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Posts Tagged ‘スタイル’


『M805・ブルーデューンと手づくりボールペン』


   


     7月 10th, 2019  Posted 12:00 AM



かなり考え抜いた万年筆・ペリカンのM805/ブルーデューンで、
ともかく、極細文字をいつも練習しています。
しかしまだ、これまた考え抜いた日記帳に、
この極細文字で書き始めることを踏み切れていません。
最初の数頁の筆入れが肝心だからです。
銀色のボールペンは、いつも私が持ち歩いているのですが、
「米国の作家手づくり」です。
私の筆記具のコレクションや趣味性を知る店員さんからのお薦めでした。
いつも、最低限これを持ち歩いています。
万年筆の選択をこれだけ迷いに迷っている私は、異常でしょう。
ボールペンは太文字を入れ替えています。
最近では、洋服も黒ばかり同じスタイルと
決めている友人が周りに増えています。
彼らは、洋服なんてという意見が多いのですが、
私は真逆、あまり世の中では着ることがないスーツが多いのです。
時間とお金と脳を使って服や道具を身につけています。
無駄や浪費も大いに結構、「終活」無縁を決めた私。
実際、万年筆もボールペンも、手にはたった一本しか持てないのに
趣味として約100本は超えているのです。
まず私の筆記具は経が14mmが標準であり、
ボールペンもこの手づくりがとても手に合っています。
それこそ、15mmだと手になじみません。
インクも色々ためしますがほとんどの万年筆はブラック色です。
ただしメーカーが色の仕様を変えると過敏に反応します。
ボールペンは細字と中字で、スケッチは太文字が大変役立ちます。
ともかく、書くことと描くことは、
私のファッションの大きな構成なのです。


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『「鉄ちゃん」にもどろうか?、と思う』


   


     12月 27th, 2018  Posted 12:00 AM



一応、私もいわゆる「鉄ちゃん」=鉄道模型マニアです。
子どもの頃、どうしても欲しいモノがありました。
当時、私はおじいちゃんに言えば、
買ってもらえると思っていたのでおねだりしたところ、
祖父が私に言いました、
「これは自分が働き出したら買いなさい」。
これはとても高かったのではないだろうか?と思います。
鉄道模型は、6.5mmのZゲージ=今もとても高額で、
16、5mmのHOゲージよりもとても比べものになりませんでした。
東芝で社会人としてスタートし、
在籍していたHi-Fi部門のAurexチームでは、
チーフが、そのZ ゲージ(6.5mm)でジオラマを造っていました。
それこそ、子どもの頃の鉄道熱が再燃しました。
出張にもジオラマが仕込まれたアタッシュケースを持っていく、
そのスタイルに私にはとても憧れました。
蒸気機関車の最終には北海道で
Aurexで生ロクまでしてレコードにしました。
Zゲージのメルクリン社には会員制のファンクラブがあり
そのインサイダー会員になりました。
フリーランスになってからは、
1年ごとにテーマを決めてZゲージの収集を続けました。
私はまず、Zゲージのヒットラー時代の列車や、ガソリンタンク、
それから戦時中の赤十字ラインなどが私自慢の収集歴があります。
ようやく、私ももう一度「鉄ちゃん」にもどろうと思っています。
そういえば、新大阪駅には「D-58」の実物があり、
スタッフには「これ、欲しいんだ」とか言ってます。
来年の抱負として、そろそろZゲージを楽しみたいと考えています。


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staffblog 7月3日


   


     7月 3rd, 2018  Posted 11:55 PM

7月3日


DESIGN TOKYOの審査に続き、
そのまま多摩美術大学へ移動。


特別講義を実施しました。


今回はMacではなく、iPadを使用。
新しいプレぜスタイルをつくります。


和田先生との軽快な会話も含め、
学生さんには貴重な時間になったのでは
ないかと思います。


終了後にも学生さんからの質問が。


今のデザインに関する様々なお話をしつつ、
素敵な時間を過ごさせていただきました。


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『水陸両用飛行機の造形言語と形態言語』


   


