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Posts Tagged ‘タバコ’


『酒、現在はジンの効能性=社会的存在価値について』


   


     7月 1st, 2017  Posted 12:00 AM



私は車椅子生活、そして心臓障害にまでなり、
心臓の手術(また大きな手術あり)も2回受けていますから、
すっかりと、もちろんのこと酒もタバコも辞めてきました。
が、60歳を過ぎてからは(もういいだろう)ということで、
タバコは葉巻に、酒はドクターと話をして「仕方ないか」とかで、
時々、このブログでも書いてきました。
そうしたら、結構、叱られていますが、年齢のことも考えれば、
もはや、葉巻は勉強して資格をとろうかとまでなりましたが、
これは絶対駄目とのことで、なんとか他の方法を「文化的」に考えています。
酒も、もちろん日本酒、焼酎、ウィスキー、ワインとかを結局は雑学的に
自分の知識とともに自分でなじませてきました。
結局、ワインはフランスでプロから特別に教えてもらったこともありますが、
洋酒は現在は「ジン」=蒸留酒でのジントニックを数種確かめて、
おおよその検討をつけています。
さて、ここで問題ですが、酒は古今東西、酒の文化での酒という効能、
その社会的な存在性を再考する必要があるようです。
無論そこにはパッケージとラベルというデザインが効能性に関わっています。
残念なことに、最近は焼酎や日本酒にはデザイン、特に、効能性の価値が
歴然とブランドデザイン戦略としては
絶対にデザイン無しでは考えられない事態になっています。
まぁ、ワインのあり方はあのボトルとラベルがありますが、
バックボーンにはワインづくりメーカーのブランドがあります。
結局、社会的なブランドの性能性という価値を再考すれば、
簡単なことは、「酒は売れれば売れるほど、それはアルコール中毒」を
結局増やすことになるわけですから、
性能は味覚や臭覚に直結しています。
では酒の機能性は何かということになりますが、
それはまったく関与無しと考えるべきでしょう。
私は「日本酒から人工臓器まで」と
デザインが「口紅から機関車まで」を
言い換えていたことがありますが、
まだまだそこにプロダクトデザインの必要性などは日本では語られません。
ところが、ある焼酎メーカーでは見事にデザイナーが関与して、
ブランドイメージ、即、経常利益と社会還元をしています。
そういうわけでは、現在、英国中心のジンという蒸留酒のブランド、
その効能的なデザイン戦略は見習うことがあるようです。


* 『メセナフィランソロピーが「ジン」酒造企業ではどうか』
* 『パトローネが文化を再考察させるデザイン戦略』
* 『ドクターウォッチ・アプリのバージョンアップ』
* 「酒とタバコと、そして・・・」
* 「Business Modelの義は善であり、美に包まれている」


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『喫煙文化を支えたタバコデザインが基本』


   


     6月 13th, 2017  Posted 12:00 AM



おそらく喫煙が健康上での問題になる、
このことを人類は考えてもいなかったでしょう。
これはデザインにとってもいわゆるグラフィックデザインの問題なのです。
戦後、日本はタバコ「ピース」、そのデザインを米国から導入、
まさに戦後敗戦で平和に、
大変に高額なデザイン対価を支払ったことです。
このデザインはレイモンド・ローウィでした。
日本人すべてがこのデザイン対価に仰天したデザインという伝説です。
ところが最近では、このタバコがデザイン導入であり、デザイン対価が
これほど高額だということは忘れ去られています。
と同時に私はグラフィックデザインが大きな転換点であり、
それはグラフィックデザインの終焉をも象徴していると断言も出来ます。
私はこのブログで自分のタバコ喫煙史を述べてきました。
父から与えられたのは英国のロスマンズであり、
学生時代はピースでなければなりませんでした。
一時期は映画「雨上がりの天使?」だったかでマルボーロにしました。
というのも、デザイナーの数人の先輩たちが、
ラッキーストライクのグラフィックデザイン、その美しさに惚れて、
職能としてデザイナーを選んだ数人を知っています。
今では喫煙は禁煙となりあの北朝鮮ですら禁煙キャンペーンを行ったとか。
すでに禁煙という社会悪になっていますが、
タバコのグラフィックデザインは次段階に入ってきています。
大御所であった故・長友啓典氏にもこの会話が最後でした。
つまりグラフィックデザインの代表的なメディアだったタバコデザインは、
デジタル系となって、デザインメディアが転換してしまったことです。
したがって、グラフィックデザインでの
画像デザインと映像デザインが開始してきたことなのです。
これはたとえば企業C.Iは、画像と映像、ともにビジュアルデザインとなり、
デザイン表現そのものの変革、その基本が大事です。
その基本としてはきっちりとタバコでのデザイン表現を知見とすることです。



