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Posts Tagged ‘プリアンプ’


『「はんだこて」で、まだやりたいことがある』


   


     4月 9th, 2019  Posted 12:00 AM



デザイナーだから、「はんだこて」は握らないと思っていました。
私の道具箱に、「なつかしい」と思える「はんだこて」があります。
中学時代は、1球のラジオをつくり、
5球ラジオはつくれませんでした。
美大時代には、卒業制作で制作したステレオは、
電子回路を友人に依頼し、プリアンプとパワーアンプを仕上げ、
実際の音はかなりの迫力の出来映えでした。
東芝では、エンジニアが物凄いスピードで
はんだごでの取り扱いを見ました。
それに惚れ込み、まだ、CPU-8Bit以前の、
プログラムプロセッサーを造ってもらいました。
阪大では、准教授が「皆んなに5000箇所をやらせる」と、
息巻いていました。
一度は絶対に、「真空管式パワーアンプを自分でやりたい」
そんな夢を今も持っています。
そして「はんだこて」の進化を見つめなおしています。
なんだかいっぱいやらないといけないと思っているのです。

真空管式


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『私デザインの最終商品がオークションで入手する』


   


     3月 26th, 2019  Posted 12:00 AM



今までは手に入らなかった自分デザインを手に入れています。
当時は、SZ-1000は市場価格10万円だったモノ、
まだ私は月給5万円の頃ゆえ、デザイン担当だけれど、
その頃には高級過ぎて、手にすることが出来ませんでした。
それをオークションで入手できますし、
また、店舗用ディスプレイモデルまで出ていました。
今ではSZ-1000も5台まで持っています。
なにしろ、東芝時代の最後の作品であり、これがプリアンプです。
それもエレクトレットコンデンサーで、
それには最高のエレクトレットコンデンサーのカートリッジだけです。
この開発には、エレクトレットコンデンサーのチームと
私だけで進めました。コンデンサーや回路基板までデザインしました。
デザイン部長からも、何度も「何かやってるだろう」と
質問を受けましたが、その返答は「何もやっていません」、でした。
3年かかり、出来上がったときには
部長にこっぴどく凄く叱られましたが、それも許容される良き時代でした。
しかし、これはオーストラリアからTV取材がきたことや、
オーディオマニアにとっては、大ヒットしました。
これに力を貸してもらったのは、
オーディオ評論家の故・菅野沖彦先生でした。


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『SR-320にエレクトレットコンデンサー・カートリッジ』


   


     3月 12th, 2019  Posted 12:00 AM



レコードプレイヤーSR-370に、
エレクトレットコンデンサーカートリッジと
マグネシウム合金のシェルをセットし、
ナガオカのガラス板ターンテーブルを装着。
入手したレコードプレイヤーの手入れ、
バージョンアップを着々と進めている私。
東芝のAurexは、エレクトレットコンデンサー関連製品の
ブランドになろうとしていましたが、成し遂げらなったのです。
Aurex製品で、
エレクトレット素材のマイク、ヘッドフォン、プリアンプなどは
売上げのトップでした。
私は誰にも言わずに、プリアンプで
自分の納得のいくデザインを進めていて
3年がかりで商品化、当時の価格で10万円です。
それがプリアンプSZ-1000で、
オークションに出れば買わずにはいられない名品です。
プレイヤーからこのプリアンプ、
そして「ゴジラ GODZiLLA」のパワーアンプ
にJBL4343という組み合わせは、極上の音を出してくれます。
ヘッドシェルも、一体成形でマグネシウム合金ゆえに、
当時は発火するというのも、
なんとしてもその工場で、デザイン提案したのです。
「ゴジラ GODZiLLA」こそ、最高であり、
今ではYouTubeで見ることができます。
レコードプレーヤーSR-370は、私デザインで、
インシュレータも間もなく届きます。
さらに、ナガオカでのカートリッジ用リード線は4種類デザインし、
このリード線に変えるだけで格段に音質を向上させるのです。
「私もレコードプレイヤーほしい」
「えっこれだけで音が出ないの?読み取り器ってこと?」と、
東京から就職と大学卒業の報告にやってきた姪っ子は驚いていました。


プリアンプSZ-1000
*リード線


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『ミキサーとグラフィックイコザイラーで周波数領域』


   


