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staffblog 5月31日


   


     5月 31st, 2016  Posted 9:27 PM

5月31日

本日は
「シップ・オブ・ザ・イヤー2015選考委員会」に
審査委員の一人として出席いたしました。


各企業のプレゼンテーションが展開されました。


限られた時間の中で、
各審査員より鋭い質問が刺さります。


プレゼンテーション後の審査会。
活発に意見が交わされました。


その中で、師との交流も。


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「KAIST=韓国科学技術院の先生を招いて」


   


     6月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM



なんとしても風邪を治さなければ、
この想いを実現できました。
KAISTの先生お二人を招いて阪大での講演。
Prof.Kim Myung-Suk先生とはすでに20年来の友人であり、
Prof.Bae SangMin先生は、New York留学中に、
私の講演を聞いてもらったこともあるという仲です。
KAISTはおそらく、全世界的にみても、
最高級の大学・大学院であり、デザイン系でも筆頭です。
Kim先生は「環境デザインとしてのロボット」を
Bae先生は「国際貢献としての製品デザイン」、
それぞれが実現されているプロジェクトを語っていただきました。
私もKAISTで講義をしましたが、
この大学が世界からも注目されている「未来創生の発想」は、
いくつかの重要なキーワードでした。
Why・なぜデザインを、なぜ生きるのか、
Implement・必ずデザインを実現させて未来を創る、
Evolution・常に進化は「融合」=Consilienceを、
Donate=Sharingを、Passionを、と、
重大なキーワードを沢山いただきました。
しかも確実にコンセプトは製品形態に集約化されていました。
私は、3.11以後、デザインによる復興をと考え続けてきただけに、
改めて、デザインの理想主義を語る二人の教授に、
支え直してもらった気持ちでいっぱいになりました。
たとえば、家電は当然ながら、
造船もどれほど韓国は進歩させたか、
その事実を知っているだけに、韓国の勢いを体感しました。
日本も韓国もアジアの小国です。
これからはお互いの交流をさらに深めて、
世界の先導国になっていくべきだと思い直した次第です。
お二人に励まされたようで、すっかり、風邪から立ち直ったと思います。


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「連塾・最終回=10年を語る前に、松岡正剛という『ち』」


   


     5月 28th, 2012  Posted 12:00 AM



「連塾」の指南者、
松岡正剛は10年を彼らしく「切断」しました。
10年間この「連塾」を率いた彼について、
いつの日かという彼の前での「私純情」を語るときが来たと思います。
1991年、箱根の「強羅花壇」で私は彼と出会いました。
箱根で「国際マルチメディア会議」がありました。
Apple社・ジョンスカリー会長が全世界から、
当時のコンピューター専門家から企業トップを集めた会議でした。
三日間缶詰での会議でした。
懇親会は「強羅花壇」が会場であり、
現マクドナルド社長の原田氏が営業本部長として総括されました。
民間からは私と松岡氏、そしてA氏(元官僚)B氏(作曲家)4名。
私はスカリー会長の直属デザインコンサルタントでしたから、
この会議中も、会議の合間にデザインモデルのプレゼンをしていました。
懇親会もどこまでお金がかかっているのかという盛大さでした。
ところが、和室に入れなかった私が別会場に一人の時、
松岡氏が入ってこられたのです。
(この人が『遊』の編集長だ!、やっと会えた)
そんな感慨と、『遊』の超美人女性デザイナーKK女史に会えるかも、
私は瞬間的に想像したことを思い出します。
それから、交流が始まりました。
私も読書量は人並み以上という自負がありましたが、
松岡正剛は100万冊は読破しているとすら思っています。
あらゆる分野に精通し、特に「日本を語らせたら超巨人知」でしょう。
千夜千冊(もはや1000冊を超えています)は、
おそらく世界にもあり得ない「書評アーカイブ百科」編集事実です。
「千夜千冊は世界的事件」という評価まであります。
私の著作も取り上げていただきましたが、
それは私へのラブレターでした。
「だから、私も松岡正剛に惚れ抜いています」と、
「連塾終了」の知らせ直後に彼に知らせ、
懇親会でも連塾参加者の皆さんにまで惚れていること発表しました。
昨夜、別れるときに「紙墨相発」を送るから、
松岡氏も「私の自宅に必ずまた行くから」と。
「連塾」、そのテーマは「日本という方法」でした。
これからがこの方法論が必至になっています。
これから時々、彼との話題・課題を書いていきます。
その季節が私に訪れたのでしょう。


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