* 『タバコ・喫煙再開せず』
* 「酒とタバコと、そして・・・」
* 「酒とタバコとゆで卵」
* 『葉巻文化と筆記具文化の統合性は凄いのだ!』
* 『光陰へはただ祈るだけだと思い想っています』


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『「秤」キッチンスケールの名作デザイン』


   


     6月 5th, 2017  Posted 12:00 AM



子どもの頃、大好きだった一人遊びがありました。
母の実家は今でもグーグル地図「○○商店」という表示で出てきます。
宮大工からいわゆる万屋であり、当時のデパートのごとく、
タバコからお菓子、文具、日用品がありました。
自分が一人遊びをしていたのは、
天秤ばかりで様々な鮎釣りの重しを測ることでした。
そうして美大での最初の課題が「台所用の秤」kitchen Scaleでした。
ところが、当時はすでに恩師の代表作の秤がありました。
しかし当時は英国製だったTerraillon Kitchen Scaleが立ちはだかりました。
私は就職後、直ぐに手に入れたものでした。
ところで、「秤」というのは当時は大蔵省の管轄、今は財務省管轄でしょう。
なぜなら、度量衡での量を測定する機器は税金との関係もありますから、
いわゆる経済産業省管轄ではありません。
さて、このテライヨンという企業は、
経営困難で一時は日本のメーカー傘下であったこともあります。
ともかく、この秤の良さは私のデザイン課題の前に立ちはだかりました。
そこで、私の回答は「電子天秤」にしました。
幸いにして恩師が「やがてその時代が来るだろう」とのことでOKでした。
しかし、当時の私のデザイン課題の回答の形態はまだありません。
電子秤のデザイン造形は、この秤すら超えてはいません。
「秤」という文字には、稲を平らにするという意味があります。
現在のテライヨンはフランスメーカーですが、デザインは評価しかねます。


* 「『盆栽』・・・人生で多分し忘れたコトだと思う」
* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 『念仏さしはピタットルーラーにまで進化した』
* 「 何がMedia Integrationとなるのか・5」
* 「衡はバランス=尺度感であり、現代問題の衡とは?」


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『「禁断症状」を知らしめてくれた灰皿』


   


     5月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM



Accent on Designに私の作品=商品が展示されることになったのは、
New York SOHO Garally91で、
福井の伝統工芸、打刃物、和紙などの展覧会で評価を受けたからでした。
「川崎さん、何してるの早く会場に」、
「えっ、なぜですか?」
「CNNがあなたに会いたいと、灰皿が話題よ」
結局1時間後に会場に行くと、これを説明してほしい」と。
ようやく米国では禁煙が開始し出した頃でした。
SYMPTONSという商品名は、禁断症状を意味しています。
タバコが吸いたくなっても、灰皿孔の上のボールを移動しなければ、
これは一端吸いたくなっても玉をつまんで考えさせるというモノでした。
ともかく、下手くそな英語で懸命に答えました。
それが放映されると会場では、この展示コーナーが話題の中心になりました。
それからは著名なメーカーの社長たちと会って、
私の作品の商品化を話合いました。
メーカーでは、自分のメーカーブランドでというのがあり、
絶対にメーカー名を二つ、それも日本メーカー名を最初にと言い続けました。
「OEMでも・・・」というのは全部断りました。
試作をメーカーでやってもらいましたが、
何と言ってもその当時に鋳物に石目塗装は「タカタレムノス」だけでした。
断然に日本の企業、タカタレムノスが優れていました。
私はt低レベル製造を一切拒絶し、それは今も全くブレていません。
その頃私も禁煙をなんとかしようと考えていました。
自分での紙巻きタバコを造ってみても、
それは素早く紙巻きが出来るようになったりでした。
そこで、この灰皿となると、
2つの灰皿孔では駄目、それで3つの灰皿孔でも、
結局、この灰皿で禁煙は出来ず仕舞いだったのです。
それでこの灰皿デザインでは、
デザインをともかくし続けることをしないと、
自分自身がデザインへの禁断症状になるということになり、
もう車椅子での生活も40年になりました。
禁断症状はデザインをし続けることを学んだことでした。