     1月 28th, 2019  Posted 12:00 AM



最近の商品には、この周波数領域の説明がありません。
私にしてみれば、周波数の20Hz~20kHzがないと
どこかに不安を感じます。
これは私が前回ブログで書いていたAurex SS-320の周波数です。
私がデザインしたAurexの最高製品だったと思います。
528Hzは特別な周波数として、ヒーリング効果、
DNAの修復あるいは熟睡を促すということが発見されています。
また440Hz=A音は、
ギター、ピアノなどの 一般的な調律の国際標準ピッチです。
この周波数をもって、自分の再生音は
16chのミキサーを8chオープンデッキで使いこなしていました。
ミキサーはプリアンプになります。
これはビクターのグラフィックイコライザーを使えば、
スピーカーシステムの音を自由に変えることができるのです。
そして、私は最高の音源を求め、
スタジオでおさめた音に対して「再生音」という言葉は
相応しくないから「レコード演奏」と思っています。
これこそ、故・菅野沖彦先生のことばです。
1970年頃には、ビクターのSX-3が大ヒットでした。
これが、コンポーネントの始めだったと思います。
私はKORGのシンセサイザーで作曲をし、
16chのミキサーで8chから、
さらにグラフィックイコザイラーで4chに落としました。
これが、私の周波数に自由に変化を与えていました。
音大ではなくて、美大出身だからこそ、
周波数特性グラフにはまり、現代の私の作曲をしました。
私のオーディオデザインにも
それが大きく反映したのだと思います。


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『「チューナーと電圧計」はアナログで最高でした』


   


     1月 2nd, 2019  Posted 12:00 AM



今や「チューナー」の話は通じないんです。
FM放送を聞くのにも、少なくともプリメインアンプ、
さらにはスピーカーシステム2本で聞くことには
ワイフにいちいち説明しています。
ではプリメインアンプというのは、ということになりますが
当然、プリアンプとメインアンプが合同しているアンプです。
「面倒くさいっ」とワイフは言いますが
FMでオーケストラを生録していました。
生録も2chだけでしたが、私は4chも8chも、
さらにはそのミキサー16chのプロ用を持っていました。
実はこれらも捨てられずに今も所有しています。
このミキサーで、シンセサイザーを使って作曲をしていました。
なんと言っても、1975年頃ですが、
製品のレイアウトでチューニングスケールを一番下に置きました。
このレイアウトデザインにどれだけ技術も営業も怒ったことでしょう、
もう、チーフだけが味方でした。
丁度そのときに、電圧計も全て私がデザイン設計をしたのです。
もちろんチーフとアシスタント3人で社内の反対勢力を押さえ製品化し、
しかも結果は、当時のオーディオ雑誌では商品性最高の評価でした。
この当時のツマミはオールアルミであり、当然ながら、
電圧計も全て自分の設計ですから、
これほど気にいったモノはありません。
デザインを手掛けた音響ではお気に入りのモノになりました。
アナログ時代のチューナーは、もう全く見かけられません。
電圧計こそ、針での左右チャンネルもLEDでデジタルです。
「とっても良い音を聞きたい」、これは今年も変わりません。


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『ターンテーブルマットとスタビライザーを復活すべし』


   


     1月 29th, 2018  Posted 12:00 AM




日本国内でのLPレコード、その生産が100万枚を超えたということです。
そして、LPレコードプレーヤーが新企業からもUSB対応なども発売です。
私自身はPCM録音、つまりアナログ系からデジタル系に丁度進化時期に、
東芝Aurexを離れました。
最終製品は今では伝説とまでいわれているエレクトレットコンデンサー、
そのプリアンプとカートリッジでした。
交通被災で車椅子生活となり、東芝に籍を置いたまま、フリーランス。
レコード針ナガオカから、新規ブランド=ジュエルトーンブランド開発、
これに携わることをナガオカから依頼されていました。
その当時には、レコード周辺のアクセサリー開発でヒット商品と、
オーディオフェアの見本市ディレクターからフリーになっていたのです。
あれは1987~1989年頃だったと思います。
その中でも、レコードプレーヤーのターンテーブルマット(右)と、
レコードスタビライザー(左2点)は
おそらく最高のテーブルマットとスタビライザーだったと自負しています。
幸い自宅にはSAECのターンテーブルマットがありました。
今では新規レコードプレーヤーは何も工夫がされていません。
そこで、SAECのマット(高純度スティール盤)をセットしてみると、
なんとダイナミックレンジ=再生周波数帯領域が激変しました。
そうなると、当時、私がたどり着いていたのは高密度ガラスでした。
最近では、レコードプレーヤーでもDSD対応でのデジタル化も可能です。
しかし、ターンテーブルマットまでの詳細な音響対応は大欠落していました。
私はあらためて、可能であるならこのガラスマットと
スタビライザーをさらに現代化を望んでいるのです。
価値とは「好ましさ」と「望ましさ」です。
それを決定付けるこうしたターンテーブルマットとスタビライザーで、
アナログとデジタルが可能になると予知しています。

*「SZ-1000・私のオーディオ最終作だから」
* 『ターンテーブルマットはガラス素材にたどりついた!』


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『ヘッドホンはまだワイヤード、そのコードも問題』


   


