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Posts Tagged ‘ヒーロー’


『行学の士ならば、基幹産業は絶対に見つけ出すべきだ』


   


     12月 27th, 2016  Posted 12:00 AM



最近、日本の歴史が様々に塗り替えられています。
1192=イイクニつくろう鎌倉幕府って暗記したことも、
すでに、実は違っていたなどです。
そんな歴史学術的なことよりも、小説での歴史物語ほど、
日本人の知識を歪曲させていることにこそ、大きな過ちがあります。
特に明治維新ともなると小説での物語り=歴史というのはとんでもないです。
明治維新、その筆頭が坂本龍馬なんて、とんでもない間違いです。
「適塾」の存在、蘭学の医学校よりもむしろ、この塾で育成された人物たち、
彼らこそヒーローとして様々に幕府転覆を図っていました。
しかし、「安政の大獄」で処刑あるいは獄死した人物たちを忘れています。
「適塾」が大阪大学の源流ゆえにこそ、自分は大学人としてよりも、
福井県、越前藩士の橋本左内への傾倒こそ行学の士であることの憧憬です。
私は「適塾」のサポーターでもありますが、橋本左内については、
最も知っている人間であり、語り継ぎたくて「KK適塾」までやっています。
そしてその基本は「公益資本主義」であり、その著作の一つ、
「新しい資本主義」をデザインで語り直すことをめざしているのです。
それが、ポストIT、パソコンやインターネットから逸脱した基幹産業、
これを「KK適塾」でやっと発見し、紹介を徐々に始めています。
行学の士、そのデザイナーとして新しい公益資本主義としての
基幹産業が「コレだ!」と、極めている人はまだ居ません。
ちなみに、「適塾」が蘭学だった時期はとても短かったのです。
これがやがて大きな問題にぶち当たります。



* 『2016ワールド・アライアンス・フォーラム会議に出席』
* 『製品から商品へのデザイン投資のサインカーブ』
* 『「KK適塾」は日本からのデザイン思想と実務の発信』
* 『1800年代安政の頃・「適塾」を最も語り継ぎたい』
* 「ふるさと福井の偉人たちへの敬愛あるのみ」


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『彼は映画の社会的メッセージを知り尽くしている』


   


     3月 12th, 2015  Posted 12:00 AM



私は可能なら月3本は必ず映画を京都で観ることにしています。
なぜ、京都か?
大阪は映画館の清掃がダメ、東京は不親切、京都と金沢が一番です。
「アメリカン・スナイパー」を観ました。
いつものごとく、ワイフはストーリーに入り混んでいて、
泣いていましたし、観たくなかった悲し過ぎると言い続けています。
それは実話の映画化であり、この映画が訴求することは、
明確にジャーナリズムであり、製作から監督は、
高齢になったクリント・イーストウッドでした。
スナイパーの実録としては映画ストーリー演出ですが、
実際なら1000mを超えるスナイパーならば、風力と実弾性能での
相当の腕前があったと思いますが、
明白にスナイパー実録として、反戦映画であるということですが、
現状での戦争・テロ・防衛などは熟慮を余儀なくされる映画でした。
今や、戦場で先進国家からの兵士であれば、
知性的であればあるほど、リハビリテーションは戦場よりも
先進国家の平和感では絶対に精神的病気に至ることは明らかです。
ワイフは言います。実話だからしばらく耐えられない、と。
当然の感覚だと私も大賛成ですが、
私には、このテロからの現代戦争方式を「モノで変える」ことが
どうしてもやり通すことだと考え込んで、精神的には、
モノの暴力性の革新をと追い込まれている自分に出会っています。
現代戦争は石油文明と宗教と経済が現代を追い込んでいるのです。
武器とは元来、戦いを止める道具であり、殺人道具ではなく、
これを宗教が道具感を奪い取っていることは明らかです。
宗教と経済が、ひとまず、石油文明をせき立てているのです。
そういう意味では、神道の哲学観は優れていたと考えます。
「神はおらず」。
そして「サイコロも振っていません」!
戦争にヒーローなどは絶対にいないのです。
あくまでもジャーナリズム=日々の記録を創った監督技が
私を追い込んでいます。


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『ワールドカップは人類の驚喜構造が今なお連続している』


   