     1月 8th, 2018  Posted 12:00 AM




自動車が飛行機になるという発想は目新しくはありません。
まして、映画で登場したスタイルがまるで未来調和論的だとしても、
デザインいまいちとか思うと、私の予想はかなり当たることがあります。
これは見るからには「未来なんだろうか」?と私は思っていました。
そうしたら、事故が起こっていたようです。
きっとこのデザインに未来性は欠落していたのでしょう。
そう言えば、米空軍、それも沖縄駐留の空軍は最近事故ばかりです。
あれでは流石に米空軍は何をしているんだと言いたくなります。
比して海上自衛隊の海自救難機US-2はあのかたち=形態言語が安心安全。
これを物語っています。
小学時代には、絶対に、大人になったらジェット機は持っていると、
そんな自分納得の予定調和論を持っていましたが、
笑えるほど無理だったようですが、新作の飛行機、特に小型ジェットや、
今ではスティルス機は詳細に、まずはデザインから調べてしまいます。
この水陸飛行機は映画で登場した時点であのデザインは失敗。
見事に的中していたと思います。どこがだめかというと、
フォールディング形態からトランスファクターする時点で時代遅れでした。
水上飛行機には、なんといってもフロートと船体のスタイリングが問題。
日本にとっての水陸には不可欠の形態があると思っています。
それは特に島国日本だからこその造形言語と形態言語の完全一致性、
これがとても重要だというのが私の意見です。
つまり船体の部位としてのフロートその造形言語(デザイン意図)は、
飛行機として特に主翼と均衡した尾翼との形態言語(デザイン内容)が、
完全一致する必要があるのです。
それは多分、「サッチャースパイラル」という形態の新しい発見だと、
私は確信しているのです。


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『腕時計というモノの機能性、その反射・代謝・照射ゆえ』


   


     4月 13th, 2015  Posted 12:00 AM



この時計は私の宝物であり、探し求めてやっと手にいれたモノ。
腕時計の最も肝心なことは、この時計は私の生命と一致していること。
つまり、私の生命が母の胎内に初めて存在し、発売時期までが、
しっかりとメーカーに記録が残っていることです。
パティックフィリップ社の有名機種「カラトラバ」1948から1949モノ。
いわゆるアンティーク品ですから、ベルトは使用を考えたこれも、
専門メーカーゆえ、リザード皮革の手仕上げにこだわっています。
まだ、戦後ゆえ、今ではありえないステンレス製にも関わらず、
極めて高額な腕時計です。このことはある人から教わりました。
今では、腕時計がデジタル仕様に大きく変換して、
いわゆる機能拡大になっていますが、機能性の真の意味知性を
失っていると言わざるをえません。機能性は、三つの分類があります。
まず、自然の模倣学習の反射、物理的な科学技術の代謝、
これが現代の機能性ですが、機能性は心的かつ神的照射があります。
それだけに、腕時計の真の機能性は、アンティーク要因を
必ず含んでいない限り、そのモノの性能と効能は宿りません。
腕時計は身体に密着させるには、生命との関係性が重大です。
ようやく、最近の有名ブランドもその記録性を考慮していますが、
私は10年近く探し求めていたようです。
私がこの世に生命を受けた当時は工業製品の素材は貧困でしたが、
そのためか、この当時に現代のスタイルが決定していたようです。
人間にとってモノの存在は、性能と効能を支える
機能性の反射、代謝、照射が、デザイン知性の要だということが、
デザイナーとしての私の職能経験からの知的美学性の結論です。
腕時計・万年筆・カメラ・オーディオ・自動車・自転車などは、
男なら知的美学性が最も求められている分野だと私は確信しています。


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『英国製とフランス製の最高質のノートに立ち向かう』


   


     11月 23rd, 2014  Posted 12:00 AM



私はノートを徹底的に見つめて探して選んできたと思っています。
それは職能柄でもありますが、日本の手帳と手帖は、
西洋でもメモ帳からノート=帳面には、紙質の違いがあります。
それも時代性と歴史性が見事に表れているからです。
これはフランスと英国の最も精微にデザインされていることを
確認できるモノだと思っています。
今年の手帳は、昨年同様に英国製がようやく手に入りました。
昔、英国の登山家や冒険家が絶対に使っていたという皮革製の手帳を
私は探し求めて、手に入れたことがあります。
その2年後に日本でも発売されたら大ヒットしたことがありました。
日本ではビジネス手帳としてみんなが使うようになったので、
私は辞めたことがあります。
年末になると、いわゆるビジネスツールとして、雑誌でも、
「来年の手帳」とかが話題になりますが、
私が選びぬいたのは、英国製でした。
それもわざわざ英国にまで注文していたことがありました。
ところが香港では、自分仕様を店舗で注文することができました。
それが大阪でもショップがあって、詳細な注文発注ができました。
もうひとつのフランス製は、なんといっても紙質とこのスタイル、
その意味性と性能性を知ってほしいと思います。
ともかく英国製とフランス製での最高質がこのノートにはあります。
それは使うことを拒否されそうです。
というか、使うには潔さがいるノート類と言ってもかまいません。
ノートならなんでもいいとか安ければいいという価値感もありますが
それは、ペンを持った気持ちも通じないと私は思っています。
最高品質のノートに立ち向かうということの意味、姿勢は、
そのまま、文字を介して自分の知性と向かい合う具体性があります。
文字で済ませるのはとても楽ですが、
いざ、スケッチ=描画ともなると、これほど高品質なノートに、
立ち向かう自分を見つめ直すきっかけになると思っています。

