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Posts Tagged ‘ブーム’


『チームより「一人っ子」気質がとっても大事』


   


     11月 18th, 2019  Posted 12:00 AM



球技を観るのは大好きです。
が、球技は大抵、スポーツの中では「チームで戦う」のです。
最も、最近はラグビーがブームになりました。
もちろん私もにわかブームに乗りました、
「ワンチーム」も心に響きました。
でもチーム球技のスポーツは、私には、絶対に向きません。
私は勝負事だったら、
自分の能力での勝ち負け以外好きにはなれないのです。
どうでもいいのですが、例えば、「汗が混じり合う」こと、
さらには「赤提灯で一杯」とかも、苦手です。
求められる協調性や、
コミュニケーションが一人っ子気質の私には欠落しているのでしょう。
よく、デザインも「チームでやる」とか言うチームワーク志向も、
私にとっては「自分の能力であり、強いリーダーシップ、リーダー志向」なのです。
それ故、戦術も戦略も私次第です。
ともかく、自分の力ならば、負けてもOK、納得なのです。
チームなりの良さも感じられるのですが、
私は、美大では空手部でしたが、
みんなの胴衣洗濯といった下働きはしましたが、
自分はあくまでも
「一人っきり」のスポーツ大好きだと認識しました。


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『C.I.が先鋒でブランドは歴史が創っていく』


   


     4月 20th, 2019  Posted 12:00 AM



ブランドとデザインについては、その起源は「牛のタグ=耳標」ですが、
一斉にブームになってきたのは、「ゆるキャラ」だったと思います。
幸い、東芝では企業留学で「C,I.」=Corporate Identityの理論や戦術を
身につけデザイン部内で共有され、独自性をもって練り上げられました。
私は、AurexのHi-Fiブランドでのブランド戦略よりも、
Identityの概念をE.H.エリクソンの8段階説から賢明に学びとり、
C.I.戦略によって、フリーランスから学者として歩いてきました。
だから、相当数のクライアント企業の戦略に携わってきました。
私はブランド戦略とC.I.戦略をしっかりと分けて組み立てています。
今もある企業の沿革とその精神を表すC.I.戦略をやっています。
これは新作を発表する時に全てを見せる予定です。
おそらく、新作も新たな素材を2種使います。
日本でのブームとなってしまったブランド戦略は、
勝手な政策をも産み出し、随分と蔓延しています。
私は「デザインあるいはデザイナー」の役割として
不易流行に取り組んでいます。
その効果がAurexのHi-Fiブランドとして、
連鎖して、今も残っているのかも知れません。

「牛」のブランド化

E.H.エリクソンの8段階説


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『自分デザインを今日から直していくのです』


   


     3月 8th, 2019  Posted 12:00 AM



今日は、ともかく「大きな楽しみ」でした。
オークションで手に入れた自分デザインの
レコードプレーヤーSR-370に、
まずはナガオカでデザインしたゴムシートをガラス板に乗せました。
そして同じくナガオカでデザインしたカートリッジ MP−500、
ボロン仕様=特別なのですが、これを取り付けました。
SR-370は25~26歳の時の仕事です。
東芝から交通事故後フリーのデザイナーとなり、ナガオカを手掛ける中
オーディオフェアでデザイナーとして再起し、精魂傾け、
ターンテーブルガラス板から各種のカートリッジまでやり通しました。
自画自賛ですが、「これが最高!!!!!」です。
レコードプレーヤーのブームがきましたから、
一応、今時レコードプレーヤーデジタルでハイレゾ化してもいます。
デジタルとアナログ両方つねに追いかけています。
幸いにして、レコード50枚入りが、自宅では厳選した1ケース、
研究室には3ケースも、200枚は残してあり、
それも私は、レコード企業から「見本盤」がとても多くて、
これを聴く楽しみを思うとたまりません。
これから、SR-370=全てのパーツから、メインテナンスをやります。
良い日がきました。


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『ハイブランドの戦術と戦略で「何がデザインになるのか」?』


   


