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Posts Tagged ‘クライアント’


『久々の「商品発表会」AXIS、9月12日・13日にて』


   


     9月 6th, 2019  Posted 12:00 AM



久しぶりに「AXIS」で商品発表会をやります。
かつて、「AXIS」で初めての展示会から
世界にも飛び立つことができました。
デザイナーとしての47年間のうち、22年もの間大学人でした。
今、デザイナーとしての新鮮な活動時期を迎えています。
ようやく2年間の開発を経て製品から商品になりました。
歴史的には「イスやソファーは日本には無かった」とされていますが、
私はこの事に対して
「禅家所乗物」・「独搨」・「發子」があると発信してきました。
言葉だけでなく、作品も制作と展示もやりきってきました。
私は人より多くの時間「座っています」から、
この行為、動作、姿勢、体勢、体位に
関心を持たない訳にはいかず、
節目にはそういった経験と知識から
デザインをする機会をいただける幸運に感謝しています。
今回、私の商品発表会では、会社創立70周年の
企業の未来へとつながる新たな「イスとソファー」を
組み合わせたデザインを発表します。
ソファーはパーマネントコレクションにはならなくなってきました。
永久収蔵作品にセレクトされる、あるいはレガシーとしての作品には、
いわゆるインテリア用品で使用されるウレタンフォームは
博物館、さらには美術館も取り上げてくれません。
揺るぎない存在のため「素材開発」に徹底的にこだわりました。
インテリア、室内装飾、デコレータなどに関する今回の私の提唱は、
クライアントから見れば「哲学的」と思われています。
大学人から今一度、マルイチから私のわがままを許してくれたのです。
デザイナーとしての私だから出来ることを考えています。


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『青春は東京で、この秋には久しぶりに商品発表をします』


   


     8月 20th, 2019  Posted 12:00 AM



1980年12月8日、東京での私の青春は終わったのです。
ジョン・レノンが暗殺された日でした。
当時は、赤坂でデザイン事務所をやっていました。
父から福井に帰って来なさい{青春が終わった」と言われました。
大きなクライアントは「ナガオカ」であり、
新たな商品デザインを手掛けていました。
「ジュエルトーン」での商品アイテムを任されていました。
その「ナガオカ」は来年創立80年になります。
今でも私が当時デザインしたカートリッジが現行商品であり、
山形県東根市の「ふるさと納税 返礼品」になっています。
あれほど徹底的にこだわったカートリッジ仕様と
それもボロン素材はすでに世界的にもありません。
今年は5月の連休と今回の「お盆」休暇がありました。
自宅からは、大阪での花火大会がよーく見えます。
今は鑑賞したり相変わらずYouTubeで、特に、最も得意だった微分積分、
拳銃の歴史性、狩猟と解体、Do It Yourself などを堪能しました。
そして9月に入ったら久々の商品発表会これには「新たな提案」をします。
2020年創業70年を迎えるメーカーから新製品=新素材を出します。
そのメーカーのC.I.は70周年で、私がその全てをやっています。


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『ビートルズのカセットテープ集だけの自作の静電型』


   


     4月 21st, 2019  Posted 12:00 AM



31歳の頃、インテリアメーカーと
スピーカーシステムの商品開発をしました。
運良く、フィラデルフィア美術館に永久収蔵されました。
ところがしばらくして、その作品が永久収蔵から外されてしまいました。
というのもウレタンフォームの経年変化が管理上問題となり、
永久展示には向かなくなったためでした。
ソファーはウレタンフォームは永久収蔵は無理です。
現在知っているのは、エコロジーであるウレタンフォームは種。
これらのウレタンフォームはすべてが、ドイツ製です。
これは、その商品開発当時にそろえた「ビートルズ」のテープ集です。
このスピーカーシステムは、多分、音圧78dBで、
エレクトロスタティック(静電型)ゆえ、25mmの厚さで完成します。
どちらと言えば、スピーカーシステムはクラッシック専用ですから、
現代の120dBにはふさわしくありません。
ともかく、ビートルズは、LPレコード盤・CD集・カセットテープ集、
さらにはUSB集も持っているのです。
ジョン・レノンが亡くなった時に、
私は青春をかけてデザインをしていた東京を離れました。
そして今、この企業のC.I.からマーク・ブランドを
クライアント設立から70周年を機にデザインしています。
Aurexのラジカセがきてから、BGMには保管してある
カセットテープ集を聴いてみることにしています。
時折、「音ってどうですか?」を聞かれますが、
「まず自分のHi-Fiって何か?」を自問自答してください。

