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Posts Tagged ‘一所懸命’


『迷信だったでしょ!新素材の試作が出来てきました』


   


     11月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM




絶対に無理、無謀、素人考えだと言われてきました。
おそらく、この二つの素材でファブリック化は出来ない。
しかし、私=デザイナーの直感では、出来ない理由には試行錯誤ありえず。
この経験も無く、ただ「出来ない」という業界の迷信だと思ってきました。
そこに、取り組んでみますという若者が現れました。
ひたすら、彼の報告を待ちました。どこも試作すら断られます、
という報告の連続です。しかし、とうとう試作が出来ました。
どういう複合素材かはまだ発表は出来ません。
が、もう嬉しくて嬉しくてたまりません。
おそらく、世界初のはずです。
私には、時折、こんな断りを受けます。
「川崎先生に恥を搔かせるかも知れませんから」。
「この業界では不可能と言われていますから」。
「川崎先生はデザイン料が高いと聞いていますから」。
「私どもは企業規模が小さいのでとても先生の要求は無理、会議結果です」。
この「褒め殺し」には辟易してきました。
まず「開発原資をこうしましょう」。
「小さい会社だからこそ、その問題解決ができます」。
「工業デザイナーの正式なデザイン対価など、今の日本には通用しません」。
もう言い飽きました。それなら真実を言いましょうか!、
(大人にならないといけない、怒鳴らないこと)ということになります。
儲けるって何?、信じる人になることですよ!
それで働きがい=生きがいはある?一生懸命などありませんよ。
一生賢明・一所懸命ですよ。安全で安心で信用と信頼されることです。
この闘いをどれだけやってきたでしょう。
もっとはっきり言いましょうか!「あなたはなぜ働いているのですか?」
働くって、傍を楽にしてあげることでしょ。
今、あなたの立場を利用しないと、やがてあなたがリタイアした時、
これが必要になるのですよ!「川崎先生は流石に喧嘩師ですね」
(ふざけんじゃねぇ〜よ!喧嘩は自分に売って、それからてめぇだよ!)
高校時代なら、殴ってやるから、そのために自分を鍛えてきたんだから。
そうした環境の中で、世界初のファブリック試作が出来上がりました。
嬉しくてたまりません。何のデザインになるって?
まだ言えませんが、モノづくり日本、これが日本の実力を創るのです。


* 『日沈む景観であっても景気はデザインが主導する』
* 「日本の事務ワークのスタンダードファイル」
* 『難問解決の大ヒントは「素材」開発デザインの美です』
* 『眠ることを知るためのアプリを使いながら』
* 「音からデザイン役割を語る基礎として」


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『ファッション誌で知ってさらに自分ファッション』


   


     9月 24th, 2015  Posted 12:00 AM



高校時代は丸坊主が校則でした。
ようやく丸坊主から解放されたときにファッションが気になり、
最初の男性ファッション誌は「メンズクラブ」でした。
美大入学時には母が指輪とブレスレットを男なのに買ってくれました。
以来、私は指輪もブレスレットも母からの命令だと思って収集し、
身に着けていますから、デザイナーで良かったとさえ思っています。
車いすになってふるさと福井で仕事をしているときには、
白いワイシャツ、髪も短く、必ず、イタリア製ダブルスーツでした。
東芝時代は、東芝マンでしたがアロハシャツで出勤する態度でした。
ダブルスーツに拘ったのは、今もそれほど変わりませんが、
車いす姿、若いことで明らかに差別感を受けてしまっていたからです。
福井でも毎日デザイン賞を受賞してからは、
ワイシャツもカラーにし長髪にしたようなものです。
もっとも最近では明らかに差別感を感じたら周りにスタッフがいても、
必ず暴力沙汰寸前になるようにまで、
それこそヤクザさんにも絡みます。
というわけで、逆差別のやり方さえ覚えてしまいました。
ごめんなさい。
今、ファッション誌はワイフの女性モノが面白いですが、
60になってまた「メンクラ」を読むこともあり、
今回なんぞは40になったらなんて記事に、
そうか、自分の40代はこの程度をファッションなんて呼ばない、
ファッションは、浪費と勇気の見栄=見栄えだと思っています。
見栄というのは,浪費できることやその程度でも揺るがない自己表現です。
一所懸命と一生賢明がファッションの哲学であり、
それこそ浪費する自分が一所懸命と一生賢明であることの見栄です。
ちょうど私の世代は、アイビースタイルに憧れ、
それこそ大学時代にネクタイをするフォーマル性を磨きました。
カジュアル性の根本としてのジーンズも、徹底したモノの価値観があり、
昨今では、高級ブランドからファストファッションまで、
それぞれの価値観への浪費性に使用感と所有感があると考えています。
幸いにして、メガネは自分ブランドがありますが、
自分が最も興味を抱いている分野で自分デザインができる幸運さ、
これこそ自分のファッション価値観だと思っています。


