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Posts Tagged ‘ファッション’


「ブルーを持ち歩くというファッションとデザイン効果」


   


     8月 31st, 2013  Posted 12:00 AM

亡き父は万年筆を大事にしていました。
父には悔やんでいることがとても多いのですが、
今私の万年筆のコレクションを見たらどう言うだろうと思います。
父は一本の万年筆を大切にしていました。
私は日本文具大賞の審査委員長をしていますから、
文房具には果てしない興味があります。
書店で文房具にまつわる雑誌を眺めていて許せる雑誌は一冊。
普段、文具を使っている人や著名人、
特にファッション関係のプロの持ち物を見ると大落胆します。
先日は、3冊ほどの文具雑誌を見ていて呆れかえりました。
大憤慨している私にワイフは、一般の人のデザイン感覚だから、
自分の意見の正当性をなぜそんなに!、と叱られました。
そこで、とりあえず、ホテルで今持ち物の文具やケースを、
テーブルに置いて写真を撮りました。
ご覧のとおり、ほとんどがブルーでした。
ワイフがプレゼントしてくれた万年筆は、限定品なので、
これにピッタリのボールペン(手に入れる動機に)そのケース、
そして、なんと言っても「日本ってスゴい」のは、
いつでも尖っているシャープペンシルはホントにすごい、
消えるボールペン、日本人だから出来たことです。
これで3度目になるパッド用スタイラス進化を自分用のペン。
パッド上では、やっと草書が表現できるまでになりました。
そして、最近は5800mAまでの急速充電池と、
さまざまに試してきたデジタルブレスレットです。
正直、このブレスレットにはネットワーク通信と、
新たなケータイ・アプリケーションのアイディアが一杯あります。
このブレスレットにこそこれからの文具のデジタル化思考中です。
なぜ、こうした文具にこそ「ファッション」と、
最も語っていかなければならない「デザイン」の関係があります。
それは、ファッションを「モードの体系」にまとめたがゆえに、
「書かれたファッション」=モードとしたロラン・バルト。
彼をモード・ファッション、そしてデザインを日常、流行として、
もう一度再定義を文具から語り直すヒントがあるからです。
多分、これでは意味不明!、これから書き残していきます。


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「クールビズ・ネクタイ文化は終わろうとしているかも」


   


     8月 8th, 2013  Posted 12:00 AM

私はネクタイを結ぶことが好きな人間です。
だからどのネクタイが使いやすく装飾性や布地にこだわりました。
ネクタイは収集品であり、堅苦しいという感覚はありません。
しかし、現代はすっかりと特に夏期にはクールビズスタイルです。
先般もコードスタイルにノーネクタイ・クールビズ指定です。
私自身も、ノーネクタイでの日々が極端に増えました。
そしてこのスタイルのスーツ姿でもフォーマルになったようです。
最近、この傾向が見事に市場性を決定しているようです。
インターネット・通販でのバーゲンで、
いわゆる高級ブランド品であるネクタイの驚愕的市価を見ました。
9.11以後に、あのアーミーナイフ企業が破綻寸前に近いのです。
ひょっとすると、「ネクタイ文化」は終焉するかもしれません。
世の中からネクタイからスーツ文化も終わろうとしている、
そんな風情になってきたようです。
私がスーツに拘ってきたのは大学時代からです。
どうせ日本人はスーツとネクタイに不慣れならば、
大学時代から慣れるべきと考えてきました。
これは父がすでに高校時代から晩酌の相手をさせられて、
ウィスキーと日本酒に慣らされてきたようなものです。
タレントという職能にも関わらず、ネクタイが似合わないことや、
酒につぶれる人間性を造らない教育に近い気がしています。
以前、就職直前にネクタイの結び型を指南したことがあります。
ネクタイ結び型も3種類とシャツ襟のパターンも身だしなみです。
しかし、スーツ、ネクタイ、シャツスタイルに変化の兆しです。
実は、このファッションスタイルの変化は、
人間の日常感覚や共時感覚を相当に変革されることでしょう。
私はメガネフレームやHMDのデザインをしていますから、
なおのこと、この兆しには要注目です。
私はネクタイパターンに時代性を見てきましたが、
シャツとそのボタンやアクセサリー変化が出てきたことに、
これからの意味があると思っています。