     2月 15th, 2019  Posted 12:00 AM



「デザイン」と「ブランド」について書かれた
経営書籍は、洋書も邦訳書も、たくさんあります。
ブランドは、「今でも何がデザイン戦略」か、
または、「何がブランド戦略」か,は全く述べられていません。
そして未だに、
国内では「デザインシンキング」=「デザイン思考」で語られ、
それには、米国の著作がいっぱいありますがデザインファームなどで、
デザインもブランドも、その企業では戦略と戦術はがっかりします。
それが日本の最大欠点になっています。ところが、
私は「コンシリエンスデザイン」を、阪大在籍中、
主催していたKK適塾で語ってきました。
基本的には4種であり、邦訳は一冊あります。
実は、「ブランドとは何かという戦術」があります。
「何がデザインとなるか」、このテーマが語られること、すなわち、
企業のマークやロゴタイプ、サービスメソッド、企業哲学、店舗や制服、
キャラクター、そこで働く人達の、製品と商品とあります。
また、ハイブランドとしてそのカラーが、イメージ戦略を通して、
そのボックスやパッケージが戦術になるのです。
PANTONE・1837は、1837年に創立された「ティファニーブルー」、
ブランド形成の、その歴史とブームと考えていいのです。
春の訪れを告げるこまどりの美しいイメージ、スカイブルーです。
ティファニー製品イメージとともに重ね合わせ、
このブランドイメージは構築され世界中で定着しています。
デザイナーとしては好きな色をつくりませんが、
個人的にはブルーは好きな色です。
それこそ、エルメスがオレンジ、カルティエやバカラのレッドなどは
別格のブランドカラーとなり、
彼らの製品が商品として成立したブランド戦略だと思います。
もはや、日本のデザイン界は、
もう一度、デザインとブランドを語り直す必要があるようです。


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『浮世絵を日常化すれば北斎知識から解放できる』


   


     10月 13th, 2017  Posted 12:30 PM




美しさを識ることと知ることには違いがあります。
知ることは先天性によってある種の宿命性があります。
後天的には識ることですから、これは認識という知識より認識です。
カントがこれを明解にしていますから運命化が可能です。。
パウル・クレーは知見であり先天的な見識がはたらいていると思っています。
手短で日本の浮世絵の理解度は、先天的には困難かもしれませんが、
浮世絵といえば、葛飾北斎がいの一番に語られます。
私はいわゆる見識があって認識にまで持ち込めるには、
和服が適切かもと先般から考えてきました。
それは東海道五十三次での物語性は歌川広重の方が明解です。
これは私が丁度30歳の時に、絵羽として歌川広重を選びました。
理由は思い出してみると、三つありました。
まず、歌川広重の版画は越前の国からの和紙であること、
絵羽としては多くが北斎を選ぶという大衆的な思い込みでは、
自分の個性が表示できないと思ったことでした。
さらに、この東海道五十三次には東海度膝栗毛での野次喜多道中との
ナラシオン性が入っていたことでした。
無論、葛飾北斎のなぜ彼は識っていたのかという黄金比・黄金律が
見事なことは知っていましたからこそ
和服と自分の関係を見直していたことです。
今では和服には茶道や華道のごとく、着づらい道理がかなりあります。
したがって、誰もが洋服の着やすさをルール化して、
着物の普及を目指していますが、私はこのブームは容認できません。
理由は、着やすさなどは伝統的に保守するには単純だと思うのです。
大学時代にはあえてネクタイをして大学に行き、
教授に怒鳴られたこともしばしばでしたが、
ネクタイは日本人が大学生でも遅いのです。
最近は市立学校のユニフォームでネクタイを見かけますが、
学校でしっかりと教えていないようです。
私が和服と書は絶対に小学時代にマスターすべきというのは、
この知識・見識・認識をモノ=和服・書という決して「道」とはしないこと。
これはカントの悟識に連鎖しているのです。
浮世絵のナラシオンは知ることから識ることまでの悟性を鍛えるでしょう。


* 『サイエンスの限界にある美学性をさらに造語化』
* 「加飾すること=ファッションスタイルは最初提示の効能」
* 『手稿は宝物である』
* 『「黄金比の計算機」アプリのグレードアップの意義』
* 「黄金コンパス・黄金比と白銀比を身体化するには」


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『ふるさと納税に私デザインのカートリッジを発見』


   


