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『書かれた柳宗理デザイン=現在出版の書籍で継承可能か』


   


     4月 27th, 2015  Posted 12:00 AM



柳宗理先生の生誕100年記念は、アジア主国で展示会が開催。
そして、柳先生が高齢になられてから、
現代デザインの批判とデザイン理念の基本論として出版されました。
どの書籍を読んでも、一致していることは、
これは先生の生涯を通しての「商業主義批判」と、
「デザインは生まれてくること」と「ゴミになるデザイン批判」です。
生涯貫徹されてきた「手の思想」が書かれています。
実際に、大学4年間、更に社会人新人時代、金沢美大に戻ってからと
私はちょうど3期間に、それぞれの思い出があります。
大学時代も新人時代ともにまずは反発反抗していた気がします。
金沢美大で非常勤にもどったときには、車イスの私が、
ふるさとの伝統工芸、その産地で、特にゲマインシャフト性を
もう一度教わりなおしていました。
また、車イスの身体になったことでは心配をかけました。
先生の作品群については、
いづれ金沢美大に収蔵されると思っていましたが、その後、
様々な経緯を平野元学長や同窓会のメインの先輩、中でも同級生M氏は
「柳宗理記念館」設立にまでと苦労を重ねていたことでした。
私はその傍観者でしかなかったとを正直に告白しておきます。
そしてデザイナーの仕事はまさにアノニマスであるからなのでしょうか、
芸術作品的な扱いにはなりませんから、
デザイン記念館設立ができるのは金沢の伝統性に他なりません。
私はむしろ、ロラン・バルトの「モードの体系」そっくりな事象が
こうした先生評論の書籍には強く顕在化していると思っています。
そして、何よりも大事なことは、アート作品同等以上に、
生活を真に取り巻いていたモノと人間の歴史は強く社会が
護り抜くべき義務だと位置づけていますから、
最も、柳宗理の全作品とその資料は、金沢美術工芸大学が、
なんといっても一番に語り継いでいくべきであると考えます。
しかし、現在の大学は組織としての脆弱性を露わにしていることを
私は書き残さなければなりません。胆識的美学性の欠如があります。
したがって、これからのデザインを私は教え子代表として、
柳先生からの理念系譜でこそ語り継ぎたいと思っている次第です。
「モードの体系」にしても、書かれただけのデザインの貧弱性を
なんとしても抹消しなければなりません。
抹消させる最大の武器は未来創出のまさにデザインに他なりません。


柳宗理生誕100年記念講演


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「商品づくりからの逃走になっている・気づくべきだ」


   


     11月 19th, 2012  Posted 12:00 AM



デジタル時代であるということを大前提にするべきです。
とすれば、
その具体的なPCやスマホが生活シーンに入ってきて、
日常生活には多大な影響や制御系を与えることは自明の論理です。
だからと言って、
洗濯機や冷蔵庫の使い勝手にスマホが摘要されることは愚の骨頂です。
それらを「商品」と読んでいる限り、
わが国の日の丸家電はもとより、ハイブリッドカーや電気自動車なども、
国際戦略的に産業の先進国家であり続けることはありえないというのが、
今、私の判断です。
すでに、商品は記号であり、記号ゆえに情報性を内在しているからこそ、
この情報社会において価値を持っているのです。
私自身は「価値の多様化が進展している」なんていう、
そんなマーケティング分析などには大きな疑念を抱いています。
ここに提示したマトリックスは、すでに以前も分析と提案をしています。
http://www.ouzak.co.jp/blog/?p=8605
既存価値と想定内のことはコードの体系にあります。
よって、商品➡記号化するには、
この体系を組み合わせたり、
あたかも直感というコンセプトから造形言語によって「意図」を込めます。
しかし、
実際は、購買者・生活者・ユーザーは、モードとしての体験にこそ、
その価値観を求めているわけです。
よって、今更ながら、
製品企画や商品展開での経営仮説などほとんど無意味になっています。
かつて、プラズマTVを確信犯的に私は非難したことがあります。
その企業や量販店は私を訴えるという事件性に繋がりました。
結果どうだったでしょう。
そうした企業は赤字転落です。
今、私は日の丸家電も自動車も、
すべからくこれまでの産業構造を大革新すべきだと断言しておきます。
あえて、空欄のマトリックスを今夜は提示しました。
この空欄を埋められるデザイナーは限られています。
それは、企業経営者がもっとデザインの本質を
認知するだけの「経営美学」というセンスが必須だということです。
「記号の差異性しか価値を持たない」というのは、
ボードリヤールが30年前の言説であり、
「モードの体系」に流行性、あるいは価値観の変動、
それらを言い当てていたのはロラン・バルトでした。
特に、デザイナーはもう一度、
彼らの言説を根底から読解すべきだと提言しておきます。


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