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「デザインを国策に! 超党派にこそ頼みたい」


   


     8月 2nd, 2013  Posted 12:00 AM

デザインを「設計から策略」と訳した大国が中国です。
私は40余年、デザインを外観設計ではなく、問題解決の実務、
この定義付けを自ら実践し、教育し、
その一般化をデザイナーの目標と目的にしてきました。
しかし決して政治、国政、国策になっても、
根付いたデザインでは全く無くて浮ついたままでした。
現在「クールジャパン」があたかもデザインと語られそうです。
ところが、大きなイメージ展開の間違いを海外友人からも、
「クールジャパンにデザインは無いよ」と批判されます。
加えて、国内の大企業に限ってデザインへの投資は激減少です。
ミラノでこそ展覧会という若手デザイナーに警告のため、
私は「DESIGN TOKYO」を登竜門展示会として用意しました。
その審査員に、藤巻幸夫氏に加わってもらいました。
もう6年になりますが、スターデザイナーが出始めました。
余りに最近、彼を国会中継TV報道で見かけて、
「なぜ、国会にあれほど出ているわけ?」
「参議院議員に繰り上げ当選したんです」
「エッ!」、ということから、
福井県選出の稲田朋美国務大臣に会っていただきました。
彼女の与党大臣としての政策実務は実に明白です。
比して、藤巻議員の野党からの問いかけも明快です。
現在、わが国は「国難」の中にあります。
国内は、復興があり、エネルギー問題があり、
国際関係においては厳しい立場の中で、
先進国家を維持しなければ、貧しい国家になるでしょう。
それなら、「デザイン」を国策創出と国家表現の発信手法、
これが、ようやく、「超党派」での可能性が出てきました。
私は、「行学」の実行をデザイナー・大学人として、
この「国難」ゆえに、困難さをチャンスに変えたいと望みます。
となれば、「超党派のこの二人」ならば、
わが国を理想的な国家にする大臣と代議員だと確信します。
イデオロギーで政策討論などの時代は終焉しました。
デザイン・ファッション、
この本質はまさに理想実現の実務だからです。
私は、彼らの活動をプロとして、全身全霊で支援する覚悟です。


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「デザインはその発祥から政治的な政策思想だった」


   


     8月 1st, 2013  Posted 12:00 AM

デザインの歴史を語るときには二つの説があります。
人間・ホモサピエンスは、
モノづくりにデザインを考え実行が設計だったという説。
もう一つは、ロシア・アヴァンギャルド時代に、
革命という政治活動を支援する芸術手法がデザインという説です。
私は、デザイン史には、必ず後者を選びます。
デザインという職能は、当初から革命という政治手続きを支援、
まさに、国を変革する策略であったということです。
だから元来は、革命的な政治思想を具体化する手法だと考えます。
ロシア・アヴァンギャルドは、結局、ソ連が崩壊したように、
革命を政治的に成功するともに、いわゆるデザイナーたちは、
虐殺もしくは自死したとして抹消されていったのです。
その代表人物に、私は、V.マヤコフスキーをあげます。
彼の思想が見事に政治思想に転化されてしまった系譜を再考。
彼は、自死とも拷問死ともいわれ不明ですが、
「われわれに新しい形態を!・・・号泣が聞こえてくる」、
このことばを常にいだいて世の中、企業、政治を見てきました。
したがって、ロシア・アヴァンギャルドでは、
建築・舞台芸術・日常用品・ファッションはすでに完成でした。
この成功されていた手法が応用美術からバウハウスなどに
面々と連鎖していきました。
よって、この連綿たる美的な思想から逸脱している模倣や、
すでに存在していたモノのモノマネには常に非難・批判しました。
結果、私自身のデザインは、彼らの理想主義=問題解決、
そして、理想を呼び込む未来志向こそ「デザインの本質」が結論。
ソ連の崩壊は、見事に彼らの思惑通りで有り、共産主義の全否定。
私は、たとえば「グランドデザイン」や、
さらに、理想体制趣旨を「マニフェスト」はデザイン用語です。
現在、わが国は、あるいはわが国だからこそ、
この「国難」には二つの人類の理想テーマが問題です。
地球環境=自然と人類は決して調和などできないから・・・
原発事故=人類が存続する水・食糧・電力はどうあるべきか・・・
だからこそ、「デザイン」をようやく国策の実務にするべきです。
私の最期のデザイン活動には、国策への「デザイン導入」、
これが私の「行学」としての役割だと考えています。


