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Posts Tagged ‘似合わない’


『蝶ネクタイ=ボータイぐらい自分で締めよ』


   


     1月 20th, 2018  Posted 12:00 AM




最近はクールビズからだろうか、ネクタイ姿が消滅しつつあります。
私は大学に入ると、ともかくスーツ・ネクタイを常用しました。
理由は簡単です。ともかくスーツ・ネクタイは、
身体にフイットさせるためには常用しない限り難しいと思っていました。
最近は芸能人でもスーツが似合わない人がとても多くなってきています。
それこそ、モデルでも駄目だと思うことしばしばです。
ました、蝶ネクタイともなると、自分で結べる男は激減しています。
先般ドレスコードのパーティに出席して、
9割の参加者が蝶ネクタイセットだったことです。
これこそ、グローバル化もトラディショナル性が失われています。
また成人式で和服の着付けなどで大変な詐欺行為がありました。
折角の大切な人生でも大きなイベントを台無しにされたことは、
この犯罪企業を摘発すべきだと思います。
が、日本の和服は最高のドレスだと思うだけに、
自分で和服が着られないことにも大問題だと思います。
就職時期になって、ネクタイの仕方を教えたこともありますが、
私はスーツ・ネクタイなどのファッション性は
中学生ごろから自習自得すべきだと考えます。
まして蝶ネクタイ=ボータイを自分で結べることも和服同様に重大です。
それこそ、超有名ブランドで、ボータイが激減しています。
カクテル・葉巻からパジャマであっても、
最高級のモノは知りおくべきです。
ドレスコード何て堅苦しいということよりも、
簡便性が当然では決してあり得ません。
ましてボータイも結べないファッションブランドの店員には、
赫奕たるセンスが欠落しているのです。


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『もう絶対に逢えない、今日は母の命日』


   


     6月 5th, 2016  Posted 12:00 AM



この日早朝、母は逝きました。
47年間のうち、21年間は私だけのための生涯だったと思います。
命日を迎える度に、自分が生きてきた目標をかみしめなおします。
しかし、3度は重篤状態になってきた経験からは、
いわゆるあの世で出逢うことは絶対に無いというのが最近の結論です。
どうして、自分があの母の下で育てられてきたのだろうかということは
哲学のまず基本的な命題だと思ってきました。
一浪をして、正直に医学部進学よりも美大に行きたいと言ったとき、
母は「医者になることは全く似合わないから辞めなさい」と言いました。
美大進学が決まれば当時流行になったVANのスーツを買ってくれましたが、
同時に、ブレスレットと指輪も母は私に買い与えてくれました。
厳格な父には絶対に叱られると思って拒否しましたが、
「美大に行くなら、これくらいは当然。そしてもっと男らしく」
ということでした。
「赤い血を見るより赤い絵の具の方が楽しいから」でした。
しかし、ちょうど父は警察の刑事部門の幹部となり、
毎朝、黒塗りの車で敬礼されて出勤をする立場になり、
母は癌を宣告されました。
ところが当時は、本人には言わずに父と懸命に癌治療を考えました。
父からも「和男、大学を辞められるか?」と聞かれました。
「全ての財産を使ってでも直したい」と父は言いました。
私は即座にOKをしました。
母の死後、遺言が出てきました。死の10日前に私宛のものでした。
「あなたは、もう福井に帰ってくることはないから、
世界で活躍できるデザイナーになりなさい」という遺言でした。
大学を出たら地元の短大で美術を教えると言ってきただけに
大きなショックを受け、やれるまでやろうと考えたのです。
美大を道楽学校としか私に言わなかった父に、
大学人になって、医学博士号を受けた報告をしました。
「貴方への借りはこれで返した」と。
父の葬式の夜に、
「結局、父はデザイナーになった私を許してくれなかった」と言いました。
父の友人は言いました。
「何を言っているんだ、酒を飲むと君の自慢しか言わなかった」。
それを聞いて、やっと父との別れに私は号泣しました。

*『母と死別して45年も過ぎてしまいました』
*『指編みを思い出しながら』
*『63歳まで生きました・母より年上です。』
*『大好きな色鉛筆・最近のお気に入り』
*『美大生1年のときに私の最初の社会的なデザイン』


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