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3月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 22nd, 2013  Posted 2:02 PM

3月22日 丁亥(赤口)

単に、
流行やブランドを売り物にしかしていない。
日本のメガネ流通制度は、
医療器具販売だけに販売資格を
限定して再編成すべきだと考える。

DESIGN ANTHOLOGY Kazuo Kawasaki 「KAZUO KAWASAKIブランドのメガネ反動力の構成デザイン」


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「情報化への入り口は記号論or記号学だった」


   


     11月 24th, 2012  Posted 12:00 AM

農業革命?工業革命?情報革命は三つの波に喩えられました。
しかし、この三つの波だったという認識は、
教養になっているだけです。
そして、現代の学生たちには詳細に伝えなければなりません。
農業革命によって農場は失われ、
工業革命によって工場は失われ、
日本はアジアに振り分けて、肝心な工場も失いました。
情報革命がもたらしのは社会が劇場化したことです。
あらゆることが社会現象という劇場化になっています。
にも関わらずこの実感の認識は,
下意識にしている社会的なリーダーは限られています。
私は一刀両断的に、
「商品づくり」=「工場の劇場化」が必要だと主張します。
さらに突っ込んだ言い方をしてしまえば、
「商品づくり」を終わらせて、
「記号づくり」に向かうべきだと教示せざるをえません。
なぜなら、記号化とは、
コードとモードを混在化しながら、この記号はコードなのか、
あるいはモードとして意識化しているのか、
すでに下意識に入りこんでいるのかも不明な大衆意識を
「文化」だと言い出すジャーナリズムすらあるわけです。
いやはや、
ここまでの前段は読解困難なはずだと知りつつ続けます。
しかし、メガネや車やジーパンやジッポーを取り上げてきました。
それぞれの事例によって、
「これが記号になっている」と説明してきました。
ひとまず、佇んでみてください。
あなたは、商品選択をしているのではなくて、
記号選別をしていることに気づいていただきたいのです。
たとえば、ブランドモノのツールを使用していれば、
たとえば、ポルシェを所有していれば、
それらは、すべてツールではなくて、
明らかに所有している貴方自身を
社会に表現しているメディアになってしまっているということです。
だから、商品ではなくて、
当初から「記号づくり」を産業経済に組み込む時期になっています。
0と1という記号そのもので「情報」が組まれ、
記号は「情報」で書かれたテキスト・聴覚映像・画像が背景です。
私は、もはや、わが国が先導していくには、
「商品」を捨てて、当初から「記号」と「情報」にこそ、
国際的にこの知識と意識を集中させることでこそ、
この国難から脱出できるものと推測しています。
ツールはデザインによってメディアとなり、
商品はデザインによって記号になるでしょう。
そして、記号の背景あるいは記号が構築する
環境、情報環境がこれからの世界観だと確信しています。


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「商品が記号となった実例・私の体験と確認」


   


     11月 21st, 2012  Posted 12:00 AM

米国大統領選挙が終わりました。
前回の大統領選挙で最も話題・醜聞を提供したのは、
サラ・ペイリン副大統領の登場でした。
そして、この話題の中心は、
「米国民は彼女を見ていない、見ているのは彼女のメガネだ」。
このメガネのデザインこそ、私のデザインだったことです。
私もこの大騒動に相当に巻き込まれました。
そして、私が確認したのは、
まさに「モードの体系」そのものの実体験により、
「モード」が与える消費社会の構造で、
いかに私のこのデザイン意図、
つまり、造形言語(集約されたコード体系)が
形態言語(モード)として消費されている現実でした。
あらためて、ロラン・バルトは「モード」を
端的に「流行・ファッション・ファッド」と
定義している正当性を再検証しました。
結果、存在しているモノと書かれているモノを対照化しているバルトから、
私の再確認は、マルクスの価値論への上書きになったと自負しています。
特に、メガネフレームは「アイコン性」という形態言語を持っています。
そして、そのアイコン性が表情に付加されることで、
「人物表情」を造形言語化させてしまうわけです。
私はメガネフレームのデザインをすでに30年以上携わってきました。
だから、長年にわたって同じ形態のメガネをしている人物は、
時代性、現代性において
「自分の表情」すらアイデンティティを時代から切断しています。
大多数の人がメガネに無頓着過ぎると言っていいでしょう。
彼らはすでに「自己統合性の欠如」に気づいていない無自覚な人格です。
自己確認する能力が育まれていないのではないかとすら思うのです。
つまり、メガネはまさに「モードの体系」に存在していますが、
メガネという商品が、ペイリンで話題になったことこそ実は、
「商品の記号化」を明白にしたものと判断しています。
私は、自分のデザイン結果が本来「商品」であったモノが、
すでに「記号=コードとモード」、これらの体系の中で、
とてつもなく、変質してしまった消費社会構造を知ることができました。
私は、あの大騒動に巻き込まれながら、
「コードとモード」、さらには「ツールとメディア」、
これらが交差している現実感をものすごく実体験できました。
さらに、この実体験はいつでも回帰することができます。
それは、以後、この当時の大統領選は映画になりました。
「Game Change (大統領選を駆け抜けた女)」です。
したがって、この映画はまさに大統領選挙とは、
「モードづくり・モード戦略」そのものであり、
本来の政治リーダーを選ぶ手法が
コードを操作するモードにどれほど呪縛されているか、
これが現代民主主義だとするなら、
もう一度、私たちは「すでにモードでしかない民主主義」、
そのものを再構築しなければならないとさえ思ってしまう次第です。
現実、わが国の待ちに待った選挙も、
「モード」戦略に融解していく構造が見え始めていると、
私は認識しています。