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「常に目周りは気になる」


   


     4月 11th, 2013  Posted 12:00 AM

私のデザイン対象は、「目や見えるモノ」が多いと思います。
Head Mount Display=HMDは、1995年以来追いかけています。
最初は国内大企業と通産省でベンチャー、
名市大時代は、HMDで中国での学会発表、
国内ベンチャーで製品化決定後、
商品化にいたらずいくつかの企業にヒント提示。
そして、新たな国内大企業での新製品開発に成功し商品化生産計画中です。
必ずモノにしたいし、
最も先進的で世界のHMDを革新したいと思っているモノです。
そして多分、メガネフレームのデザインは30年以上、
しかも世界でも専門ブランドとして、
最高技術を持っている増永眼鏡に育ててもらいました。
だから、メガネフレームはファッションとしての要素と医療機器として、
両方の「性能性」=医療機器・「効能性」=ファッションと
「機能性」を考慮しなければなりません。
私がメガネフレームデザインで問題化しているのは、
「デザインによる機能性」です。
これがずーっと混乱のままです。
その証拠が、未だに昔タイプに流行回帰する商業性が強く残っています。
日本人には似合わないウェリントンタイプは、
流行回帰しているにすぎません。
比して、ジョンレノンのような完全な円形レンズタイプは、
現在のレンズをメガネ店舗で加工してもらうには最も容易です。
そして、ブラックメガネフレームも流行回帰しますが、
ブラックは黄色系人種ならばそれなりに似合います。
が、決してウェリントンタイプはありえません。
プロの私から見れば、メガネフレームは時代毎に新規デザインで、
装着者の顔のアイコン性を明確に決定します。
つまり、その人のアイデンティティに直結していますから、
絶対に「新規のメガネフレーム」が必要です。
そして、新規のメガネフレームをデザイン出来るのは
世界的にもほぼ5~6社とそのデザイナーだけです。
私は、メガネはさらに新規の機能性を近視や老眼や遠視にかかわらず、
もっともっと「新機能開発」可能なモノづくり製品だと思っています。
それだけに、メガネが商品展示可能なマネキンなどを見ると、
詳細に長時間眺める癖があります。
今後のメガネフレームはデジタル化と
新素材開発・眼球保護の屈折率補完、
そしてその詳細な解説・情報化が決め手でしょう。


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「デザイン理念は造形言語と形態言語の形素で未来を招来」


   


