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Posts Tagged ‘トーラス’


『不細工なモノは不細工である』


   


     1月 18th, 2016  Posted 12:00 AM



僕が小学校4年生だった頃でした。
父から男はたわしで体を洗うべきだと言われて、
痛いのを我慢して洗っていた時期がそれこそ成人になってもでした。
ところが、それは皮膚を傷つけていると言われて辞めました。
しかし、父の皮膚は痛んでおらず、79歳で逝きましたが、
70代になっても、まだ50歳後半に見られると言っていました。
そんなこともあって、どうも束子の形態をドーナツ=トーラスにしたい、
その思いを海南市で、
海南の国際コンペの審査委員の頃、提案ができました。
いわゆる地場産業にも加わり、スポンジの素材形態を変えたり、
これ幸いとして、束子もドーナツ状の製品開発をしました。
確かに、当時は「RON」というブランドまでも開発して
その試作をしました。
が、つい最近、
シュロでそれも脱色した「ソックリ」が店頭にあってびっくりしました。
これを模倣だ、コピーだ、
やがては盗作だとかと言うことはすでに無理です。
なぜなら試作・製品開発発表しかしていません。
RONの他シリーズはデザイン賞を受賞しています。
先般も、僕のApple社提案モデルが
あるメーカーから商品発表になったときに、
「不細工」と所感を書いたら、僕がもの凄い非難を受けました。
著作権は、当然、すでに僕の作品集に図面があるわけですから、
現在は、デザイナーの盗作問題がトピックスどころか、
デザイン界の大問題になってきています。
非難する連中には、
 ともかく大問題になってほしい=事件興味だけ
 明らかに盗作だ=知り尽くしている人々
 いや、川崎が笑い飛ばせばそれでいい=私非難、などなどですが、
僕が「不細工」といっているのは、
現実にデザイン実現した企業デザイン部門が
「MindTop」を知っていれば、もっと確かな実現ができたでしょう。
ともかく、物真似、模倣、ついには盗作ということが
SNSなどで「本質を見失う面白さと不気味さと怖さ」の問題です。
明らかに盗作には、
これも倫理上の問題から知財権という法的制度問題が重要なことです。
翻って、この束子などは、僕が提示したときには、
試作は出来ても生産的には無理だと説明を受け納得していました。
工業デザインには、提示が時代的に早すぎたり、
MindTopはもっと重層化された複雑な問題、人種問題も当時はありました。
商業的な困難さもありますから商品化されないことなど一杯あります。
例えば、生産のシステム機械などは、メーカー依頼で商品化しても、
売り先では、それを元に決して一般人には目に触れないから、
それこそソックリどころか盗作など平然とやられています。
僕がグランプリ受賞しても、ある業界では平然と真似られるどころか、
ほとんど盗作だらけの世界もあるわけです。
せめて、オリジナルをやったデザイナーが、
真似られたモノを「不細工」というのは当然です。
そういう意味では僕自身、知恵不足だと笑い飛ばしていますが、
グローバル市場では国際問題化されることが出現してきましたから、
「ハーグ協定」がやっと始動してきているのです。


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「二回捻ったトーラス(ドーナツ)同様にすれば」


   


     5月 20th, 2013  Posted 12:00 AM



新聞紙をリボン形状で細巾で切って二回捻ります。
そうすれば、二回捻られたトポロジーの形状が出来ます。
これを「トーラス」と呼びますが、
このリボンを中心線で切っていくと、どのような形状でしょうか?
これが私の問いかけでした。
このトーラスを立体=3Dにした形態が「クラインボトル」です。
そこで、クラインボトルが鎖のようにつながった形態を、
光造形で造形していくことでは、大きなきっかけを知りました。
左写真の二つのクラインボトルは、
私の研究室の「おみやげ」になっています。
人気製品になっていますから、国内外で手渡してきました。
かつて、ニューヨークで講演をしたときに、
「自分を覚えておいてほしい」と言っていた人物がいました。
その彼を阪大に呼ぶことになりました。
彼は母国でスターデザイナーになり、
KAIST=韓国科学技術院=世界でトップクラスの大学院大学の教授です。
彼は留学生時代に私の渡したクラインボトルを持っていました。
だから、この二重トーラスの立体化から、
二つのクラインボトルは、私の人工心臓の手がかりの形態です。
そこで、今私がトライしているのは、
二つのクラインボトルを、3Dプリンターでは国内トップの方に、
成型実験をお願いしている最中です。
3Dプリンターの米国的なブームと一線を画して、
わが国独自の「新しい革新」としての3Dプリンターの具現成果は、
きっとこの実験で一つの実証検分が可能だと考えています。
私が、なぜ、3Dプリンターの素材に中空パイプの、
ワイヤー素材を求めているのかを想像してみて下さい。
その詳細を知るには、
絶対に、まず冒頭で描いた新聞紙でリボンをつくって、
二回捻ってみて、トーラスをつくってみて下さい。
そして、そのリボンを中心線上にそって切断すれば、
鎖になった二つのトーラスが出来上がります。
これは手品になっています。
したがって、このようなトーラスのイメージを立体化すれば、
それは鎖状の二つのクラインボトルになるのです。
光造形では、その造形方法は至極簡単になりました。
そこで、次の問題は、
二つのクラインボトルを3Dプリンターで造形できるだろうか、
ということを追いかけています。


