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Posts Tagged ‘プラットホーム’


『一階から三階まで一直線の危機』


   


     7月 14th, 2018  Posted 12:00 AM



「階段」は急激なほど,特に「車倚子の人」には
とても怖い存在です。
私にとっては田舎の駅のプラットホームは、
健常者にとっては何気なく普通でしょうが恐怖です。
もはや駅のプラットホームは、全面改修のデザインが
必要だと思っています。
もしそれが病院にあったら、というものを知りました。
しかもこれを建築コンペで選んでいたらと思うと、
建築家が、どれほど杜撰な頭の持ち主なのかと言えます。
それもこの病院では車倚子使用者が多いのに!。
1階から3 階まで一直線なのです。
この建築家には、
なぜ江戸時代に一階から二階へはどうやっていたかすら無知識です。
これは一階からそのまま2階なのか、
もう一つは反対に逆転して2階へ上がるのかが全く知りません。
それこそ、坂本龍馬が暗殺にあった平面から2階では
全く駄目であり、本来なら逆転する階段が必要です。
さて、この病院にはエレベーターが3台ありますが、
私は階段の踊り場を絶対に利用しないと耐えられませんでした。
まして1階から3階までの階段使用を健常者の人が、
どこかの建築?デザイン?で賞を
もらっているのでどういう学会名のだろう思います。
階段という方式が駄目であり、
自宅には電動での方式が一番なのでしょう。
階段がある特に神社仏閣は絶対に、
車倚子の人をどうすべきなのかは
建築家の大きな使命だと考えています。
もし、車倚子の患者が3階から落ちれば、
この階段は「凶器」だと訴えなければなりません。
このことを考えれば、エレベーターは、
地震多発の中では「凶器」だと思います。
先般,大阪北部での高槻市での地震では、
32階の自宅ではエレベーターが停止し、
それでも夕刻には修理がかないました。
おそらくエレベーターは全く新しい方式が発明されないと駄目でしょう。
日本の方式こそ、「階段」取りやめ、
「エレベーター」も新規にすべきと私は考えています。


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『見慣れている「場」のデザインは感情を撹乱している』


   


     7月 31st, 2017  Posted 1:22 AM



私の視線は車椅子上からは常に40年間一定です。
そしていつも気持ちがおかしくなるほど、
「変なデザイン」だと思ってきたのは
駅のプラットホームのこの不自然さなのです。
多分、これほどこの不自然さすなわち美しさなど皆無の「場」に、
大きな疑問を言い出すのは私ぐらいでしょう。
しかもそれなりに「鉄ちゃん」の一人なのです。
それは鉄道大好き人間なのです。
なのにこの不自然さを今主張しなければなりません。
日本が誇る新幹線の鉄道と点字ブロックが際立っている対比に、
美しさが大欠落していることに人間全てが目覚めてほしいいのです。
確かに、鉄道に誘導されている新幹線のデザインは、
車体デザインだけでは現在の駅・プラットフォームの「場」が、
破壊されていることに、感性を封鎖していることに気づくべきです。
それは風鈴の音がうるさいとか、
除夜の鐘は辞めるべきだとかラジオ体操の音、
子ども達の歓声が耐えがたい、
こうしたクレーム感情に連鎖したのだと思っています。
それならどうしてこの「場」の不自然さ、美の欠落にこそ、この感情、
すなわち、心の中に流れるドロドロの感覚を、清々しい感覚にすべきです。
プラットホームから、駅空間と列車のデザインは大変革をすべきなのです。


* 「メランコリー=悲哀・憂鬱の全否定が慈愛デザイン」
* 『もっと豊かな鉄道システムの統括デザインが急務』
* 『Zゲージで再確認するトランスポテーションの美しさ』
* 『いつも、なぜなんだって思う点字ブロックのこと』
* 「 視覚空間は存在しないことを認識する必要がある」


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『もっと豊かな鉄道システムの統括デザインが急務』


   


     6月 26th, 2016  Posted 1:00 AM



ふるさと福井には、月1回は必ず帰ります。
北陸本線は相変わらずのサンダーバード。
金沢には北陸新幹線ということで、金沢駅前は確実な観光地。
比して、福井はすっかり恐竜の街ですが、
福井駅前も、やっと様変わりしてきました。
しかし、寂しい街へとばく進しているようにしか思えません。
私にとっては、この写真でも明らかなように、
プラットホームと列車の乗降は大騒ぎの状態です。
いわゆる国土交通省に乗り込んで、新幹線のホームやり直しを談判して、
その直後に、扇千景大臣が視察をして、
エレベーター設置はその3年後でした。
今では、新大阪も福井も駅員さんとは顔なじみですが、
彼らに意見したところで、改善はされません。
列車とホーム、さらには駅舎、そして駅前は日本国中、
建築計画・列車デザインとの関係も、「デザイン不在」と言い切れます。
今や確かにエレベーターも完備されましたが、
決して、車イスや乳母車優先でありません。
これは社会モラルの問題です。
時に、手ぶらで若者が平然とエレベーターに乗ってこようものなら、
はっきりと、「君は使ってはならない」と言ってきました。
それこそ、モラルの無い中国人とは銀座で大喧嘩になり、
警官数名も止めにきましたが、
明確に、「私たちも中国人嫌いですから任せてください」と言われる始末。
駅の新規改修計画が必然です。
列車も同様にデザインはやり直すべきです。
でも、やっとこのデザインでスターデザイナーが出てきましたが、
見直しの時期だと告発せざるをえません。
おそらく2020年のオリンピックまでに、相当の修繕、
あるいは革新的なデザインは急務になっています。
そして2020年後、この日本、
特に地方都市はもっと「貧しく」なるでしょう。