CRIPEUS


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『C.I.が先鋒でブランドは歴史が創っていく』


   


     4月 20th, 2019  Posted 12:00 AM



ブランドとデザインについては、その起源は「牛のタグ=耳標」ですが、
一斉にブームになってきたのは、「ゆるキャラ」だったと思います。
幸い、東芝では企業留学で「C,I.」=Corporate Identityの理論や戦術を
身につけデザイン部内で共有され、独自性をもって練り上げられました。
私は、AurexのHi-Fiブランドでのブランド戦略よりも、
Identityの概念をE.H.エリクソンの8段階説から賢明に学びとり、
C.I.戦略によって、フリーランスから学者として歩いてきました。
だから、相当数のクライアント企業の戦略に携わってきました。
私はブランド戦略とC.I.戦略をしっかりと分けて組み立てています。
今もある企業の沿革とその精神を表すC.I.戦略をやっています。
これは新作を発表する時に全てを見せる予定です。
おそらく、新作も新たな素材を2種使います。
日本でのブームとなってしまったブランド戦略は、
勝手な政策をも産み出し、随分と蔓延しています。
私は「デザインあるいはデザイナー」の役割として
不易流行に取り組んでいます。
その効果がAurexのHi-Fiブランドとして、
連鎖して、今も残っているのかも知れません。

「牛」のブランド化

E.H.エリクソンの8段階説


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『オーザック(OUZAK)根本のカズオ(KAZUO)になる』


   


     1月 19th, 2019  Posted 12:00 AM



「オーザック」、これは「カズオ」の逆読みです。
福井でのフリーランスの仕事を始めた時から、
オーディオを扱う会社かデザイン会社のために決めていました。
OUZAK=KAZUOを正式なロゴにしました。
実は、2019年から新しいロゴに思い切って直そうかと思い、
色々とやってきましたが、やっぱりこれでした。
福井では本当に、音響メーカーを目指していました。
いくつかの会社の経営陣として経営戦略とに
デザインで勇往邁進する日々でした。
福井のfから始まるロゴはこれでもかというくらい提案しています。
ロゴタイプは、美大では徹底的に学んでいますから、
東芝に入った1年目からAurexのブランドロゴは私の社内デザイン、
大手広告代理店からも勝ち取り担当していました。
実際は作品集にはしていませんが、
いくつかの企業ロゴ、ブランドロゴを手掛けています。
私のデザインした製品には
美しいロゴの表記と表示を求めているからです。
OUZAK Designにしたのは、名古屋市立大学で教鞭をとり、
国際デザインセンターを拠点としている頃です。
それから、このロゴは全く変わっていません。
新元号からは「OUZAK Design Center」で、
仕事をまとめようかと思っています。
ともかく、クライアントでロゴが駄目だと、
すぐに進言して頼まれずとも提案はします。
なぜなら、自分デザインには、
まともなデザインで無いと嫌なんです、止められません。
ロゴが文脈もなくコンピュータだよりで創られているデザインは
正確かもしれないけれど、それだけでは正解ではないです。
OUZAK Audioをやりたい、と
今でも楽しみと喜びを先延ばしに、
まずはOUZAK Design Centerです。


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『デザインとデコレーションの差別化は間違い』


   