     6月 11th, 2014  Posted 12:00 AM



日本流呼称には「サッカー」があります。
今ではスポーツ競技が資本主義経済を背景とし、
資本主義経済国家でなくても、
この競技には地球人すべてが驚喜します。
その驚喜は好戦性と民族性を歴史的にも、
根強い心理構造をため込んできた、今はスポーツ競技です。
サッカー、絶対に手を使わない足だけでの競技は、
元々の歴史的な動機や系譜は抹消せざるをえないほどの好戦性を
見事に資本主義経済での商業化を成功させたと言えるでしょう。
おそらく、日本中の子ども達にはこの選手になる夢があります。
私世代では、小中時代は野球であり、高校あたりから、
このスポーツ競技を知りました。
私は、野球やサッカーのプロ選手たちはすべからく、
修練と精進を重ねているスゴイ人たちだと思っています。
そういう意味では、好戦的でフリーガンと呼ばれる連中が、
歴史的な系譜での驚喜の構造をいまだに残しているからこそ、
私は人類が驚喜性・狂気性までを閉じ込めたのは知恵だと思います。
間もなく、開催地そのものが超犯罪都市でワールドカップです。
願わくば、観戦に出かけた同胞には何の犯罪も無いことを祈ります。
このような犯罪都市に日本人が居るならば、
自衛隊員が守備すべきだとさえ思ってしまいます。
日本人は自国で国民を護り抜く、そんな国家であるべきです。
この競技で選ばれた選手たちは各国の商業チームのヒーロー達です。
このゲームの驚喜の構造こそ好戦的傾向を資本主義ゆえに、
進歩させた人類の方策として私は賛同しています。
Best8にまで到達し、観戦客の無事を祈るばかりです。



「絵画に惚れることの重大さ」
「なでしこJAPANと国民平等意識」
「新たな日本ブランド・なでしこJAPAN」


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「憧憬の人物、その実筆書状を探す」


   


     7月 24th, 2013  Posted 12:00 AM



明治維新において、そのヒーローを坂本龍馬と人は言います。
私は大きな間違いだと思ってきました。
彼はその書状・手紙が多量にあっただけであり、
それほどの思想があったわけではありません。
小説になりやすかっただけの人物だから、あたかも歴史扱い。
江戸城の無血開城だとか、明治維新を無血革命も大間違いです。
「安政の大獄」は明治維新のために拷問・獄死・自決だけでなく、
斬首、その日の気分で優秀な能力を惨殺しました。
大勢の優秀な憂国の士の能力は血染められたのです。
子どもの頃から、私のヒーローは「橋本左内」です。
かつて、越前市(元・武生市)で越前打刃物の展示がありました。
その時、橋本左内と横井小楠、二人の「定め書き」を見ました。
その記憶をどうしても確実にしたくて、
市長に私自身も書状を書きました。
返事はさりげない「デジタル記録づくり」を知らされましたが、
納得いかずに、秘書課長あてにメール。
「そのようなものは存在しません」
私は執拗に「あるはず」。
「確かにありましたから、データを送付」。
これではないと確認すると、徹底的に調べました。
ありました。福井県が買い取って所蔵していたものでした。
写真撮影には2週間、書類審査があって・・・、
切れました。
何がなんで写真がほしいのです。
手をつくして、データをいただきました。
「デジタルデータにする」というその方法違っています。
おそらくそうした手法を全ての行政は知らないと思います。
私なりに送付されたデータでプレゼン資料を作りました。
15歳で彼は「啓発録」を書き、
16歳で大阪の「適塾」=大阪大学医学研究科源流に学び、
20歳で福井藩藩医となりますが、
一時、大老候補となった松平春嶽と江戸に出ます。
25歳、滋賀藩の井伊直弼大老によって政治犯となります。
その斬首刑直前の4通の書状を
徳富蘇峰が一時所有は明らかでした。
その4通の書状を見ながら、
26歳、斬首されました。
10年間の彼の行動は「書」が無いだけに今なお闇ですが、
「適塾175周年記念大阪大学の講演」で、
私は先端デザインの下敷きとして語るつもりでいます。


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「幕末の志士について・忘却されている安政の大獄」


   


     10月 5th, 2012  Posted 12:00 AM



「啓発録」。
私はこれが道徳・倫理の基本として小学校時代に教わりました。
今なお、私が最も敬愛し尊敬する人物は橋本左内です。
「啓発録」は16歳にして橋本左内の著作であり、
19歳に適塾・大阪に向かいます。
そして阪大が適塾の歴史上に存在しているとすれば、
適塾に学んだ人々の理想は、
橋本左内自身にも大きく影響していました。
それは、幕末であり、明治維新に至る日本の近代化寸前の歴史があります。
しかし、残念ながら、幕末の様々な物語りは
「小説」がそのまま歴史的史実に覆い被さっています。
これこそ、
幕末と明治維新を分断したあの「安政の大獄」に集中しています。
だから、
私には坂本龍馬なる人物がヒーローという話は歴史的史実ではなく、
単なる「小説」のイメージが創り上げた人情話にすぎません。
そういう意味でも、私は橋本左内について、徹底的な資料を求めています。
このブログでも何度も彼の事を書いてきました。
「適塾、後世名を成すとすれば、橋本左内をもって成るべし」、
これは適塾の緒方洪庵の言葉と言われています。
無念なことは、幕末は殺し合い、つまり内戦でした。
よって「安政の大獄」が幕末を終わらせ、
明治維新への大きな誘因になったことは間違いありません。
井伊大老のその日の気分は、「斬首刑を橋本左内」に下したことです。
この政治的動乱の時、
起こるべくして「安政の大地震・大津波」という天災です。
まさに、日本は神の国と言ってもいいほど、
政治が朽ち果てているときに限って、大天災に見舞われるのです。
3.11 に、私は繰り返される大天災と政治をどうしても重ねてしまいます。
私は、あらためてこの本を必ず枕元に置いています。