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「泡・バブルって、やっぱり凄いんだって思います」


   


     10月 16th, 2012  Posted 12:00 AM



台所用品、浴室用品の地場産業といえば、
和歌山県海南市です。
「東の湘南、西の海南」、当時の市長の弁でした。
海南市で国際コンペの審査と
現地の「地場産業」に関わったことがあります。
徹底的な、ウレタン素材で「洗浄用スポンジ」の製品開発にのめり込み、
商品化もしました。とても高額商品でしたが高く評価されました。
しかし、素晴らしい素材の「スポンジ」は、
100円ショップの中国製には市場では完敗でした。
ただし、モノの性能・効能・機能は抜群だったと自負しています。
だから、その頃、同時に「トーラス亀の子束子」も開発してみましたが、
これは製品開発で終了せざるをえませんでした。
今、私は私自身の「乾燥肌対策」には、
あらためて、当時、様々な「泡づくり」と「泡性能調査」をしました。
だから、TV-CFで「洗顔用石けん」の泡立ちを見るたびに、
「泡」そのものの「泡立ち」の肌理の細かさが気になります。
それは、ボディソープからシャンプーに至るまで、
TV-CF画面の泡を見ながら、
「本当か~」とTVに向かって、話しかけてしまいます。
そして、学生にも、「正しいシャンプーの仕方」などを論じてしまいます。
つまり、「泡立ち」という性能は「肌をきれいにする」、
とても大事な手続きであることは間違いありません。
「綺麗」な泡立ちが、必要不可欠なわけです。
となれば、絶対に「泡立ち評論家」になるつもりで、
「泡」をじっくりと観察しています。
今、ブームで売れているシャンプーが、
本当に「正しい洗顔・正しい洗髪」ではないのです。
どれだけの肌理の細かさの「泡」=バブルかが大事です。
そのバブルで綺麗にするべきかが問題だということです。
結局、「バブル」ってのは、
やはり、何かしらスゴイ力があることは間違いありません。


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「亀の子タワシはもう年齢的に無理になりました」


   


     10月 15th, 2012  Posted 12:00 AM



小学校4年生頃だったと思います。
私は父から、
「男はタワシで体を洗え」、
といういわば無茶な要求を受け入れてきました。
だから、タワシで、ゴシゴシ洗わないと
さっぱりしない生理になっていました。
最も必ず、伝統的かつ天然のシュロ素材、
その「亀の子束子」でなければ肌が傷つきます。
流石に、中年・老年になってからは束子で体を洗えば、
それは大変な事態になるようです。
遅いかな、いわゆる「乾燥肌」になってしまい、
体が痒くてたまらない状況になってしまいました。
この作品は製品開発でなんとしても「亀の子束子」を
トーラス=ドーナツ形状にしたく、
和歌山県海南市で製品開発しましたが「商品化」できませんでした。
これは私自身が欲しくてたまらなくて、
製品開発プロトタイプまで持ち込みました。
けれども、最終的にはコストの問題や、
製造機械も新規開発などができずに
プロトタイプモデルまで海南市にお願いをしたモノです。
そして、もう年齢的にも、
肌は「乾燥肌」になることは当然のことであり、
もう体を「亀の子束子」で洗うことは不可能になりました。
老齢化する現実を、私はこのようなことでしみじみと感じ取るとともに、
今や、この「乾燥肌」をなんとか食い止めないといけないわけです。
男が「お肌を気にする」なんてことは、女々しいと思いつつも、
正直、老齢化する肉体、手入れを真剣に考えないといけない、
そんな自分にとうとう出逢ってしまったことを報告しておきます。
これから、徹底的に「お肌」の研究をしてやろうじゃないか、
女々しいわけがない、と自分に言い聞かせている次第です。
「痒い」となれば、
私は、血が出るまで搔いてしまいます。
「五歳児みたい」
「三歳児なの」、と、
ワイフに叱られますが、
「痒い」という感覚は耐えきれるものではありません。


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「ダ・ヴィンチというエネルギー」


   