     5月 8th, 2017  Posted 12:00 AM



美大入学直後のオーディオ装置は、
2chのオープンテープデッキと手に入れたあるメーカーのヘッドホンだけ。
オープン用の選び抜いたテープだけ10本も無く、ひたすら聴いていました。
卒業制作では照明をCdセルで音圧で制御するシステムを作成して、
「音と光だけ」をデザイン対象としました。
卒業制作は柳宗理先生から、実働モデルでないと卒業させないと言われ、
応用物理学科に進学した友人に、プリアンプとメインアンプは200W。
卒展会場で最大音量にしたら、展示パネルが相当に外れて叱られました。
だから、今もヘッドホンとヘッドホン用コードには拘っています。
最近、これが最高というのは、電磁波防止と再生周波数4〜4.2Kを
試聴モデルにしていて、これはおそらく世界でもトップランクでしょう。
ところが最近はBluetoothも進化していてワイヤレスヘッドホンですが、
今、確実なのはこの3種だと決定。
ただ、全てはコードも選んでおり、モバイル性のヘッドホンアンプを試用。
インナーヘッドホンは電磁波制御がないので、
これはやがて身体聴覚影響が出てくるかも知れません。
正直、Bluetooth3.0からはオーディオに適合し始めたと評価しています。
そしてワイアードのためのコードも、選んでやっと3本を使い分けています。
最も、ヘッドホンもこれ以上の試聴・収集は終わりだろうと覚悟もしました。
ワイフには「何でコードを?」とかでもう理由付けは無念ながら不可能です。
おそらく、私が選定したヘッドホンで聴いたら、
確実に「音響」は著しく違うはずです。ヘッドホンそのモノと、
そのアンプは今なおデザインしたい対象です。


* 『「無線化」には秘匿性とHiFiの有無がある』
* 『なぜ、私がヘッドホンにこだわるのか』
* 『アレロパシーとして電磁波を制御せよ』
* 『ULTRASONE・問題解決を成し遂げているヘッドホン』
* 「ヘッドホンから始まりました・・・」


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『アナログプレーヤーは45回転がふさわしい』


   


     10月 18th, 2016  Posted 12:00 AM



PCM録音が見えだしてきた頃に自分は交通被災、
よって東芝・Aurexのデザインチームを去りました。
東芝時代、社会人デザイナーとしてはオーディオに懸命の毎日。
最初の大失敗がレコードプレーヤーの銘板デザインでした。
それは33回転と45回転を、33と44と銘板版下を仕上げて、
それが実際に工場に流れてしまい、女性の工員の一人が、
「班長さん、33回転と44回転になったんですね」という会話から始まり、
最終版下には自分のサインが入っていたことでした。
まぁ、ビックリするほど大目玉を食らって叱られました。
「ボーナスでなんとか?・・・」
「お前のボーナスでなんとかなるわけがない、 !!!」でした。
しかし、これが大きなヒントになったのです。
LPと言えば33回転を、「厚版」で「45回転LP」を発想して現実に、
DAM(第一家庭電器のオーディオクラブメンバー)向けレコードでは、
この45回転LPを実現することになりました。
結果、カラヤンは音の良さに怒ってくるとか、アリスの「冬の稲妻」は、
余りの音の良さに怒ってくるなどでしたが、
LPで45回転こそ、その当時のHi-Fiだったのです。
レコードプレーヤーのデザイン設計では、その部品様々のデザインを
新素材とともに随分とやりつくしました。まだ、新素材があります。
今、若者にLPレコード盤が再興してきたというのです。
デジタル音源からアナログ音源への「新しい興味」をかきたてているのです。
自分自身も、オーレックスチームでの最後が、
「真空管でのプリアンプ」そのラフレンダを描き出していて、
当時の部長(=有名な電気釜のデザイン)に大目玉をくらっていました。
デジタルから必ず人は離れると思っていました。
現実、自宅にはBeogram9000が自分のシステムです。
本当はあと2台は並べたいところですが・・・。(怒られるだろうナー)


* 『世界でトップだったアナログ45回転レコード盤の復活』
* 「企画は必ず具現化すること」
* 『アナログプレーヤーをAurexSY-λ88で試用』
* 『LPレコードのアーカイブが出来上がりつつある』
* 『「トリタン」というフィラメントの明かりを今も求めている』


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『アナログプレーヤーをAurexSY-λ88で試用』


   