「ブランドが語りきろうとする高密度品質とは」
「来年の手帳は選びましたか?」


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「デザインすることの勘違いは大間違い」


   


     9月 19th, 2013  Posted 12:00 AM



私も腕時計はいくつかデザインし商品化してきました。
今でも悔やまれるのは、
自宅マンションに泥棒がバールでドアを壊し、
腕時計などを盗難されたことです。
見事に、腕時計は当時大きな仕事終了が出来だして、
ようやく買い集めた数十万のブランド時計だけでした。
このショックは今も心に残っています。
そして、そのとき時計の価値は知られた時計ブランドのみでした。
スウォッチでも限定モノなどまったく泥棒価値ゼロでした。
中国製の偽ブランド、その超安物も今ではよく出来たモノになり、
あらためて偽時計から、私の偽ブランドモノを考えます。
それはメガネも同じですが、安物はやはり要を欠落しています。
最近デジタルツール、特にスマホのウォッチ化が競合現象です。
しかし、私には、これはカメラデザインが銀塩のスタイルを、
全く一新できなかったデザインの能力不足を再び見る思いです。
・・・デジタルツールで電話なら、
・・・デジタルツールで時計なら
・・・それらが、スタイルとして「腕時計なら」、
最大にぬけおちているのはブレスレット性とファッション性です。
「ブレスレット+ファッション+デジタル」なら、
その「問題解決」がいわゆるデジタルウォッチであったとしても、
根本の再検証と一新されるべき発想の未熟さのまま、
デザイナーはこのウォッチスタイルに逃げています。
そして、メーカー経営者には儲けはあっても文化啓発力は無く、
かつてのブレゲの壮大さには及びません。
すなわち、ガゼットとしてのデザインで終わるでしょう。
しかし、いわゆるデジタルツールを日常化してきた私たちの
「なくてもいい、なければ困る」時代との共時文化での
生きがいツールの「問題発見」が必要です。
ガゼットデザインは勘違いを大誤解に変貌させます。


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「加飾すること=ファッションスタイルは最初提示の効能」


   


     9月 5th, 2013  Posted 12:00 AM



「スタートレック」3D映画を観ました。
1960年代のこの物語りには24世紀までがきわめて正当な風景です。
そして3Dの映画表現技術の進化をとても実感しました。
登場人物のファッション、
いづれあのようなスタイルになるかもしれません。
最近、私自身、本当にネクタイ大好きですが、
ネクタイをすることが無くなりました。
そしてワイシャツも襟が高めになり、第二ボタンには、
このような開襟スタイルを補助する加飾ボタンを選んでいます。
友人にも、時折、プレゼントしたりしています。
これまで、どれほど夏が暑くても、夏期用のネクタイ選びは、
それなりに楽しかったものです。
また、ノーネクタイは、どこか拍子抜けスタイルでしたが、
特に、今期の猛暑ともなると、開襟のスーツスタイルに対して、
全く違和感が無くなってきました。
そういうこともあってか、この加飾ボタンは一つのファッション、
そのスタイリングです。
ファッションへの価値感はほとんどが、
「好きー嫌い」だけでの商品選びに頼っていることだけや、
ファッションブランドへの好み性に寄りかかっています。
私はファッション商品の価値感をさらに価値感アップするべき、
ということをファッション企業にも発言しています。
私がワイシャツメーカーがこの加飾ボタンを提示してきたとき、
ある種のささやかな感動をしました。
ファッションの大前提は、
装飾性・加飾性が存在演出の効能になっています。
ファッションデザインは「効能性」表現、その価値提示です。
したがって、「好きー嫌い」だけでは、
企業の商品づくりは間違っています。
昨年から、ふるさと福井の繊維に取り憑かれていて、
確実に、織物や編み物、繊維の新素材開発へ発想を向けるとき、
「加飾」効能が、
ファッションデザインの要機能だと思っています。
多分、今世紀からネクタイの効能は薄れていくのかもしれません。
スタートレックのファッション予知、理解可能です。


