kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘企業C.I.’


『ペットボトルの水=企業選定C.I.として』


   


     10月 18th, 2014  Posted 12:00 AM



今、国連に加盟している約150カ国内で水道水が飲料になるのは、
13カ国程度と言われています。
わが国の水道水は飲料水としても素晴らしく飲みやすい水です。
しかし、日本人もペットボトルの水が日常的になっています。
私は、身体の7割が水分と言われているだけに、
水には大きなこだわりがあります。母は47歳、大腸癌で逝きました。
当時は癌と告げることも出来ず手術をして医師が分かるという時代。
しかし、母は私と父宛の遺書に癌であること知っていました。
父は日本中の水を手をつくして鉄道運搬用のタンクで取り寄せ、
それが父の癌への最後の抵抗であったと思っています。
私はそのこともありペットボトルの水は徹底的に調べてきました。
イタリアの高級水(高級レストラン御用達)は今手に入りませんが、
私自身は、国内外どこでも確実な水を選んで自分の水分そのものを
この水にすることに決めていますが、これは重要なことです。
日本を代表する水、政府の国際会議は帝国ホテル、ホテルオータラ、
しかもこの水はすべて富士山の湧き水になっていますし、
ホテルがこの水の確保をどうしているかは調べておく必要があります。
だから、企業C.I.においてもその企業の水を決めさせてもらいます。
今回ニプロの研究所C.I.=iMEP=institute of Medical Practiceは、
企業カラーとその水は企業立地している滋賀県で最高の水を選定、
この研究所は、医師、看護師、医療従事者のトレーニング、
研修所機能をもった施設ですが、水はすべて地元で最高水です。
勿論、私が選んでいる自分の水、国家賓客用の水と飲み比べて、
まったく遜色のない水にしました。
もちろん、地元で最高の製菓やお酒も企業C.I.として決めています。
何分、身体の水分は徹底して決め抜いた水のペットボトルです。
正直、ペットボトルの形態そのもののデザインを変えたいですが、
流石にそこまでは許されていません。
いづれ、自分のデザインスタジオの水も決めたいと思っています。


『最も重要なエネルギーとしての「水」』
『水というエネルギーの国際化』


目次を見る

『ヘルメットとヘッドライト、デザインの見直し』


   


     8月 27th, 2014  Posted 12:00 AM



学生時代は山岳部ロッククライミングで常にヘルメットを使い、
企業C.I.では、建設用ヘルメットを見てきました。けれども、
日本の天災状況をみると、一家にそれぞれが必須になりました。
私なりに選びぬきましたが、デザイナーとしては不満です。
折りたたみヘルメットは出張用ですが、これも不満です。
私はタクシーに乗ると質問をします。
東京では、優れた企業は、客用自分用も装備し、ECD訓練も修了。
ところが、大阪のタクシーはまったく訓練皆無ですから大問題です。
もはや、天災対策での訓練や装備準備は「空振り」でいいのです。
今のヘルメットは、FRP製ですが、内部防御材にはもっと熟考設計、
さらに、72時間体制や酸素吸入やもっと、いざ!が出来ていません。
今回、広島の土砂災害には開発途中ながら現地実証をしました。
開発途中でしたが結局、対応量をボランティアとして持ち込みます。
その素材はH2Oセルロースです、
人的労働対応こそ最大のデザイン懸念としてミッション化検討です。
当然、現地入りの企業C.I.としてのヘルメット・ヘッドライトと判断。
危機管理学自体の学術性は基本でしたが、危機は管理不可能。
よって「危機解決の実務」はデザインが集中して主導すべきでしょう。
その代表的なモノに、私はまず、日本だから出来るヘルメット、
日本だから出来るヘッドライトは組み合わせて、かつ性能拡大を
デザインし直す必要性を感じています。
なかなか、本気度がイメージ負けしてしまいますが、
今の日本がこの危険性を最大の機会=危機としてやり直す、
その気概をもって新規デザイン対象にし直すことだと思っています。
ヘルメットは、軍事からの歴史性がありましたが、
これからは、もっと危機性からの発想であれば、このデザインこそ、
デザイナーの力量とそれを実現する企業があってほしいと願います。


gpgp.tokyo


目次を見る

「資本主義からの逃走」
  「企業ブランド戦略の誤りは自己表現障害に陥没」


   


