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『AK-47を設計したミハイル・カラシニコフの歴史性』


   


     9月 2nd, 2018  Posted 5:49 PM



ミハイル・カラシニコフは、日本では余り知られていません。
AK-47という自動小銃は今なお使われている銃器です。
現在の日本では、戦争やテロ行為などは全然知られていません。
パリでのテロ(その時、私は在パリ)や、
米国・ラスベガスでの大量テロ行為の時にも、AK-47でした。
それこそ、AK-47の歴史性を辿るととんでもない歴史があります。
彼は自分の自動小銃が最近ではテロで使われていることを悩んでいました。
彼の武器開発は、ナチスとの戦いの終焉のためでした。
日本刀もまた、戦いを前置きにした単純な武器ではないのです。
彼はロシア人なのにローマの法王庁からも「愛国者」とまで言われています。
だからカラシニコフはブランドとして有効であり、
ウォッカや腕時計まであります。
そして、なんといっても電気自動車まで、
彼のエンジニアリングが存在しています。
なぜ、電気自動車が開発されてこなかったかも大きく影響しています。
これには石油資本家たちの世界的な戦略があったことは確かな事実です。
この電気自動車の開発が遅れてきたことは、
まるで「都市伝説」のように語られてきたことも、
私には納得できる理由が一杯あります。
テロリスト扱いだった人が石油資本家たちの策謀と暗殺があるのです。
結局、やがてはようやくガソリン車が無くなっていくでしょう。
ミハイル・カラシニコフは、この電気自動車に関わってきたことと、
そして、自動小銃が今なお使われていることとに関連しているのです。


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『資本主義からの逃走』
 「* 夢の大きさは、祖父への約束 *」


   


     4月 9th, 2010  Posted 1:58 AM

祖父
私は、一人っ子で育ったから、何でも手に入りました。
といっても、それは祖父が居たからでした。
私は、祖父は「金持ち」だとずーっと思っていました。
なんといっても白髪と高い鼻筋でロシア人だと思っていました。
祖母に尋ねたことがありました。
「おじいちゃんってロシア人みたいだね」って。
「そうだよ、4分の一はロシア人の混血だよ」と。
そのことをずーっと信用していて、
母に聞いたら大笑いして、
「おばあちゃんにだまされたね」って言われました。
と同時に、
「おじいちゃんに何でも買ってもらうのはもうやめなさい」。
「おじいちゃんは、破産しているからお金が無いのよ」と。
祖父は、頼まれればすべてを受け入れ、
印鑑は押すは、借金は引き受ける、という人でした。
宮大工の大棟梁頭だったので、
製材所から瓦焼き工場から、紙漉工場、竹材加工場、
さらには、穏坊(火葬場の坊主)まで
一族を抱えている家系のお坊ちゃん育ちでした。
三階建てで、伯父・叔父たちはベッドで育ったくらいでした。
だから、どう見ても破産しているようには見えませんでした。
祖父が絶対に喜ぶことは、本を読んでそのあらすじの話をする。
だから小学時代には日本文学全集はほとんど読んでしまいました。
読めば、おこづかいや何でも買ってもらえたからです。
そして、絵を描くのです。
それは未来の絵を描いて説明することでした。
だから、わたしは鍛えられたのだと思っています。
勉強の話などしたことがありませんでした。
勉強なんて常に一番でなければって思うようになってました。
自転車を福井県で最初に買ったことが自慢でした。
なんでも一番が大事だと言われてきました。
SPレコードプレーヤーも大きなのから小さなモノまで3台もありました。
夢は、語れば語るほど必ず手に入る、
「が」、「それでも」、「けれども」、
ということを教えられたと思います。
ただ、祖父は山々の名前をすべて教えてくれました。
そして、「ご先祖さまには申し訳なかったことをしてしまった」と。
私は、「大きくなったらその山々をぼくが必ず買い戻すから」と、
約束してしまったのです。

私はデザイナーになって、40年です。
61歳になって、まだ、この夢を追いかけています。
だから、欲しいモノは、まず自分で創る。
そうすることで、デザイン対象を拡大することができたと思ってます。
デザイナーは「夢」に向かっている職能です。
だから、「夢」を小さくすることなど絶対にできないのです。
デザイナーになっている私を知ったら祖父は喜んだでしょう。
なぜなら、「未来への夢の絵」、今でも描いているからです。


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