代音楽の技巧からの壮大で美しい音の世界。
そして、ブラックホールを人類が初めて目にした今、
クォークを作った深町純氏は既に亡くなっていました。
きっと、彼のイメージはこの「視覚化」で大丈夫でした。
アインシュタインのブラックホールの存在を
直接的に証明する偉業を成し遂げた天文学者たちのこのプロジェクトは、
NHKのスペシャル番組になっていました。
が、TV番組も「終焉」を迎えたかという思いになりました。
最近では、TV番組以上に、YouTubeを必ず観ています。
微分・積分の回答や、ナイフ、ガンなど、好きな時間に
自分の興味を充足させることができるのです。
デザイン手法を伝えることを、やってみようかとも思います。
それは、Blogでの文章も写真も、つまらくなってきたのかも知れません。
Logic will get you from A to B. Imagination will take you everywhere.
アインシュタインの言葉、想像力はどこにでも連れて行ってくれる・・・
深町順氏の音楽は宇宙空間を感じさせる
その音空間へ誘ってくれたけれど、
単なる情報がまとめられた番組は
それ以上でもそれ以下でもなかったのです。


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「岸辺のアルバム=家族平和とは安泰」


   


     12月 26th, 2011  Posted 12:00 AM


1977年TBS・TVドラマ・山田太一原作脚本に、
「岸辺のアルバム」という名作がありました。
精神的な家族崩壊と水害での完全崩壊が描かれたヒットドラマです。
そして1993年北海道南西沖地震M7.8は奥尻島に火災と津波が襲いました。
私はその地震で津波の恐怖を知りました。
そして被災した人たちが、最も失ってしまったもの、
それが家族のアルバムの大事さだったことを知りました。
3.11では自衛隊無くしては、この災害救援はありえなかったと思います。
しかし彼らの活動はまったく報道すらされませんでした。
たまたま彼らが救援や捜索で
一番に被災地の後片付けで心を配っていた物が写真・アルバムでした。
その報道画面を見つめて胸がしめつけられて涙しました。
家族アルバムは、家族の平和=安泰の物事メディアです。
したがって、「安全と安心」だけでは、国民の平和、
生命と財産の保護保全では無いのです。
「安全・安心・安泰」この三つが重要だと考えます。
安泰とは、ただのんびりとしている印象がありますが、
安全+安心=安泰という方程式になるのでしょう。
したがって、安全対策+安心対策は安泰創出です。
この方程式を忘れてはならないことを再確認すべきでしょう。
アルバムは、写真であり、その写真とは「物事の記録」です。
家族アルバムは、
ジャーナリズム対象=日々の記録が家族だということです。
ということは、災害時に持ち出す最大の財産、
その最も具体的な物は、貯金や預金通帳、
金品では無くて、アルバムが一番なのです。
だとするなら現代、家族アルバムは
「クラウド化」しておくべきことになるでしょう。


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「資本主義からの逃走」
  「天災へ立ち向かう意志とは自然には負けないことだ」
  


   


     3月 15th, 2011  Posted 1:02 AM


M9.0とは地球が人類に向けた暴力です。
大震災現地の光景に言葉を失います。
あの美しい三陸海岸は滅亡させられました。
壊滅してしまった市町村をみると途方に暮れます。
現地被災者の方々におかれては、
私たちの想像を絶するほど絶望感に打ちのめされておられるでしょう。
私たちに何が出来るかすら不明です。
おそらく、敗戦後、焼け野原に復員してきた父たち世代も、
途方に暮れていたでしょう。
しかし、それでも復旧から復興させて今日があります。
私のふるさと福井も戦災で全滅し、
復旧中に今度は福井大震災でまた全壊でした。
私は母の胎内で生まれる寸前でした。
戦後65年、日本は繁栄華々しい先進国家になりましたが、
もう一度日本は試練を余儀なくされたのでしょう。
これまでの日本の経済力を使い果たしてでも、
復興に立ち向かうことしかありません。
もう一度貧乏になっても、復興する意志が肝要でしょう。
経済力をもう一度零から再スタートする意欲が必要でしょう。
全壊してしまって財産を失った人たちが、
なんとしても探しだそうとするのは、貯金や預金通帳ではありません。
決まって、被災者が取り戻そうとするのはアルバム、
すなわち「思い出」だという調査結果があります。
私たちの生き甲斐が経済が目標ではないということでしょう。
経済は手段でしかなく、人間が天災に立ち向かうということは、
「自然には決して勝てない」のではなくて、
天災などに負けない意志、
復興する意欲と勇気があるということを確認したいと思います。


