kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘サイトウマコト’


『サイトウマコトのポスターが来た』


   


     12月 3rd, 2018  Posted 12:00 AM



先般、盟友のサイトウマコトから、
「お前の奥さんに頼まれているポスターを送る」と言われた。
サイトウマコトには、動物的で野生的な勘があります。
人の才能を直感で見分け、レベルとラベルが違うと一刀両断。
サイトウマコトと私は、名古屋の私と東京の彼と、
9.11のテロをライブ映像でみて、「とんでも無い世界が始まるな」と、
そんな会話をしたことがあります。
もう、グラフィックデザインでは、ポスターが終焉することを
彼はつかんでいたのです。
21世紀美術館における私の個展開催時、人が主役の時には行きたくないと
断ってきた乾杯の音頭を、「やっぱり、行く」と来てくれたのですが、
その場で作品もなく、館長を「画家としての個展をやりたい」と
口説き落としたのです。もはやグラフィックデザイナーから
サザビーズで評価される画家になりました。
さて、彼はワイフの気に入ったポスターを覚えていたのです、
女子への気遣いは流石です。
かなり前に銀座gggでの個展見たこの作品は、
ワルシャワビエンナーレで金賞を受賞しています。
ポスターが来て、早速京都の額縁屋に額装の手配をしたのですが、
手こずりました。
「これ商品か?」というような仕事のモノが1ヶ月かかって納品され、
再度の納品で結局2ヶ月ほどかかりました。
ポスターの取り扱いまでこのようになってしましました。
「画家としてサイトウマコト」は世界的にも一流になっていますが
源流のデザイナーとしての作品も、
圧倒的な存在感を空間に放っています。


目次を見る

『権威権力者を「演じる覚悟」を見せた建築家』


   


     2月 15th, 2016  Posted 12:00 AM



「KK塾」第5回目は、建築家・内藤廣氏を講師に開催。
彼は極めて温厚で交友関係においても幅広い人格者です。
しかし、国立競技場のコンペでは副審査委員長でしたから、
あの大変な審査混乱では、立場上その調整役に回されていました。
しかも東大名誉教授・元東大副学長という役回りで「体制側の代表役」、
まずこの「権力者」=友人を失ったという告白も聞いていました。
それは「権威と権力のシンボル」に彼はなっていました。
私は親友の一人として、彼が東大教授であり、
国政サイドの権力者扱いの彼個人の苦悩を身近に見てきました。
この混乱状況に追い込まれながらも非難されながらも、
彼が苦渋の決断をあえて選んだことを見てきた一人として、
周辺のアンチ派や擁護派ともどもを平準化してみてきたつもりです。
それ以上に、
彼との友情はあくまでも「デザイン才能者」関係で講師を依頼しました。
彼は「1960年に戻らねば」・・・という彼自身の問いかけから
彼の講演は多岐にわたって芸術から憲法までの展開を見せてくれました。
「もう一度日本は1960年代に戻らねば・・・」に
私は真っ向から、
「それはロマンでしかないこと」、建築家とデザイナーを対立させました。
その根幹は、
彼が大学人として、東大の土木工学・建築学・都市工学を
「デザイン」で統合化した最初の人物であり、
私がGマーク審査委員長時代に、
彼を次期審査委員長候補として意識していました。
ただし、
彼には「デザインとは何か?」があり、
私には「何がデザインか?」の対比構造化を対立させました。
彼との対談を初めて公的に見せたことでした。
その興味は確実に会場には満ちていたと思います。
それはこの講演後には、
私と彼を久々に招いてくれた世界的グラフィックデザイナー
「サイトウマコト」の存在があったからです。
すっかり国際的な画家となっている野性的なサイトウマコトは、
私にも内藤廣氏にも
「猛獣的かつ辛辣な専門主義破壊」を二人にぶつけてくれました。
「そんなことはゴミだ!クズだ!」と断言する闘いを
世界相手にサイトウマコトはしていました。
また私が3.11と向き合った最初に
土地主義・土木主義の国政問題を教えてくれた
唯一の専門家は内藤廣であったからです。
なんといっても、
彼はいつも私の闘争を受け止めてくれています。
おそらくこの友情は持ち続けていくでしょう。


目次を見る

「アーティスト、デザイナーにだけ降りてくること」


   


     1月 16th, 2013  Posted 12:00 AM



ここ数年、私が注目している日本人アーティストは、
海外、欧米を活動拠点にしていることが実に多くなっています。
これは、一方では、日本人アーティストのグローバリズムであり、
もう一方では、
日本で現代美術の制作を認知する文化、
芸術批評評価土壌が無毛地帯化していると思わざるをえません。
残念なことです。
写真をベースにした杉本博司を知ったのは、
金沢21世紀美術館にて、
私の個展後、親友・サイトウマコト展になり、その後、杉本博司展。
サイトウマコト氏は、本当に才能ある人間については語ります。
だからまず私はサイトウマコトから一杯彼の話を聞きました。
気づいたら、私が認めていた「白熊とアザラシ」の写真、
白熊もアザラシも剥製である写真の作家でした。
写真の写実主義を逆手にとったロケハンスケッチの写真化は、
私が講演でも使ってました。
いわゆる現代アーティストの眼差し、
その視野に何を芸術理念としているのかは、
私がデザイナーである立場とは相反を成すものだと考えています。
それだけに、現代アーティストを見つけ出すことは、
自分の感性をテストする重要な転機づくりになります。
そして、私が敬愛してやまないアーティストは、
科学者よりもいち早く世界の問題に対して前衛です。
だからアーティストだと言えるのです。
ただし、
この前衛たるアーティストは世界でも10指の人程度でしょう。
今、地球は悲鳴を上げていますが、その声を聞き、
アポリアを乗り越える実験アートは科学を超えています。
現在科学以前に、
原始的な人間界から引き出して見せることができるというものです。
彼がオーストリアの廃墟となった発電所にインスタレーションされた電気。
その初源はアボリニ人の民族的な民話と神話の世界にも
雷神(ブノワ)と風神がいたらしいのです。
まさに雷神とは電気の神であることは、わが日本も同様です。
彼のオーストラリアでインスタレーションされた
「ファラデー・ケージ」には、
どのような再生エネルギーを科学的に生み出そうとする知見は
決して及ばないでしょう。
アーティストやデザイナーの直感=DIVINATIONは、
決してエンジニアやサイエンティストには降りてこないことは確かです。
まして、経営者や政治家などにはこうした発想は決して起こりません。


目次を見る