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「『商品』づくりの時代は終わった」


   


     11月 18th, 2012  Posted 12:00 AM

名古屋駅新幹線ホームから、量販店が見えます。
その量販店ビルにはメーカー・ロゴが夜になると、
イルミネーションライトされて浮かび上がっています。
私自身、家電メーカーからデザイナーとして出発しました。
輝かしいほどの青春時代でした。
毎日、オーディオ商品の開発・製品企画から商品展開は、
商品である機器というモノと同時に、
サービスも含めて「ヒット商品づくり」に燃えていました。
そして、時代は、
脱工業化社会から情報化、情報社会へと進展してきました。
私はデザイナーゆえデザイン界にあって、
時代性と社会性を「モノづくり」の視点から見つめてきました。
だから、特に国内のあらゆる産業構造と日常的に関わってきました。
無論、私のデザインした商品はメガネ・ティーカップから医療機器に及び、
さらには製品開発だけではなく、
「モノづくり」から「制度設計」と「大学院教育」に携わっています。
したがって、いわゆる「日の丸家電」の盛衰に関わりながら、
すでに「知恵としての商品づくり」を提言する立場にあると考えています。
もはや、明言すれば、
「いつまで商品=モノ・サービス」づくりに、
メーカーも流通も呪縛され続けているのでしょうか。
『商品づくり』はもう停止する時代を日本は先導するべきだと考えます。
TV-CFで、
家電・家具・車・カメラなどの新製品とそのデザインを見るとき、
無念でなりません。
まったく無能なデザインの社会提示が
まさに大津波のごとく喧伝されています。
デザイナー達もこの津波にさらわれています。
元凶はメーカー経営者たちの無能さ=センス無き美学が、
共同幻想としている経営仮説と収益構造。
この二つに『商品』にだけ焦点を当てている有様だからでしょう。
私は、今一度「製品記号論」・「造形言語」・「形態言語」を配置して、
「先端的統合デザイン論」を大学で講じています。
つまり、モノ・サービス・情報発信装置の「意味作用性」を、
とりわけ次世代のリーダー候補たち=大学生に
新規設定してほしいからです。
『商品づくり=モノ・サービス・流通』の時代を
経済基軸から外すべきです。
他大学やふるさとで
新しいデザイン手法を年末まで披露していくつもりです。
今、私の学生たちは「博士号学位論文」と「修士論文」には、
デザイン成果である「作品」とともに、
これからのデザインを差し出してくれるでしょう。


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「メガネ革新の核心がはずれた商品は不可」


   


     6月 27th, 2012  Posted 12:00 AM

私が2008年から開発に関わった製品があります。
しかし、このメガネ発案の革新性は国外で開発されました。
そしてデザイン開発にはそこからの依頼で深く関与しましたが、
中途半端にすでに商品化されて発売されています。
無論、この製品は低開発国向けのモノゆえに、
デザイン対価はボランティアでした。
だから、私は「お人好し」だったと思っています。
商品発売は一昨年前に突然、わが国で販売流通がスタートしました。
その発表直後に私はその趣意を知りました。
正直、無念で悲惨な商品になっていますし購入検証して確認済みです。
「ガジェット商品」、つまり「アイディア商品」になっており、
素材や構造は、さらには生産工程がデザインされていません。
日本の製造技術ならこのような商品には絶対になりえないでしょう。
結局は、「低開発国向け」というのは私への虚偽だったと認識しています。
詳細は今後、これを必ず超える商品で証明するつもりです。
しかし、
この商品開発に関与したことで私には多くのノウハウを蓄積しました。
先般、
ふるさとの鯖江市・メガネ地場産地でそのノウハウの一端を紹介しました。
もちろん、この開発での「守秘義務は紳士協定ゆえ」守っています。
むしろ彼らは「紳士協定を無視」していると指摘しておきます。