     6月 17th, 2011  Posted 12:00 AM

レオナルド・ダ・ヴィンチ、
最も会ってみたい人です。
学生たちには、友人をつくること、
この大切さを自分の経験から話します。
そして、今は亡き友人は自分で決めることができます。
そういう意味では、
ダ・ヴィンチは私の友人の一人です。
頭を空っぽにして、彼のスケッチを読みます。
彼の手稿は、正直、不分明なことが多いですが、
「ことば」を仕入れることが可能です。
彼の寓話論は一つの大きな視点です。
また、アトランティコ手稿というのがあります。
これは、ダ・ヴィンチのスケッチである紙のサイズ、
アトラスサイズに描かれたいわばデザインです。
いわば、「五大器械」その組み合わせの発想は膨大です。
そして、思うのは、
ダ・ヴィンチだったらエネルギーを、
どのように考えついていただろうということです。
ダ・ヴィンチ「エネルギーコード」という考え方です。
水・火・人力、そして器械的な構造で発生するような
仕事量=エネルギーは読み取ることができます。
「マッツォッキオ」という形態のスケッチがあります。
これはまぎれない「トーラス」形態です。
これは、私にとって最も刺激を受けた形態です。
この形態を作成する部品点数などを描き込む、
ダ・ヴィンチという「人物のエネルギー」に、
まず心惹かれます。
つまり、人力の詳細さに宿るエネルギーも、
大きなエネルギー問題です。
そして、それを補強してくれたり増強する友人は、
大きなエネルギー源だと思います。
「エネルギー」、
このことばの意味には深度があり過ぎます。


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『資本主義からの逃走』
  「情報としてのトポロジー・トポロジーとしての情報・2」


   


     9月 26th, 2010  Posted 12:00 AM

トポロジーへの興味と近接
数学術語「トポロジー」は当然、数学領域の学論です。
この術語の定義を知り尽くすのは、数学者ならばきっといとも簡単だったはずです。
ところが、術語の概念がひとり歩きはじめたがゆえに、
決して、通常の学校教科書では、レトリック的な図形で表現されてきました。
しかも、「トポロジー」という言葉の持つ響きや耳障りの良さは、
様々な領域で、概念そのものを拡張してきたのだと思います。
私が知ったのは、建築評論や記号学的なレトリックでした。
よって、数学定義らしきものに興味をいだき近づくまでは、
私自身の数学的な発想が、図形、場、空間、形態、形体などを考える一つの動機でした。
そして、まともに知りたいと考え出したのは、
光造形システムが登場した1985年あたりからだったと思います。
UNIXがEWSを制御し始めて、シリコングラフィックスのIRIS3030を米国で買い求めた時に、
「トポロジー形体」である「トーラス」や「メビウスリング」を
まだまだ試行錯誤しているカナダのALIAS社に、
特別に個人教授でCGを学びに二夏も通った頃でした。
この話は以前ここで紹介したことがあります。
まず、私は「トポロジー形体」と表記しました。形態ではありません。
なぜなら、「トーラス」いわゆるドーナツ形状は丸い筒がまた円形立体化している形体だからです。
さらに、「メビウスリング」も、リボンの端と端がねじ曲がって繋がっている形状ですから、
これもリボンが一度捻られた形体です。
トポロジーと情報との相関と分別
ところが、問題は、
これらは厳密には数学定義化されている「トポロジーのようなモノ」=「トポロジー的な印象を
比喩したモノ」に過ぎないわけです。 現実界に存在はしていない形体です。
つまり、数学的な空間論の問題をなんとか可視化しただけのモノでした。
当時、光造形で作成された歯車を見たとき、ALIAS社とプリンストン大学との産学協同開発は、
数学的な空間論、二つのことをテーマにしていました。
「Natural Phenomena」と「Topological Form & Space」のdescription languageの開発でした。
これは後に詳説したいと思っています。
私が直感したのは、
トポロジーという数学的思考を情報化することは、とてつもなく数学の専門家でなければならず、
そこでの「トポロジーとしての情報」はほとんど理解不可能な領域になるだろうということでした。
しかし、もう一方では、「情報としてのトポロジー」は、
それこそ、「コーヒーカップとドーナツ」が同一形態であるという視覚化で、
なんとなく、これぞトポロジーと言って理解されてしまうだろうということでした。
トポロジー・言葉と知識へ近づけるだろうか
現在も、「トポロジー」という言葉周辺は、
数学で語られる「トポロジーとしての情報」と
哲学で語られる「情報としてのトポロジー」が共存しています。
著作名を例示すれば、前者は「Essential Toporogy」という数学書であり、
後者は「Heidegger’s Topology」という哲学的な解説書になっているようなことです。
これは、トポロジーという言葉あるいはテーマを挟んだ思考論理です。
そこで、私は、トポロジー形体をトポロジー形態化を、
本当に「可視化」する手法として、
光造形システム、現在、産業界において存分に利用できうるラピッドプロトタイピングでした。
明らかに、図形で可視化させようとした数学的な情報化を造形できるだろうか、
これが、トポロジーを自分が理解するための近づき方でした。


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