* 「日本のProduct Desigerを日本から」
* 『資本主義からの逃走』*「酒とタバコとゆで卵」
* 『タバコ・喫煙再開せず』
* 『伝統工芸産地を補助金漬けから開放し法律の改正が必要』
* 5月6日Staff Blog


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『切手収集は子どもの頃から、そして今では趣味』


   


     9月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



趣味という世界は、特に男にとっては
子どもの頃=男の子としてスタートするものです。
しかし、最近は○○ガールとか○○○女子というコトの方が増えました。
これが現代性では「いかに女性の方が優れてきた」かということです。
さて、自分自身は何でもすぐに趣味の世界に飛び込んでしまいます。
これは明らかに一人っ子であったことで、一人遊びに熱中していたからです。
自分の趣味性は、いわゆる男の子として知らないことを増やす癖、ゆえに、
切手、古銭、マッチ、牛乳の蓋、タバコのパッケージ、一升瓶の蓋など、
一通りそんなモノの収集癖が趣味の世界に近づいたのだと思います。
結局、美大進学から最終的には今なおオーディオの世界で、
それを職能とするデザイナーになりました。
最近も、阪大病院には郵便局があって、立ち寄れば切手を買っています。
が、それは手紙を書いたときには、季節毎や時代風を選んでしまうものです。
しかも、今では自分の切手も作品写真でつくることが可能になりました。
手紙を書いたときにどの切手を選んで貼るかは楽しみの一つになっています。

+切手は、日本の伝統色と浮世絵シリーズと東海道五十三次シリーズ

* 『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』
* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『ウォッチよりも妖怪メダルに意味がある、と思う』
* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』


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『葉巻を語り直すことで「グローバル化」の神髄に近接』


   


     5月 9th, 2016  Posted 12:00 AM



日本が「グローバル化」を国家戦略にして久しいと思います。
正直、自分には「グローバル化」と「ローカル化」は
同値の国家戦略だと考えてきましたが、
大きな違和感があったことは確かです。
なぜグローバル化ということの本質的で実務成果が見えないのか、
この理由を探していました。
そして気づいたのは、若い頃、海外での仕事では食事の時の話では
よく、オペラや現代美術での評判を話合う場面に自分がいるのです。
こんな場面で、こうした会話に望んでいる自分のことを思いました。
そんな思い出とともに、たまたま喫煙文化におけるタバコの歴史は、
癌の元凶ということから、総否定が蔓延しています。
「葉巻」だ、「パイプ」だなんてことはほとんど否定されています。
かつて喫煙については自分自身も禁煙をしていましたが、
改めて「葉巻」に取り憑かれた私が、大きく気づいたのは、
日本が「グローバル化」を語るのはすべて産業経済でのことであり、
「葉巻」・「乗馬」・「ライフル撃」・「鉄道模型」などの「文化」は、
日本でも余り表立ってこず、欠落していたということです。
そこで、「葉巻文化」をクラブづくりとともに、
日本の「キセル」での喫煙文化も加味することで、
確かに喫煙が病因的な元凶であったとしても、
国際的に文化を語り直すことで、政治や経済を離れた文化を共有する
「グローバル化」の語り直しを行う重要性を見直したいと思いました。
葉巻クラブの結成を言い出したら、とんでもなく様々な人からの
参加申し込みがありました。
そこでこのクラブのマークやすでに商品化しているデザイナー仲間と
クラブ結成とその理事長までを決定して国際的な存在をめざします。

*『葉巻文化、その道具こそプロのデザイナーの仕事だ』
*『葉巻文化と筆記具文化の統合性は凄いのだ!』
*『知ったとしても、ダンディズムがあると思う!』
*『酒とタバコと、そして・・・』
*『風土とゲマインシャフトがグローバルへ』


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『タバコ・喫煙再開せず』


   