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「もし・・・という話題の問題解決は応答」


   


     6月 2nd, 2013  Posted 12:00 AM



「もし、時針も分針も、中心なくて浮いていたら・・・」、
どんな対象のモノに向かって、
私はいつも、「もし・・・」という話題を持つことにしています。
壁掛け時計に取り組んだ時、
もうデザイナーなら、自分の作品に時計をもって、商品化可能。
駆け出しで、ようやく作品に自分を顕在化出来だした頃から、
最初は、時計の系譜を天体に求めていました。
この時計は、リアルなモノから、アプリになって、
iPhoneに入り込みました。
(右)
その時、私は、これからのモノはアトムがビットにもできる、
そんなデザイナーが次世代デザイナーという確信を決めました。
時代は前後しますが、
新設の名古屋市立大学で大学人になったとき、
芸術工学部の壁掛け時計の選定が私の役目になりました。
私は、市販時計のカタログから、ある一点を選びました。
ところが、初代学部長は、
「そんなの求めていない。君ならもしもって時計は無いの」と、
尋ねられました。
「新規にデザイン可能ですか?」
「機構ユニットは電波で、せめて文字盤と時針ぐらいは!」
こんな話題になりました。
私は長年温めていた、時針を空に浮かせる原寸模型を作り、
話題への応答製品提案をしました。
案の上、名古屋市の担当者は怒り出しました。
ところが、学部長は、
「新しい学校には新しい時計だよ」と断言して実現になりました。
おそらく、もうこんな学部長や当時のような行政は無いでしょう。
しかし、この大学専用時刻で、時針が浮いた時計は出来ました。
それから、この「もしも・・・」という話題に、
私は自分のデザインによる問題解決は、見事な応答が、
デザインによる最適解になると言い聞かせるようになっています。
この時針・分針が中心見えずに浮いているスタイルが出来ました。
この応答作品は、市販商品となり、
やがて、大阪大学のアイデンティティ製品になりました。


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「時流の読書=信じないというスタイル」


   


     3月 31st, 2013  Posted 12:00 AM



私は読書好きだと思います。
小学時代には日本文学全集(角川書店)も、
世界文学全集(平凡社)も、読破していました。
一人っ子だったから、本は友達だったのです。
だから友人、親友は本の中にいっぱいいました。
これは今も学生達には
「亡くなった親友をいっぱいつくること」と言っています。
私の読書スタイルは三つあると思います。
まず、専門、専門周辺はできるかぎり本も持ち、読みまくること。
絶対に読んでおくべき本は好き嫌いなく読むこと。
時代ではなくて時流に合わせた本もできる限り読む、というスタイルです。
今夜紹介するのは、
今、世界的な大ヒット作と言われる「銃・病原菌・鉄(上下巻)」です。
基本は、
「なぜ、先進国と後進国には大きな差があるのだろう」
という質問の解明です。
地球の緯度=東西関係と南北関係が出てきます。
大麦・小麦と家畜、これはたった14種類しか、
いないということが根底です。
そこに、銃での大量殺戮や鉄による武器が加わり、
天然痘とマラリアが語られます。
これだけで歴史の解明は誰もが納得してしまうのでしょう。
だから、私にとっては「時流としての読書」でした。
この上下巻の話は十分にできます。
私は問題観をもっています。
そこには宗教の話はあまり語られていません。
確かにこの話の延長には、
文明が絶対に破壊に向かっていくということになります。
だから、この著者が書いたあと二つの著作も読んでしまうつもりでいます。
高校時代は哲学書をノートをとりながら読んでいました。
このノートは今も残しています。
なぜなら、哲学といわれる分野に、
すべての著作の根本があった気がします。
ただし、ある人物がこんなことも書き残しています。
「今、世間でもてはやされている著作などは、
ほとんど歴史にも残らないだろう」と。
これは明言です。
そのような著作も随分ありますが、
名古屋から大阪に来るときに相当に処分しました。
そろそろ、私は本も整理しておきたいと考えますし、
もう読書もいらないかもしれないと思いますが、
学生から、
「誰々がこんな評論を書いていますが・・・」とか質問を受けると、
やはり、買い込んで読んでしまいます。
大阪では、絶対に寝室には本は持ち込まないと言っていたのですが、
ベッドの周辺には本だらけなのでなんとかしなければなりません。
そういう点では「電子ブック」は、
本を読むスピードも三日かかるのは2日で十分です。
読書で最も大事なことは、
「信じる」という段階を相当に自分がチェックすることでしょう。


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