     11月 11th, 2017  Posted 11:40 AM




私は思いついたらすぐにデザインをします。
そのほとんどにはクライアントはありません。
クライアントがあるからデザインというのは私には全く興味がありません。
だから、いつまで経ってもクライアントがあるという訳ではありませんが、
10年後、あるいは20年後に依頼があれば幸運なことです。
だから、作品集にはそれなりに掲載はしておきます。
先般も、あるクライアントから、この「時計実現していますか?」
「いいえ、全くです。」
「実現したらどうですか?」と。
しかし、それはもう無理だと判断しています。
なぜなら、これは盲人用の時計案でしたが、詳細な図面とモックアップまで、
確実にデザイン設計は終了。
けれども、EONEという素晴らしい触覚だけの腕時計が出現して、
(デザインが負けた)と思ったのです。
私のデザインでは、視覚的には液晶表示。
聴覚では、英語発声でした。
しかも、動作は二つ、視覚は表示窓の開閉、ボタンを押せば発声です。
しかも、「T」と「ト」はTimeと時計であり、同じ点字なのです。
今は、新しいディバイスは発明しています。
が、EONEというこの触覚時計は、世界のデザイン賞をほとんど受賞するほど、
デザイン成果・発明で、デザイン=問題解決がついていました。
最近、あるもう著名なクリエーターをTVでドキュメントを見て、
この人のデザインは勘違いしたデザイン造形だと評価していましたが、
なるほど、と納得しました。
それはデザインとデコレーションの区別がついていないこと。
デザインと機能がしっかりと差別されていることです。
したがって、センス不足を感じるのです。
なるほど、センスとデザインの適合性は難しいのです。
やがて、例えばロボットの進化では、
そんなロボットがあったというロボット史では残るでしょうが、
決してデザイン史でそのロボットは語られないと確信します。
私も生涯の限界が近づいていますから、
例えば、いくつかの審査委員長を次世代に任せたいので、
その選別を真剣にし始めています。
まず、盗作平然なデザイナーは排除します。
商品やデザイン成果では効能性だけで見ています。
それは「社会的・時代的な存在」が中心です。
そして性能は発明一点に絞ります。
効能性+性能性=機能性となりデコレーションという加飾性の限界を
しっかりと判断して、経済的な成果は美しさでの商品価値。
それは安全・安心・信用・信頼の統合が次の評価です。
デザイン審査の委員選定は私には明解です。
デザインの本質を知らない審査委員が余りに多過ぎます。


* 「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」
* 『センスの有無が判断できる椅子と曲の選択』
* 『薔薇というシンボルから花言葉も消した問題解決』
* 『製品記号論で語り直す時代がやっと訪れた』
* 『モノ真似防止、他のデザイナー作品は暗記すべきだ』


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『薔薇というシンボルから花言葉も消した問題解決』


   


     10月 7th, 2017  Posted 12:30 AM



美大時代に、絵・スケッチが最も下手だった私が練習で描いたのは、
薔薇と菊の花が一番多かったことを思い出します。
薔薇は花弁と茨・棘の関係を最もよく観察していました。
菊は花苞と葉っぱの葉脈でした。
花というと直ぐに、薔薇と菊が練習した思い出に重なります。
47歳の母を見送ったとき、彼女を取り囲んでいた菊は好きではありません。
薔薇の品種改良はとてつもなく進化しています。
薔薇というロマンティックさもありますが、
一時は薔薇の花言葉をすべて暗記していたこともあります。
最も、よく薔薇で女性へのアプローチなどはふやけた男だという意志は、
今でも全く変わりません。
しかし、薔薇それぞれの色を見れば、
最近の映画では、決して間違ってはいけないはずなのに、
花言葉に気づかない監督?や助監督?に呆れることが多いです。
最近はある企業ブランドの薔薇をシンボルとしてきたその理由からも、
このようなシンボル、あるいはマークはあり得ないだろうと思って、
幾何学的にとか、特に化粧品とかの
ブランドマークとかを全て見詰めています。
そして、なぜ人は薔薇にロマンを求めるのかは、
どうも自分には似合わないとか思いながらも、
「薔薇は美しい」対「美しい薔薇」を再考しているのです。
これはあの「花は美しい」と「美しい花」を薔薇に求めているのです。
決して薔薇はあれほどの棘があってもロマン性は傷まないのです。
だから、それこそクライアントがもっと薔薇をシンボルに求めたい、
その気分・気持ちと商品価値性を現代整合性を見直しているのです。
もう一度、菊と薔薇を見直し、さらには牡丹という花など、
花言葉を決めてきた極めて人の物語性的な存在感を求め直しています。
きっとそれはグラフィカルなシンボル性の目印としてのデザインなのですが、
私自身は、花言葉も放れ、ロマン性を翻したそんなデコレーションとしても
薔薇という存在感に問題解決を必ず置きたいと思っています。