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9月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 24th, 2015  Posted 12:00 AM

9月24日 先勝(癸卯)


喧嘩道を貫くには
一所懸命と一生賢明を
如何に
喧嘩をしてでもの
自己表現にあるのだが、
その時に重要なことは
理解できない相手は
無視するという喧嘩手法だ。



川崎和男「喧嘩道」


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『賢明で懸命であることから始めた=社会人最初の実習で』


   


     9月 8th, 2014  Posted 12:00 AM



美大時代、当時の就職は一人に40社はあったはずです。
私も2社見つけて、教授に報告に行きました。
「君なら両社とも合格するだろう。合格してきなさい。」
「ありがとうございます」
「しかし、両社受かっても卒業は出来ない!から」
「エッ・・・」、このような時代であり、教授命令で就職しました。
大学人になって、「行きたくないから断って下さい」。
私は数社にお断りの書状を幾たびか、書いたものです。
新人になって、販売実習先は関西の大手量販店でした。
当時最も人気のあった「スカイセンサー」が山積み、たった2台の
東芝「ナナハン」をどう販売するか、さらに、関西ゆえに、
競合からは松下「クーガ」が勢いを持って売れていました。
一週間で、曜日と時間毎の来客数、決定権は奥様にあることを知り、
ラジオ・テレビ・冷蔵庫・当時流行のウインドファンを売りました。
東芝が対する相手は、先進性とデザインのSONYと地域力の松下。
どこか気負い過ぎで、展示商品数も限定されているなかで、
私が販売で工夫を重ねたことは、音質や技術性であり、
このパフォーマンス性と経済性で売りまくった経験があります。
確か3ヶ月に販売実績は、西日本でも表彰されるほど売りました。
だから量販店からは東京に戻らずにこの会社に残れとまで言われました。
正直、デザイナーとして入社しながら、デザインどころか社員研修、
工場実習や関東での売る込み営業と工場での集団生活は、
いやでいやでたまらなかったことを思い出しますが、
山積みされた流行との戦い方に、毎日賢明さを見いだして、
あとは、いづれ東京でデザイナー仕事になるという懸命さでした。
大学入学とともに、最初に学んだことは、
「一所懸命」と「一生賢明」だったことは今も私を支えています。
しかし、あの流行のスカイセンサーは今も伝説ですが、
ナナハンやクーガは忘れられているようです。


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「中央集権の限界・東京では制御不可能」


   