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「シルエットを決定づけるモノ、それはハイヒール」


   


     5月 18th, 2012  Posted 12:00 AM

「形態」をシルエットで見極めるとしたら、
それは「ハイヒール」になると思ってきました。
だから、自分のデザインした造形を、
対比して見比べるには、ハイヒールの横に置けば、
一目瞭然として造形形態、そのシルエット比較が可能です。
10余年前に、ハイヒールデザインの話がありました。
日本での皮革靴製品開発は困難な問題があって、
産地にまで行きましたが叶いませんでした。
だから、ハイヒールには特別な想いが私にはあります。
当然、女性はハイヒールで苦労なく歩いてほしいと思います。
ルイ14世のルイヒール(踵が高い)から、
女性が足を見せられるようになる1920年代から、
ハイヒールの歴史が映画の女性スターとともに始まります。
世界大戦後にはウェッジヒールが登場しますが、
それはいわばワークシューズだったモノでした。
私はワイフが選ぶハイヒールにはとてもうるさく干渉します。
ハイヒールブランド、デザイナーの新作もメガネ同様に、
世界では数人しか決定打のデザイン登場はありません。
ハイヒールは、フェラガモから現代にいたってまで、
曲線的でなおかつ身体に沿わせるシルエットとしては、
メガネフレームと近似しています。
大きな違い、ハイヒールは特に「動き」とのシルエットが決め手。
かつて、私はそれこそ人間工学としての決定的極点のモノ、
それはハイヒールでしたから、
「動き」でいえば、次のコンセプトワードとの対決感、
その中でのデザイン設計と造形シルエットが重大だと考えます。
 ●「プラネオ」=大きな円弧を描くシルエット
 ●「サカーダ」=小刻みな跳ね上げに追随するシルエット
 ●「コルテ」=小さな連続する円弧運動のシルエット
こうしたシルエット造形で4km歩くことが可能なピンヒール開発、
これはキーボードで「プリエ」スタイルと同様な目標でした。
ところが、最近、Lady GAGAのハイヒールは、
日本人デザイナーがハイヒールデザインを革新していました。
これは明らかに「シルエットデザイン」という歴史を変えました。
私はスゴイ造形デザインだと思っています。
私は男ですからせめて自分の靴底は「赤」にしたいと思っています。


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「メガネフレームはまず自助具でありき」


   


     11月 8th, 2011  Posted 12:00 AM

メガネフレームのデザイン、
懸命に取り組んでもう25年以上になります。
インダストリアルデザインでの設計が、
産地に受け入れられてもらえたのは、
メガネフレームメーカー・増永眼鏡の指導と支援、
これがあったからだと思っています。
増永眼鏡は、フレームメーカーとして100年以上の歴史、
日本での眼鏡枠製造老舗、海外にはKOKIブランドとして、
最も信頼のある企業であり、技術力ではトップメーカーです。
メガネフレームは、ファッションであり流行に左右されます。
しかし、ファッション=自分演出のおしゃれ道具ですが、
根本的には視力支援器具、
いわば医療器具であることは免れません。
したがって、3プライスと言われるビジネスモデルでの
低価格商品は常にファッションというより、
「流行」だけをテコにした市場でありますが、
これは日本独特の市場展開なのです。
なぜなら、海外では度数の無いサングラスは、
どこでも買い求めることができますが、
医療器具としては、眼科医の処方箋が必要です。
眼科医というよりは、
「オプトメトリスト」=6年の大学専門教育と国家資格と、
「オプティシャン」というフレームとレンズの加工技師資格、
この二つの資格がなければ眼鏡ショップは経営できません。
日本だけがこうした資格無しでメガネが販売されているのです。
単なる広告宣伝でファッション性だけで語られる眼鏡は未完成です。
メガネフレームそのものがレンズが無ければ、
それはキーホルダーのようなモノにすぎません。
最近は、素材・重量(レンズ無し10g)・形態、
この形態がデザインだと受け取られていますが、
顔の形、耳、鼻などとのフィッティング=かけごこちは、
「性能デザイン」になっていなければなりません。
安易なデザイナーブランドや建築家が片手間デザインは、
「遊びのデザイン」として楽しめますが、
これをファッションとしてのメガネフレームだというのは、
生理的、倫理的、美学的には、私は認められません。
私は、いわゆるブランドフレームでも、いい加減なモノは、
それを着用しているユーザーの社会的存在性を自らが貶めています。
フレームの形態は、造形性能と造形機能が、
ある意味での「形態言語」になっていなければなりません。
私の提示した「アンチテンションスタイル」=レンズに応力無しは、
すでに「不易流行」のフレームデザインの一つの様式になりました。
メガネを着用している人、コンタクトレンズの人、
レーシックをしてしまった人、その手術を考えている人、
あらためて「視力」と「メガネ」、
この「造形言語」を読み直してください。
メガネフレームは「自助具としての性能・機能」が、
「効能」として、視力を支援し目を保護するモノです。