*『見慣れないのではなくて無視にも気づかない無知さについて』
*『新幹線ホームのエレベーターは再デザイン必要』
*『随分改善された車椅子対応までのエピソード』
*『駅構内エレベーターについて』
*『恐竜の里になっていたふるさと福井』


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『『新大阪駅もまだ改装しているが、なんとも工夫欠落だ』


   


     11月 4th, 2014  Posted 12:00 AM



毎月1回は、新大阪からふるさと福井に行っています。
そのおかげで、帰阪すると、改装中の駅構内を観察してしまいます。
とても21世紀の駅構内とは言えないほど、まず、建築的にも
単なる場づくりに終わっています。
日本には優秀な建築家やデザイナーがとても多い国です。
当然、時代に見合った建築をすべきだとつくづく思ってしまいます。
私自身が車椅子移動をしていますから、私の目線=視界は、
天井と床面をしげしげと見つめながら、素材、建築資材も本当に
それこそ、原価すらわかってしまうことがありますから、
この新大阪がこの程度であれば、ローカルはもっともっと低価格、
安く造ればそれで構わないという風潮が蔓延しているようです。
確かに、天井そのものを構造材で視覚的にもOKとしています。が、
少なからず、工夫があるはずです。
おそらくプロである建築家には様々な欠点が判明しているでしょう。
新国立競技場では、その建築では一般も混在して大騒ぎしています。
私は、日本全国の公的でもっと日常的な駅・駅構内も
衆目監視の下に、流石に日本だといわれる建築をしないのでしょう。
駅ですら、この程度ですから、機関車・新幹線のデザインなど、
「少しだけ、鉄ちゃん」(=鉄道マニア)の私は、
職能もデザイナーですから、とても見逃すわけにはいきません。
駅の建築コンペでは、やはり、プロはここまで熟考している、
そのような素晴らしい提案を一杯見て知るのですが、
果たして、この新大阪であってもこの程度、貧弱で安っぽさは、
ものの見事に、動線など何も計画されているとは思えません。
最も、鉄道での移動で、出かけて帰ってくれば、それなりに、
なんとなく「帰ってきた」という感覚はありますが、
もっと、時代的性能性とそれぞれの街のセンターとしての機能を
存分にして、この時代を生きた公的熟慮性が伝統になるべきと、
私はもっともっと、駅・駅構内、その建築は重大と考えています。
いい加減、プラットホームと列車のデザインはやり直すべきです。

「駅構内エレベーターについて」
『駅舎もさることながら、鉄道には育たない美学』


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『駅舎もさることながら、鉄道には育たない美学』


   


     10月 5th, 2014  Posted 12:00 AM



あえて私は鉄道の美学と言っておくことにします。
駅にはその土地なりの美しさがあってほしいと思います。
新幹線でも真実素晴らしい電車というのは2台程度しかありません。
だから、まだ昔の蒸気機関車の美しさはノスタルジーで、
美しい形態だったと思うことができますが、新幹線はじめ、
鉄道車両には何の進化も起こっていません。
確かに、プロのデザイナーが起用されていて、
スゴイと報道されていますが、私は全く駄目だと断言できます。
その最大の理由は、未だに駅舎・プラットホーム・電車は、
バラバラであり、特に、車イスで利用するようになってからは、
正直最悪のデザインが蔓延していて、それらはデコレーション列車。
デザインされた列車とは呼ばないでほしいと心から思っています。
頭の悪さを露呈した鉄道スタイルをいつまで続けているのでしょう、
かと、私は指摘しておきます。
これはわが故郷福井の駅舎の天井の骨組みをみると無念です。
悲しくなるほど悲惨な建築構造であり、貧しい智恵足らずです。
夏は暑くてたまらず、冬は酷寒吹きさらしのホームです。
時々、駅舎の建築コンペでは「やっとここまで来たか」と称讃すると
すべてが落選しているのです。何か裏側での商売?政治?ですね。
駅・プラットホーム・列車はトータルにデザインすべきです。
やがて、ふるさと福井に新幹線が走り始めますが、大落胆の列車。
しかも、もしこれが湖西線なら液状化対策なしで大丈夫でしょうか?
いつまで、ホームから列車にスロープで乗り込むのでしょう。
ここに大問題があります。
電動車椅子利用の乗客のことなど皆無な計画だということでしょう。
新幹線、あるいはリニア新幹線の肝心なことは、後部脱線防止です。
そのためには、車体デザイン設計において、唯一の形態確保は、
もはや忘れられているようです。
駅舎と列車をトータルにデザインすること、
それこそ、列車というトランスポテーションの新たな問題解決です。
だから私は怖れずに「美学ある鉄道デザイン」をと叫んでおきます。

「ほんの少し『鉄ちゃん』ですから、言っておきたいこと」


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