     1月 18th, 2014  Posted 12:00 AM



心臓を痛めてからやむなく禁煙。
浪人時代にすでにこっそりと喫煙をしていました。
浪人時代、ふるさとから大阪にもどろうとしていた時、
母は私にチョコレートをくれました。それを見ていた父が、
「もうすでにタバコを吸っているだろうそれならコレをやる」。
すでに喫煙している私を見透かしていた父から、
いわゆる洋モク、ロスマンズを3箱もらいました。
しかし、父は、洋モクは自分が働くようになるまでは買うな、
そう諭されて、時々、まったく喫煙していない父が、
ロスマンズをプレゼントしてくれました。
デザイナーになってからは、ロスマンズを吸っていて、
自分がデザインしたオーディオ機器のカタログには常に、
そのロスマンズを広告担当にお願いをしていました。
そんなこともあって、すでに日本では手に入らないコレを発見。
老年期の私は買い込んで吸ってみました。
とても懐かしい味がしましたが、もうとても無理でした。
20年も禁煙していた私にはこのタバコ喫煙は不可能でした。
あらためてパッケージを見てみると、怖い写真が貼ってあります。
禁煙を促すパッケージになっていました。
やはり、タバコはとてもこの時代には不要のモノです。
無論、心臓疾患のために禁煙を果たした私には思い出のモノです。
最近は、禁煙を常にうるさく友人達に言ってきましたが、
その友人も65歳を過ぎても喫煙をしている彼らには言いません。
それは、どうしても喫煙から離れられないのならば、
もう「楽しみである喫煙」には楽しんでもらいたいと思うのです。
だから、このロスマンズを彼らに私の思い出とともに贈呈します。
まもなく、タバコは世の中には不要のモノになるでしょう。


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「モードからファッションへ、そして遡及する記号の再生産」


   


     11月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM



ジーンズは、未だに魅力的なモノです。
そして、ジーンズにはジッポーのライターが似合っています。
いづれも、米国開拓史に登場してくるモノですが、
これを「機能的なモノ」、
あるいは「アノニマス的なモノ」と呼ぶだけでは物足りません。
私は、ジーンズとジッポーはすでに、
モードとしてラング化された記号であるにも関わらず、
ファッション、つまりモードが
すでにしっかりと定着しているモノの一つの代表だと思っています。
当然、製品記号論的には、
アウトドア・カジュアル・日常的な性能性・効能性・機能性を
完備した「記号」と考えることが可能です。
しかも、さらに重大なことは、
ローコストでただの作業服にすぎなかったモノがハイコストで、
フォーマル性も獲得してきたパロールがラングにいたっていることです。
ジーンズという形態言語は
さらにデザイナーズブランドに遡及していくことが可能です。
これは、ある意味では
「マルクスの経済的な論理」をすでに壊しているという事実です。
ジッポーは、カジュアル性に留まらず、
デコレーションデザインによって、
フォーマル的な存在性を獲得することが出来ます。
それは、すでに今では
不変的・普遍的な記号=コードとモードを兼ね備えながら、
新規な記号性を引き寄せる記号、
すなわち、
記号の再生産まで成し遂げる存在=効能性を確約した
性能と機能を有しているということです。
私自身にとってジーンズはまだ老体ながら、
身体化できるファッションとしてワードローブに、
それも選び抜いたモノをコレクションしています。
しかし、ジッポーにいたっては、
すでにタバコも吸わなくなっているために、
緊急防災備品としての発火道具というツールとして、
あるいはジッポーにあるテーマシリーズ化されたコレクションを
メディアとして所有しています。
つまり、すでにジーンズもジッポーも
「コード化された記号」を所有価値中心ということに至っています。
記号の再生産がユーザーが果たすモノになっているということです。
したがって、デザイナーズブランドになっているジーンズには、
仕掛けようとする造形言語を付着させようが、
それはパロールには決してならずにラングの中に、
ディクショナリーとしての記号性は揺るぎ無きモノになっているのです。
ジーンズ、ジッポー、この商品が記号に至ったコンテクストこそ、
明確な情報社会でのテキストになっているはずです。


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「酒とタバコと、そして・・・」


   