     12月 3rd, 2012  Posted 12:00 AM

私は、形態=言語という定義である形素に固守しています。
そして、私はデザイナーゆえに、
デザイン言語による表現が形態と呼ばれていると考えます。
そして、デザイン言語=造形言語+形態言語、
すなわち、
デザイン言語=デザインする意味(意図)+デザインされている意味、
だと思っているわけです。
昨夜は、BMW i8が、
今世紀の車はここから始まるという事例を紹介しました。
ところが、BMWの未来へのデザインは、
さらにその次を予感して、
アドバンスデザインとしてモデル化は終わってます。
それは、車もやはり回帰すべき素材を纏っているのです。
「布」=fabricsを纏うという
想像力を技術的実現性へと向かわせていることです。
私は、
織物は「布(ふ)」であり、「膚(ふ)」であることにたどり着いて、
ファッションを評論し始めた経験があります。
「布」は、まさに皮膚のごとく身体を護るがゆえに、
機で織られて発明されました。
文明を指示する「機器」は、寒さから護る布ゆえに機があり、
飢えから護るために器ありの世界観です。
文明の最先端を車は、
その表現形態=技術言語として語られる必要があります。
その語り部としてデザイナーがいるとするなら、
車に「布」を纏わせた言語には、造形言語と形態言語によって、
近未来へアプローチする企業理念です。
こうした企業理念を言語化=形態化するには
デザインは必要不可欠な表現手法です。
私は、
その造形言語の形素に「布」を選んでいることにまた感服しています。
多分、欧州では「布」の感性的要素に、
・「しなやかさ」
・「きしみ」
・「ふくらみ」
・「しゃり」
・「こし」
・「はり」
・「ぬめり」、
この七つの形素が下敷きだからでしょう。
理念を形成すること、いや、創成することには、
言語要素、ソシュール的には音素と彼は呼んでいますが、
私は、言語としての形態には「形素」があり、
造形言語・形態言語の形素には、
造形・形態の要素足る素材への感性が評価軸であらねばなりません。
おそらく、BMWのこのアドバンスデザインの形素には、
七つの感性的要素が明快であるからこそ、
未来を招致するデザイン理念=企業理念が発言する、
造形要素と形態要素が確約していることを感受することができます。
わが国の企業に、企業理念の再構築には、
デザイン言語の音素と形素を
是が非でもデザイナーにこそ準備させてもらいたいと願っています。


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「モードからファッションへ、そして遡及する記号の再生産」


   


     11月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM

ジーンズは、未だに魅力的なモノです。
そして、ジーンズにはジッポーのライターが似合っています。
いづれも、米国開拓史に登場してくるモノですが、
これを「機能的なモノ」、
あるいは「アノニマス的なモノ」と呼ぶだけでは物足りません。
私は、ジーンズとジッポーはすでに、
モードとしてラング化された記号であるにも関わらず、
ファッション、つまりモードが
すでにしっかりと定着しているモノの一つの代表だと思っています。
当然、製品記号論的には、
アウトドア・カジュアル・日常的な性能性・効能性・機能性を
完備した「記号」と考えることが可能です。
しかも、さらに重大なことは、
ローコストでただの作業服にすぎなかったモノがハイコストで、
フォーマル性も獲得してきたパロールがラングにいたっていることです。
ジーンズという形態言語は
さらにデザイナーズブランドに遡及していくことが可能です。
これは、ある意味では
「マルクスの経済的な論理」をすでに壊しているという事実です。
ジッポーは、カジュアル性に留まらず、
デコレーションデザインによって、
フォーマル的な存在性を獲得することが出来ます。
それは、すでに今では
不変的・普遍的な記号=コードとモードを兼ね備えながら、
新規な記号性を引き寄せる記号、
すなわち、
記号の再生産まで成し遂げる存在=効能性を確約した
性能と機能を有しているということです。
私自身にとってジーンズはまだ老体ながら、
身体化できるファッションとしてワードローブに、
それも選び抜いたモノをコレクションしています。
しかし、ジッポーにいたっては、
すでにタバコも吸わなくなっているために、
緊急防災備品としての発火道具というツールとして、
あるいはジッポーにあるテーマシリーズ化されたコレクションを
メディアとして所有しています。
つまり、すでにジーンズもジッポーも
「コード化された記号」を所有価値中心ということに至っています。
記号の再生産がユーザーが果たすモノになっているということです。
したがって、デザイナーズブランドになっているジーンズには、
仕掛けようとする造形言語を付着させようが、
それはパロールには決してならずにラングの中に、
ディクショナリーとしての記号性は揺るぎ無きモノになっているのです。
ジーンズ、ジッポー、この商品が記号に至ったコンテクストこそ、
明確な情報社会でのテキストになっているはずです。