     5月 4th, 2011  Posted 12:00 AM

先般、「復興計画」での手法を聞かされました。
私の回答は、すべてNOでした。
それは私の経験からの判断でした。
かって、ふるさと福井の伝統工芸産地で、
東京流のデザイン手法、
特に、言葉でのイメージや概念の話を
私なりには一所懸命に試みましたが、
産地のみんなからは、「何も伝わってこなかった」と言われました。
被災地、特にフクシマ原発では、
その現地事情を間近で見つめ、現地での問題を共有しない限り、
復旧はもとより、復興など可能なわけがありません。
政権による復興メンバーがいわゆる「現地視察」など無意味です。
無論、企画や計画は「机上での情報操作」に他なりません。
しかし、パソコンに数値を打ち込もうが、
現地の瓦礫や「まち」づくりへの現地対応は絶対に不可能です。
特に、原発事故は人類が初めて体験する途方もない「想定外」です。
もっとも、「想定外」は本来は設計においては、
設計計画が成し得たことではありえないと私は考えますが。
「会議は踊る」という名文がありますが、
会議で解決は不可能だということを現代は忘却しているのです。
「解」という文字には、明らかに角有る牛を解体する形象です。
体験とは、自分の身体が現場で感得することであり、
身体・生体反応にほかなりません。
しかも、自分の生体内部で何が起こっているかは、
余程のことがなければ不明です。
たとえば、すでにケータイ電話は日常的ツールになっています。
しかし、ケータイと脳内での電磁波と放射能はまだ不明です。
これほど具体的なことが分かっていても、
人間には、「体験」による判断が不可欠だということです。
生命が危うくなるのは、本当に死線にまで身体が運ばれた時、
ようやく、原因が推測できるにすぎません。
すでに私たちは「中央集権の無理」を知り尽くしていても、
「机上の論理」に計画を載せる習慣から解放されていません。
今、私たちは次の世代の日本を、
まず、現地の救済からスタートさせているだけにすぎないのです。
現場主義が最優先であるべきです。
でなければ、「復興ごっこ」に過ぎないことを自覚するべきです。
ちなみに日本人の平均年齢は44.1歳です。
すでに経験はあるはずです。
経験の強さとは現場での感得情報から判断する判断・脳・能です。


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『資本主義からの逃走』
    「2010年・行学の支障たる民衆主義に決別を」


   


     12月 30th, 2010  Posted 12:00 AM

民衆主義の中のデザイン
一所懸命に向かい合ったと思います。
しかし、自力では無理難題に包囲。
賢明さだけでは解決不能が多発しました。
ということは、あまり懸命さと賢明さが不十分。
この不十分さを自分に押しつけることは辞めました。
こうしたことはワイフからのアドバイスで助けられました。
それでも肝心の「造形」というデザイナーの解決成果だけは継続させられたと思います。
未だに現役でデザインテーマも自分で設定し、
地道・蓄積・修練・研磨だけひたすら続けられたことは「幸運」だったと思います。
しかしこの一年、日本全体の不景気感は、デザインへの巨大な重力になっています。
これはすべからかく、「政治」がまともでないこと、
そのような選択をしている根本的な民主主義が民衆主義に覆い尽くされていることです。
したがって、本来、人間社会、世界的賢明さの歴史観が築いてきた「民主主義」の誤り、
それは「情報」で歪められる脆弱さと「情報力の巨大さ」です。
民衆主義を民主主義と勘違いしている現代世界観を覆す必要性がある、ということです。
「政治」がなぜ駄目なのか、この根本についての討議は民衆主義の中で融解しているだけです。
民衆主義に融解していく民主主義をつきつめていくことが、
いわゆるグランドデザインだと考えます。
来年のテーマの一つです。
その解答も「解決というかたち」を造形したいと思っています。
今年の実例で考えると、「なんとかデザイン」、つまりデザインの形容、
すなわち、デザイン職能の専門性と詳細性を決定する「なんとかデザイン」、
そのものをデザイナー自らに曖昧性と混乱性が増えていることです。
これも民衆主義的な中でデザインが語られることが頻発しているからでしょう。
特に、産業とデザインの関係性が、文化とデザインの構造化になかなか進化していません。
これが最も明快になったことです、これを来年のテーマにします。
つまり、民衆主義と民主主義を分別することです。
それは民衆主義も民主主義も両軸がもはや不要であることを、
「デザインの本質」に持ち込みたいということに他なりません。
これは今、わが国の存在、わが国に「生きる日常」すべてを皮膜している現実問題だと考えます。
民主主義を離脱するために、民主主義からあらたな主義を創造すること。
その根本が民衆主義に委ねきっている私たちすべての意識改革だと確信します。






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