     2月 14th, 2012  Posted 12:08 AM


車椅子になってから酒はなぜか飲めなくなりました。
幸いというか、母方・父方両方とも酒は上戸でしたから、
酒は大好きでした。
ウォッカやニコラシカなどたまらなく好きでした。
ウィスキーは、父から高校に入ると教えられました。
「外でいづれ飲むようになるだろうが、
まだ駄目だから家で私と飲め」と言われて、
バランタイン17年をオンザロックで飲むようになりました。
「ウィスキーは水割りは造った人に申し訳ないから、
必ずオンザロックにしないと駄目だ」と言われました。
最初は、こんなもの、
美味いわけが無いのに・・・なぜ、って思ってました。
タバコは大阪で浪人し、帰省したとき、
母がチョコレートを帰阪するときにくれようとしたら、
「もう隠れて吸い始めているのか?」と父。
「いや、まだ吸っていない(いたづらで友人と始めたところでした)」。
「それなら、このタバコにしなさい、
ただし、これは洋モクだから、自分で買えるようになるまでは駄目だ」と。
それは、ロスマンズでした。
Aurexのデザイナーになってからは、
私が担当した機種の商品カタログには
必ずロスマンズを背景の小道具で入れてもらっていました。
心臓を悪くしてからタバコはきっぱり辞めました。
タバコも紙巻きやパイプも随分と凝っていたものですが。
老年になったら葉巻も本当に徹底したいと思っていたものです。
ウィスキーも名古屋市立大学病院時代は禁止されていましたから、
きちんと守ってきました。
阪大では「少しだけなら」とドクターに言われています。
そこで、最近は、日本酒・ワイン・ウィスキーを、
(もう人生終盤でいいだろう)と飲むように復帰しました。


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『資本主義からの逃走』
 *「酒とタバコとゆで卵」*


   


     10月 10th, 2010  Posted 12:00 AM

Flag, Mother, and Apple pie

「Flag, Mother, and Apple pie」というフレーズ。
これは、アメリカ人の誓いの言葉と言われています。
国旗とお母さんとアップルパイ、これらが米国への愛国であり、
自分存在の自愛から他愛への決意だということです。
私は、一人っ子でした。だから、私が米国風のフレーズを「父」に向けると、
「酒とタバコと、そしてゆで卵」になります。
お酒は、高校に入るともうOKでした。ただし、夕食時に父の相手をさせられました。
まず、ウィスキーのオンザロックでした。決して水割りは飲むなと教えられたのです。

Ballantine’s 17

そして、「バランタイン17年」でした。
父は、ともかくウィスキーはそれなりのモノでなければいけないということで、
私への酒に対する鍛え方をしてくれたのだと思っています。
最初は、「こんなものが美味いわけがない」とすら思いました。
幸い、父方も母方も酒は上戸系で、まったく「強い家系」でした。
美大に進学して、酒に強かったことは幸運でした。

Rothmans

タバコは浪人時代に、母がチョコレートを汽車の中でと手渡してくれるとき、
父は「もう、コレにしろ」と18歳でOKでした。これも、「ロスマンズ」でした。
「ただし、タバコをやるなら洋モク(外国タバコ)で、
就職するまでは国産、時々、これは買ってやる」ということでした。
そして、何かというと父はゆで卵をつくって、これを二個持っていれば、
空腹でも2日は大丈夫とか訳のわからないことを言っていましたが、
「ゆで卵は、ごちそうなんだ」というのが口癖でした。
ウィスキーは「バランタイン30年」をいつかはと思いつつ、
「バランタイン・ファイネスト200ml」は出張には必ず持ち歩いていたものです。
就職してからは「ロスマンズ」を、
喫煙どころか、自分がデザインした音響製品のカタログには必ず演出小物にしました。
当時のカタログはヤフーで手に入れています。確実にこのタバコが演出品に写っています。
しかし、車イスになってからは
「酒・ビール」はもちろん「ウィスキー」も美味いと思わなくなりました。
しかも心臓病になってからは、すっかりとやめました。
タバコはなかなかやめられず、「シンプトンズ・禁断症状」という灰皿までデザインしましたが、
心臓病でいっぺんにやめることができました。
海外空港の免税店で、ウィスキーそれぞれの銘柄を見ると父なりのそれぞれの評価を思い出します。父は、晩年は「バランタイン30年」でした。
タバコは父はまったく吸っていなかったので、もらい物を私にくれていたのでした。
ところで、ゆで卵は今なお大好物です。
「酒とたばこ、そしてゆで卵」は、父との思い出であり、
父から教えられた色んなことの象徴です。
70歳になったら
最近、もう心臓のこともありますが、「バランタイン」を飲みたくなります。
さらには、ウォッカの「ニコラシカ(本来はブランデーベースのカクテル)」風に、
レモン一片とわずかの砂糖で飲みきる、そんな夢をみることがあります。
70歳まで生きられたなら、バランタインや葉巻これも銘柄決めてますが、
絶対に楽しみたいと願っています。
おそらく銀髪に近い白髪になることも祖父のようになれそうで楽しみです。


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