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「デザインを読むという解釈」


   


     7月 15th, 2011  Posted 12:00 AM

デザインされたモノを知ること。
それはデザインを読み取るということ。
デザインの背景、動機、手法、意味などを
読む=解釈するということになります。
ユーザーにとっては、
デザインされたモノと対峙したとき、
その直感で自分との関係を知るだけのことです。
しかし、職能家としてのデザイナーならば、
デザインテーマ、すなわちデザインが問題解決したこと、
そのプロセスを読み取る=解釈することになります。
したがって自分のデザインではない他のデザイナーのモノ=作品ならば、
「解釈」への手続きは次の三つの段階を経ているでしょう。
まずテーマ・問題あるいは課題を解体したり解剖したり溶解します。
これは問題解決の最初の段階です。
ところが、他のデザイナーの問題解決ならば、
読み取り過ぎることが多々あることです。なければなりません。
その問題解決をしたデザイナー以上に深く、
あるいは大げさなほど知り尽くそうとするかも知れません。
それは解釈し過ぎになるでしょう。
けれども、デザインの本質にとっては、
デザインそのものの社会的職能意義を明確にする手続きです。
デザイン手法をさらに明確化する重大性があると私は考えています。
言い直せばデザインの解釈とはまさしくデザイン評論であり,
デザイン評価の根幹はこの解釈段階にあると思います。
問題自体の解体・解剖・溶解・分解を経て、
そのデザイン要素や要因を解釈・解説し直すという作業の重大さこそ、
デザインの本質を突き止める二段階目だということです。
ややもすれば読み取る「解釈」は、本来デザインをしたデザイナー、
その問題把握力を上回っているかもしれません。
しかし、デザイン評論やデザイン評価が必要だというのは、
この深読み解釈が次のデザイン手法をそのものを
拡大・進化させる大きな手かがりだと考えるべきでしょう。
無論、一つの方法論です。
私は、今や「天才」と言われる倉俣史朗の問題解決、
その手法から動機、結果、意味を深読み解釈しました。
私の深読みが彼を天才にならしめているとさえ思っています。
歴史は、後世その解釈によって、
歴史事実を小さな物語から大きな物語にします。
その中心人物こそヒーローでありリーダーであり天才となるのです。
そしてこの歴史記述こそ、
人間が綿々と連鎖させてきた「知恵」の集積という伝統だと考えます。
解釈をし尽くした時、人は「解放」されることになります。
それが問題解決した効果・結果ということでしょう。
今日、私は「「倉俣史朗のデザイン」」を、
デザイン界の形見として私の解釈を語るつもりです。

夢の形見に」講演会


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『資本主義からの逃走』
   「虚構と現実の変換はあたかも『トポロジー』」


   


     11月 7th, 2010  Posted 12:00 AM

抽象的レトリック
トポロジーという概念があります。
本来は数学論、その数学術語として生まれました。
数学という抽象論であるがゆえに、
この概念は他の学域に概念の応用が起こります。
概念の応用は、観念論にも文学的なレトリックになっていきます。
レトリックの中心課題となる言葉は、学域毎に意味の拡張が起こります。
とりわけ文学的なレトリックが哲学的な表現に応用されると、
その中核的な原意が多様的な変更と核心的な原意の強調をするものです。
しかし、抽象的レトリックとしてのトポロジー用語使用を徹底したときに、
この言葉の数学的意味をさらに深度が生まれることを見逃すことはできません。
数学術語は三つのアプローチ
私は歴史史実・編年体的な遡及によって、虚構が現実に転換するのは、
あたかもメビウスリングやクラインボトルの視覚的なパターン認識することができます。
このことを明確化したのはハイデッカーでした。
私は、トポロジーという本来、数学術語は三つのアプローチがあると考えてきました。
まず、概念としては、数学的な視覚性と哲学的なレトリック性です。
さらに観念としては、問題解決手法の手続き用語です。
現在は、コンピューターによって、
虚構性・虚構的な観念を現実的・現実性として視覚化可能であり、
なおかつ、トポロジーのような存在を見つめることすら可能になっています。
メビウスリング表皮の裏表
これまで、歴史・編年体としての史実が虚構と現実との転換・変位・反射・写実などは、
1800年代に様々な局面で多発していたことを陳述しました。
特に、「資本論」の虚構性、すなわち、理想性・幻想性・妄想性でした。
もし、レトリックとして再思考するなら、理想的・幻想的・妄想的な思考と現実の対比です。
すなわち、虚構というイメージから現実に転換するデザイン、
そのもののトポロジー的あるいはトポロジー性を、
特にデザインの視覚化手法で捉え直すことはいまだに出来上がっていないということです。
具体的に例示すると、
ヒーローとトリックスターはあたかもメビウスリング表皮の裏表、
どちら側に存在しているかを見つめているようなものです。