     2月 25th, 2011  Posted 12:00 AM

ブランド化は「自己表現障害」の起因
ブランド戦略に私は信頼感を持っていません。
それは、企業の「同一性」構築から離脱する軽薄さがあるからです。
確かに、私はデザイナーとして企業デザインには、
企業デザイン戦略の骨子の重要課題にブランド戦略も製品デザインとともに提案してきました。
デザインという手法は、「ブランド」を構築する大きな手法であることは否めません。
しかし、私はむしろ企業C.I.によって、そこからブランド戦略デザインを追い求めてきました。
ここで記していることは、デザイン手法の論理よりも私の経験値です。
そしてこの経験値の背景には、E.H.エリクソンの「自我同一性」を参照しています。
なぜなら、エリクソンの「自我の形成論・8段階」には、
見事に、人間が生まれて死を迎えるまで、
人格=自我形成、すなわち人格=品性のあり方を正確に解釈していると思います。
よって、企業の自己性と自我性、それぞれその同一性が企業戦略の核心だと考えています。
企業存在が社会環境のなかでどのように進歩していく「べき」なのかを、
企業戦略プラン=企業戦略デザインにすることが最も重大でその可能性の設計がデザインです。
私の経験値では、企業自身の同一性とその表現には、
なんといってもまず、「自己表現障害」を回避させることです。
企業の「自己表現障害」とは、「美しさを失っている企業の全体性と同一性」です。
ところが、ブーム化している「企業ブランド戦略」は表現障害を来している企業を増加しています。
このブランド化が必要と思っていること、それは実は表現障害は、同一性どころか、
特に、商品「差別化」の焼き印=ブランド化に陥っています。
私はあらためてエリクソンの8段階説に照合して、
企業ブランド戦略の誤りを是正すべきだと考えます。
日本株式会社自体、日本ブランドの表現障害に落ち込んでしまっているようです。
私は「同一性」の確認とデザイン戦略を企業品格にまで求めることを目的と目標にしてきました。


目次を見る

「資本主義からの逃走」
 「企業理念の具現化のために、世界観の再概観化から」


   


     2月 18th, 2011  Posted 1:37 AM

日本株式会社のリストラ
企業C.I.より、現代はブランド戦略です。
私はこの現象に日本企業の混乱をみます。
それは、日本企業の国際的立場が揺らいでいることです。
しかし、これには二つの理由があると私は考えています。
■ 日本企業はそのまま日本の政治程度を体現しています。
つまり、日本の政治力が不安定になっていることに起因していることは間違いないでしょう。
無論、それは日本人すべてがその選択をした責任を自覚しておく必要があります。
さらに今や「政治」あるいは「政治家」という職能そのものが崩壊していることです。
三島事件の予知は当たっていたと私は思っています。
日本が敗戦で背負いこんできたトラウマや、敗戦での成功体験に囚われすぎて、
そこから解放されてはいないことをもっと自覚すべきだったのでしょう。
■ 日本の資本主義が、再検証を受けているということです。
これまでの日本独自の資本主義だけではなくて、
特に、先進国家すべての資本主義に終焉期が来ているともいえます。
これらも国際政治基盤の「富の分配」その再考に先進国家すべてが怠惰だったのです。
揺らいでいる世界観といってもいいでしょう。
結局、この二つの理由がウロボロス状態となっていること、
これがデザイナーとしての観察結論であり、職能的見解です。
日本が背負い込んできたトラウマから解放される
このままでは新たな企業理念は創作されないと断言をしておきます。
あらためて、日本企業の国際化や文化再構築を企業理念化すべきといっているのではありません。
もっと、事態は深刻です。もっと、大きな問題解決前に佇まされているわけです。
この状況を、日本株式会社、
その資本主義から解放させるべきだと問題提起にしておきます。
「企業」そして「企業理念」を書き直す時代だと自身を問い詰めることだと考えます。


目次を見る

「資本主義からの逃走」
   「企業理念は五つに分類可能、さらに詳細に」


   


     2月 16th, 2011  Posted 12:00 AM

五つの理念分類
企業は組織体系ゆえに方針が必要。
方針とは企業力を示した「理念」です。
しかも、企業は経営=儲けてその分配構造体。
どうやって「儲けて」、組織体系の運営と維持管理、
これらの構成・構造・体系をことばで記述することが「企業理念」と言われています。
私は40年デザイナーという立場で、様々な企業の生態と接触し関係し、観察評価をしてきました。
デザイン職能とのこうした関連事項での相互作用性は、実体験の経験値になっています。
結果、すべての企業体系の方針は五つに分類ができそうです。
詳細にまで企業理念を整理すれば、見事な曼荼羅になっていますが、この五つをあげておきます。

  ■ 理由信念 
  ■ 道理概念 
  ■ 条理入念
  ■ 理論観念
  ■ 理解通念

私がデザイナーとして、クライアントであった様々な企業理念の表現を観察してきました。
その企業形容はすべからくこの五つに集約されたディスクールだと思います。
だから、ディスクールという理念が資本主義というイデオロギーで守護されてきたことも事実です。
ところが、企業という人間組織の集合体での体系は、大きな変動をむかえてきました。
この五つが社会と時代との即応性が崩壊したとき、
その企業自身も消滅していきます。
企業が起業し、成長し、発展し、時に崩壊消滅も随分とみてきました。
やがて金剛界曼荼羅へ
まさしく、企業理念は、企業存在・企業C.I.と照合すれば、
「アイデンティフィケーション」を心理学的に整理したE.H.エリクソンの8段階説に適合しています。
さらに、私は人間界を区分した金剛界曼荼羅に重ねて
企業理念の詳細を確認することができるとも考えています。
結局は、日本文化の進展と深度はまさしく企業理念と同様な構造を持っています。


目次を見る