     8月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM



ふるさと納税に、若き日の私デザインがまた選ばれていました。
ふるさと納税は、福井県西川知事の提案から始まりましたが、
今日の納税お礼品競争を危惧されていました。
案の上、ふるさと納税のお礼商品競争になっています。
ふるさと納税での成功と大失敗があるようです。
先般、私デザインのキッチンナイフは
福井県越前市のお礼品になりました。
ワイフは全国各地のフルーツや肉などを選んでいて、
山形県東根市のふるさと納税で、この商品を見つけたのです。
もうこの企業は解散しましたが、ナガオカブランドで、
かつて私がデザインしたカートリッジがそれも6種あるのです。
本来は「ジュエルトーン」ブランドで、この商品シリーズを企画し、
パッケージ、カタログイラストレーションまでデザインしました。
このブログでも取り上げています。
今再びレコードプレーヤーがブームになってきました。
1978〜79年代の作品ですからロングライフ商品になっていると自負します。
一度、オーディオショップで見つけて全種類を買おうと思いましたが
カートリッジは10000円から70000円という高額商品です。
当時はほとんど不可能と言われていた厚肉透明アクリルカバーのパッケージ、
カートリッジ振動を制御するシェルとの整合性までを簡潔に設計、
かなり満足したデザイン仕上げになっています。
山形県には親友もいますし、私の助教の出身地ゆえ、
「東根市ってどんな街」と聞いているぐらいです。
カートリッジにはMM型・MC型まで、さらに、シェル、リード線と、
LPレコードを楽しむ「大人の男の趣味」です。
いづれ全種類を私デザインの資料・音質チェックにします。
是非、東根市に納税してこのカートリッジで聴き比べてください。



* 『アナログの極致=レコード再生のカートリッジ』
* 「カートリッジデザインのフィニッシュワーク」
* 『カートリッジの性能をさらにアップさせるために』
* 『LPの音は聴覚という触覚感覚でありそのためのしつらえ』
* 『LPレコードのアーカイブが出来上がりつつある』


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『伝統工芸での和包丁には間違いがあり過ぎる』


   


     5月 17th, 2017  Posted 12:00 AM



30数年前に戻らなければいけません。
それは私が取り組んできた包丁のノウハウを記述します。
キッチンナイフの構造を語り直しておかなければいけないのです。
現在、和包丁がブームになっています。
これはブームだとは言い切れません。
いわゆる包丁(古代中国人の名料理人名)には流行要素がありますが、
とんでもない間違いもあります。
とりあえずここに代表事例とした5本の和包丁その名前はご存知ですか?
出刃・やなぎ刃・鮹引き・かつら剥き・菜切りが一般名です。
やなぎ刃と鮹引きは関西と関東でのウナギ料理用です。
いわゆる文化包丁での三徳刃は一般向けと言っていいでしょう。
さて問題は何かというと、三つ私は指摘しておきます。
それは鋼と鉄との合わせでの片刃づくりでは伝統ではなくて、
継承技術であって肝心なことを見過ごしています。
とりわけ柄の形状は伝統では発見不可能の「グリップ性能」、
これが全く進化していないことです。
しかもこの柄である苞の木は大腸菌を抱え込んでいることです。
これには包丁の使い期間を決定して、買い換え要請を出させる方策です。
さらに片刃の焼き入れ焼き鈍しでは肝心の火造鍛造や蛤刃は製作不可能。
私は、ステンレスで鋼を挟む三層鋼から、錆びないことをねらいました。
柄もステンレスで一体化を図りました。
また柄と刃を三点で止める手法もこれは時代遅れだと断言しておきます。
和包丁が外国人には人気ということですが、
この片刃では刃先の硬度は絶対にビッカー値硬度は60は無理です。
したがって、日本の伝統技はお土産にすぎません。
まして米国のハンティングナイフでのダマスカス鋼風の包丁は、
柾目刃という高級技が出来ない産地だと自白しているのです。
私はこれまでのデザイン導入や伝統工芸の産地や職人さんには、
語り継いでおく義務があると考えています。


* 「安易な包丁デザインは絶対しない」
* 『親方二人目の褒章受勲・タケフナイフビレッジ』
* 『刃物の地肌、その偽物氾濫が流行している』
* 「鎌倉時代名刀と江戸時代名刀を語り合う」
* 『低レベルな能力でデザイン評価はしないでほしい』


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01月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 28th, 2017  Posted 12:00 AM

01月28日 先勝(乙卯)


