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Posts Tagged ‘井伊直弼’


『「KK適塾」を開講します!』


   


     10月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



大阪大学の起源は懐徳堂という寺子屋からです。
その懐徳堂が、緒方洪庵による「適塾」になり、
医学校から始まるとともに、設立経費はすべて民間からの出資でした。
官僚の育成=東大、学者の育成=京大、産業の育成=阪大、
この歴史は今も大学の根底に流れています。
「適塾」となると、学籍番号182の橋本左内がいました。
一般的には蘭語の学校と言われていますが、
実際にはすでに英語だったとのことです。
しかし、英語は江戸幕府の禁書ゆえ、これを学ぶには江戸幕府への
ましてや幕府政治への反幕府行動は制限されていました。
しかし「安政の大獄」によって橋本左内は26歳でそれも斬首の刑です。
自分は井伊直弼(近江彦根藩)・間部詮勝(鯖江藩)を許せません。
2013年の「KK塾」を大阪で開講し、東京での開催の声が大きく、
昨年は東京で開催してきました。講師はすべて超一流でした。
ようやく医学系研究科「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」、
これも寄附講座ですから全て民間からの出資で成り立っていますが、
自分は何としても「適塾」からの系譜大切にと考えています。
その講座理念をコンシリエンスデザインと看医工学の
情報発信講座を狙って、ようやく、開催にこぎ着けました。
今年度は「デザイン」を中心にと考えています。
この講座の情報発信こそ最先端にする所存です。
自分の大事なデザイン活動の一つと位置づけています。


* 『1800年代安政の頃・「適塾」を最も語り継ぎたい』
* 「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」
* 「大阪大学の歴史の一つに、藤野恒三郎の存在」
* 「会えずとも、誤解されようが・・・私は語り継ぎます。」
* 『球体に働いている力は統合的な知識になる』


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『1800年代安政の頃・「適塾」を最も語り継ぎたい』


   


     3月 7th, 2015  Posted 12:00 AM


大学人になって20年になります。
勿論、最もデザイン・大学のことが私の講演内容ですが、
私が語り継ぐことは「橋本左内」のことが一番のテーマです。
大阪大学は懐徳堂という士農工商を度外視した寺子屋が源流です。
その懐徳堂は「適塾」に引き継がれます。
適塾の塾生番号182?が橋本左内でした。
塾長は福沢諭吉でした。
したがって、日本が武士社会から明治維新への大変革期には、
今、大河ドラマになっている吉田松陰の松下村塾での志士たちと
適塾での当時の若者たちの活動が主役であったことは当然です。
しかし、無血革命で、主役が坂本龍馬というのは、
文学=小説が明らかに歴史を歪めてしまっています。
たとえば、吉田松陰の元に梅田雲浜が登場して、松陰の生き方を
確実に変えてしまったことや、梅田雲浜も橋本左内も獄死です。
決して無血革命でもなく、ドラマ主役なる坂本龍馬が、
明治維新を押し進めてきたわけでは決してないということです。
むしろ、安政の大獄で牢中にいる吉田松陰と橋本左内は、
一度も顔会わすことなく、詩を牢番に託してわずかのやり取りをし、
二人とも、井伊直弼の気分で惨殺の刑を受けていることが重大です。
一方の福沢諭吉は英語を学ばなければなりません。
しかし、英語は禁書であり江戸幕府に近づいてしまいます。
そのことで1860年咸臨丸に福沢諭吉が乗り込んで渡米します。
1800年代のすべてを私は編年体的に知識として暗記しています。
その結論は悪政の連続です。時代変革を留める政治は悪政になり、
あの「安政の大獄」になり、優秀な人材が殺されるのです。
しかも「安政の大飢饉」と「安政の大震災」が起こります。
つまり、日本は悪政の時に大震災を招いているということです。
橋本左内は惨殺の刑ですが、彼の弟は日本赤十字社を起こすのです。
大阪大学の源流には、同郷の橋本左内を私は最も敬愛しています。
本日、「平成洪庵の会」では橋本左内とコンシリエンスデザインが
私の講演テーマです。


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「憧憬の人物、その実筆書状を探す」


   