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『資本主義からの逃走』
「手旗信号、モールス信号、子供の頃から現代まで」


   


     5月 16th, 2010  Posted 12:01 AM

モールス信号
子供の頃に、手旗信号をいわゆるガキ仲間でマスターして遊んだことがあります。
モールス信号は、父が教えてくれました。
そして、当時市販の通信セットを組み立てました。
これは、覚え方があったのです。
イ=Aは、 「・ー」で、A、イ、トー
ロ=Bは、 「ー・・・」Bー、ロージョウ
ハ=Cは、 「ー・ー・」Cー、ハー、モ、ニー、カ
などや(正直もう忘れています)、
Twitterでoctopusoctobus さんからは、
A=イ「アロー=イトー」
B=ハ「ビークラス=ハーモニカ」
C=ニ「シーノコース=ニューヒゾーカ」懐かしいと教えてもらいました。
肝心なのは、SOS=Save Our SoulsまたはSave Our Shipで
「SOS=・・・ーーー・・・」です。
これは、私の「緊急発進ラジオ・東京ラリア」という作品に表示して、
笛の拭き方を示すのに利用したことがあります。


手旗信号
手旗信号は、最近、映画「剣岳」でそのシーンを見て、
「僕は出来るんだぜ」って言って、
カタカナ表記を両手で表現するのをワイフに見せて、自分では自慢していました。
ワイフは「フーン」って言われただけでした。女にはこの凄さわかんないんだ!
さて、人は、遠くにコトの次第を通信するのに、
「のろし」や「手鏡」や、手旗信号、モールス信号などを発明してきたのです。
RadioやVideoの意味も、「遠くの音を聴く」、「遠くのものを見る」ですから。

ピクトグラム
記号では、「ピクトグラム」というのがあります。
無論、大学時代に基礎を学びました。
ちょうどそのとき、大阪万博で「サイン」と呼ばれるピクトグラムが発表。
会場のポイント表示がされたのです。
今では当たり前の、たとえば「トイレ」のサイン、
大抵は、青い人のかたち=男性で、ピンク赤の人でスカート=女性です。
ところが、当時、これが日本人にはまだ不明だったのです。
だから、「便所」とそのサインの上に貼りだしたという話が残っています。
私は、上海万博で、とてもおしゃれなサインがデザインされているのを見て、
これが「中国の現代化」を象徴していると思いました。
もちろん、各国の空港には、このピクトサインが架かっています。
だから、目新しいモノや、
ピクトグラムのデザインで優れているものを見つけることは楽しみであり、
必ず写真に撮ります。
特に、障がい者向けやいわゆるユニバーサルなデザイン表現は、
自分のデザインテーマでもあるのです。

情報の記号化と信号化
このピクトグラムが、パソコンでは、「アイコン」になっています。
そして、この「アイコン」という記号、情報の記号化は、
いわゆる情報のメタファーや、情報のアフォーダンスから、
さらに、記号が信号化していく進化が望まれているのでしょう。

記号の信号化
信号の記号化
目の前にiPadがあります。
さて、「写真アルバム」と言われている写真が上積みになった「表現された記号」は、「アルバム」という名称が、もはや、「変更を余儀なくされています」。
すでに、記号化された信号と、信号化された記号には、
新たな名称が求められているのでしょう。
そしてこれが、
記号化された信号と信号化された記号、こうしたことを融合と統合する、
「新たな文化」創出の時代に私たちは直面しています。


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12月4日Staff Blog


   


     12月 4th, 2009  Posted 9:37 AM

12月4日

BOSS(川崎和男)オフショット。

博士前期課程修了も近づき、
アルバム制作用の1ショットです。
カメラの前では、
みんなスマイル満開でしたが、
その前後は進捗チェックで、
BOSSの、「喝」と「檄」が
とんでいました。
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