     10月 15th, 2015  Posted 12:00 AM



「Beogram9000」を持ち出してきてしまいました。
LPレコードプレーヤーもそろそろ断捨離の時期です。が、
私のオーディオコレクションから、
とうとうLPレコード再生をなんとしても私のシステムへと組み込みました。
「Beogram9000」のMMCカートリッジはもはや手に入りません。
最も、e-Bayなどでは中古品はありますが、
まだ、私のB&Oのカートリッジは、手入れがされていて大丈夫です。
ところが、このシステムにはフォノイコライザーが必要です。
そこで、気づいたのはAurexSY-λ88をプリアンプにして、
このプリアンプで、ともかくAmpzilla2000に直結しました。
AurexSY-88も試しましたし、AurexSY-λ88は万一、
部品用にというコレクションもありますし修理所も見つけています。
果たして、このシステムで稼働するのかどうかです。
フォノイコライザーならば、若かりし頃にこっそりと開発していて、
上司から隠し事で開発をしているだろうと言われたAurexのSZ-1000は、
コンデンサーカートリッジ用ですが、
電源オフ状態で、スルー回路が使えます。
正直、記憶は大分と消えていますが、私にはAmpzilla以前の
Godzilla記憶が鮮明にあります。
当時は、国内にたった2台しか
東芝が出張で買い求めていたのがあるにも関わらず、
国内のオーディオ雑誌に載っていて
Aurexエンジニア達は、これで当時の評論家に優劣を明確にしました。
私への指令は、SZ-1000は必ずGodzilla直結というものでした。
つまり、フォノイコライザーをプリアンプとしたなら、
PowerAMPはこれしかありえないという判断でした。
その結果がSY-77の開発につながり、SY-88の企画書を書きました。
SY-88が生まれたときに私は交通被災で入院していました。
当時、東芝のAurexはここまで開発をしていて儲かるわけがない、
そんな声が出始めていましたが、
そこにさらにもっと進化しSY-λ88でした。
私にとって、パワーアンプはアンプジラしかないのです。
幸い、大阪でのシステムは、Ampzilla2000です。
JBL4343にこれを2台というのは無謀でしたが、
200Wで自宅の音像システムは十分です。
この音像空間の中央で、例えばボーカリストは歌ってくれるのです。
ともかく、Beogram9000をAurexSY-λ88でのMCは、
見事な歌唱力、音響力を確認しました。
LPレコードプレーヤーを
自宅のオーディオシステムに入れることは決めました。
さて、これからが問題になります。
LPレコード再生はアナログの世界ですが、
すでに私の他のシステムはデジタルです。
この解答を自宅システムに取り入れることにしています。
当然、音像を確認する椅子はリートフェルトのデザインです。


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『ゴジラというアンプ思想はアンプジラ2000に継承』


   


     9月 16th, 2015  Posted 12:00 AM



このところオーディオマニアで話題になっていることです。
GODZiLLAというパワーアンプの話です。
私が東芝で結局最後の仕事になってしまったSZ-1000という
エレクトレットコンデンサーカートリッジの
イコライザーアンプに直結した話にもどります。
理由は、私はオーディオの世界で社会人デザイナーになり、
おそらくありとあらゆるオーディオ機器は聴いたと断言できます。
正直、当時のアンプで,今も定評があるアンプは
私にはさほど大したことはありませんでした。
ある日、このイコライザーアンプはプリアンプなので、
パワーアンプを探していました。
そんな時、どこからか板金そのままで荒々しい、
とても商品とは言えないアンプが来ました。
一台は完全に分解されていましたが、
この時期にはトロイダルコイルの開発で国内メーカを、
探していました。電源部はトロイダルの話が蔓延していました。
それ以上に、荒々しいレタリングで素人が書き殴った
GODZiLLA:ゴジラは、日本の怪獣映画で、
パワー最大という印象がありました。
そのレタリングがシルク印刷されていてそれも焼き付けされていない程。
これはとても商品では無いと思いました。
当時この評価記事があったらしいのですがあり得ないと思っています。
なぜならこのアンプと鳴らすべきスピーカーシステムはJBLから独立して、
レッドツェペリンの後押しでできたメーカーで2名がAurex提携で来日。
私は磯子の音響工場で彼らと話して,彼らから来ないかと誘われました。
私はこのメーカーに企業留学を決めて交渉をしていました。
彼らから、このスピーカーシステムはJBLを超えるが、
それにはこのゴジラしかないと言われていました。
無論、このゴジラのアンプはアンプジラでした。
このスピーカーシステムを知っている人はまだ出会っていません。
しかし、ゴジラもアンプジラも製造物責任法が丁度できたのに、
使用者納得であり、製造物責任は今も放棄しないと使えません。
それは、このアンプで感電したり、
スピーカーシステムが破壊されたりしても「使う」ということです。
そして、ジェームズ・ボンジョルノの存在を知りました。
私は、SZ-1000は必ずこのアンプを繋いでならしていましたが、
表向きにはAurexのパワーアンプでした。
アンプジラ2000はようやく大阪に行ってから手にいれました。
しかし、そのためには整流器が当然必要であり、
電源コードもメディカルコードでなければなりませんし、
このアンプの下も本当は金素材ですが、
私はインド産の石材を使っています。
アンプジラ2000はジェームズ・ボンジョルノの最後の作品です。
彼はもう逝きました。


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