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『資本主義からの逃走』
  「虚構の記述は小説だが、歴史的事実は死である」


   


     11月 5th, 2010  Posted 12:00 AM

1800年代に遡及
私は、現代にモノをデザインしています。
現代という現実までの過程を知る大事さを直視します。
特に、私は日本の近代化、その原点はどこなのか、
最も注視してきたことです。
1800年代に遡及します。
そうして、その年毎の史実の事実と真実を見極めることにしてきました。
おそらく、なぜ、デザイナーがそんなことを、と思われるでしょう。
しかし、歴史の虚構は小説に氾濫し、歴史上の人物は、ヒーローとなり、
その歴史性を彩るこれも歴史上の人物はトリックスター化されているものです。
大河ドラマを事例にしました。
おそらく、大河ドラマの見せ場は、坂本龍馬の暗殺シーンでしょう。
しかし、この場面の虚構性があればあるほど、
人間は「虚構の中にえも知れぬ娯楽性」を受け入れるでしょう。
私はこの事実を否定するわけではありません。
小説・ドラマという虚構に、人が娯楽性を希求することは、
デザインによってデザインされたモノが与える感覚と似通っています。
私は、虚構の想像力をあらためて見詰め直したいと考えます。
虚構は理想・幻想・妄想をも娯楽性に変換することができます。
安政の大獄
そしてもし、歴史的事実の事例として、
「安政の大獄」時代に二人の人物を取り上げたとき、
歴史には、「もしも・・・・だったら・・」という仮説は成立しません。
吉田松陰と橋本左内は、同じ牢獄につながれ、罪人として、決して出逢うことはありませんでした。
お互いのやりとりの史実があるだけです。
虚構を断ち切る歴史的事実、
それは26歳にて橋本左内は斬首され、
20日後、30歳にて処刑された吉田松陰への「想像力」です。
史実の現実に、もしも・・・はありえず
「もしも、二人が出逢っていたなら・・・」、
この虚構はありえません。理想も幻想も妄想も消去する「死」だけが歴然としているのです。
虚構の歴史、歴史の虚構よりも、
私は、歴史的史実である、二人の人物の「死」という現実から、
さらに自分が何を見いだしていくべきかを考える次第です。


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『資本主義からの逃走』
  「虚構・大河ドラマのヒーローはトリックスターである」


   


     11月 4th, 2010  Posted 12:01 AM

坂本龍馬はヒーローか
NHK大河ドラマは日本の歴史的物語です。
毎年、誰が主役となりその活動の街が脚光を浴びます。
今年は「坂本龍馬」でした。
時代は幕末、大政奉還という日本の転換点が選ばれました。
制作側には、現代日本に対するなんらかの意図があったのでしょう。
ヒーローがトリックスターとなる虚構性
この大河ドラマは日本人に対して、
大きな連綿させるべき意識構造の維持をめざしていると私は思ってきました。
しかし、このドラマはヒーローを演出した情報操作だと判断しておくべきでしょう。
すなわち、大河ドラマに関わらず、
いわゆる歴史小説はすべからくその主人公をヒーローとした「虚構」、
情報操作どころか情報攪乱性さえあるということを分別しておかなければならないでしょう。
結局、歴史物語・歴史小説・歴史そのものが、
ある意味では、歴史情報・歴史時空間性での虚構性があるということです。
日本にとって、300年の武士社会・鎖国時代からの解放であった明治維新には、
現代日本のその後の原点の多彩な展開があり、登場するヒーローへの強い敬愛観が出るものです。
私は、明治維新に至るまでの1800年代を見るとき、近代日本の医学的歴史書に最も注目しています。
理由は、ただ一点です。
虚構非在の歴史性
医学的な事実には、「虚構性」を忍ばせることは不可能だと考えるからです。
幕末から明治維新での、経済史・政治史・その他どのような領域においても、
「虚構」を包含させる可能性があるからです。
杉田玄白から福沢諭吉に至るまでの史実の中に、
幕末・大政奉還が記述されている近代医学史に、当時の政治情勢、特に開国に至る経過には、
坂本龍馬というヒーローはまったく存在していません。
となれば、トリックスターをもってのヒーロー物語は、
「虚構」そのものでしかないことを明記しておきます。


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