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「商品が記号となった実例・私の体験と確認」


   


     11月 21st, 2012  Posted 12:00 AM

米国大統領選挙が終わりました。
前回の大統領選挙で最も話題・醜聞を提供したのは、
サラ・ペイリン副大統領の登場でした。
そして、この話題の中心は、
「米国民は彼女を見ていない、見ているのは彼女のメガネだ」。
このメガネのデザインこそ、私のデザインだったことです。
私もこの大騒動に相当に巻き込まれました。
そして、私が確認したのは、
まさに「モードの体系」そのものの実体験により、
「モード」が与える消費社会の構造で、
いかに私のこのデザイン意図、
つまり、造形言語(集約されたコード体系)が
形態言語(モード)として消費されている現実でした。
あらためて、ロラン・バルトは「モード」を
端的に「流行・ファッション・ファッド」と
定義している正当性を再検証しました。
結果、存在しているモノと書かれているモノを対照化しているバルトから、
私の再確認は、マルクスの価値論への上書きになったと自負しています。
特に、メガネフレームは「アイコン性」という形態言語を持っています。
そして、そのアイコン性が表情に付加されることで、
「人物表情」を造形言語化させてしまうわけです。
私はメガネフレームのデザインをすでに30年以上携わってきました。
だから、長年にわたって同じ形態のメガネをしている人物は、
時代性、現代性において
「自分の表情」すらアイデンティティを時代から切断しています。
大多数の人がメガネに無頓着過ぎると言っていいでしょう。
彼らはすでに「自己統合性の欠如」に気づいていない無自覚な人格です。
自己確認する能力が育まれていないのではないかとすら思うのです。
つまり、メガネはまさに「モードの体系」に存在していますが、
メガネという商品が、ペイリンで話題になったことこそ実は、
「商品の記号化」を明白にしたものと判断しています。
私は、自分のデザイン結果が本来「商品」であったモノが、
すでに「記号=コードとモード」、これらの体系の中で、
とてつもなく、変質してしまった消費社会構造を知ることができました。
私は、あの大騒動に巻き込まれながら、
「コードとモード」、さらには「ツールとメディア」、
これらが交差している現実感をものすごく実体験できました。
さらに、この実体験はいつでも回帰することができます。
それは、以後、この当時の大統領選は映画になりました。
「Game Change (大統領選を駆け抜けた女)」です。
したがって、この映画はまさに大統領選挙とは、
「モードづくり・モード戦略」そのものであり、
本来の政治リーダーを選ぶ手法が
コードを操作するモードにどれほど呪縛されているか、
これが現代民主主義だとするなら、
もう一度、私たちは「すでにモードでしかない民主主義」、
そのものを再構築しなければならないとさえ思ってしまう次第です。
現実、わが国の待ちに待った選挙も、
「モード」戦略に融解していく構造が見え始めていると、
私は認識しています。


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「欧州の紋章とタータンチェックから学ぶこと」


   


