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Posts Tagged ‘ソメイヨシノ’


『壊れていく端午の節句?菖蒲湯という勝負湯』


   


     5月 7th, 2017  Posted 12:00 AM



「美しい花がある」と「花は美しい」、
このテーマを生涯抱いて生きていく。
これはデザイナーの生涯課題だと思っています。
よって、藤棚、菖蒲の花、垂れ桜などは私好みの佇まいがあります。
そして、ここ2日間は「菖蒲湯」なのですが、
大阪では、阪大研究室の周囲には、
ソメイヨシノの桜はすでに葉桜、そしてもうそろそろ銀杏が落ちています。
ソメイヨシノは正直、桜文化を壊したと私は思っていますが。
銀杏はおいしいですが、踏みつけると最悪です。
さらに大阪では菖蒲湯用の菖蒲の根茎がどうみてもインチキです。
菖蒲湯は子どもの頃の思い出では、
5月の「子どもの日=男の子=端午の節句」にとって私には楽しみでした。
しかし、手に入る菖蒲と、京都の名店のチマキ餅とか言われても大間違い。
ともかく菖蒲湯は伝統的には日本武家文化では最高のイベントでした。
こうしたイベントにあるべき、モノの仕様が間違っています。
そうしたことからも、最近はメモ書きしておこうと思った次第です。
すでに伝統という、唯一、「裏切って良い文化=Traditional」破壊は
なんとかしておきたいものです。
菖蒲の根茎の香りが絶対に違うのです。
「デザインは美しい」を目指す「美しいデザイン」で生きていたい。


* 『桜の木は植え替えるべき』
* 「桜の花のピンク色・阪大吹田キャンパス」
* 『端午の節句だが、かつての日本の田舎が豊かだった。』
* 『iPad ProとApple Pencilで臨書が出来る』
* 『いけばな、日常の美しさは大切さを決定している』


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『桜の木は植え替えるべき』


   


     4月 10th, 2015  Posted 12:00 AM



私が社会人になって上京した時、桜の花がとても白かった記憶は
今も私の大きな思い出です。その理由が今はとても明快です。
それは、桜の花が東京はともかくソメイヨシノが多過ぎるのです。
最近、学術的にもはっきりしたのは、上野公園から、
ソメイヨシノが全国的になっていったことです。しかし、
これには大問題があるのではないだろうかと、私は思っています。
ソメイヨシノはクローンでした。つまり品種改良での植物でした。
現代は、ソメイヨシノには様々な問題が出てきているようです。
たとえば、60年程度の樹木寿命だとか、植物の病気が多いとか、
私が最も気をつけるべきことは、
桜の木の周辺植物への影響が大き過ぎることです。
そしてこのことについて見過ごしている行政や建築家が多いと思います。
京都の将軍塚での吉岡徳仁氏のガラス茶室を見に行って、
青龍殿の山々にはヤマザクラにこそ、見事なピンク色が鮮やかでした。
桜のクローンは要らないと私は実感しました。
春の桜に季節がソメイヨシノは植え替えるべきではないだろうかと
私は真剣に思っているのです。
ソメイヨシノは桜では無いと思っているほどです。
なぜならヤマザクラこそ桜色でありピンク色こそ桜に花なのです。
春の快晴の空には、桜色こそ本当の桜だと私は思っています。
ソメイヨシノはやはり人工的な桜であるばかりか、
自然を壊している桜だということにそろそろ気づくべきでしょう。
自然環境を護り抜くことがこれから私たちは大切にすべきです。
つまり、桜の花を大事にすることなど不必要です。
大切にしていくのはあるべき自然であり、クローン=品種改良は
結局自然破壊に繫がっているのかもしれません。


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『桜=日本という誤った大間違いのイメージ表現』


   


     1月 15th, 2014  Posted 12:00 AM



このことは指摘し書き残さなければなりません。
もし、桜が日本をイメージする表現だとしても、大間違いを、
私は指摘し、この表現に安易に乗っている馬鹿どもを許しません。
100円ショップに、阿南漆で生産されたお椀にすら、
桜がそれらしく装飾されています。
桜を表現するデコレーションのデザインです。
最も安っぽい表現が、なんと日本イメージになる低レベル。
なんでもソメイヨシノを植林すればそれでいいとする有名建築家。
その存在も私は大否定しておきましょう。
なぜなら、ソメイヨシノこそ、日本の桜を台無しにしてきた、
とんでもない存在だからです。
ソメイヨシノを植えれば、他の植物を殺す存在ゆえに、
日本の桜文化も否定してきているのです。
有名建築家なら知識として知り置くことです。
これが見事に中国製で阿南漆の100円ショップお椀になり果て、
その浅薄な知識が「日本表示」のマークにもなり果てています。
桜はまさしく日本を表現するシンボルであるだけに、
その知識の深度が必要です。
浅はかな無知識な「桜」表現を私は全否定します。
それは、日本人の知識人ゆえに、
万が一海外から、「あぁ、とうとう日本人も浅はかな!」という、
そのようなことを言われないためにです。
桜=日本、このイメージこそ、
日本のわび・さびにつながる重大な思想が必要です。
しっかりと、桜のイメージを見ているプロがいます。
そのことを忘れないでいただきたいと思っているのです。
桜=日本このイメージにはまともな思想が必要だということです。


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