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Posts Tagged ‘五感’


02月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM

02月23日 先負(辛巳)


感覚では、五感があります。
視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚です。
視覚は、人間では一番遠く、
何光年も先の星が見えます。
私にとっては、
聴覚と触覚が、感性の決め手だと
決定しているのです。



川崎和男の発想表現手法


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「オノマトペ=感性評価軸が学術検証された」


   


     9月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM



声喩・擬音語・擬態語として
「オノマトペ」の学術論文がようやく査読OK。
これは私が長い間、繊維の性質分類の感性評価軸、
その設定をめざしてスタッフを中心に、福井県織物組合の青年部会と、
擬音語で、布感覚評価をしてきたことを学術的に、
感性工学会に提示してきたものでした。
提案から1年半かかったことになります。
かねてより、繊維・布には七つの手触り感覚での分類がありました。
しかし、数値化不可能であり、プラスチックが金属化をめざしていた、
その手法に触発されて、まず我々はその感性評価の6角形に、
さらに「しなやかさ」を付け加える道具で、
布の手触り感覚評価を随分と積み重ねましたが、所詮、それは、
大人たちの感覚に頼りきっていることに気づき、
保育園児たちに彼らの感覚評価を求めてみました。
「ぬめり」・「しゃり」・「きしみ」は幼児達の語彙には無く、
それゆえに、彼らは頬に押し当てたり、噛んでみたり、嗅いでみたりと、
彼らの五感に布の感覚はまさに新しい擬音語まで突出する有様でした。
これによって「羽二重:HUBTAE」ブランドの
参考見本帳の感性評価軸ができました。
ちょうど同じくして、二つの現象が起こってきています。
ひとつは、ビールCF表現での「ぐびぐび」、「ごくごく」とかを
未成年の飲酒禁止表現でのあり方検証になっています。
またもう一つは、
医学特に、問診でのどこが痛いかを伝えるオノマトペ運用があります。
「ずきずき痛む」、「きりきり差し込む」などは、
患者とドクターとの会話での感覚伝達になりますから、
これをさらに突き詰めていくことで、背中、胃周辺など、
体の一部への痛度評価になるという研究が出現していることです。
このことを大阪大学医学系研究科でも、
痛度の「オノマトペ感性評価軸研究」に
明確に持ち込むことが可能になりました。
地方産業、その繊維の感性評価軸への「オノマトペ運用」は
デザインにおける一つの
それも大きな感性評価が可能だということです。
そのためには、擬音語や擬態語の収集と伝達によって、
これら擬音語が少なくとも三つ重なった時には、
感覚伝達の共有化が必ず叶うのではないだろうかということです。
おそらく「オノマトペ」というラテン語からフランス語になっていった
ことばが感覚伝達をすることは確実になったと思っています。


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「資本主義からの逃走」
   「聴覚感覚という触覚の重大さ」
  


   


     3月 4th, 2011  Posted 2:07 AM

触覚感覚訓練の色彩演習
人間には五感があります。
職業柄、まず視覚は当然ながら、
聴覚と触覚には特別な私なりの想いがあります。
美大時代は、視覚と触覚が訓練されたと思っています。
視覚はともかく「見える」とか「見え方」の正確さを体感させられる実習の連続でした。
それから、触覚は色彩演習で体得させられたと思っています。
色彩演習というのは、ともかくポスターカラーといっても外国製の高価な色剤を,
筆ではなくて指先で混色することを指示されました。
徹夜で、絵の具皿にまず一色を選んで水を混ぜ、
指先でさらに色剤の粒子をつぶすかのように混ぜます。
そして二色目を混ぜると、微妙に色には温度感があるように感じるのです。
教授の意図がこの感触で色のことをマスターせよ、ということだったのでしょう。
この演習によって、私は触覚という感覚認識を大学で識ったということです。
こうしたことを基本に、私は様々な材質を触って覚える癖がついたのだと思っています。
視覚、触覚、さらに聴覚を対象としたオーディオ機器デザインの世界に入っていったわけですが、
私は聞く・聴くというのも聴覚という触覚だと思っています。
たとえば、直喩的に聴覚と触覚を同次元で統合的に感得するならば、
楽器に触れてその楽器の音とが共鳴するかのような感覚を思い起こせばいいわけです。
私にとってとりわけ親しみ深いのは、
トランペット=中学時代ブラスバンド、エレキギター、アコースティックギターなどですが、
ピアノやドラムも音=聴感と、その音響=音感が指先や耳元で感じる共鳴感のようなものです。
私は、自分がデザインを教える立場になって、
実習課題では「音具」と「動具」というテーマを与えるトレーニングメソッドを持っています。
このテーマについては別稿にしておきます。
体感経験と直感
ともかく、触覚は皮膚感覚ですが、聴覚も少なからず生理学的には耳の中での皮膚感覚です。
そして、さらに重大で重要なことは、触覚と聴覚、
この二つこそ視覚よりも正確な直感に結びついているのではないかと私は思っています。
触感と聴感の経験を重ねることが「直感」を鍛えてくれる気がします。


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『資本主義からの逃走』
    「 視覚空間は存在しないことを認識する必要がある」


   


     10月 21st, 2010  Posted 12:00 AM

感覚空間

空間を形容すれば、何々空間という言い方は可能です。
そして、何々空間に対しての空間認識があるでしょう。
その空間認識に対して、形態認識が付随、
あるいは認識の対象性=情報認識があるということが理解可能です。
人間の五感に対応することでは、五感・感覚空間が存在しているということは認識可能です。
しかし、視覚=実際に見えるという空間は、
実は不在であり非在であることを明確にしておく必要があります。
喩えるなら、「かたちというかたちは存在していない」ということに等しいわけです。
つまり、「視覚空間」という言葉を与える空間があるのだろうか、ということです。
「視覚空間」は無いと断言していいでしょう。
次元空間
というよりは、視覚能力は無限という次元空間ですから、
この空間には「視界」という言葉が与えられます。
人間の視覚能力は、他の聴覚・触覚・臭覚・味覚にはそれぞれに対応する空間、
その設定や仮説化は、感覚空間と呼ぶことで仮設化可能です。
しかし、視覚は実際は何万光年という次元空間=宇宙を「見る」ことが出来ます。
そこで私は、「視覚空間」という言葉ではなく「視界」という
次元的な言葉があてがわれていると考えてきました。
「視界」に存在する物・モノ・ものを認識するためには次元空間の認識が必要です。
万一、「視覚空間」という表現をするとするなら、
レトリック・メタファー・アナロジーとして運用することは許容されるでしょう。
視覚の要点・要素・要因
けれども、「視界」という言葉の存在を認識することは、
空間認識とさらに形態認識を区分したり分別するために、まず、次の手続きが必要です。
視覚は、視点・視線・視座・視野・視界という空間認識の要点や要素で成立しています。
視覚構造と呼んでおきます。
視点は、必ず二つ存在します。
どこから(eye-point)=視座であり、どこを(view-point)があります。
その二つの点によって視線=まなざしができます。
そのまなざしが要因となって変動する=dolly(CGでのカメラ視線術語)軌跡や対象空間が、
視野であり視界という空間です。
この空間に形態の存在・非在・不在が具体的な形態認識です。
仮想空間
情報空間には、視覚空間はありえず「視界」となる情報空間の設定によって、
初めて空間認識、さらに形態認識ができるということです。
そこで、抽象的なあたかも視覚認識できうる形態認識は、
あくまでも仮想空間=Virtualityであって視覚空間では無いということです。


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