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Posts Tagged ‘テーブル’


10月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 16th, 2019  Posted 12:00 AM

10月16日 友引(丙戌)

イスとテーブルがあるという日常風景は、
常套的な造形言語での本体で終わるはずだ。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 11th, 2019  Posted 12:00 AM

10月11日 先負(辛巳)

イス・テーブルという語録をことばから、
造形言語として文体化する。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 10th, 2019  Posted 12:00 AM

10月10日 友引(庚辰)

イス・テーブルという
実体や物体ではなくて、
概念化された椅子・テーブルという
抽象性だけでは、
存在感の消去は不可能である。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月8日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 8th, 2019  Posted 12:00 AM

10月8日 赤口(戊寅)

クラマタのイス・テーブルには、
未体験の知覚、あるいは把握するという
慣れ親しんだ感覚を見事に
裏切ってくれる何かがあるのだ。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 5th, 2019  Posted 12:00 AM

10月5日 先負(乙亥)

常にクラマタが追い求めた
イスとテーブルは、
消滅してもかまわないという
顕示性が明確なモノが多い。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 4th, 2019  Posted 12:00 AM

10月4日 友引(甲戌)

輪郭だけで、
椅子なりテーブルは、
知覚することが可能だ。
だとすれば、
その輪郭線がパイプであるだけの構成は、
構造になることはない。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

10月3日 先勝(癸酉)

クラマタの
どのイスやテーブルを見ても、
それらは、単純明快で、
まさしくシンプルであることを
徹底的に形態化しようとしていた。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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10月1日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 1st, 2019  Posted 12:00 AM

10月1日 大安(辛未)

デザイナーにとって、
椅子とテーブルは、
機能性と審美性のせめぎ合いが、
限りなく激しいモノでありながら、
ある何か確実性を決定しないことには、
作品としてのメッセージ力をまったく
有さないアイテムになるモノである。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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『医療環境はまだまだ駄目です』


   


     7月 20th, 2018  Posted 12:00 AM



病院内の私の個室です。
これが、関西では最高の病院だとは絶対にならないでしょう。
ベッド位置も変え、液晶TVなどは「低所得用液晶TV」ゆえ、
どれほどここにはインテリアが凝られていられたのでしょうか?
グラフィックデザイナーのデザイン仕様ゆえですが、
このような液晶TVなどは日本では使われていませんから
私の液晶TV=私デザインを持ちこみました。
これを抜ける液晶TVは今もありませんし、
4KでもこれだけのHi-Fiはどこもつくっていません。
しかも、このメーカーもこれを最期に液晶TVは辞めました。
それは企業戦略として大きな液晶TVなどは
売り上げも最悪になるからでした。
また、私が眠っているベッドも最悪であり、これでは何もできない、
と言ったとき、ベッドを点検してもらったら、
これはメーカーでなきゃ直せませんね、と言われました。
私はベッドメーカーとも仕事をしているので、
「当然ですね」、と答えました。
建築家?デザイナー?どちらがこれを要求したのでしょうか?
これこそ、ベッドとしては医療環境では絶対に使えないモノでした。
理事長?、院長?、ともに騙されていました。
このようなユニフォームどころか、私は自室で病院食をとっていましたが、
勿論、それは無くて無印良品のそれもすぐに壊れるモノ。
従って私が持ちこんできたテーブルで食事をしました。
メニューは一度覚えてしまえば、全くメニューは必要がありません。
WiFiも繋がらないし、通信環境も駄目というのでは、
ここの公報用にデザイナーが自ら書いていた「リゾート」とは、
もう少し勉強をしてもらわないと、
「リゾート」つまり「何度でも訪ねられる休養地」が成り立ちません。
まだ、この病院が有名なデザイナーだから、「良い病院」ということは、
日本の病院環境はまだまだです。
私はフランスやニューヨークでも入院したことがあるので、
「そうか、フランスは良いなあ」という経験は、
どれだけ、それこそ日本の医療環境はまだまだです。


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10月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 28th, 2017  Posted 12:00 AM

10月28日 大安(戊子)

デザイナーにとって、
椅子とテーブルは、
機能性と審美性のせめぎ合いが、
限りなく激しいモノでありながら、
ある何か確実性を決定しないことには、
作品としてのメッセージ力をまったく
有さないアイテムになるモノである。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』10 輪郭線での記述手法


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