* 『「酉年」シンボルにモダンデザインの名作がある』
* 『製品記号論で語り直す時代がやっと訪れた』
* 『注射器はまだまだ痛い』
* 『装飾はデザインにあらず、されど装飾はデザイン可能』
* 『デザインというスタイリングの二種類』


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『アドバンスデザインを追い求めることが基本』


   


     9月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM



デザイナーにとって、必ず自分紹介には「履歴書」が要求されます。
若い頃は、本当に出身校と就職先程度しかありませんでした。
しかし、若いということでなんとかクライアントがあり、
福井では画材屋にはデザインのプロ用具もなかったのですが、
ほぼ30代後半には受賞も増えました。
41歳で毎日デザイン賞とともに海外からも受賞しました。
しかし、私には過去の授賞暦など無関係で、
それよりも、クライアントの将来をデザインでどうするか?がテーマでした。
そして、クライアント依頼作品には、決して自分名は不要と考えていました。
最近、次世代には自分名先行でのクライアントを踏み台の仕事をみかけます。
これには呆れています。それより、本当にデザイナーにとっては、
「この企業ではデザインなど不要」として、
「デザインしないで、現状の商品のままがいいです」という
これはデザイン依頼を断ることが、これこそ真のデザインということです。
だから、「これだけのデザイン依頼を断った結果、クライアントの成功」、
これを履歴書にしたいと思うのですが、断ってどうする?というのが常識です。
私の作品には、極めてアドバンス性の高い製品提案が
デザイン作品には多いと断言できます。
このいわゆるアクリル製の花瓶もその代表かもしれません。
アクリルでのこの透明度の塊立方体も当時(89年代)難しく、
しかも、真ん中の円筒には和紙に植物延命溶剤入りを試したモノでした。
これは、ある日、プラスチックの大きな団体の方々が福井に来られました。
それは倉俣史朗先生が突然亡くなられて、
それまで先生は、この団体の顧問だったそうです。
それで彼らは困って、プラスチックに拘りがあるデザイナーを探しておられ、
私の時計シリーズを見て、成形にこの人は詳しそうとのことで、
わざわざ福井に見えたのです。しかし、当初私は断りました。
なぜなら、倉俣史朗先生ほど出来るわけが無い、
自分を知っているからこそ断りをいれましたところ、
もう名刺が出来上がっていて、この名刺を使えば、
どこのプラスチックメーカーでもデザインは可能ですとまで言われ、
そうして実現したアドバンスデザインでした。
今なら商品化できる35年前のデザインです。


* 『一輪挿しの「赤い植物図鑑」残っているかな?』
* 『金網越しに道にまで花がある、その製品化と商品化』
* 「BMW i8が実現し始めた新たな造形言語と形態言語」
* 『JBL4343の上には造形美のあるモノを置く』
* 『「時計」はデザイン対象、デザイン力量が試されている』


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『デザイン開発の手本としての開発期間』


   