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「見ること・見えることで分かること」


   


     6月 22nd, 2011  Posted 2:00 AM

見るためのモノ。
私のデザイン対象アイテムです。
これまで様々なモノを製品化、
そして商品として市場に出し、
消費生活の一端を担う仕事・職能を選んできました。
メガネはずばり視覚補正支援機器であり、
モニターやTVは、視覚での情報収集機器です。
また、デザイナー次世代には、
デザイン教育として、色彩論を教えてきました。
さらに色彩論から色彩学には、
「実習・演習」で、身体的に、自分の視覚的な認識と、
色彩表現となる知識の獲得と研鑽を教示してきました。
だから、「見る」ということ、
さらに「見えること」には差異があることなど、
自分自身、ほとんど日常的な経験の中で醸成されている、
そんな自負心とともに、反照としては、
「見えているのだろう」と自問自答の毎日です。
したがって、メガネは必ず自分のデザイン設計したモノ、
メガネフレームはほとんど持っているというより、
これは良いデザインというモノも収集しています。
モニター・TVは、どこがポイントなのかは、
結構知り尽くしていると思います。
そして「見る」ことを支えている生理的な視覚物質には、
その物質の科学性が専門家によって、
どこまで現代知られるようになっているかについては、
とても興味があります。
おそらく、視覚物質については未知のことがありますが、
多分、「見る=see・voir」から、
「分かる=see・savoir」には、この物質が、
とんでもなく関与しているのだろうと予測しています。
認識することへ視覚が及ぼすことを、
デザイナーという立場で知り尽くしたいと思います。

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10月21日Staff Blog


   


     10月 21st, 2010  Posted 11:59 PM

10月21日

あるメディアの掲載用に
スタッフによる写真撮影をこなす
BOSS(川崎和男, KazuoKAWASAKI)。

先日名古屋にある
MASUNAGA1905の新作フレームを
持ちながら笑顔です。

近日中にこのメディア掲載についても
アナウンスいたしますのでお楽しみに。

ちなみに、
こちらの画像は不採用のものです。


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『資本主義からの逃走』
 *ひととき・韓国だより2*
 「IASDR2009でのキーノートスピーチを終えて・・・」


   


     10月 21st, 2009  Posted 9:57 PM

明日帰国します。
IASDR2009でのキーノートスピーチを、
ぴったし1時間の英語プレゼ、
時間を気にして、
相当に早口になったりでしたが終えました。

091021iasdr2009presen

まず、なんといっても久々の韓国でしたが、
日本より、ともかく勢いがありました。
そして、
「世界デザイン首都宣言ソウル」を標榜されているだけに、
このコンファレンスの企画から運営を、
果たして現在の日本、
そのデザイン学系学界にできるかと言われれば、
そのエネルギー不足を肌身で感じてしまいました。
だから私の役目として、
ともかく人工心臓がデザイン対象であるとか、
BOP=Bottom of the Pyramidによる、
70億人のデザインのあり方や、
私の提唱するPKD=Peace-Keeping Desig
教育プログラムの論理的骨子を
2画面と音楽、ムービーでプレゼンテーションしました。
世界40数カ国からデザイン系大学の参加者があり、
相当に名刺交換をしました。
思いがけない出会いで驚いたりでした。
親友だったNASAのデザイナー、
故マイケル・カリルのスタッフが、
東大で学位を取得後、母校で教授になっていました。
私は、「ユニバーサルデザイン」を提唱したのは、
マイケル・カリルだと確信しています。

ともかくひたすら、
資本主義」は
BOPのトップゾーン100億人の基盤でしかなかったことを
最も強調できたと思います。
私を世界にアピールするには、
サラ・ペイリン副大統領候補のメガネ」であり、
韓国ゆえに、「ヨン様もかけているメガネ」で、
会場を和ますことが出来たようです。


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