「デザイン思考」がブームである。
思考をThinkingと訳している。
ここから、もう間違いが起こっている。
思考とは、
「思う」ことと「考える」ことである。
この間違いを指摘しておきたい。



川崎和男の発想表現手法


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『マンガ表現での瞳表現、そのインターラクション』


   


     6月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



日本の漫画はすでにマンガ=「manga」となって、
表現物の大きな文化性を国際化しています。
遺伝子に漫画印象が組み込まれているかどうかは
未だ定かではありませんし、
遺伝子を調整細胞として制御しているかどうかの研究もまだ最中です。
マンガを読むというライフ・ログとしての記録化と遺伝子関係は疑問です。
少なからず、ロボットを漫画で読んできた我々には、
確実なライフ・ログに組み込まれていることは間違いないと思っています。
たとえば、ロボットは日本の子どもたちは怖がりませんが、
欧米では、
子どもたちはロボットの存在に恐れをもっています。
またこの印象度を利用した「ゆるキャラ」はブームとなっていますが、
デザインが貢献しているのは「くまモン」のみと言い切ることが可能です。
なぜなら「くまモン」には明確なデザイン成果があります。
あとの「ゆるキャラ」となると、商業主義的な悲惨さがあふれています。
こうしたマンガやゆるキャラには、明確な分類ができます。
それは「顔表情での目」その表現にあります。
二つに分類されています。
黒い点だけと、白い中に瞳の黒点、この二つについては
阪大、私の研究室で黒い点に絞った研究が修士論文でまとめられました。
黒い点というだけの顔の中の配置だけで喜怒哀楽が表現されて、
黒い点の瞳感覚で充分に感情表現が可能だという結論を得ています。
むしろ、白い中の黒点瞳表現は、感情表現の限界を示し、
かつ、マンガでの顔表現では経年変化をすることが明らかです。
つまり、黒点瞳での顔表現は、生き物の顔表現を統合しているという
その結論は、
今後のロボティックスのインターラクションに繋がっていくでしょう。

*『キティちゃんにて確認できる「安全と安心」』
*『心を持つロボット表現として、「泣き出す表情」』
*『漫画・アニメーションにみる日本独自のロボット観』
*『VFXのロボットが柔らかくなっているのは進化?』
*『ロボットが『心』を持っている?かどうか、ということ』


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『メセナフィランソロピーが「ジン」酒造企業ではどうか』


   


     5月 26th, 2016  Posted 12:00 AM



デザインは「日本酒から人工臓器まで」とか、
デザイン対象を拡大するために酒、臓器、原子力などを選んできました。
それゆえに、対象領域に関しては知識獲得やその経験をしてきました。
ウィスキーについては、父から教えられたことが元ですが、
大学時代にはほぼ一年間、金沢の高級バーでスーツ姿のままキッチンで
皿洗いやグラス磨きのアルバイトをしました。そこのバーテンダーから、
洋酒やカクテルのことをわずかに教わっていたことがあります。
年齢とともにかも知れませんし、もはや禁酒禁煙を解放したこともあり、
最近はマティーニなどカクテル特にジンに拘りを持つようになりました。
ジンは英国のお酒というイメージをもっていましたが、
私が絶対に英国のこのブランドというジンが輸入が停止。
だからジンについて調べているうちに、元来はオランダ産でした。
が、今や英国での「ジンブーム」や、
それこそ007でのマティーニのカクテルレシピまでが
流行の原因だとわかりました。
お酒にはひとつの市場倫理があります。
それは「お酒は飲めば飲むほど=売れれば売れるほど」の同一性には
文化のパトローネ足る企業倫理がなければ意味がありません。
したがって、酒造関連企業の、メセナのフィランソロピーは
企業存在、社会的な効能性の完備は当然のことです。
このことに気づいていない酒造企業は、
社会的存在性が無いと言ってもいいわけです。
そういう意味では、ジンを取り巻くメセナの効能性を
再確認したいと思っています。
メセナのフィランソロピーにデザインは深く関与すべきだと思っています。

*『きっとまた心配されると思うが・・・ダビドフの文化』
*『クールビズ・ネクタイ文化は終わろうとしているか』
*『酒とタバコと、そして・・・』
*『パトローネが文化を再考察させるデザイン戦略』
*『新作007・ボンドカーでも確認できた曲線美』


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