     6月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM



デザイナーなら絶対にやるべきデザイン対象は、
時計・灰皿(今では不要)・やかん(ケトル)、そしてイスがあります。
ところでやかんというのは、欧州では無かったモノだったと聞いています。
私自身が最初にフリーランスのデザイナースタジオを見学した経験では、
有名なダンスクのケトルのデザインでした。
下手くそな英語で、彼に聞いたことがあります。
「このデザインはもうすぐ出来るのですか?」
「いや丁度、商品化したからショールームに行こう」と。
「このデザインは1ヶ月ぐらいの期間でしたか?」
「いいや、かなり早くて4年だったかな」
「えっ、!」でした。
そして、スケッチとモデル(ペーパーモデルや発砲スチロール)を
それこそ50個ほど見せられました。
おそらく、このケトルデザインが最高のデザインだと今も思っています。
1980年代の作品です。
吸水、手入れの容易さ、水切れ、バランスなど本当に4年かかったんだ、
そう思わせるデザインでした。だから、私自身、使って持っています。
いくつかのケトルを試してみましたが、
このデザインは流石というべきデザインです。
今ではケトルの存在はすっかりと変容してしまいました。
何と言っても電熱式のケトルになってしまいましたが、
電熱式であってもこのデザインスタイルを乗り越えているモノはありません。
私が4年という期間をクライアントに求めてデザインしたのは、
結局、日本人として最初のメガネでのグランプリ:シルモデザイン賞でした。
そして、この方式は今なお健在であり
当然のことコピー商品も氾濫していますが、
デザインでの「オリジナリティ」こそデザインの真骨頂だと確信しています。


* 『赤・この色がブランドを決定づけている』
* 「最小リモコン=徹底的な黄金比の適用と実装設計」
* 『腕時計というモノの機能性、その反射・代謝・照射ゆえ』
* 「ウェリントンタイプ眼鏡など忘却すべし」
* 『象と蟻、その表現法はまったく変わってしまった』


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『東京藝大からの二人の講師を迎えて「KK適塾」』


   


     2月 15th, 2017  Posted 12:00 AM



第四回KK適塾は、東京藝術大学から名誉教授の河北秀也氏と
大学院教授の北川原温氏を講師に開催しました。
河北氏とは日本デザイン学会50周年記念講演では、
グラフィックDを河北氏が、プロダクトDを私が、二人とも確かに、
デザイン学会の今後に警鐘を鳴らしてお互いに学会に関わらず仕舞い、
今や当時の警鐘はさらに拡大していて、私から言わせれば、
デザイン学は「瀕死の状況」だと思っています。
河北氏のiichiko全てのアートディレクションは、
学術誌出版まで彼のトータルディレクションです。
北川原氏はある建築コンペ公開審査で彼の案を絶賛したこと、
最近のミラノ博日本館の素晴らしさ、
現代も日本のアートも語れることで講師をお願いしたということです。
河北氏の学術誌出版のパトローネ主導までのアートディレクションは、
グラフィックデザインの商業的なあり方には現代のクライアント奉仕よりも、
商業主義を主導するグラフィックデザインは今や唯一だと言えるでしょう。
北川原氏は、今回も長谷川等伯の芸術性を登場させ、
ミラノ博日本館は見事な日本の伝統的な建築様式を
イタリアの地に展開し海外を驚愕させました。
三人ともにいわゆる美術学校出身ゆえに、
学生時代には何を学び遊び、そして三人が今度は教育者となって、
今、次世代には何を期待しているか、
そうした語り合いを観客に聞いていただきました。
私の評価は、河北氏はグラフィックデザインを要としながらも、
かつてのポスターから現代の学術誌出版まで、
今、このアートディレクションは皆無と言っていいでしょう。
日本の伝統的な建築技術の再現、どの現代化から未来性創出、
その裏側には現代アートから日本美術までを語れるのは北川原氏でしょう。
二人とも、私と違ってまだまだ未来を創ってくれるでしょうから、
彼らには16:9のデジタルアッサンブラージュのプレゼ形式を見せ、
コンシリエンスデザインでの「大ガラス」私見を語り継ぎたかったのです。
北川原氏のアートと日本の伝統建築技術、その代表作ミラノ博日本館、
河北氏のアートディレクションと商業主義主導の学術文化創り、
同世代が確実に歴史に刻んだデザイン効果を伝え残したものと確信します。


* 『パトローネが文化を再考察させるデザイン戦略』
* 『アートからの革新=フォンタナの作品から』
* 「長谷川等伯と狩野派の対決から」
* 『花嫁と独身者たちへのデジタルアッサンブラージュ』
* 『マルセルデュシャンの立体化からアッサンブラージュ』


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