     11月 7th, 2012  Posted 12:00 AM

英国の伝統柄・タータンチェックやツイード、
欧州のセーター・編み方などは、伝統的なアイデンティティ表現です。
最初に車を所有したとき、室内のブラックに対して、
私はタータンチェックに興味を持ちました。
これからの季節はタータンチェックのシャツやストールは、
それなりの自己表現・ファッションやオシャレ感につながっています。
ところが、タータン柄でも、画像のMACLEODは、
ほとんどシャツは見かけません。
ピクニック用の敷物は持っていますが、シャツを探していました。
京都の洋服仕立て屋さんで、いっぱい調べてみました。
確かに、紋章と柄には、
歴史的な意味・勇敢さや戦争時の心構えなどが克明にありました。
日本のようにやはり英国での戦乱時に、
明確な理念・哲学がファブリックにおいても、
「雄牛」との対決を事例とした話や、
14世紀にこの家系が誰によって男爵家系となり、
16世紀には売却されていくのか、
なぜか、シャツでの応用は現代でも見つけ出せないのか、
そんなことに心をめぐらしつつ、
あらためて、
「企業戦略としての国際的な存在性デザイン」に思い巡らしています。
タータン柄はおおよそ3000種もあるらしいのですが、
少なからず、300程度は暗記しておこうかと思うほどです。
タータンの色彩背後に潜んでいる「物語り性」は、
もう一つの色彩論になるでしょう。
タイガースの黄色と黒の対比調和のシンボル性と
非常に近似性を感じました。
ということは、この色だから、ファッションとするなら、
それなりの現場でのT.P.Oがあるのだろうと想像しています。
日本のすべての復興は、ともかく、政治もリセットされる中で、
もう一度、挑戦するデザインを感じています。
実は、予定では「中国で展覧会」をやっていることになっていましたが、
政治事情ゆえ、中止になっています。
国際関係が「文化交流」でなんていうのは幻想です。
「いざ、カマクラ!」という思想は、
このタータン柄の哲学になっていました。
なるほど、私の性格がこの柄を好んでいることに自己納得しています。


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「作品集の台割り・また再び、今度は全面ディレクション」


   


     10月 30th, 2012  Posted 12:00 AM

2006年は、私にとって重大な年でした。
阪大に移籍、
大個展の開催・重篤となる敗血症というほどエピソードの連続でした。
大個展は「金沢21世紀美術館」で七つの部屋をいただき、
30年のデザイン活動の作品を集結させて披露することができました。
おそらく、あれほど大きな個展はもう開けないと思っています。
だから、この個展には全勢力をかけました。
結果、相当の疲労も重なってとうとう敗血症になって、
あの世への道を丁度3回目ですが往復してきました。
さて、この時に集大成となる作品集を出版しました。
作品集は2冊目でした。http://amzn.to/UZeQpS
ただ、作品集に関しては、自分がタッチするとなかなか決定できないから、
台割り・編集は他のデザイナーに任せるべきという話があります。
私も親友のグラフィックデザイナーS氏から
このことを言われていたので任せました。
この作品集は販売されています。http://amzn.to/RrHuvm
まさしく私が重篤状態の時には、
ワイフが阪大の私の研究室で
「個展会場の設計記録(青本)」をまとめてくれました。
来春、阪大を退官するにあたって、
ある出版社から記念出版の企画をいただいています。
ようやく全体像ができてきたので、台割り作業に入っています。
当然、私はアーティスト・カメラマン・建築家・デザイナーの作品集は
相当に蔵書として持っています。
そこで、あらためてそうした類の作品集を
このところ時間をかけてじっくりと検証しました。
そうして比較検討すると、
なんといってもファッション系の有名ブランドの作品集・写真集は、
編集も豪華ですが、台割りには必ず「革新性」があります。
今、私は、今度出版する「私の作品集」には、
私の履歴や私の生い立ちや趣味も掲載します。
さらには、発表していないプロジェクトも選別して掲載するつもりです。
特に、
グラフィック関連はまったくこれまでの作品集には掲載していませんから、
是非とも盛り込みたいと考えています。
ともかく、「台割り」には基準となる黄金分割表づくりを
スタッフに任せてスタートしています。
来春3月2日の「最終講義」の日に出版予定です。
私の生涯1948(胎児)1949(出生)から2012年まで、
世界・日本・デザイン史の年表にしたがって
「編年体的な編集」をしたいと考えています。


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