     7月 24th, 2013  Posted 12:00 AM



明治維新において、そのヒーローを坂本龍馬と人は言います。
私は大きな間違いだと思ってきました。
彼はその書状・手紙が多量にあっただけであり、
それほどの思想があったわけではありません。
小説になりやすかっただけの人物だから、あたかも歴史扱い。
江戸城の無血開城だとか、明治維新を無血革命も大間違いです。
「安政の大獄」は明治維新のために拷問・獄死・自決だけでなく、
斬首、その日の気分で優秀な能力を惨殺しました。
大勢の優秀な憂国の士の能力は血染められたのです。
子どもの頃から、私のヒーローは「橋本左内」です。
かつて、越前市(元・武生市)で越前打刃物の展示がありました。
その時、橋本左内と横井小楠、二人の「定め書き」を見ました。
その記憶をどうしても確実にしたくて、
市長に私自身も書状を書きました。
返事はさりげない「デジタル記録づくり」を知らされましたが、
納得いかずに、秘書課長あてにメール。
「そのようなものは存在しません」
私は執拗に「あるはず」。
「確かにありましたから、データを送付」。
これではないと確認すると、徹底的に調べました。
ありました。福井県が買い取って所蔵していたものでした。
写真撮影には2週間、書類審査があって・・・、
切れました。
何がなんで写真がほしいのです。
手をつくして、データをいただきました。
「デジタルデータにする」というその方法違っています。
おそらくそうした手法を全ての行政は知らないと思います。
私なりに送付されたデータでプレゼン資料を作りました。
15歳で彼は「啓発録」を書き、
16歳で大阪の「適塾」=大阪大学医学研究科源流に学び、
20歳で福井藩藩医となりますが、
一時、大老候補となった松平春嶽と江戸に出ます。
25歳、滋賀藩の井伊直弼大老によって政治犯となります。
その斬首刑直前の4通の書状を
徳富蘇峰が一時所有は明らかでした。
その4通の書状を見ながら、
26歳、斬首されました。
10年間の彼の行動は「書」が無いだけに今なお闇ですが、
「適塾175周年記念大阪大学の講演」で、
私は先端デザインの下敷きとして語るつもりでいます。


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「TEDxOsakaUで、もう一つの天災=琵琶湖周辺液状化」


   


     10月 9th, 2012  Posted 12:00 AM



現在、日本列島は天災予測が間近な問題となっています。
南海トラフや竜巻などがマスコミで喧伝され始めていますが、
なぜか、琵琶湖湖底とその周辺都市、
特に「高島市」の大液状化予測はほとんど報道されていません。
私は滋賀県では大面積を占める高島市、
そして整備北陸新幹線ルートとしてのこの市の地盤脆弱性と
その大液状化をとても懸念し、心配しています。
滋賀県は、大飯原発再稼働を大問題にし、
大飯町町民を「金の亡者扱い」には、
福井県出身者としては、まったく納得しかねます。
冗談じゃない。
滋賀県は江戸時代から、福井県、小浜藩・越前藩をいじめてきたとさえ、
私は証言しておきます。
かって小浜藩は、藩境制定にあたっては、
大名行列で朝出発、彦根藩(滋賀県)は早馬で朝出発、
出会った地点は小浜側の山岳麓でした。
ゆえに、廃藩置県まで県境は山麓でした。
また彦根藩出身の井伊直弼は、「安政の大獄」で、
その日気分で、幕末最も重要人物・橋本左内を切腹ではなく、
26歳で斬首刑を言い渡しています。
今度は大飯町民をいじめているとはとても許しがたいことです。
原発再稼働を町民の声としている政権にこそ問題があるわけです。
もっと足下の高島市の液状化を大問題にすべきだと私は通告しておきます。
そして、通告だけではなく、前政権の防災大臣にも具申し、
その解決案提示もしています。
これぞ、私なりの「恩讐の彼方に」です。(笑・とりあえず)
高島市の面積は東京23区並ですが、平野部は琵琶湖周辺だけです。
そして、もし、湖西線的に、整備北陸新幹線ルートだと重要地盤、
その液状化予測をもっと厳密に、そしてその対策も、
当然ながら大飯原発事故予測とともに政策決定すべきではないかと、
私は「TEDxOsakaU」でもプレゼンしました。


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